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064話 もしかしてあれが……


 ゴブリンキングを倒す算段がつき、上に戻ってからほどなくして、フレッドが作戦を立てて支部長室から出てきた。そしてその足で、職員の一人に作戦が書いてあると思われる紙を渡していた。

 フレッドは毎度の事ながら疲れが見える。こんな状態でゴブリン達と戦って大丈夫なのだろうか。


「この作戦内容を冒険者のみんなに至急伝えて。後の事は任せるよ。分からないことがあったら、詳しい事はこれに書いているからそれ読んでね」


「かしこまりました」


 職員はそそくさと仕事に取り掛かり、忙しそうにしはじめた。対してフレッドは、ようやく一段落ついたようで休憩の時間に入ったらしい。

 そんな時に俺達を見つけてこっちに寄ってくる。顔は疲れと笑顔が混在していて気持ち悪いことになっている。


「……ふぅ、やっと終わったよ。後は私が君達に作戦について説明するだけだね」


「その前にその顔をどうにかしろ。カヤに悪影響だろ」


『その人のマネ〜』


「見てみろ! カヤが真似し始めただろ!」


 カヤはフレッドの真似をして、疲れと笑顔が混在している顔を俺とフィーに見せてくる。カヤはやけに楽しそうだ。

 あぁ……カヤの可愛くて美しい顔が……いや、この顔もありかもしれない……。


「ズキューンッ!!」


「フィーの気持ちは分からなくもないが、心打たれたってことをわざわざ言葉にしなくてもいいんだぞ」


「そんな事言ったってカヤが可愛すぎるんですもん! 可愛すぎて私の心拍数はなおも上がり続けてるんですよ!」


「それって、恋とかいう病の症状にそっくりだと思うんだが」


「これは恋なんてものでは収まるものじゃないです。愛でも無理ですね。これはなんて言うか……ものすごく神聖で尊い……はっ! そうです! 尊いんですよ!」


「あちゃー。恋の病じゃなくて頭の病だったかぁ」


 フィーはもう末期なのではないかと思う。神聖とか尊いとか言い出したらもうだめだろう。手の施しようがない。


 そんな事を考えていると、カヤがフィーの方をじっと見つめ、数秒すると『よし』と一言言ったのが聞こえた。それはフィーにも聞こえていたようで、俺とフィーが不思議そうにしていると、カヤが下を向き、


『フィーの目の輝きのマネ〜』


 と、言って顔を上げた。


「「ズキューンッ!!」」


 久しぶりに見たキラキラのエフェクト付きでカヤの可愛さは数倍増しになり、更に目の輝きを引き立てる顔の角度と体勢を意図的にしていたこともあり、俺とフィーは心を撃ち抜かれた。

 それはもう『ズキューンッ!!』と自然に言ってしまうくらいに撃ち抜かれた。可愛いは正義でもあるが、今回の可愛さは罪のレベルだ。それに今気付いたのだが、輝くカヤの目をよく見てみるとほんのりピンク色のハート型になっている。

 こんなのを世の中の男が見たら完全にカヤの虜になる決まってる。俺は既に虜だから関係ないけどね。


「カナタさん……今、この瞬間の幸せを感じたまま死にたいんですけどいいですか?」


「待て早まるな。気持ちは痛いほど分かるけど、フィーが死んだらカヤが悲しむ」


「そうですね……カヤの悲しむ姿は死んでも見たくないですから死ぬのはやめます」


「あぁ、ぜひともそうしてくれ」


 今の俺とフィーの心境を言葉に表すと、フィーの言葉を借りて『尊すぎて死にたい』って所だろうか。ゴブリンが攻めてくるというのになんとも気の抜ける事だ。


「そろそろ、こっちの話をしてもいいかな? 仲間外れは悲しいよ……」


「す、すいません支部長! 重要な話をされるというのにカヤの可愛さに見とれてしまっていました……」


「いやいいんだよ……それにそんな急ぎでもないからね。……じゃあ本題に入らせてもらうよ?」


「本題って今回の作戦の事だよな?」


「そうだね。君達は他の冒険者と別行動になる訳だけど、みんながどう動くかを知っておいた方が何かといいかと思うんだ。例えば、ゴブリンキングを倒した後に報告に行こうとしたけれど、どこに行けばいいのか分からない、みたいな事があったら大変だからね」


