067話 やったぞッ!
「クッ……やっぱり数が多いね……さすがの私も休み無しだと体力が持たないよ。でもカナタ君達が頑張ってくれているんだ。私だけでも前線を引き受ける位の気迫じゃないと!」
度重なるゴブリン達の猛攻に、私の体も浅い傷を多少ながらも負っていた。それに加えて、自慢の大剣を一切休み無しで振っている為、体力の限界が近付いて来ている。
いつもは軽く振れる大剣がどんどん重くなっていくのを感じる。このままでは、近い内に大剣が振れなくなるのではないかと思う程に、重くなる速度は早い。
――うわあぁぁぁ!!
――グギャァァァァッ!!
遠近の両方から、冒険者とゴブリンの断末魔とも言うべき叫び声が私の耳に入ってくる。
もう、足元はゴブリン達の屍で覆い尽くされていて、私はその屍を踏み超えながら、屍の上に屍を作っていく。極力冒険者達にはその屍の一部にはなって欲しくはないけれど、悲しい事に既に数え切れない程の冒険者のみんながそうなってしまっている。
私の力不足、情報収集の甘さ、作戦の荒らさ、その他の能力不足で、冒険者達を死の危機に追いやってしまっている。不甲斐なくて自分に幻滅してしまう。
だからこそ、私は諦める訳にはいかない。今頑張ってくれているみんな、亡くなってしまったみんな、そして、命をかけて守らなければならないみんなの為に、私は最後の一人になっても諦めない。
「……だからカナタ君……君も頑張ってくれ……私は君ならやってくれると信じているから。君ならどんなに厳しい状況でも切り抜けると信じているから。どうか……やり遂げてくれ……」
私はカナタ君を信じて、また重くなったように感じる大剣を振り続ける――。
◇◆◇◆◇
ゴブリンキングを倒すための作戦。それは話すだけなら簡単な事だ。しかし、もし失敗してしまったら、俺かフィーもしくは両者ともの命はなくなる。
正直に言うと、これは単なる思い付きであり、確実性なんてものは皆無だ。何故ならば、俺の盾が魔法を跳ね返す時にあらぬ所に跳ね返したという、偶然の産物から作戦を立てたのだから。
とは言っても、俺だってしっかり考えている。
あの時の跳ね返っていった魔法には、ちゃんとした理由があるはずなのだ。俺の予想では、鏡に反射した光と同じような原理で跳ね返ったものと考えている。
所謂、入射角と反射角の関係だ。光が鏡に当たる時、鏡が平面であれば、鏡に入射した時の角度分だけ、線対称に反射する。それと同じような事が、魔法の反射にも行われているという訳だ。
しかし俺の盾はバックラー型であり、曲面になっている為に狙いを定めるのが困難なのだ。どこの面に当たるのかによって跳ね返る角度が変わってしまうので、その分だけ危険もある。だからこそ俺は、失敗したらどちらかの命もしくは二人の命が無くなると言ったのだ。
ちなみに物理反射の場合は、面に対して垂直な力がかかる為、その分が跳ね返っていると思われる。もし、攻撃をいなしたりした場合どうなるのかは分からないが、大方魔法反射と同じような感じだろう。
そういう事で、俺が立てた魔法反射の理論から作戦を考えた訳だ。作戦内容は先程も言ったように、話すだけならば簡単である。
まず、ゴブリンキングと戦う振りをしながら自然に俺がゴブリンキングの背後へ回る。
次に、フィーに閃光爆弾をゴブリンキングの前方少し斜めから俺めがけて撃つ。
そして最後に、俺がその閃光爆弾をゴブリンキングの頭目掛けて反射させる。
という作戦だ。これならば、ゴブリンキングを守るために出てくるゴブリンという盾も掻い潜る事が出来、確実にゴブリンキングを仕留める事が出来る。
思い付きにしては悪くは無い作戦だとは思っているが、さすがに内容が荒らい。だが、ゴブリンキングはこれくらいの荒らさがなければ倒せないだろう。
『ナニヲ、タクランデイルノカ、シラナイガ、ワレガシンデモ、テシタドモハ、トマラナイ。ニンゲンガ、シテイルコトハ、ムイミダ』
「だから何だ! 無意味だとしても、俺達は俺達のやるべき事、守らなければならないものの為にお前を倒すんだよ! そもそも、そんなに頭がいい癖になんで争いを起こすんだ! こんな事は愚行だと気付かないのか!」
『フン。ニンゲンニハ、ワカルマイ。メガアウダケデ、コロサレテイク、ドウホウタチノムネンヲ。オヤヲ、ニンゲンニコロサレタ、コドモタチノ、カナシサヲ。ドウホウタチノ、ムネンヲハラサナケレバナラナイ、ワレノココロノウチナドナ』
「なっ……」
ゴブリンキングは目の奥に静かな闘志を燃やしていた。その闘志は座ったままなはずなのに、俺の前に仁王立ちで立っているかのような錯覚さえ生み出す。
