065話 そんな……まさか……
遅れてすいません。思ったよりも戦いの様子が書けなくて苦戦しました。
「総員戦闘配備ッ! 一匹たりとて街への侵入を許してはいけない!」
ゴブリンの姿を捉えた時、フレッドの号令がかかる。冒険者達はあまりの数の多さに気圧されていたが、号令がかかったおかげで自分達の背中には守らなければならない人達がいることを認識したようだ。
そして冒険者達は各持ち場に付き、武器を手に取る。しかし皆が皆、顔を強ばらせる。
――あの数に太刀打ち出来るのか。
――この戦いに勝てるのか。
そんな感情でいっぱいいっぱいなのだろう。
斯く言う俺も同じ感情が零れている。ゴブリンの群れがこちらに攻めてくる様子は、想像していたものよりも遥かに恐ろしい。
「カナタさん、ゴブリン達がこちらに到着する前に私達も行かないと……」
「あ、あぁ……そうだな……」
知らず知らずのうちに恐怖で体が震えていた。そのせいで体を上手く動かせない。
フィーはそんな俺の様子を見て何かを感じたようで、心配そう顔をする。
「大丈夫ですか?」
「恥ずかしい話なんだが、足が竦んで動けない……」
『カナタはわたしが守るから心配しなくても大丈夫!』
「それは心強いな」
俺は大きく深呼吸をする。竦んでしまって動かなかった足が自然と動き出す。
「さぁ、ゴブリンキングを倒しに向かいましょうか」
「だな」
『二人とも掴まってー』
覚悟は出来た。後はやらなければならない事をやるだけだ。
俺はそう自分に言い聞かせ、飛ぶ準備を初めているカヤに掴まる。カヤはフィーが俺と同じように掴まると同時にゆっくりと宙に浮き出した。
すると俺とフィーの体も徐々に浮き始め、地面との距離が離れていく。そして十分な高度に達すると、ゴブリンの群れを目指して飛び出した。
おずおずと下を見てみると結構な高さがあり、もしカヤから手が離れて落ちてしまったら……という考えがよぎってしまう。
ゴブリン達の群れを見て随分とネガティブな発想になってしまっているようだ。しかし、フィーやカヤは全く臆していないように見える。圧倒的な場数の差と経験の差が出ているのかと、実感する。カヤに関しては絶対的な力の差のおかげもあるだろうな。
「はぁ……まあ俺も初めてのことだし無理はないんだろうが、俺ってこんなに弱いんだなぁ。二人にあるものが俺には一つもないとか泣きそう」
「確かにカナタさんは、戦いの経験値が少ないですし、大きな戦いという場面も初めてで、その上大した力がないのに重要な役割を担っていますので、泣きたくなる気持ちも分かります」
俺の呟きを聞いていたらしいフィーがあろう事かネガティブになっている俺にこんな現実を見せてきた。
「あぁ……現実突き付けられて涙が出てきちゃったよ……」
「私がまだ言い終わってないのに泣くの早すぎです。いいですか? カナタさんは私達と固い絆で結ばれているんです。二人にあるものが一つもないなんて言わないでください」
「…………そんな事を言われたら、もう涙が止まらないな。むしろ鼻水まで一緒に流れてくるレベル」
「そんなくだらない事が言えるならもう大丈夫ですよね。カナタさんはカナタさんらしくいればそれだけで私達の助けになるんですから」
「うぅ……フィー、ありがとう。俺、出来るだけ頑張るよ」
「はい! 私はちゃんと見てますから」
フィーのおかげで力が湧いてきた。というか、ネガティブな思考がなくなった訳ではないが、減ったので本来の力が発揮されるようになってきたのだろう。それにフィーが見ていてくれると言ってくれたのも、俺の心の大きな支えになった。
これで俺も頑張れる。フィーが見ていてくれるんだ。しっかりしないと。
『着いたー』
そんな決意したとき、カヤがそう言った。下を見てみると、ゴブリン達の群れの上空へ来ていた。場所で言えば、空堀の百メートル程離れた所と言ったところだろうか。
