063話 なんて出鱈目な
「さて、後の事はフレッドに任せて俺達は俺達で話しておかなければならない事があるから、そっちに入ろう」
「話す事? そんなものがあるんですか?」
「そりゃあそうだろ。俺達はゴブリンキングを早急に倒しに行かないといけないから、どうやってゴブリンキングに近づいて行くかの話をしないと」
ゴブリン達の規模がどれくらいなのかは直で見て見なければ分からないが、ゴブリンキングがゴブリン部隊を引き連れてくるのならゴブリンキングは最後尾、もしくは部隊の中心に居る確率が高い。
そう考えれられる理由は、ゴブリンキングがゴブリンの統率をしているという所からだ。統率をするのなら戦いに参加せず、出来るだけ指示を飛ばす方に専念するはず。だから俺達が早急に倒して指揮系統を崩すという役目を担っているのだ。
そうすると、一番早く倒すために最後尾にいた場合にはゴブリン達の背後に回る、中心にいた場合はそこまでどうにか最短で切り抜けて倒す、という策が考えつく。が、しかし中心に居られた時は空から攻撃出来ない限り、どうしても敵陣に突出してしまい危険度が増してしまう。最後尾に回るにしても、ゴブリンキングの周りには護衛として親衛隊のようなものが張り付いているはず。
今回はそれをどうするのかを話し合おうと思っていたのだが、肝心のフィーはと言うと……
「そんなの正面突破でどうにかなるんじゃないですか?」
なんて事を言い始める始末。もしかしてフィーは今の今までずっと正面突破でどうにかしてきた人なのだろうか……だとしたら相当な力押しなのだが……。
「そもそもですよ? ゴブリンキングを討ち取るに当たって、情けは無用なのですからゴブリンキングがいる所まで私の炎魔法で灼き尽くしてしまえば良いんですよ。まあ、そんな事をしたら私はしばらく魔力切れで動けなくなりますが」
「そうは言うけど、もし倒せなかったらどうするんだ……確かに雑魚は減るかもしれないけど、こっちも大きな戦力を失う事になるんだぞ。天秤にかけたら損害はこっちの方が大きいだろ?」
「…………じゃあ、どうすればいいんですか?」
「それを今から話し合おうと思ってたところだよ……」
フィーは行き当たりばったりでどうにか出来ると思っているようだが、作戦があるとないとじゃ主導権を握れる機会が全然違う。これは俺が地球で働いていた頃のスケジュールの組み立てに似ている気がする。
作戦を立て実行することで成功に近付けるとスケジュールを立ててそれ通りに行動することで成功に近付く事。どちらも大切な事だ。ただ、作戦の方が重要性は上だが。
「いっその事、上空からゴブリンキング目掛けて速く貫通力の高い魔法を撃てれば楽なんですけどね」
「俺も上からは考えてみたけど、空を飛べる魔法でもない限り無理だな。そもそもそんな魔法があるのかも分からないし、流石のカヤでも空は飛べないはず」
『わたし空を飛ぶ魔法使えるよ?』
「ほらカヤも使えないって……え? 飛べちゃうの?」
『うん。使ったことないけど使える気がする』
「流石私の可愛い可愛いカヤですね! これはもう天才の域を超えて神の領域に入りそうですよ! でも可愛さだけは既に神をも超えてますけどね!」
「フィー落ち着いて。とりあえず、本当に飛べるのか試して見よう」
という訳で、空を飛ぶ魔法……仮に飛行魔法と名ずけて、その飛行魔法をカヤに使って貰うことにした。
カヤが言うには、飛行魔法は自分自身にしか掛ける事が出来ないが、自分に触れているものなら一緒に飛ばす事が出来るという事が感覚で分かるとの事。ほんと最強の名は伊達じゃないということを痛感する。
『じゃあ飛びまーす!』
カヤはそう言って宙を舞う。ここは協会の中なのでそれ程高く飛べていないが、グルグルと旋回しなから楽しそうに文字通りに飛び回っている。
『たのし〜♪』
「それどうやってコントロールしてるんだ?」
『こっちに行きたいって思ったら勝手に、かな?』
「これもイメージでどうにかなるものなのか。じゃあフィーも空を飛ぶ事をイメージしたら空が飛べるんじゃ?」
「既に試したことがありますが無理です。というか、カヤが特別なんです」
「そうなの?」
「普通の人間は魔法を扱うと言っても、殆どの人が火、風、水、土の四属性のいずれか一種類もしくは二種類しか扱えないんです。私も火と風の二種類しか扱えません。稀に四属性以外の魔法を扱える人がいますが、その人はその魔法と生活魔法以外は一切使う事が出来ません。なので四属性の土魔法を使えるのにこんな魔法も扱うなんてカヤは特別という他ないんです」
「じゃあ、みんなが使える生活魔法も満足に使えない俺も特別だな! あはははは……はぁ」