考えれば当然の事だ。ゴブリン達にも感情がある。俺達人間は、姿が違うから、知能が低いから、害を与えるから、恨みがあるから、と、そうやって理由を付けては沢山のゴブリン達を殺して来た。
その殺してきたゴブリン達の中には、善良な心を持ったやつや人間と友好を結ぼうとしていたやつもいたかもしれない。もしかしたら、ただ生きる為に外に出ていただけで、誰も何も害を及ぼすつもりはなかったのかもしれない。
ゴブリンキングに言わせれば、これは復讐だ。それも、死んでいったゴブリン達を弔う為の弔い合戦。
『ニンゲンハ、ミガッテガスギル。タイリクヲ、ミズカラノモノトシ、ワガモノガオデ、カッポスル。ソシテ、キニイラヌモノハ、テッテイテキニ、ハイジョスル。……ワレカライワセレバ、ニンゲンノホウガ、ヨホドガイアクナソンザイダ』
ゴブリンキングの言葉は、ゴブリン達全ての言葉と同義だろう。だからこそ、ゴブリン達は人間の前に姿を現して命をかけてまで戦っているのだから。
『ゴブリンモ、ニンゲンモ、ウマレタトキハ、ナニモシラヌアカゴダ。オナジナノダヨ。ダガ、ウマレガチガウカラト、ニンゲンハ、キョゼツヲスル。ダカラ、ワレワレモ、オナジヨウニ、キョゼツヲスルノダ。ニンゲンガ、ヤッテキタヨウニナ』
俺は、ゴブリンキングの考えが分からないでもない。俺だって、地球では何度も同じ事でやり返そうとした。けれど、その度に毎回思うのだ。
――それがなんの意味になる。
と。
ゴブリン達にはもう少し違った道があったのではないかと俺は思う。これ以上、ゴブリン達に過ちは犯しては欲しくない。だから、より一層ゴブリン達を止めなければならない。
俺がゴブリンキングに向かって、その思いの丈をぶつけようとしたその時だった。
「黙って聞いていれば、自分達が常に被害者のような顔をしてっ!! 私達人間だって、ゴブリンの被害にあった子供や冒険者が大勢いるんですよっ!!」
隣にいたフィーが、ゴブリンキングに向かって声を荒らげたのだ。
俺は自分の言葉を飲み込んで、フィーを思いを聞く。
「あなた達だけが被害者だと思ったら大間違いなんですよ! 人間の中にも、ゴブリンに恨みを持つ人が大勢います! 何故か分かりますか!? あなた達ゴブリンが力のない人間を殺すからですよ! あなた達だけが被害者ぶるのはおかしいです!」
『ナラバ、ドウホウタチノムネンハ、ドウスレバイイトイウノダ』
「そんなのは知りません。私は亡くなっていった人達の事は憂いどすれ、その後の自分の行動を縛るものにはしません。あなた達のような復讐なんて持ってのほかです」
『ワカリアエヌナ…………ワレワレハ、モウトマレナイ。ムネンハ、カナラズハラス』
「そうですか。ならば私もあなたを殺す事に躊躇はしません」
フィーは良くも悪くも優しい人なのだ。その優しさ故に、復讐をしようとは思わないのだろう。そこがゴブリンキングとの大きな相違点であり、相互に理解が出来ないところなのだと思う。
「カナタさん。私がゴブリンキングの気を引き付けます。ですから、隙を見てゴブリンキングの背後へ向かってください」
「分かった」
フィーは小声で、俺にそう伝えてきた。
そして俺が返事をした直後、フィーは炎の槍の投擲を始めた。無限にでてくる炎の槍に対して、何匹ものゴブリンが一投一投ごとにゴブリンキングとフィーの間に入り、盾の役割をする。
しかし、フィーはいくら防がれたようと、その手を決して緩めない。俺の移動を楽にするためだ。俺の為にフィーは今も頑張っているのだ。
俺はそんなフィーの気持ちを少しでも汲み取りたくて、ゴブリンキングの背後へ急ぐ。しかし自然な流れで背後に回らなければ、意味が無い。
だから、俺は道中に盾になるために向かっていくゴブリン達を止める振りをしながら、徐々にゴブリンキングの背後を陣取る。
そして定位置に着くと、盾を用意し、準備を完了させる。
こっちは準備が完了した。その事をフィーに向かって手を挙げて知らせる。
「――ッ!」
フィーは俺に気付くと直ぐに斜め後ろ方向に飛び退いた。そして、閃光爆弾の準備に入る。
俺からの視点でみれば、目の前にいるゴブリンキングと、その少し先の右側にいるフィーという並びだ。
ベストな位置だ。フィーの位置からの閃光爆弾ならば、ゴブリン達の盾が今まで通りに入ったとしても、それを素通りして俺の元へ来るだろう。
『マタソレカ』
「私の……必殺技……ですから……ね!」
その時、フィーの背後にゴブリンが棍棒を振り上げて迫って来ていた。
「――ッ!」
それを見た俺はフィーに知らせようと声を出しそうになった。こんな所で声を出したら今までの作戦が終わってしまう。
