052話 アイゼンブルクへようこそ
無事にゴブリン退治も終えて色々と満足していた俺だったが、その直後、ハピネスラビットのみんなから質問攻めを食らった。
どういう事だーとか、悪魔なんてーとか、俺様より強いなんて許さんーとか、取り敢えず疲れる質問攻めだった。
ちなみに、その間のカヤは眠そうに目を擦って俺の服の裾を握っていた。『ぽわぽわ』という擬音語がよく似合いそうだな、なんて事を考えたりしていた。
「いいかみんな。カヤが悪魔だということを他言すれば、ありとあらゆる悪魔から罰を受ける事になるぞ。それは等しく死で間違いないが、死に方が変わる。まだ死にたくないのなら他言するなよ」
「「「…………」」」
「返事は?」
「「「はい」」」
「よし、ならいい。影で言ったからバレないなどと考えないようによろしく頼むぞ」
「「「はい」」」
多少の脅しを入れて、カヤが悪魔だと言う事が拡散されないよう手を打っておく。もし拡散されてしまったら、俺が面倒な事に巻き込まれるのは目に見えているからな。
ちなみにフレッドも知ってはいるが、アイツは俺にしか興味がないらしく、言いふらす素振りを全く見せない。俺は偶にフレッドはあっち系の人なのではないかと思ってしまう程だ。
「んじゃ、魔物が寄ってこないうちに戻ろうか。あ、でも倒した魔物って焼かないといけないんだっけ?」
「それは、俺達の方でやるので戻ってもらって結構ですよ。――ヴァン、クリフ、ジンの三人は行ってこい。ついでに色々狩ってきてもいいから」
「おい、なんでおつかいに行かせる様な言い方で狩りにだすんだよ」
「そうですよ! 第一この中の誰も炎魔法使えないじゃないですか! 僕は行きたくないですね!」
「最強である俺様が炎魔法を使えないとでも思ってるのか? 思っているのならばお前を狩ろう」
「うそうそ! 嘘ですよ! 僕はジンさんなら使えると思ってました! さすが最強! 僕達には到底出来ません! さっ! 遅くなる前に早く行きましょう!」
「うっわぁ。こいつの手のひら返しはいつ見ても呆れるぜ。まあ、慣れたけどよ……はぁ……」
ヴァンがため息をつき、クリフが冷や汗を流しながらジンの機嫌をとり、ジンは俺様が最強だと言いながら色々狩っていく予定のようだ。
もしかすると、セネルはこうなる事を予測して、この三人を組ませたのかもしれない。もしそうならセネルは策士だ。それも相当意地の悪い方の。
絶対にセネルは敵に回さないようにしようと心に決めた。敵に回ったが最後、俺はけちょんけちょんにされる。ボコボコじゃないところがまたいやらしい。
結局、俺達は帰還班と後始末班の二手に分かれた。勿論俺は帰還班だ。後始末班のうち二人はぶつくさ言いながら、なんだかんだ言ってしっかり仕事はこなそうとしているようだった。こういうのをツンデレって言うんだと、実感した瞬間だった。
対して俺達の方は、和気藹々とした感じになった。さっきまで眠そうにしていたカヤは俺がおんぶして寝かせ、そのカヤの寝姿を見て女性達がワーキャーと騒ぐ。『何歳なの?』や『本当に悪魔なの?』などと質問されるが、俺は当たり障りのない返事で返している。
帰りの途中、イレーヌとセネルの二人がリア充の雰囲気を醸し出した。その時点でセネルは俺の中のブラックリスト入りが決定した。
とりあえず、リア充は死ね!