ゴブリンの数の多さが上から見てよく分かる。例えで言うならば、満員電車や渋谷のスクランブル交差点のような混みようだ。こんなものが所狭しと街を目指して進行してくるなど、恐怖以外の何物でもない。地上で戦う冒険者には酷かもしれないが、頑張って欲しい。
また、ゴブリン達の中には一際目立つ奴もいた。目に入りやすいのは杖から火を出して辺りを照らしているゴブリン。恐らくこのゴブリンがゴブリンメイジと称される奴なのだろう。他にも、大きな大剣を担いでいる奴や、体が一回り大きい奴もいた。
これらのゴブリンは通常のゴブリンとはまた違った面構えをしていて、俺から見ても只者ではないと感じる。
そして一番目立つのが、神輿のようなものに担がれて、四方をゴブリンメイジで囲っているせいか光が最も強い奴だ。またゴブリンの精鋭のような部隊が目の前に展開されており攻撃力、守備力共に他とは比較にならない。
遠目で見てもその異様な光景は、明らかにゴブリンキングがいる事を示唆していた。
肝心のゴブリンキングは神輿に着いているイスに大胆に腰を掛けていた。座ってはいるが身長は三メートル程あるかという程の大きさで、まさに王者の風格を見せていた。
「あそこですね。分かりやすくて助かりました。カヤ、あそこに向かってください」
『はーい』
俺達は唯一の目的であるゴブリンキングの元へ向かう。
だが、それでいいはずなのに何故か妙に引っかかる事があり、俺の中では向かうのはやめた方がいいと抵抗している部分があった。しかし、ここでいかなければ、何をしにここまで来たのかと言う話になる。
なので、せめてフィーには最善の注意を払ってもらうためにこのことを伝えておいた方がいいだろう。
「フィー……こんな事を言うのもアレなんだが、気を付けておいた方がいいかもしれない」
「はい。それはもう重々承知してます」
「あ、いやそういう事じゃなくて――」
『ここでいい?』
「あ、はい! じゃあ、早速いきますよ」
俺の忠告を前に、目的地に着いてしまい、フィーが例の魔法の発動のために集中を始めた。さすがに集中力を途切らせる訳にはいかないので、結局忠告はできなかった。
だが、ゴブリンキングはこちらにまだ気付いていない様子だし、フィーの魔法は見てから避けられるものではない。これなら大丈夫だ。確実に仕留める事が出来る。
俺はそう思っていた。
「出来ました……いきますね」
「おう、やってやれ」
そしてフィーが魔法を発動させる……その刹那だった。ゴブリンキングがこちらを見つめて口角を上げたのを見た。見間違いではなく、確かにゴブリンキングはこちらをしっかりと見つめてきていた。
フィーの魔法はそのまま、不敵な笑みを浮かべたゴブリンキングへ一直線に伸びていった。そして着弾と同時に大きな爆発を起こし、爆風が地面の砂を舞いあげる。
ゴブリンキングが一体どうなったのかは土煙のせいでまだ確認は出来ない。ただ、嫌な予感はしていた。俺はその予感が外れてくれと心の中で強く願う。
と、その時、土煙がゴブリン達の風魔法によって払われた。そして、中から出てきたやつ見て俺は――俺達は唖然とする。
「そんな……まさか……やっぱりアイツはッ!」
「私の魔法が通用しなかった!? そんなはずはッ!!」
フィーが声を荒らげる。一撃必殺と思っていた自分の魔法が効かなかった事で焦っているのだろう。
俺も『奴』の不気味さになんとも言えない静かな焦りがある。
――ギャギャギャッ!!
奴は――ゴブリンキングは生きていた。生きて俺達の焦った顔を見て大笑いしている。
コイツは何故、生きているのか。何故無事でいられるのか。何故、俺達の事に気付いたのか。俺の頭は、様々事でフル回転をしていた。
◇◆◇◆◇
「みんな行くぞ! 私達の街を守るんだ!」
――オオオォォォォォーーーッ!!!
