066話 不味いかもな……
「カヤ! 出来るだけフィーの援護をしてくれ! こんな所でフィーの魔力切れが起きたらもう終わりだ!」
『わかった!』
「そんな事をしたらカナタさんが危険に――」
「俺は大丈夫だ! だからフィーは、ゴブリンキングを倒すために出来るだけ魔力を温存しておいてくれ!」
意気込んでゴブリンの大群に突っ込んだのはところまでは良かったのだが、予想よりも遥かに前に進まない。ゴブリンを倒せば倒すだけ、更に後ろからゴブリン達が俺達の前に出てくる。
そのせいで、フィーが魔法を使う頻度が増え、カヤの手が徐々に回らなくなってきていた。俺はそうそう使わないと決めていた盾を取り出し、物理反射の効果を使って戦っている。
ここで一番の問題は、ゴブリンキングへ辿り着いたとしても俺達が満身創痍では意味がないと言う事だ。
ゴブリンキングはフィーの閃光爆弾を耐える程の強さがある。そのゴブリンキングが一切体力を減らしていない状態で満身創痍の俺達が戦って勝てるほど甘くはないだろう。
「だからってここで死んでも意味無いけどなッ!」
一度も経験した事はないが、俺は死んでも生き返るらしいので、死ぬ事に関しては大丈夫だ。ただ、フィーとカヤとなると話は別になる。
この世界に蘇生魔法なんて便利なものはない。死は不可逆であり、死んでしまったらそれで終わりだ。カヤは最強と言われるだけあり、俺達を守りながら戦えているからまだしも、フィーの方は魔力が切れたら為す術がなくなる。
そんな事態は極力というか絶対避けたい。
――グギャギャッ!!
『危ない!』
俺の背後からゴブリンの声が聞こえたかと思うと、カヤが瞬時にそのゴブリンを倒してくれた。もしカヤがいなかったら、背後から現れたゴブリンの攻撃に反応しきれずに俺は死んでいただろう。
「助かった!」
『二人はわたしが守るもん!』
カヤはそう言いながら俺達に近いゴブリンからどんどん倒して行く。
「…………このままだと最悪俺達が殺される……どうすれば……」
俺が何か打開策がないかを考え始めた時だった。
『あーもう! ゴブリンなんてみんな死んじゃえ!』
カヤは突如大きな声を上げ、俺とフィーの元に来たかと思うと、瞬間的に大規模な魔法を放った。その魔法は俺達を中心とした、竜巻を発生させるというもの。
竜巻は俺達の周りにいたゴブリン達を上空に巻き上げ、最高点に達した時、宙に放り出していく。言わば、ゴブリン達はスカイダイビングをパラシュート無しでさせられているのと同じだ。
となると、宙に放り出された後の事を想像するのは容易だ。ゴブリン達は自由落下をしていき、速度限界に達し、その速度のまま地面あるいは下にいたゴブリンへと衝突する。
カヤの癇癪によって俺達は助かったと言っていい。今のカヤは『ゴブリンなんて嫌いッ!』と言っている程だ。いつもは心優しいカヤでも今回ばかりは、怒らずにはいられなかったくらいに面倒くさかったのだろう。
「よし! カヤのおかげで少しだが道が出来た! 先に進むぞ!」
俺達は竜巻によって出来た空いた空間を先に進んで行くのだが、ゴブリンキングの元へはまだ届かなかった。空いた空間をゴブリン達が埋めていくのだ。そして、その度にカヤが『もうっ!』と苛立ち、ゴブリン達をあの手この手を使って屠っていくのである。
時には氷を地面から生やし串刺しに、時には大規模な落雷を発生させ感電死に、時には空間を切り裂き真空刃のようなもので一刀両断に……とそれはもう残虐なものであった。
猫という生き物は目的の為には手段を選ばないとされている。ご飯が欲しい時などによく顕著に現れるらしい。
カヤについても、今この瞬間は『ゴブリンを殺す』という目的のために手段を選んでいない状態だ。確実に殺せる方法でしかゴブリンを攻撃していない所からもよく分かる。
俺としては、カヤには『殺す』なんて言う物騒な言葉を使って欲しくはないのだが、この状況下ではそんな事は言ってられない。目の前のゴブリン達はカヤに任せ、俺とフィーはゴブリンキングだけを目指して前に進んで行く。
そして何度目かのカヤの癇癪を経て遂にゴブリンキングの元へ俺達は辿り着く。
ここに来るまでに俺とフィーは殆ど消耗しておらず、カヤもまだまだ余裕がある。俺が想像していた限りベストなコンディションだ。
『キタカ、ニンゲン』