「確かにな」


 フレッドの言う通りの事になれば確かに大変だ。こちらの連絡がうまくいかなかったせいで全ての人を危険にさらすことになるのだからな。

 それをちゃんと分かっている辺り、こんなフレッドでもちゃんと支部長やってるんだなと改めて感じる。


「じゃあ早速作戦の内容だけど、まずは戦う時間帯が夜だということをしっかり頭の中に入れておいて欲しい。勿論色々と対策はしているけど、それでも夜は見通しが悪くて、不意な攻撃が飛んでくる可能性が十分にあるからね」


「了解。……ちなみにその対策ってのは何だ?」


「魔力を込めると長時間強い光を放つ魔石が戦場を照らせるくらいは協会にあるからそれを使う予定だよ。でも、戦うのが夜だって事はみんな分かってるだろうし、それぞれで対策をしているかもしれないね」


「なるほど、分かった」


 変に光らせてるだけだと闇の部分が強くなって更に視界が悪くなるかもしれないと思ったが杞憂だったみたいだ。


「じゃあそれを踏まえて話すよ。まず今回の戦いで目指すのは街の防衛。だから基本的にはこちらから攻めずに、こちらに来たものを各個撃破という形をとる。幸い、君達が掘ってくれた空堀があるし、魔法使いには戦いやすい足場もあるしね」


「基本的にって事は緊急時かなんかもあるのか?」


「そうだね。みんなには悪いけど緊急時には街に住む人達を守るために捨て身で攻めるつもりだよ。君も言っていたけど、冒険者は命をかけて命を守る仕事だからね」


 それは衛兵も一緒だけどね、と付け加えるフレッド。ちなみに、今回の戦いでは衛兵は街の住民を守ることに専念し、冒険者の戦いのサポートに回るようだ。

 現に、外では今でも衛兵達による住民の避難が行われている。彼等なくしては住民の身の安全も守れないのだ。


「私は常に前衛で冒険者達に指示を出しつつ危なくなっているところの支援に行く予定だよ。もし、君達がゴブリンキングを討伐たら私を探し出して報告に来てくれるとありがたいね」


「動き回るなら何か目印が欲しいところだな……」


「じゃあ私の頭に光を放つ魔石を着けておこう。それならわかりやすいだろう?」


「めちゃくちゃ目立つだろうな。でもそんなことしたらゴブリン達に群がられないか?」


「むしろドンと来いだね。ゴブリンくらいならいくら群がられても遅れは取らないさ」


「ならいいが……」


 戦場でただ一人頭を光らせながら縦横無尽に駆け回る奴がいたらそれは目立たないわけがなく、必然的に目に止まるだろう。更にそいつが強いとなれば止めようと多くのゴブリン達が来るに違いない。

 フレッドは大丈夫だと言っているが、実際のところ一対多では多勢に無勢だと思う。背後から忍び寄られては後ろに目がついていない限り避けることなど不可能だろう。

 しかし、俺がこんな心配をしたところで何も変わらない。戦場を駆け回るフレッドを信じよう。


「それで君達がゴブリンキングを倒した後の事だけど、これにはゴブリン達が取る行動とフィーさんの状態によって三つに分かれる予定なんだ」


「そうなのか?」


 フレッドは俺の問いにうんと頷く。どういう事なのか詳しく話を聞いてみたものを簡単にまとめるとこうだ。


 一つ目は、ゴブリン達が撤退をした時にフィーさんの状態が良かった場合。この場合はある程度ゴブリン達を逃がした後にフィーの広範囲魔法で殲滅。


 二つ目はゴブリン達が撤退した時にフィーの状態が悪い場合。この場合はゴブリン達を殲滅する為に逃げるものを全力で追う。


 三つ目はゴブリン達がやけを起こして攻めてきた場合。何としても街を守るために全力で防衛。


 ということだった。

 フレッドとしては二つ目の作戦になる可能性が高いと考えているようだ。理由は、フィーがゴブリンキングと戦った際に魔力がほとんど残ってないのではないかと考えているからだ。