遂にゴブリン達と交戦になった。数は予想の四倍で、元々数では不利だったのに、更にこちらが不利になってしまった。初めに魔法が使える冒険者で、大規模な魔法を適当に打ち込み、前線で戦うみんなのために数を減らしてはいるけれど、それでも圧倒的な数の差は覆らない。
生存は絶望的。それは皆も肌で感じてよく分かっているはず。けれど、その絶望に負けてはならない。
私は相棒の大剣を薙いでゴブリンを一度に三匹づつ処理していく。
カナタ君が掘ってくれた空堀も初めは機能してくれてけれど、既にいっぱいになってしまい、急遽、横に広がらないように土魔法が使える冒険者で堰き止めしてもらった。
「みんな踏んだるんだ! 決して諦めてはいけない! 勝機は必ずある! 彼等を信じるんだ!」
この戦いが始まる前に、みんなには一度彼等の事を話してある。たった三人でゴブリンキングだけを目指して戦う事を。
そして、つい先程、私達がゴブリン達と交戦を始める前にゴブリン達の方から微かに爆発音が聞こえた。恐らくはフィーさんの魔法が発動したという事のはず。
もう彼等は戦いを初めている。それも一番キツい戦いを。
私は彼等の健闘を祈りながら、ゴブリンを更に屠り続けていく――。
◇◆◇◆◇
『わわわっ!』
「このままじゃ狙い撃ちされる! 早く下に降りないと!」
俺達は、ゴブリンキングへの攻撃が失敗してすぐにゴブリンメイジ達の魔法が放たれた。夜の空を飛んでいるのだが、下からの光や、飛んでくる火の玉によって場所が常にゴブリン達に知られてしまう。そのせいで、空を逃げ回る事を余儀なくしていた。
このままではまずいので、下に降りようと何度も試みているが、その度に妨害されてしまっていた。
『でもどうやってぇ!? このままじゃ降りれないよぉ!』
「くっ……何か策がないか考えろ俺! 策……策…………くそっ! 何も思い浮かばねぇ!」
『ヒャッ! ううぅ……怖いよぉ!』
焦りもあってか、全く策が思い浮かばない。そのせいでカヤに怖い思いをさせていると思うと、焦ったらダメだと分かっていても更に焦ってしまう。
この状況を打破する事が出来る策はないのか……考えろ。死に物狂いで考えるんだ!
「…………私に考えがあります」
「マジで!? 今はなんでもいい、思い付いた事を取り敢えずやってくれ!」
「はい! ではいきます!」
そう言ってフィーは手を前に突き出す。いつも魔法を放つ時にしているポーズだ。
そしてその手の平の前にはサッカーボールサイズの赤い火の玉が現れた。いつもは青い火の玉を使っているフィーが珍しく赤い火の玉を使っている。もしかしてこれがフィーの考えというやつなのだろうか。
「はぁッ!」
フィーはある程度魔法を安定させると、その火の玉をゴブリン達に向けて放った。それはゴブリンメイジ達が放っている火の玉と何ら遜色はないようにみえる。
そして、フィーの火の玉がゴブリン達へと着弾すると大爆発を起こした。規模は、フィーの『閃光爆弾』の何十倍もある。
それによって、広範囲に爆風が広がり、土煙が広く立ち込める。
「さあ、今の内です! 早く下に!」
『うん!』
土煙と夜という暗さのおかげで俺達から魔法が逸れ、無事に地面に降り立つ事が出来た。今回はフィーの機転に助けられた。
「良かったです……上手くいって……」
「狙ってやったのか?」
「はい、一応は。さっき閃光爆弾をゴブリンキングに向けて放った時に土煙が立ったのを思い出したので、その応用です」
「その手があったか……まあ何にせよ一つ目の危機は過ぎた」
「ですけど……」
「あぁ、次の危機が俺達に迫ってきてる」
土煙がゴブリン達の風魔法によって払われていく。徐々にゴブリン達の姿がハッキリと見えてくる。そして完全に払われた時、ゴブリン達は俺達に向かって来るだろう。
ゴブリンの総数はざっと見て二十万程だった。その四分の一程度が、俺達に向かってきている。
――こっちは三人、ゴブリンは約五万匹。
戦力差は歴然。その上、ゴブリンキングを倒すという目的もある。俺達の勝ち目がなさすぎる。だが、それでもやらなければならない。
俺達が相手にしない残りのゴブリン約十五万をたった二千人強で抑えている冒険者のみんなや、街に住むみんなの為にも全力でゴブリンキングを倒しに行かなければならない。
……土煙は完全に払われた。ゴブリン達は俺達を睨み、キングに手を出したものを殺さんと歩みを進めてくる。
「ここからが正念場だ……気を引き締めて行くぞ。カヤは俺とフィーのフォロー! フィーは出来るだけ魔力の消費を抑えた魔法を! 俺はなにもできないけど二人に迷惑がかからない程度に頑張る、って事で!」
「『了解!』」
ゴブリン達はジリジリと近付いてくる。それだけで、俺に死を予感させる。正直に言えば怖い。こんな大群にこれっぽっちの戦力で突っ込むなんて、頭がどうかしていると思う。
けれど、それを分かった上で、それでも守らなければならない人達のためにやらなければならないんだ、と自分に言い聞かせる。
「二人とも覚悟はいいな」
「はい」
『うん』
「――行くぞッ!!」
そして俺達はゴブリンの大群に突っ込んでいった――。
戦闘シーンが苦手ではあるので、また投稿が遅れる可能性があります。ご了承頂けると幸いです。
それでは、次回もお会い出来る事を願って。