055話 真剣に答える
「こっちの服とさっきの服、どっちがいいと思います?」
「んー……こっちの方が可愛い……いや、でもさっきのやつの方が機能面では上か……うーん……どっちかって言うと今の方……かな!」
現在、俺達は服選びの最中だ。
つい先程までは、混んでいた服屋を見てからその場に立ち尽くすしかなかったのだが、満を持して中に入ると思いの外空いていた。どうやら、みんなのお目当ての服が出入口付近にあったせいでそこに群がっていただけだったみたいだ。
エレナが欲しい服は、オシャレでもあるがこの先暑くなるに当たっての機能性を重視した服らしい。
エレナが今もっている服は、オシャレ七、機能性三と言ったところだ。地球で言うTシャツに近い。この服の一つ前が、オシャレ四、機能性六の地球で言う吸汗に優れたジャージに近い。
機能性に優れた服が欲しいのなら、選ぶのはジャージ一択であるのだが、俺はあえて逆を選んだ。
理由としては、そんなの女の子は常に可愛くありたいのではないかと思ったからだ。フィーは例外として、地球に居た時は佐倉が『可愛くいたいに決まってるじゃないですか』的な事を酔いながらいつも言っていたし。
とは言っても、エレナが選ばなかった方は俺が買ってプレゼントする予定だ。だって、どっちも似合ってるし。買うっきゃないでしょ。
「じゃあ、こっちにします。あとは……服の上下を二~三枚程と下着を……はっ!」
「さすがの俺でも下着の方は無理かなー」
「い、いえっ! 下着は私一人っていう意味で! あの、その、うぅ……」
「まあ、俺も分かってて言ってるから気にしなくていいよー」
「~~ッ! も、もうっ! からかわないで下さいよ!」
「はっはっはっ!」
地球なら余裕でセクハラ問題になるんだが、この世界ではセクハラ問題なんてほとんど無い。さすがにやりすぎは倫理的にどうなのかと問われるが、多少ならみんな寛容だ。
こういうところは緩いなと感じる。他の日本人がこの世界に来たらなんて言うだろうか。まあ、そんなこと知ったところでなんの得にもならないわけなのだが。
「もう、カナタさんなんて知らないです」
「お。怒った顔も可愛いな」
「〜〜ッ!」
「おー、赤くなった。分かりやすいなー」
「わ、私向こう行ってきますっ! つつついて来ないで下さいよ!」
エレナはタタタッと女性用の下着売場の方へ駆けて行った。ちょっとからかいすぎたかもしれない。後で謝っておこう
と、その前にエレナが居ない今の内に、さっき選ばなかった方の服を買っておいた方がいいな。こういうのは隠れて買って、後で渡した方がサプライズ感があっていい。
ただ、渡すのがジャージっぽい服っていうのがなんだかなぁ。追加でオシャレな服を買っておくか。
俺はエレナに似合いそうな服を見繕い、ジャージっぽい服と一緒に会計を済ませてラッピングして貰った。ついでにフィーとカヤに似合いそうな服も買っておいた。エレナの服だけだと、エレナにバレた時の言い訳が苦しくなるからな。
ちなみにではあるが、フィーにはいつも履いているようなロングスカート、カヤにはちょっと露出多めな夏仕様の服を買った。お金は結構飛んでいったが、今日一日遊ぶくらいのお金はまだ残ってるから大丈夫だろう。
「お待たせしましたー」
それから、二十分くらいしてから服の上下まで買い揃えたエレナが戻ってきた。下着売場に駆けて行ったからてっきり下着だけ買うんだと思っていたがどうやら違ったみたいだ。
とりあえず目当ての服は買えたので、自然な流れで店を後にする。
「気に入ったのあった?」
「はい! 沢山あったので迷いましたが、色々考えて良さげなのを買いました! カナタさんの方は何を買ったんですか?」
「ん? これか? これはカヤ達の分だな。偶には俺からプレゼントをしようかと思ってな」
「それは良いですね! カヤちゃん、きっと喜びますよ」
「多分、満面の笑みで俺に『ありがとー!』とか言いながら抱きついて来てくれるんだ。あぁ、想像しただけで萌え死にそう」
「カナタさんって本当にカヤちゃんが好きですよね」
「そりゃあ、カヤは俺にとっては特別な存在だからな。カヤがいなかったら、今頃俺は死んでるだろうな」
いやホントマジで。この世界来てから、カヤがフィーを連れてこなかったら、俺は標準語を覚えれなかっただろうし常識もなくてめちゃくちゃ貧弱だから、どっかで野垂れ死にしてたはずだ。
カヤは俺の相棒でもあり、命の恩人でもある訳だ。その上、超絶可愛いと来たらもう好きになるよな。好きと言ってもLIKEの方の好きだけど。
「って、そんな事はどうでも良くて、はいこれ。エレナにプレゼント」
「えっ、わ、私にですか?」
「おう、カヤ達って言っただろ? 当然エレナの分も買ってるさ」