悲しきかな俺の特別性。人より劣っているから特別なんて何も言えない。ただ、傷の回復がとてつもなく早くて、死んでも生き返る体質なだけ。でも、その体質も傷を負えば痛いし、死ぬことは死ぬのだ。
これのどこが人より優れていると言えるだろう。当事者の俺は口が裂けても言えない。
「カナタさんもきっといい事ありますよ……」
「……その慰めで心が抉られそうになるのはなんでだろうな」
「悲しいから……ですかね」
「うん、俺もそう思う」
『あははっ♪ たのし〜♪』
今の俺とカヤは対極にいると言っても過言ではない。まあ確かに、俺と対になる存在という意味でカヤと名付けたが、ここまで対になら無くても良くね? なんなら俺もカヤ寄りにして欲しい。
『フィーも一緒にとぼー!』
「はい! 喜んで!」
俺が落ち込んでいるそばで、フィーはカヤに手を引かれ二人で協会内を飛行する。見ているとなんてシュールなんだと思うと共に、この二人が青い大空を飛んだらどれだけ絵になるだろうかと思いつつ、でも空を飛ぶ時にスカートはやばくねと思っていた。
まあ俺も男の子ですし、スカートの中が気になるのは致し方のないこと。許して欲しい。そもそもスカートで空を飛ぶ二人が悪いのだ。だから決して俺は悪くない。責めるならスカートを履いている二人を責めて欲しいくらいだ。
……冗談はさておき、空を飛べるという事実確認も出来たので、そろそろ本題に戻ろう。
「おーい。話の続きをするぞー」
「『はーい』」
返事を返した二人はふわりと俺の前に着地する。柔らかいソフトな着地だ。
ちなみに、スカートはあとちょっとで見えるという所まで上がり、その後重力に引かれて元に戻った。この見えそうで見えない感じがなんとも言えない。ただ、二人とも綺麗な足をしてたのは確認した。
…………俺、変態かよ……。
「さて、スカートの事は置いといて――」
「スカート? ……はっ!? もしかしてっ!」
「残念ながらスカートの中は見えなかったから安心していい。今度からは気を付けて飛ぶように」
「……なんだか釈然としないですが、気を付けます」
「そうしてくれ。……で、そんな事よりも、フィー達が空を飛べる事は確認できたから、次は速くて貫通力のある魔法の確認をしないと。それがないんじゃ飛ぶ意味もあまりないからな」
「それについては私に考えがあります。協会の地下にある試験場が使えればいいんですが……」
「んじゃ、フレッドに聞いてみるか」
「ですけど、支部長は作戦を練ってる最中なんじゃないですか?」
「あいつの事だから、俺が呼んだら嬉しそうな顔で俺達の所に来て『珍しいね! 君が私を呼んでくれるなんて!』みたいな事を言うに違いない。ま、見てろって」
俺はフレッドに向かって少し大きめに呼び声を出した。するとすぐさま支部長室の方からドアが激しく開く音が聞こえてきて、ドタドタという足音と共に、満面の笑みを携えたフレッドが疲れなんて飛んだ様な元気でこう言った。
「珍しいね! 君が自ら私を呼んでくれるなんて! 嬉しくて疲れなんて飛んでしまったよ! むしろ今が人生で一番絶好調さ!」
俺の考えたフレッドの台詞は甘かったらしい。俺が考えた台詞より凄まじい程の俺への愛が詰め込まれていた。若干フィーが引いているのが分かる。カヤはいつも通りに何だか楽しそう。そんなカヤを見るとこの世紀末の様な心も癒される。
「そんな絶好調なフレッドに頼みがあるんだが、地下の試験場を貸してくれないか?」
「勿論君の頼みなら断らないよ。好きに使って貰って構わない。ただ、あまり壊さないでくれるとありがたいかな。修理が面倒臭いんだ」
「分かった。んじゃそれだけだから。また用があったら呼ぶかも」
「君になら何時呼ばれても駆けつける自信があるよ!」
「男の愛は俺には不要だから……」
「いくら君でも、私の君に対する気持ちを愛なんて簡単な言葉で表して欲しくないね!」
「それがいらないんだよ! それとそんな事を本気で言うな! フィーが引いてるだろ!」
「それは失敬。でも――」
「でもじゃない! 俺達はもう行くから、お前は俺に対する気持ちをもっと良く考えておけ! それとゴブリンに対する作戦もな! フィー、カヤ行くぞ!」
「君がそう言うならもっと良く考えておくよ! じゃあまた後で会おう!」
俺はフレッドから見えなくなるまで、背後からフレッドの熱烈な見送りを受けながら、二人と一緒に試験場に向かう。
何なんだ、あのフレッドは。いつもよりも俺への愛が激しかったぞ。
「支部長はカナタさんにはいつもあんな感じなんですね。眉目秀麗でいつも冷静沈着な支部長をあんなにしまうカナタさんに正直引きます」
「引いてたの俺に対してかよ……俺は何もしてないのに……」
『しぶちょーはカナタの事が好き?』
