051話 脳幹の話
「ハピネスラビットのみなさんじゃないですか。今日も依頼ですか?」
「今日は新人さんの監督の依頼だよ!」
「どうも、その新人です。初めまして」
「あ、初めまして」
門に着いた時、門兵と軽く挨拶を交わす。恐らく、これからも顔を合わせる事になるだろうし、好印象を持って貰えた方が何かと得だろう。ハピネスラビットのみんなは既に知り合いだし、俺のインパクトも大きいはずだ。
こういう時に取り敢えずアピールしておけば、記憶の片隅にでも置いてもらえて、今後『あー、あの時の!』みたいな感じで思い出してくれるはず。
『初めましてー!』
「初めまして、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんも一緒に行くのかい?」
『うん! カナタとずっと一緒なの!』
「外は危険で一杯だよ? 怖くないの?」
『怖くない! 楽しい!』
門兵の人は『肝が据わってる女の子だなあ』と呟いている。確かに、こんな女の子を見れば誰でも似たような感想を抱く。俺だって、門兵の人と同じような状況に置かれれば、全く同じことを思うだろう。
だが、カヤは門兵のそんな気持ちも知らずにたははと笑い、楽しそうにステップを踏んでいる。
「それじゃ、俺達は依頼をこなすために外に行きます」
「引き止めて悪かったね。新人さん、頑張って」
「わざわざありがとうございます。頑張ります」
そうして俺は未知なる街外へと一歩を踏み出した。
外は、聞いていた通り辺り一面が草原で、遠くに魔物と思わしき影がポツポツ見える。
天気も良く、ぽかぽかとした感じはピクニックに最適だが、魔物が居るとなると休まるものも休まらない。何だったら結界魔法みたいなものがあればいいのに。そしたら、その結界内で魔物を気にせずにゆったり出来る。
『草のにおいがいっぱい!』
カヤも、目の前に広がる草原を楽しんでいるようだ。さっきの門兵の人も言っていたように危険が一杯なのだが、何とも気が抜ける。
「まあ、楽しんでくれてるだけいっか。さて、早速ゴブリン退治に……ってまずゴブリン探さないといけない感じか?」
「そうですね。でも、遠くに見える魔物の影は大体ゴブリンですから、そこまで見つけるのに苦労するってことはないですよ」
「おー、そりゃ良かった。万一、一から探すってなったら軽く絶望してたところだったわ」
「ゴブリンはどれだけ倒しても数が減らないんですよね。だから、と言って初心者にも討伐してもおうとすると、逆にやられてしまうケースがあるので、タチが悪いやつなんですよ。それに、中級者くらいになると、ゴブリン討伐よりも報酬のいい依頼を受けるので、総じてゴブリンを討伐する人が減るんです」
「ふーん。罠とかかければ簡単になりそうなもんだけどな」
「ゴブリンは亜人類と呼ばれるだけあって、ある程度の知能はありますから罠に二、三回かけたら、その罠にはもうかからなくなるんですよ。本当にタチが悪いと思いませんか?」
ゴブリンは冒険者にとってみれば、報酬は安い上に、倒すのが面倒臭い魔物と言う分類になるらしい。それに加え、ゴブリンにも知能があって何度か同じようなことをすると学習するときた。
何気に優秀なゴブリン。低スペックでありながら、知恵で戦ってきたんだということがよく分かる。ただ、冒険者達にはよろしくないのだが。
総合的な評価を見てみると、何気にゴブリンは高めの評価を与えれる。能力が低いので、その部分はマイナスだが、それでもあり余るくらい評価は高い。
俺の中で、ゴブリンの株が更に上がった瞬間だった。
ゴブリンと仲良くなれるだろうか。なれるなら仲間にして、進化させて強くしてみたい。進化出来ればの話だが、もし出来なくても色々教えて上げれるだろうし。数学とか覚えさせたら面白そうだ。
「ゴブリンがどんな奴なのかはある程度把握した。という事で、一番近いところを歩いてるあのゴブリンみたいな影を目指して行きたいんだが」
「了解しました。それじゃあそこ目指して行きましょう。もしゴブリン以外の魔物だったら俺達が駆除するので気にしなくて大丈夫ですから」
「おぅ、よろしくな」