 フィーとしては簡単にケリをつける予定みたいなので、一つ目の作戦になると思っているようだが、戦いは何が起こるか分からない。フィーには覚悟していてもらおう。


 で、俺はゴブリン達の底力を信じて三つ目の作戦になると思っている。と言うのも、盾を買った時に試しで使った時のゴブリンの反応を直で見て、仲間が殺されたことに激怒したかのように俺に襲いかかってきたのを鮮明に覚えているからだ。

 あれはやけを起こしたというより、復讐という気迫だった。もしゴブリンキングを殺された事にゴブリン達が激怒するのならそれはもう手が付けられない程に恐ろしいものになるのではないだろうか。

 どんな生物でもそうだが、危機的状況に追い込むと思わぬ反撃があるものだ。ことわざで言うと『窮鼠猫を噛む』だ。


 ゴブリン達はきっと復讐にかられる。何となくそんな予感がする。ただ、まだそうなったと決まったわけではないので無用な心配をかけることは避けた方がいいだろう。


「……取り敢えず、お前が立てた作戦は分かった。その通りに動こう。それと、一つだけ教えてもらいたいんだが、ゴブリンの数はどれくらいだ?」


「…………聞くところによると五万は優に超えるね」


「五まっ!? 冒険者の数は!?」


「戦える冒険者は良くて三千ってところかな。でも初心者もいるしまだ経験が浅い子もいるから大体二千が目安だね」


 この街は約五十万人の人が住んでいるとフィーが言っていた。戦える人達は人口の一パーセント以下ということになる。冒険者の数で言うなら一パーセントはあるだろうがそれでも少ない。

 だがそれも良く考えれば分かる事だ。冒険者は常に危険が伴う。更に給料も安定しない。それなら衛兵に志願して、仲間と共に訓練し、安定した給料を貰う方がよっぽどマシだ。それに、職業なら他にもまだまだ沢山ある。将来を考えるならそっちに就く方が利口だ。

 言ってしまえば、冒険者は誰でもなれるが誰でもなりたいものでもないという事だ。フレッドが人手不足だと嘆いたのにはそう言う背景もあったのかもしれない。


 その中で戦える冒険者が大体二千と見てみると、一人頭ゴブリンを二十五匹は倒さなければならない。ただのゴブリンなら簡単そうに思えるが、その中にも上級ゴブリンがいるようだし、そのゴブリンを倒せるものは限られているだろう。


「……厳しくないか?」


「正直厳しいね。ハピネスラビットのみんながいればゴブリン程度なら一秒六匹くらいで一気に殲滅出来たんだけど、それも望めないしね」


「なんでこんな重要な時にいないんだよ……」


「彼等は世界を幸せにするためという信念を元に、色々ところに遠征しに行って街を守っているからね。ゴブリンが攻めてくる時期が悪かったって思うしかないよ」


 運が悪かった。そう言ってしまえば簡単だがそう簡単に割り切れるものでもない。戦力が少しでも欲しい時に大きな戦力となるものがいないのは不安になるものなのだ。


「大丈夫です。この街にはまだ私がいます。それにカヤも。カヤなら一秒で十匹は殺れますよ」


『やるー!』


 やる気に満ち溢れたポーズはとってもチャーミングだからそのまま続けてもらって構わないんだけど、『やる』っていう言葉遣いはやめようね。カヤにはまだこの言葉は早いと思うんだ。