「や、やめてくれ……そんな事想像したくもない……」
「私もそこまでは流石に想像したくないですね……」
階段を降りつつそんな話をしていると試験場に着いた。ここに来るのも三ヶ月ぶりになる。とは言ってもここにいたのはほんの数分だけだが。
試験場に着くとフィーはそのまま試験場の真ん中へと移動を始める。どうやらそこで魔法を放つようだ。
真ん中へと移動したフィーは早速魔法を放つ準備に入る。何だか、いつもの魔法を放つ時とは違って深い集中をしているように見える。
そして数秒後、フィーは両手を目の前に突き出した。
「『閃光爆弾』!」
するといつもより小さい青い火の玉がフィーの手の前に現れ、その火の玉が一筋の閃光を残して飛んでいく。そして壁に衝突後、大きな爆発と共に壁が砕け散った。
フィーの付けた名前通り、閃光爆弾だ。ただ、俺の知っている閃光弾とは違う。恐らく、フィーの言うフラッシュは目潰しの閃光ではなく、一閃の方だろう。
確かにこれは速い。火の玉の筋が残る程の速さなら避けられないだろう。ただ貫通力は一体どこへ消えたのだろうか。
「ふっふっふっ。どうですかこの『閃光爆弾』。これが脅威的な程に殺傷能力を高めた『炎の魔球』ですよ。集中しないと出来ないので時間がかかると言うのが弱点ですが、上空からゴブリンキングを狙い撃ちにするなら関係ありません」
「うん。それは分かったけど、貫通力はどこに?」
「思ったんですけど、上空から狙い撃ちした時に貫通するよりは当たった時に爆発した方が確実に殺せます。上空からだと高確率で頭に当たるはずですから、貫通したとしても倒せるますが、肩などに当たった場合には殺す事は出来ず、私達の位置がバレるだけです」
「言われてみれば確かにそうだな」
「はい。ですから、肩に当たってもあれだけの破壊力のある爆発なら頭の半分くらいは吹っ飛ばせると思うんです」
「まあ、見るからに頭が跡形も無くなるくらいの威力があるもんな。でもどうやってそれだけの魔法を?」
「基本は『炎の魔球』と同じです。手のひらの上で火の玉を作ってそれを放つ。『炎の魔球』の時は球自体を操作するので純粋に火の玉を作り、私が投げましたが、今回の『閃光爆弾』はただ一直線に放ればいいので、炎魔法と風魔法を複合しました」
「と言うと?」
「まず、炎魔法で小さな火の玉を作ります。その時、手のひらを上ではなく放つ方向に向けておきます。そして、火の玉の中に風魔法で出来るだけ圧縮した空気を作っておくんです」
「あーなるほどな。後は火の玉に手のひらの方に向かって穴を開ければ、その穴から圧縮された空気が噴出されて手のひらに当たる事で火の玉は推進力を得るって事か」
「はい。ちなみに圧縮した空気が抜けても風魔法を使っている限り中で永続的に圧縮された空気が存在するので、最高速度に達してからもそれ以下になる事はありません」
「…………なんて出鱈目な。こんな魔法が未だかつてあっただろうか……」
フィーが考えた魔法は確かに有効的なものではありそうだが、こんな殺傷能力の高い魔法は存在していてもいいのだろうか。
当たると体が吹き飛ぶ程の爆発をもたらすし、避けようとしても閃光が出来る程の速さは避けようがない。唯一の弱点である時間だが、奇襲の場合はそんなものは存在しないのと同義だ。
一体フィーはどれほどの成長をするのか……。これ以上に成長してしまったら、逆にみんなから怖がられそう。大丈夫だろうか……。
……いや大丈夫か。フィーよりも殺傷能力が上のカヤが可愛がられているのだからな。フィーも可愛いし大丈夫だ。
「これでゴブリンキングを倒す算段がつきましたね。カヤが私達を浮かせて、私がゴブリンキングに向かってこの『閃光爆弾』を放てばほぼ勝ったも同然です」
「……そうだな。俺、何もしてないけど」
「大丈夫です。カナタさんは私とカヤが暴走しても、止めることが出来ますから」
「…………無理じゃね?」
「大丈夫ですって。カナタさんは思ったよりも……その……あれですから!」
「あれって何だよ……」
「えっと……あの……そう! 精神的支柱です!」
「うん。俺は結局何もしなさそうだな。まあ、二人とも頑張ってくれ。俺、応援してるから」
「はい! 任せて下さい!」
『頑張るーっ!』
なんにせよ、これで俺が何をしなくともゴブリンキングは倒せるはずだ。フィーの言った通り、カヤの飛行魔法とフィーの魔法があれば。
――だがこの時の俺達はまだ知らなかった。
ゴブリンキングはそんな単純ではなく、所謂、強敵であった事など……。
次の話辺りからゴブリンキング達との戦いが始まる予定です。恐らくゴブリンキングとの戦いは多くて三話ぐらいになると思います。
それでは、次回もお会い出来る事を願って。