そういう訳で、早速ゴブリン退治へと行動を起こす。
今思ったのだが、ゴブリンと言えば小鬼だったり餓鬼だったりで表現されることがある。要するに『ゴブリン退治=鬼退治』が成り立つ訳で。気分的には軽く桃太郎だ。
さすがに猿、犬、キジはいないけれども、俺には何にも変え難いカヤという相棒がいるし、ほぼ桃太郎と言ってもいい。むしろ俺が桃太郎。……何考えてんだ俺は。
「あ、そうだ。カヤー」
『うん?』
「俺が合図したら、ゴブリンの頭……出来れば脳幹って所を潰して欲しいんだけど出来る?」
『のうかんー?』
「なになにー? 二人はなんの話ししてるのー?」
「ちょっとゴブリンの仕留め方を……苦しまずに殺してあげたいですからね」
「カナタさんってゴブリン好きだねー! 変な人ー!」
「へ、変……かぁ……そっかぁ変かぁ……」
ゴブリン好きは変人になるのかぁ。だったら好きになるのやめようかなぁ。
……いや、変人と思われようとゴブリンの可能性を否定してはいけない。俺は『ザ・変人』と言われようともゴブリンを信じる。
『ねぇねぇ! のうかんって何ー!』
「ごめんごめん。脳幹って言うのは、脳みその一番大事な所なんだぞー」
『おぉー』
「それでな、そこを潰されると生物は確実に即死するんだ。これは脳みそがある生物共通なんだぞー」
「「「えっ!? そうなんですか!?」」」
「うぉ! び、びっくりしたぁ……」
恐らく、俺とカヤの話を聞いていたのだろう。ハピネスラビットのみんなが一斉に同じような反応を示した。カヤだけは『んー? のうかんー?』みたいな反応だが、おいおい分かるように説明してあげよう。
「カナタさん! 迷惑を承知でお願いします! その話、俺に詳しく教えて下さい!」
「お、おう。いい――」
「おい、お前だけずりぃぞ! 俺にも! 俺にも教えて下さい!」
「え、あ、いや――」
「必死すぎじゃない? そんなんじゃカナタさんが引いちゃうよ? ここは丁寧に教えて下さいって言った方がいいんじゃない? なので僕にも教えて下さい!」
「あれー? 途中まで普通だったのになー。おっかしいなぁ」
「あんたらちょっと黙っとき! すいません、ご迷惑をおかけして」
「別に迷惑はかかってないけど……ただ、今までゴブリンとか倒してるはずなのに、よく気が付かなかったなぁと驚いてるだけで」
「逆にゴブリンを知らなかった奴が、そういうことを知ってる方が驚きだな。お前、一体何者だ?」
「…………いいい一般人ででですけどどどっ」
「そんなんじゃ嘘ついてるのバレバレだよー!」
「うぐっ! い、一般人だし! マジで一般人だし!」
……そう言えばフィーにも言われた覚えがあるな。俺は嘘をつくのが絶望的に下手らしい。フィー曰く、嘘つく時の俺は挙動不審で吃りまくり、挙句の果てには目線が泳ぐ、との事。こんなのどっからどう見ても嘘ついてる風にしか見えない。
「まあ、お前が何者であろうと俺様が最強であるのに間違いはない」
「そ、そうだよな! ジン……だっけ? お前は最強だもんな! いやぁ、さすが世界一、いや……宇宙一の男だぜ!」
「ふっ、よく分かってるじゃないか。気に入ったぞ」
上手いこと口車に乗せた事で難を逃れる事が出来た。ジンが簡単な奴で心底良かったと思う。
「カナタさんカナタさん! 『のうかん』の話を聞かせて下さい!」
「俺も知りてぇんです! 教えて下さい!」
「僕にもお願いします!」
「あーあー! 分かったから! みんなに話すから! 取り敢えず頭上げろって! お前ら冒険者としては俺よりも確実に上だろ!? そんなホイホイ頭下げていいのかよ!?」
「……なんかカナタさんって常に『先輩』っていう感じがするんですよ。面倒見が良いというか、人がいいと言うか」
「年齢的には俺が上だろうし、そうかもしれないが、冒険者としてのプライドは?」
「不思議な事にカナタさんに教えを乞う事にプライドは必要ない感じですね」
「俺も俺も。カナタさんってなんでも教えてくれそうだよな」
「わかりますわかります。後、危なっかしい人を見てたら影からさり気なく手を回して、いつも気にかけていそうですよね。あはっ」