 でも可愛いから許したくなるんだよな。


「あはは、それは心強いね」


「俺は一つも戦力にならないけどな。というかそもそも低階級(ランク)の俺に重大な仕事を任せるのがおかしいんだ。これで失敗したら支部長の責任問題だぞ」


「じゃあ失敗しないし大丈夫だね」


「なんの根拠もないのにそう言えるお前が凄い」


「いやぁ〜、それ程でもないよ! むしろ君の方が凄いよね!」


「俺は褒めてないし、凄くもない!」


「十分凄いよ? 機転が利くし、頭もいいし、人を使う事に長けてる。十分支部長になれる素質はあると思うよ」


 一体フレッドは何を言っているのやら。俺が支部長? ないな。俺が支部長になっているところなんて想像が出来ない。


「そもそも、それだけじゃ支部長にはなれないだろ。お前には長年冒険者をやってきた信頼みたいなもんがあるからみんなが着いてくるんだ。俺はお前にはついていかんがな」


「またまたぁ。君は十分に信頼を得ているじゃないか。フィーさんを変えた夫、もしくは娘を一人で育てた父としてのね。そんな凄い事をする人だったらみんながついていきたくなると思うよ」


「フィーを変えたことって凄い事なのか? というか元からこんなだったぞ?」


「こんなってなんですかこんなって。今はこんなでも冒険者に成り立ての頃の私は他人には刺々しく接していたんですよ」


『フィーはトゲトゲだったの? いたそう』


「そうそう。今でも偶にトゲトゲになって俺を攻撃してくるんだぞぉ。主にご飯抜きっていう拷問に等しい事をしてくるんだぞぉ」


『フィー怖い!』


「カーナーターさーん? ご飯抜きからぁ、残飯処理になりたいみたいですねぇ?」


「ヒイィィ! ごめんなさいすいませんウソです言い過ぎましたぁ!」


 俺は、それはそれは見事で綺麗な土下座を瞬間的に行っていた。それほどまでに俺は死を予感した瞬間だった。

 カヤに怖いと言われた時にフィーが無表情で目の輝きが零になってた。何あれ悪魔より怖い。冷たすぎて冷や汗すら出なかった。そして残飯処理の話を本気で言っていることが肌で感じれた。今回はマジで死んだと思った。


「分かればいいんですよ分かれば」


「はい……もう言いません。ごめんなさい」


 俺は土下座のままもう一度謝り、顔を上げてフィーの目に輝きが戻っているのを確認し、ほっと一息ついたのだった。




   ◇◆◇◆◇




 そうして時間は次第に過ぎていき、俺達は街の外で待機していた。フレッドはあの後、数時間の仮眠を取り、今は冒険者達の前で剣を構えてゴブリン達が来るのに備えていた。

 時間としてはもう日が暮れる時間。俺、フィー、カヤだけは他の冒険者とは違う位置で待機しているが、気持ちは他の冒険者と一緒だ。この街を守る。その一心でこの戦いに望んでいるのだ。


 徐々に徐々に日が暮れ始め、闇が光を覆うかのように辺りが暗くなり始める。

 そして完全に日が暮れて空に星が瞬き出した時、地平線に無数の揺らめく火がこちらに向かってきていることが目視できた。


「もしかしてあれが……」


「はい。ゴブリンの群れですね。ですが……」


 地平線を埋め尽くす程の数。フレッドは五万は優に超えると言っていたが、あれは五万どころの騒ぎじゃない。恐らく五万というのはあいつらの一部でしかなかったのだ。


――その数二十万。


 戦う前から絶望的。しかし、それでも戦わなければならない。


 月が満ちている星空の下、アイゼンブルクの街を守る戦いが始まったのだった。


 ちょっとゴブリンの数が多いような気がしていますが、これで押し通します。どうにもならない場合、修正します。ごめんなさい。

 それでは、次回もお会い出来る事を願って。

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