しかし、このままではフィーがゴブリンにやられる。でも、俺には何もすることがない出来ない。
そうやって俺が焦っているうちにも、徐々にゴブリンがフィーに近付く。そして、射程圏内なったことでゴブリンが棍棒を振り下ろそうとした時だった。
『フィーはわたしが守る!』
カヤの登場によって、ゴブリンの棍棒を持っていた腕が切断され、そのまま頭が飛んだ。
「カヤの……おかげで……無事出来ました!」
そして、フィーの魔法も同時に完成した。
俺はホッとしながら、キッチリと盾を構える。狙いは一直線に飛んでくるフィーの魔法を跳ね返た先のゴブリンキングの後頭部。ここまでの仕事をしてくれたフィーや、俺達へのゴブリン達の攻撃を防いでくれているカヤの為にも成功させる。そんな気合いで、俺は盾の角度を調整する。
そして遂にその時はきた。
「『閃光爆弾』ッ!!」
フィーの掛け声の刹那、閃光爆弾は一筋の閃光を残し爆発を起こした。
爆風によって砂埃が立ち込める。ゴブリンキング達の様子は見えないが、爆発をしたという事実から、何かしらに当たったという事は分かる。
果たして、それはゴブリンキングに当たっているのか。問題はそこだ。
ゆっくりと少しづつ砂埃が晴れていく。
そして全てが晴れた時、俺の目にいたゴブリンキングは胸から上が吹き飛び、座っていた椅子の背もたれの一部が破損していた。
俺達はやったのである。
「――やったぞッ!」
「――やりましたッ!」
俺とフィーはほぼ同時に声を上げる。
遂にゴブリンキングを倒した。復活の兆しも見えない。ようやく、俺達の目的は達成されたのである。
あとは、フレッドの作戦通りに動くだけだ。
「カヤ、空飛べるか!」
『うん!』
「俺とフィーをフレッドのところまで連れて行ってくれ」
『わかった!』
俺達は再び空に飛び出した。今回は、ゴブリンキングを倒した事を報告しに行く事が目的なので、一ヶ所に留まらず、ゴブリンメイジの魔法はカヤにはまったく当たらない。
そして、肝心のフレッドは、俺達がわかりやすいように頭を光らせているので、すぐに見つけることができた。
「見えた! あそこにいる!」
『じゃあ、降りるよ!』
カヤのおかげで、迅速な対応が出来た。フレッドに仕事をやり遂げた事を話せば俺達の役目はほぼ終わったに等しい。
しかし、ゴブリンキングは自らを殺してもゴブリン達は止まらないと言っていた。ここからが正念場だろう。
戦いが終わるまで、ゴブリンを倒しきるまで、気は抜けない。
俺はゴブリンキングを倒したという少し浮かれた気持ちを落ち着かせ、気を入れ直したのだった。
◇◆◇◆◇
「もっと早く走って! 嫌な予感が強くなってきてるの! みんなが危ない!」
日が完全に暮れた荒野を人間とは思えない速さで駆ける六人の冒険者達。本来ならば、冒険者は日が暮れたらそれ以上進もうとしないのだが、彼等は休み無しで走り続けていた。
「危ないってどういうことなん!? うちらに分かるよう説明して?」
「うぅ〜……とにかくアイゼンブルクのみんなが危ない気がするの! それも大きな危機が迫ってる気が!」
「大きな危機ってなんだよ?」
「それは私も分からないのっ! とりあえず走って!」
彼等の向かう先はアイゼンブルク。今現在、ゴブリン達との戦いで、ゴブリンの数に押され気味で危機的状況にある。このまま進行を許せば、アイゼンブルクの街は壊滅するだろう。
それを六人の内の一人は第六感的な何かで感じる事が出来ているようだ。
「俺達、これでも全力で走ってんだけど、二人とも速すぎなんだよな。どうやったらそんなに速く走れるようになるんだよ」
「ホント、不思議ですよね。ジンさんですら追い付けないとかそれ人間じゃないですよね」
「俺様は追い付けないのでは無い。後ろを追いかけてやっているのだ。それを間違うな」
「お前達。喋ってる暇があったらもっと速く走れ! イレーヌの嫌な予感は大抵当たるんだ! しかも今回はそれが大きい! もしかしたら、アイゼンブルクが壊滅してしまう程の規模かもしれない! だから、一秒でも速く到着するように限界を超えろ!」
「「そんな無茶苦茶な!」」
「フン。面白いではないか」
「「えっ?」」
「ではお前の言う通り、限界を超えてやろう」
「「単純すぎでしょ……」」
アイゼンブルクを救うべく走り続ける彼等の名は『ハピネスラビット』。魔法使いのフィーと並び、アイゼンブルクで絶大な戦闘力を誇るパーティである。
最近投稿が遅れ気味ですいません。頑張って書いてはいるのですが、思うように筆が進みません。ちょっと厳しいです。ですが、頑張って書いていくのでこれからもよろしくお願いします。
それでは、次回もお会い出来る事を願って。