何だこの羞恥プレイは。しかも言っている事が何となく自分に当てはまるなと思えてしまって、更に羞恥に悶える結果になっている事に、死にたくなってきている。
「取り敢えず、そんな事はどうでもいいので『のうかん』の話を聞かせて下さい!」
「分かった分かったから! 教えるから! ……はぁ……なんでこんな事に……」
頭を下げ続けるハピネスラビットの男共を一旦落ち着かせ、話が出来る状況を作った。俺はただ、ゴブリンを倒したいだけなのにどうしてこうなった……。
「……はぁ。取り敢えず、脳幹の話をするぞ。だが俺が知ってる事はそう多くないから期待するなよ」
「分かりました!」
ソワソワと期待した目をしながら分かりましたと言われても全く説得力がないな。まあいいだろう。カヤへの説明のついでにとでもしておけば。
「じゃあ、まず、みんなに聞きておきたい事がある。ゴブリンを殺す時だが、何処をどんな感じに傷付けて殺しているんだ?」
「俺達の場合、背後に回って背中を上から下へ斬り付ける様な感じです。ほかのパーティは知りませんが、フィーさんは丸焦げにしますね」
「フィーはそんな事してんのか……まあいい。分かった。ちなみに聞くけど、斬りつけた後にゴブリンから反撃された事ないか?」
「あー、傷が浅かったりすると偶に……」
「まぁだろうな。分かってた。んじゃ、本題に入るか」
下調べは終了だ。これからはこの情報を使ってプチ授業をしていこう。色々な情報と結びつけた方が記憶に残るし、忘れずらくなるだろうからな。
「さっきも言ったように、脳幹というものは脳の一部であり、最も重要な所だ。ここを潰されれば人間は死ぬし、ほかの脳がある動物や魔物も死ぬ。ここは理解出来たな?」
「「「はい」」」
「よし、じゃあここで問題だ。『ある学者が生きた人間が処刑される際にギロチンで首を切り落とされてからどれだけ意識があるのかを調べました。結果はどうだったでしょう』。分かるか?」
「そんなの、即死でしょ? 俺達を馬鹿にしてるんすか?」
「ブー。正解は十秒~二十秒くらいだ。ちなみに、心臓を剣で貫いたとしても生物は数十秒間は死なない」
「ホントっスか……」
「本当だ。まあ、ギロチンの方は数秒かもしれないとかいう議論はされてたりなかったりするが、大抵すぐには死なない」
「ですが、戦闘において首を飛ばされればその時点で終わりじゃないですか?」
「そうだな。だが、俺がゴブリンを退治する時にしたい事は痛みをできるだけ一瞬にして、即死させることだ。だから、ここで脳幹が出てくるわけだ」
「なるほど……」
取り敢えず、ここまではみんなついてこれているらしい。ここから少し難しい話をするが、みんななら大丈夫だろう。俺はみんなを信じてる。
「ここで、脳幹とは一体なんのか説明しておく。脳幹っていうは噛み砕いて言うと、様々な神経が通う所だ。運動神経とか感覚神経とか、その他の生命維持に必要な機能もだ。これに直接的、間接的な障害が及ぶと、命の危険に晒されるんだ。」
「「「うん?」」」
「脳幹、重要、障害、命、危険」
「「「なるほどぉ!!」」」
なぜこれで分かるんだ……確かに少し難しい話をしたが、これくらいなら理解してもらえると思ったのに。もうちょっと簡単に話た方が良かっただろうか。
まあ過ぎた事をとやかく言っても仕方がない。先に進めよう。
「だから脳幹を狙えば一瞬で行動不能にする事が出来る。それで、脳幹を狙う場合、人間ならば、一番有効的な場所は鼻頭になる。位置的に鼻頭の奥には脳幹があるからな」
「でもどうやって脳幹まで? そんな所まで剣は届きませんよ?」
「まあ待て。何も脳幹を狙う時に鼻頭しか狙うなと言っているわけでは無い。あくまでも一番有効的なところが鼻頭と言うだけだ。ちゃんと他にもある」
ちなみにだが、地球で鼻頭を狙う際には銃を使う。ここを狙えば銃で反撃を食らう心配もないというのが理由だ。奇しくも、今までのみんなの様なものの対策という訳だ。
ただ、この世界に銃なんて高度なものはない。というか、あったらほぼ魔法なんていらない。俺は恐らくそんな世界には来てない。まぁどちらにせよ、俺に厳しい世界である事に間違いはないのだが。