「ホンマすいません。うちのパーティは他のパーティと違うみたいで、集団行動が出来へんみたいなんです」
「俺も集団行動苦手だし、それは別にいいんだが、こんなんでよくパーティとして成り立つな? 普通なら、方向性の違いとかいう理由で解散しそうなもんだけど」
「それはあんカップルのおかげなんです。元々はあん二人でペアを組んどったみたいなんです。みんなの幸せは私達の幸せーとか何とか言って。そんな時に、うちとヴァンとクリフがあの二人に強制的にパーティとして組まされて、今でもあん二人には頭が上がらないんです」
「へぇー。じゃあ、ハピネスラビットって名前の由来は、みんなを幸せにする兎ってところか? それにお前達も賛同してるからパーティとして成り立ってると」
「そういう事なんです。ちなみに、兎って言うのはうちらの戦闘スタイルを見た誰かが付けたもんらしいです」
「え、なに? ぴょんぴょん飛び回ったりするの?」
「近い感じの事は」
「全く想像つかねぇ……」
兎のように飛び回るように戦うなんて、誰が想像つくだろうか。一度戦闘を見てしまえば納得がいくかもしれないが、まだ見ていない俺には全く分からない。
むしろパーティ名からすると、あまり戦闘が得意そうには見えない。後方支援や救護を主に得意としてそうだと思うだろう。俺ですら、フィーから話を聞く前は『なにそれ可愛い』と思ったくらいだ。
「うちらは今、結構有名なパーティになってるんです。そのうち、うちらの戦いを見る機会があるんやないかと思います」
「じゃあその時は本当に兎っぽいか、この俺が判断してやろう!」
「あはははっ、カナタさんめっちゃ上から目線やん!」
「ふっ、歳だけ言えばめっちゃ上だしな! ふははは!」
「くくくっ、ア、アホみた――あはははっ!」
どうだこの俺のコミュニケーションスキル。自虐をあまり痛くない感じで笑いの方向に持っていくこのセンス。自虐ネタなら任せろ。常に一人だった俺の数少ない長所だからな。
それに、そのおかげもあって、リュネの敬語が外れて普通に話して貰えるようになった。リュネとの仲は少し進んだな。
その後も色々と話しながら街へと足を進め、途中で起きたカヤと手を繋ぎ、数十分のうちに外に出た時と同じ門へと辿り着いた。ついさっき見たはずなのに、物珍しさでまじまじと見てしまう
「やっと着い――ん? あい……ぜん……ぶるく……へよう……こそ? 『アイゼンブルクへようこそ』? アイゼンブルクって……」
「カナタさん、どうかしたん?」
「あ、いや、アイゼンブルクってこの街の名前なのかなー、と思って」
「えっ、カナタさん知らんかったん? ……もしかして、このアイゼンブルクが人間領最大の街って事も……」
「初めて聞いたなそれ。へぇ、ここってそんな大きな街だったのか。そりゃあ、商店街に人が溢れるわけだ。今納得したわ」
「時々、カナタさんが頭良いのか悪いのか分からんなるわ……」
『フィーもそんな感じの事言ってたー! 『なんでカナタさんは頭が良いのに、こんなに馬鹿なんでしょう』って!』
「ちょっと待て。それ聞くの初めてなんだけど?」
『カナタはおバカさんって言っておいたよ?』
「その……うん。もうそれでいいや」
カヤが『おバカさん』と言う事に俺は萌え要素を見出してしまった。こんなに可愛い女の子が『おバカさん』なんて言ったら、そりゃあ更に可愛く感じるのは当然だろう。俺はとことんカヤに甘いのだ。
「この街がアイゼンブルクだという事が分かったところで、次に目指す所は協会でいいのか?」
「あ、はい。依頼達成の報告を優先的にしないと、お金が貰えなくて生活が出来なくなりますし」
ほわほわとリア充の雰囲気を醸し出していたセネルが答えた。
リア充の雰囲気が壊れたというのに、二人ともなんのダメージもないなんて、二人はもう夫婦と言ってもいいかもしれない。もしも夫婦だったなら、セネルをブラックリストから外してやらない事もない事もない。
「じゃ、協会に戻るか。それとセネル! お前達結婚してんの?」
「けけけっ結婚なんてそんなまだ! もっともっと強くなって、イレーヌを守っていけるような男になって……か……ら……あああぁぁあ!! カナタさんに誘導尋問されたぁ!!」
「ね、ねぇ……今のって……」
「イレーヌ聞いてたの!? い、今のはなんていうか! その……えっと……言葉通りの意味で……」
「嬉しい。すごく嬉しい。待ってる……待ってるから。だから、早く強くなってね」
「――っ! イレーヌ、愛してる!」
「私も……愛してる」
なんか、すごく癪なことをしてしまった気がする。不本意だとしても、人の幸せに手を貸すとか俺らしくもない。泣いてもいいですか。
「ケッ! 俺はこの世界に幸せなカップルを不本意ながら生み出してしまったみたいだな」
「カナタさん、うちのパーティにこん? カナタさんならうちの幸せにするって言うモットーを一番実践出来そうなんやけど」
「俺が幸せになってないのに、他人を幸せにするとか何その苦行。いつか発狂しそう」
「そうかぁ。無理にとは言わんから、気が向いたらいつでもうちに来てええからね」
「俺に春が来たら考えておく。来るかどうかも分からない春が来らな……ははっ……」
乾いた笑いが俺の口から零れる。目からはしょっぱい涙が零れる。自分で言っててなんだが、本当に辛いぜ。
今までボッチで生きてきた俺が、異世界に飛んでやったことと言えば、フィーにお世話になり、あるカップルの恋のキューピット役になったくらいだ。一体何処に俺の春要素があるというのか。
それからと言うもの、協会に戻る途中に背後から伝わるうざったらしい程の幸せな時間に、強い敗北感を感じ、更にその時間を作った張本人が自分だという悲しき事実に現実逃避をしていた。
いつもは無邪気なカヤに救われているのだが、今回はその無邪気が俺に深々と刺さる。狙ってやっていないのがこれまたきつい。
『カナタはフィーに頭が上がらないんだよー』とか『偶にカナタは変な事するんだよー』とか、そんな事を他人に言われればそりゃあヘコむさ。
「あぁ……いっその事貝になりたい……」
『貝って美味しいよねー』
「……そうだなぁ、美味しいよな……」
『今度、フィーに食べたいって言ってみる?』
「言ってみるかぁ」
『カナタの料理でもいいよ?』
「そうだ……ホントか!? 本当なら近いうちに作るぞ!」
カヤがようやくデレてくれた。これで俺は救われる。辛い現実から幸せな現実に!