エレナは少し驚きつつ、確かに俺からのプレゼントを受け取った。が、それ以降エレナのアクションがなく、プレゼントを凝視している。
「おーい、エレナー?」
「……開けても良いですか?」
「もちろん」
エレナはラッピングを丁寧に解いて、中身を見て声を上げた。
「こ、これ、高いやつじゃないですか!」
高いやつと言うのは、ジャージっぽい服と一緒に買った服の事だ。
「エレナに似合うと思ってな。金額はさほど関係ないさ」
「で、ですが!」
「まあ、俺からの気持ちだと思って素直に受け取ってくれ」
「そ、そういう事なら……」
渋々納得した様子だが、表情だけ見ればとても嬉しそうだ。こんなに嬉しそうに笑うのを見るのはこちらとしても気持ちがいい。
「それで次は――」
「見つけたァー!!」
「――ん?」
どこに行く? と聞こうと思った矢先、俺の前方十メートル付近である女性が俺を指さして先程の言葉を大声で叫んだ。
よく理解出来ていない。エレナも困惑しているようだ。第一、見つけたと騒がれる程に女性と接して居ないと思うのだが。この女性は一体誰だろうか。
「おい、お前! ちょっとツラ貸せや!」
「え、何この人。怖い」
「ツラ貸せっつってんだよ!」
「え、何。怖い怖い。俺、あなたに何かしました?」
「したよ! 半年くらい前にな!」
「半年くらい前に俺が何かした女性? うーん?」
半年くらい前と言えば、フィーが四ヶ月の遠征に出掛けた辺りだ。その近辺で俺が何かしたかと言えば、外出くらい。
そういえば、その時の外出でフィーを叱りつけて、フィーが遠征に行くことを決めたんだったな。懐かしい。
確か、俺が脱獄犯に捕まって――
「あ!」
「チッ! ようやく思い出したか!」
「お前、あの時の脱獄犯か!」
「声がでけぇ! だけどそうだよ! あの時の脱獄犯だよ!」
「あんたも大概声がデカいぞ?」
だがまあ、パッと見じゃよく分からないのだから気付けなくても仕方の無いことだ。
あの時のこいつはフードを被ってて顔とかよく見えなかったし、服装だって今みたいな華美なものじゃなくて『ザ・囚人!』みたいな服装だったからな。
「あのー、この方は?」
「俺にもよく分からないんだけど、半年前の脱獄犯だって事は分かってる。俺、あいつに人質にとられてなぁ」
「だ、大丈夫だったんですか?」
「いやな、あいつの身の上を聞いて同情してしまって逃げるあいつを助けんだよ」
「なんていうか、人質に取られたのに助けてしまう意味不明さがカナタさんらしいですね……」
「意味不明って酷くない? ちゃんと考えた結果そうなったってだけで……あれ? あの時は興味本位だったかも……」
「私を無視して話をするんじゃねぇ!」
「まあまあ落ち着けって。とりあえずこの距離を詰めようぜ」
俺が脱獄犯の女性に一歩近付くと、脱獄犯の女性は一歩後ろに下がった。二歩近付くと二歩下がった。多分この調子なら、三歩近付けば三歩下がるだろうな。
「何で離れていくんだよ。近付いた方が話しやすくていいじゃん。そもそもツラ貸せって言ったのそっちじゃなかったっけ?」
「う、うるせぇ! 私に近付くな変態!」
「えっ、なんで俺は罵倒されたんだ……」
「あんな辱めを受けたんだ! 忘れたとは言わせんぞ!」
「あー……そういえば、放して貰う為にちょっとからかったな。あんたはなんでもなさそうだったけど、結構恥ずかしかったのか?」
「聞くな! 取り敢えず仕返してやるからツラ貸せ!」
理不尽の塊だなこれは。俺は基本悪くないのに、何故か俺が悪い事になってる。まあ、こいつの反応が面白いからいいけど。
「カナタさん、行くことないですよ」
「あぁん? そういやお前誰だよ。こいつの彼女か?」
「エレナと申します。カナタさんの彼女ではありませんが、さっきまでは一緒に買い物をしてました」
「んだよ、デートじゃねぇか」
「デ、デートなんかじゃないですもん!」
「な、なにムキになってんだよ。いきなりだとビビるだろ」
いきなりムキになればこいつはビビるらしい。いい事を聞いたような気がするようなしないような。
「ところであなたの名前は?」
「ザザだが?」
「ではザザさん。今はお引き取り下さい」
「あ? 何でだよ。見る限りデートは終わったんだろ。こいつ借りるくらいいいじゃねぇか」
「デ、デートじゃないですもん! 何度言ったら分かるんですか!」
「いや、それで二回目だし。それに、そんな顔赤くして言われても説得力ねぇって」
今のエレナは攻めようとして不意打ちを食らってうずくまってる感じだな。ザザ? も攻撃するつもりもないけど、なんかやることなすことが攻撃になってしまうって感じか。
なんだかんだ言ってこの二人、結構相性いいのかもしれない。もうしばらく見守ろう。