「剣で脳幹を狙うなら、後頭部の下あたりに伸びる背骨の部分から少し上に向けて思いっきり刺す位で十分だと思う。あくまでも人間の場合だがな」
「では、ゴブリンも?」
「亜人類って言われるくらいならそうだと思うぞ。基本的に人類って脳が損傷すれば行動不能になるから」
「なるほど……こんな事を知ってるなんて凄いですね……カナタさんって本当に何者なんですか?」
「ふっ……俺は俺さ……」
「えっ……なにそれ気持ち悪い」
「ひどいっ。折角楽しんで貰おうと思っただけなのに……」
プチ授業して疲れた頭を癒す目的もあったのにそれすら否定された気分だ。果たして俺の努力は報われているのだろうか……いや……報われているのだろうなぁ。こんな世界で俺の授業を聞いてくれるだけ報われている。
あぁ、なんと嘆かわしき事なのだろうか。俺、マジで死んでいい? 後で生き返るけど。
「取り敢えず、これで脳幹の説明は終わり! みんな分かった!?」
「「「はーい」」」
「質問は!?」
「「「なーし」」」
「異論は!?」
「「「なーし」」」
「よし! これからも勉学に励みたまえよ!」
「「「はーい」」」
これで、やっとゴブリン退治を再開出来る……ってまだ初めてもいないのだけど。
あれから少し時間が経っているせいもあって、ゴブリンの影はもう見えない。どっかに消えてしまったのだろう。また新しいゴブリンを探さなければ。
『カナター! 話終わったぁー!?』
「あ、あれ? なんでカヤがあんな所に?」
カヤは少し離れた場所から俺に向かって物凄い勢いで走って来ている。しかし、なんてったってカヤはあんな遠くにいるのだろうか。
確かに、授業している時にカヤの声が聞こえないなぁとは思っていたが、まさか遠くに行っているとは思わなかった。
『カーナーター!』
「お、終わってるぞぉ!」
『こっちも終わったぁ!』
「おーう! そうか――って! 何が終わったんだ!?」
『抱っこー!』
「――ブヘッ!」
物凄い勢いが、ある程度凄い勢いに変わった位の速度で俺の胸に飛び込んできたカヤを、肺の中にある空気を犠牲にして目一杯抱き締めてやった。
カヤから抱っこしてくれと言われる事は珍しいため、何があっても抱き締めたいと体が勝手に判断した結果だ。苦しいがそれを超える幸せに包まれている。
と、そんな事よりも、さっきカヤが『こっちも終わったぁ!』と叫んでいたが、何が終わったのだろうか。
『あのねあのね! ゴブリン退治して来たよ! 三体! 凄いでしょ!』
「へっ?」
『ちゃんと言われた通りにのうかんを潰したよ! 石投げたらめり込んだの!』
「そ、そうかぁ! カヤはやっぱりすすす凄いなぁ!」
衝撃的発言をお聞きしただろうか。
『石を投げたらめり込んだ』
想像してほしい。若干年齢的に小学生から中学生の年端もいかない女の子が、石を投げ、それがゴブリンの頭にめり込む程の速度で放たれるところを。
俺は恐怖に打ちひしがれるのではないかと思う。だって、投げた石が、銃を発砲して出てきた銃弾と同じ速度かそれ以上なんだぞ。そんなの恐怖を感じない方がおかしい。
ただまぁ、脳幹を一瞬で潰してくれたのなら俺はカヤを褒めどすれ責めたりはしない。むしろ、べた褒めしたいくらいだ。
「うっし、これで依頼は終わりだな。じゃ戻ろうぜみん……な……?」
「「「…………」」」
「な、なんだよ」
「カナタさん。そんなのってありなんですか」
「そんなのとは?」
「女の子に戦わせる事ですよ。年端もいかない子を戦わせて自分は戦わないなんて――」
「あー、一応カヤは悪魔だから」
「――そうそう悪魔だからって自分は……えっ?」
「だから、カヤは悪魔――」
「「「えぇーっ!!」」」
ハピネスラビットのみんなはその日一番の叫び声を上げた。それにビビらないわけがない俺。
何とかみんなに説明をと思いながらも、ぎゃくに質問攻めを食らった俺は、みんなの気が収まるまで永遠に質問に答える拷問に耐えていたのだった……。
そう言えば、ハピネスラビットのみんなの名前を出したのは前回が初めてでした。登場から自己紹介までが長かった……。
それでは、次回もお会い出来る事を願って。