俺は貝で作れる料理を色々思い浮かべながら協会に向かった。
貝料理の候補を絞った頃に、協会に着いた。俺達は普通に中に入り、査定の窓口へと向かおうとしたのだが、そこにいるのが当然と言わんばかりに、フレッドが目の前にいた。
「おい、何故お前がここにいる」
「何故ってここは協会だよ? ここにいるのは当然じゃないか」
「ちっがーう! 何故、支部長室にいないのかと聞いているんだ!」
「そりゃあ、君が帰ってくるのを待っていたのさ。君がゴブリン討伐に出てから、大丈夫だと思いつつも心のどこかで心配してたみたいで、ご飯も喉を通らないし仕事も手につかなくて――」
「キモい! お前キモい! なに恋する乙女みたいになってんの!? 百歩譲って相手が女性ならまだ分かるが、俺だぞ!? 余計にキモいわ!」
「んもぉ、つれないなぁ」
「い゛や゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」
これは悪夢だと思わないとやってられない。いや、悪夢だと思ってもやってられない。いっその事フレッドを殺してしまおうか……。
「し、支部長。カナタさんを虐めるのはそれくらいに……」
奥の方からエレナがやって来た。俺には俺を庇ってくれる彼女が救いの女神に見えた。見えたと言うより、本当に女神かもしれない。
「エレナ……君は俺のメシア――救世主だよ。本当にありがとう」
「い、いえ、そんな大袈裟ですよ! そ、それより、依頼の方はどうだったんですか?」
「カヤがちゃんとやってくれたよ。さすがだろ、俺の相棒は」
「はい! カヤちゃん、頑張ったね!」
『えへへーっ』
エレナに褒められ嬉しそうにするカヤ。そんなカヤを見ているだけで、こっちはとても幸せな気分になれる。やはり、カヤは幸せを運ぶ天使か何かに違いない。
だからといって、ハピネスラビットに入れてやろうとは思わないがな。カヤは俺の相棒なのだ。それ以上でもそれ以下でもない。カヤが死ねば俺も死ぬ。一蓮托生というやつだ。
「カヤはずっとこのままでいてくれ」
『んー?』
どういう意味なのか分からないようで首を傾げるカヤ。どうかそのままのカヤでいてくれるとありがたい。
「いや、何でもない。それより、エレナ。依頼達成の報告は査定のところで良いんだよな?」
「あ、その事なんですが、今回の依頼は何分特殊ななので通常の査定では、報酬の見積もりができまません。ですので、査定は支部長自らやって貰う事になってます」
「やぁ、査定は任せておくといいよ。私は君の働きをかっているからね!」
「マジかよ……もしかして、ここでずっと待機してたのも……」
「そう! この時の為さ!」
オーマイガー。なんてこった。よりにもよってフレッドが査定するなんて。確かに、支部長だし正確な報酬を払ってくれるくれるのかもしれないが、フレッドだからと言う理由だけで、なんか生理的に受け付けたくない。
「フレッドじゃなきゃだめ……か?」
「え、えぇ、支部長以外に査定出来る人はいませんし……」
「んー……んーー……んーーー……分かった。フレッドで妥協する」
「さっ、そうと決まれば査定していこう! ほら、カナタ君、こっちだよこっち! はやくはやく!」
「あーあー! うっせーよ! 行くから待ってろ!」
悩みに悩んだ末の決断。本当に大丈夫なのだろうか。俺は一抹の不安を抱えながら査定を受けた。
そして結果、めちゃくちゃ正確な査定だった。
だが、相当にうざかった。それはもううざかった。もううざすぎてうざいとしか言えないくらいに。
この一件で俺は、明日以降にフレッドのところで査定をしなくてはならない事があったとしても、絶対しないと心に誓ったのだった。
ようやく街の名前が出せました。名前を出すタイミングが分からなくて今日になってしまったのはちょっとした誤算です。
それでは、次回もお会い出来る事を願って。