「エレナだっけ? あんた、こいつの事好きなの?」
「すすすすすっ!?!?」
「なんてわかりやすい奴だ。はぁ……」
あの、ザザさん? こっち見てやれやれみたいになるのやめて下さいませんか? 俺は何も悪い事してないですから。
「それで? あんたはこいつの事が好きだからまだデートがしたいってわけか。良く分かった」
「わーわー!! 聞こえなーい! 聞こえなーい!」
「あんたは子供か」
俺も同じ事思った。偶に居るよな。大きな声上げて知られたくない事を隠すやつ。まあ大体聞こえてるわけだけど。
「で、お前はどうなんだよ」
「俺か? エレナから何かを直接聞いたわけじゃないし、どうこう言うつもりはないぞ。でも、だからと言って、何も感じてないわけじゃないからな?」
「じゃあ、今直接聞いたらどうすんだよ」
「まあ、真剣に答えるわな」
「だってよ」
そう言ってエレナに目を向けるザザ。
俺、ザザが何をしたいのか分かったような気がする。多分、エレナがデートを続けたいという理由を壊そうとしてるんだろうな。忘れてたけど、こいつ頭が回る方だったな。
「!?!?」
「一回落ち着け。深呼吸しろ。そして良く考えろ。あんたの気持ちはもうこいつに知られてしまってんだ。そんな中で先延ばしにしてると途端に会いづらくなって、そのままどんどん疎遠になっていって、ついにはあんたのことを忘れてしまうかもしれねぇんだぞ」
「…………」
「あんた、それでいいのかよ?」
エレナは小さく首を横に振る。
「だよな? じゃあどうすればいいか分かるな?」
今度は首を縦に振る。そして、あろうことか俺の方を見つめ出す。
あれぇー、こんなはずじゃなかったんだけど。
「あ、あああの、カカカカナタタタタさんんん」
「ちゃんと聞いてるから一旦落ち着こうな、な?」
「は、はい……」
エレナは数回大きく深呼吸をする。そして、今度はしっかり落ち着いて俺を見つめる。
「カナタさん。さっきの話聞いてましたよね?」
「まぁね」
「でしたらもう分かってると思いますが、私はカナタさんの事が……す、好きです。付き合ってくれませんか……?」
エレナが勇気を出して告白してきたんだ。当然俺もしっかり答えなければいけないだろう。
俺は少し間を開けて、口を開く。
「ごめ――」
「や、やっぱりいいです!」
「へっ?」
返事をしようとしたところに被せて、さっきのエレナの言葉を否定する言葉があろう事かエレナの口から飛び出した。
「私分かってるんです。カナタさんはフィーさんが好きだってこと。フィーさんのことになるといつも嬉しそうに笑うし、何かある事にフィーさんを気にかけていて。フィーさんに負けませんとは言いましたが、そもそもフィーさんは勝った後だったんです。そんなの敵うわけないですよね」
少し悔しそうに言うエレナ。それだけ本気だったという事を伺わせる。
また、エレナが俺を好きだと俺が分かっていたように、エレナも俺がフィーのことを好きだということを知っていたらしい。このことについては全く知らなかった。
「ですから、分かり切った返事を聞くのは辛くなるだけですからやっぱり返事はいいです。自分勝手でごめんなさい」
「え、あ、うん……大丈夫」
なんだろう。俺が振られたみたいな雰囲気になったような気がする。ザザとか俺を憐れんでるし。やっぱり俺はいつにおいても不遇の男らしい。
「ザザさん! どうですか! やってやりましたよ!」
「いいんじゃね? でもこれであんたがデートをする理由も無くなったってことだ。だからよ、こいつのツラ貸して貰ってもいいだろ?」
「それとこれとは話が別です!」
「なんでだよ! いいじゃねぇか別に! 私はこいつにやり返してぇだけなんだよ!」
「そんなの見過ごすことは出来ません!」
「あんたには関係ねぇことじゃねぇか!」
「それでも知ってる人が酷い目に遭うのは見過ごせないです!」
「あんた頑固かよ!」
「ザザさんだって頑固じゃないですか!」
それ以降もエレナとザザはワーワーと言い合いを続けた。幸い乱闘には発展しなかったが、言っている事が堂々巡りを続けていた。
ちなみに全ての原因である当の本人の俺は、完全に蚊帳の外にいて口出しすら許されない状況だった。口を出そうものなら、『そもそもお前が・・・』から『それはザザさんが・・・』の流れに乗って更にエスカレートさせることにしかならないのは明白だった。
だから俺は、二人の言い合いが終わるまでの間、近くを通る通行人に迷惑をかけてすいませんと謝り続けたのだった。
後編になる予定でした。恐らく次話はこの話の続きだったり、奏陽とフィーの関係だったりになるのではないかと思います。
それでは、次回もお会い出来る事を願って。