ゴブリンキングは俺達を前にしても椅子から腰を上げる素振りを全く見せず、それどころか未だに余裕綽々だと言わんばかりに寛いでいる。俺達を馬鹿にした行動であることは明白だった。
俺はそんなゴブリンキングの態度が気に食わず、ふつふつと怒りが湧いてきていたが、フィーは少し様子が違った。何か信じられないものを見たかのように固まっていたのだ。
「フィー?」
「ゴ、ゴブリンが人間の言葉を発した……? そんなのありえません……」
「そういえば……確かにコイツ、人間の言葉を使っていた……」
『ニンゲンノ、コトバヲ、オボエルコトナド、ワレニハ、ゾウサモナイ』
「でも、一体どこで言葉を……」
『ワレノクニニ、ハイリコンダニンゲンヲツカマエ、コトバヲマネタマデ』
「なんだって!?」
『ヨウズミニナッタニンゲンハ、ワレガイタダイタ。イママデニタベタ、ドノニクヨリモ、ウマカッタゾ』
「「――っ!?」」
ゴブリンキングは一度誰かしらの人間を捕まえ言葉を学習した後に、用済みになったから食したと言う。恐らくだが、学習したものは言葉だけではないはずだ。人間の弱点や習性、発展具合などその人間の知るだけの情報を引き出しているに違いない。
俺がそう思う理由は主に二つある。
一つ目が、ゴブリンキングの学習速度の早さだ。ゴブリンキングが人間の標準語を覚えるのに費やした時間は、良くてせいぜい半年程度のはず。俺も同じように標準語を学んでいたから分かるが、標準語を半年で話せるようになるのは至難の業だ。
そんな学習能力があるゴブリンキングが、果たして人間から情報を引き出さないという愚行をするだろうか。
そして二つ目だが、見るからに余裕なゴブリンキングの態度からだ。恐らく、ゴブリンキングは何か俺達に勝てる算段があるのだろう。でなければこれほどの余裕を俺達の前で見せる事などないはず。
コイツは頭がいいのだ。それ以外に理由などないだろう。
「ちょっと不味いかもな……」
「こんな時に弱気にならないでください」
「とは言うが、さすがにな。そもそもコイツ、フィーの魔法効いてなかっただろ?」
「いえ、そんなはずはないんです。当たっていれば何かしらのダメージがないとおかしいはずです。例えば、皮膚が焦げる、体毛が縮れる……そんな変化があって当然なんですよ。でも……」
「コイツはそれが一切ない……と言うわけか。確かにそんな変化は見当たらないな。だったら考えられる事は二つ。ゴブリンキングの何かしらの特技もしくは魔法で完全に防がれたか、ゴブリンキングを庇った他のゴブリンが居たかだ」
これは不味い事になっているかもしれない。ゴブリンキングにダメージが与えられないと考えたこの二つの内、どちらの理由でも長期戦になる可能性が高い。
特技や魔法であったならば、疲れが見え始めるか魔力が尽きるかのどちらか、他のゴブリンに庇われているのなら、他のゴブリンがいなくなるまで、こちらの攻撃はゴブリンキングには通らないという訳だ。
「その二択ならっ! こうすれば分かります!」
突如として、フィーが閃光爆弾を作りそしてゴブリンキングへと放った。見ていた感じでは、撃つまでの早さを重視していて、大きさや爆弾の速度は最初に比べ劣っている。が、それでも閃光が見えるくらいには早かった。
そしてゴブリンキングへと飛んで行き爆発。先ほどと同じように土煙が上がる。
「さてどうでしょうか……」
「フィー、これはさすがに無茶だったんじゃ?」
「私はこれが最適だと思ったので」
フィーがそう答えると、土煙の中から椅子に座ったままのシルエットが浮かび上がる。
『マタオナジマホウカ』
ゴブリンキングは健在だった。しかし、その近くには爆散した肉の破片と、下半身だけになった体が落ちている事が辛うじて確認できた。
「これでハッキリしましたね」
「あぁ。コイツは手下を盾にして、フィーの攻撃から逃れている」
しかし、それが分かったところでなにも現状は変わらない。それをどうにかしたいが、カヤは俺達を守るために周りのゴブリン達の処理に回っているし、フィーもこの事によって迂闊に魔法が撃てない。
どうすればいいかと悩んだその時、ゴブリンキングは予想だにしない事を言った。
『オマエタチノ、コウドウハ、ワカリヤスイ。ワレハ、ハジメニ、ウエカラコウゲキサレルコトヲ、ヨンデイタ。ソシテ、ワレガイキテイルトシッタラ、ワレノモトニクルコトモ。サラニ、ワレニアッテスグ、オナジマホウヲ、ウツコトモ』
「なん……だと……」
『ヨルハクライ。アカルクスレバ、イバショモワカリ、オソイヤスクナル。ダカラ、ウエカラクルコトヲ、ヨメル』
「だからあんなに仰々しく明かりを灯していたのか……ッ!」
このゴブリンキング……とんだ策士だ。ただのゴブリンと同じように戦っていたら勝ち目はほぼ無い。と言うよりも、コイツは人間と同じ、同類として見なければ間違いなく負けるだろう。
俺の背中にツーっと冷や汗が流れる。ヤバいとは思っていたがここまで強敵だとは思ってもみなかった。
「どう倒せばいいんだ……」
「私にも分かりません……ですが、どこかに倒すための糸口があるはずです。それを探し出せれば……」
「あぁそうだな。その為にも出来るだけ攻撃をしなければならない訳だが……フィーの魔力はまだ充分に残ってるか?」
「はい。八割方残ってます」
「だったらゴブリンキングを中心に広範囲の炎魔法を一度撃ってみてくれ。恐らくだが、庇うと言っても限度があるだろう」
「分かりました。やってみます」
フィーは上空に大きな青い炎の塊を作り出す。それはまるで青く輝く太陽の様でもあった。上空に出来たその太陽の如き炎に気付いたゴブリンメイジ達は、一斉にそれに向かって魔法を放ち始める。
ゴブリン達がその魔法に向いている隙に、俺はゴブリンキングの背後に回って盾に紐を括りつける。
もし、フィーの魔法でもゴブリンキングが倒せなかった時の保険としての事だ。やる事を簡単に言えば盾を振り回すだけなのだが、この盾は物理反射だ。何かに当たればその分の力が跳ね返る。
盾を振り回すとなればその分の遠心力もかかり、ある程度の速度にもなる。それが人間にぶつかった時の衝撃は骨が折れる位はあるはずだ。しかも、この世には作用反作用の法則があり、何かにぶつかった時は、相手に与えた力の分だけ自分にも跳ね返ってくる。
その作用反作用の法則で跳ね返ってくる力を、この盾であれば跳ね返ってきた力の分だけ反射するので、相手には純粋に二倍の衝撃が入るはずなのだ。
二倍の衝撃が入るとして、それがゴブリンキングの頭に直撃した場合、頭がどうなるか。それは簡単な話であり、盾を買って一番最初に攻撃をしてきたゴブリンと同じ運命になる。要するに頭が粉々になるのだ。
それでなくても頭は生きるのに一番必要なファクターだ。二倍の衝撃が加えられれば脳は確実に揺さぶられ、何かしら事態は変わるはずだ。
「いきます! 『大蒼炎球』ッ!」
俺が盾に紐を括り付け終わるのと同時に、フィーの魔法の準備をも終わった。
上空からゆっくりと降下してくる火の玉に対し、ゴブリン達は為す術がないと悟ったのか、一心不乱にゴブリンキングの元へ集い、周りを囲い、上を覆い出す。
その中で、あるゴブリンメイジがゴブリンキングに集うゴブリンに肩をぶつけられたか何かで、俺の方へと水の玉が飛んできた。咄嗟に盾で防いだのだが、その水の玉は何故か飛んできた方向ではなく、あらぬ方向へと飛んでいった。
そうしているうちにも、フィーの放った魔法はゴブリンキングへと迫り、ゴブリンキングの上を守っていたゴブリンを焼き始める。そして徐々に徐々にゴブリンを焼きながら降下し、遂にゴブリンキングの元に到達。
数十秒の間、ゴブリンキングを焼いていた。
周りにはゴブリンの焼ける匂いが充満し初め、フィーの魔法が解ける。
解けた魔法の中から現れたのは数多くのゴブリンの焼死体と、水のベールで包まれたゴブリンキングと何匹かのゴブリンメイジ。
つまり、これだけでは倒せなかったのである。
『フハハ! ニンゲン。イマノハ、アブナカッタゾ』
「ふん。そんな事一ミリも思ってない癖に何言ってんだ」
「想像以上にガードが堅いですね……」
「俺に案がある。失敗したらどっちかが死ぬかもしれないが……やるか?」
「やります」
さすがフィー、即答だ。
そして案だが、本当は盾を振り回す予定だったが、ある事がきっかけでいい事を思い付いた。これならゴブリンキングのガードをかいくぐれるはず。
その案を一度フィーの元に行き、軽く伝える。
「そんな事を……分かりました。では手筈通りに」
「あぁ、頼んだ」
そして俺達は再びゴブリンキングへと向き直る――。
ゴブリンキングの台詞が読み辛いかもしれません。どうしてもカタカナは嫌という人がいるのであれば、私に伝えて頂ければ書き直す予定です。
それでは、次回もお会い出来る事を願って。