050話 ゴブリンってどんな奴
「取り敢えず、こちらからも自己紹介させてて下さい。俺はセネルって言います。こっちがハピネスラビットのリーダーのイレーヌ」
「どうも! リーダーやってます!」
「残りの四人は、女性がリュネ、アホそうなのがヴァン、気の弱そうなのがクリフ、獣人がジン」
「どもども」
「アホってなんだ! アホって!」
「あはっ、そのまんまの意味じゃない?」
「俺様の説明が不十分だ。『最強の』を獣人の前につけろ」
「まあ、こんな奴らだが悪い奴じゃないから仲良くしてやってくれ」
俺の第一印象からこの自己紹介までに、なんの印象も変わらないとは自分自身驚きだ。なんて個性の強いパーティなのだろうか。
こんなに個性が強いのに衝突もなく、むしろ良好な関係を築くことが出来てるのは一重にセネルのおかげじゃないだろうか。
「なんて言うか……お前、頑張ってるな。偶には休息して心に余裕を持たせろよ?」
「カナタさん……あなたって人はなんていい人なんだ……今までパーティメンバーを除いて出会ってきた人の中で、この俺に優しく言葉を掛けてくれたのはあなただけです」
「そりゃあ、こんな奴ら見てたらな……子供がそのまま大きくなった感じだし……」
今、俺が一対一で話している間でも、他の五人はわちゃわちゃしている。『俺はアホじゃねぇ!』とか、『じゃあバカ? あはっ』とか、『カヤちゃんって名前なんや、かわええなあ』とか、『俺様は強いんだ』とか、『みんなー! 外で遊ぼー!』とか。
こんなのを見せられて、まとめ上げてるセネルの苦労が分からないほど俺は馬鹿じゃない。こういうのはリーダーであるイレーヌがやるべき事だと思うのだが、イレーヌはどちらかと言うとパーティの支柱なのだろう。
この支柱を失えばパーティは一気に解散してしまう様な気がする。フィーもリーダーの女性はパーティメンバーの誰よりも先に行動するって言ってたし、彼女の行動一つ一つがみんなに勇気を与えてるのだろう。
他の四人も、ふざけながらお互いに信頼し合っているのがよく分かる。ジンとか言う獣人はなんだか方向性が違うような気がするが、それでも仲間は大切にしているようだ。
「こんなパーティなら強くて納得かもな。ま、カヤには適わないだろうけど」
『カナタとわたしが組めば最強だもんねー』
「カヤだけでも十分最強だけどね」
『カナタと一緒じゃないとやだぁ……』
「…………はっ! あまりの可愛さに意識が飛んでいた。カヤの可愛さはついに意識を奪うところまできてしまったか……」
「カナタさんもうちのメンバーに負けず劣らず個性強いですね……」
「それはあれだ、カヤが関わると誰でもこうなるからだ。俺は悪くない」
「そういうところがそっくりなんですが……」
「慣れた方がいいですよ。カナタさんはいつも何かことを起こすので私はもう慣れてしまって……最近は何かが起きないと落ち着かないくらいです」
「あのエレナさんが毒されて……」
「おい! 毒されてって言い方は酷くないか!? 主に俺に対して!」
あいつらと一緒にされるなんて心外だ。確かに、時たまおかしくなる事もあるし、なんだか俺の周りで色々起こってる気がしなくもないけど、さすがに呆れられる程ではない。……ないよね?
「みなさーん。自己紹介も終わったようなので、そろそろ本題に入ろうと思うのですが、大丈夫ですか?」
エレナが二回ほど手を叩いて俺達の注意を引いて、静かにさせた。いつもは気弱なエレナが、一切躊躇わずにこういうことができるのは、受付嬢としてのスキルなのだろうか。
「エレナさん、すいません。お願いします」
セネルが俺達の代表としてそう答えた。
すると、先程の緩い感じとはまた違って少し真剣味を帯びて張り詰めたような雰囲気に変わった。
こういうところは冒険者としてのキャリアの違いがありありと伝わってくる。いつかは俺もこんな感じの冒険者になれるだろうか。
「では改めまして、今回ハピネスラビットの皆さんの依頼は新米冒険者の試練監督となります。依頼者はフレッド支部長なのである程度は聞いているかもしれませんが、一応、依頼内容を申し上げます。カナタさんも、聞いておいて試練の内容を雰囲気でもいいので感じ取ってください」
「分かった」
「実は、この後すぐにカナタさんに魔物の討伐に向かってもらうことになっています。ですが、新米冒険者を一人で行かせるのはあまりにも危険だと支部長が判断されました。そこで、信頼も実力もあるハピネスラビットの皆さんへ監督の依頼をしたのです。ですので、皆さんにはカナタさんが危機陥るような事があれば手助けをしてもらいたいと考えています」
「ちょっといいか?」
「はい、カナタさん。どうかしましたか?」
「いやな? 助けに来てくれるのはいいんだけど、それだったらハピネスラビットのメンバーのうち、誰か一人で事足りるんじゃないのかと思って」
「支部長より、カナタさんにら万全に万全を期さなければ何が起こるか分からない、と言われましたので……」
「アイツ、俺をなんだと思ってるんだ……」
「救世主ですとか、トラブルメーカーですとか、私の親友ですとか、そんな事を仰ってたような気がします」
「親友はないわ……。エレナ、後でアイツに『絶交な』って言っといて」
「かしこまりました」
かしこまっちゃうのか。いや、俺が頼んでるのになんだけれども。
「話が逸れましたね。取り敢えずは、そういう事なのでハピネスラビットの皆さんはお願いします」
「分かりました。ちなみに今日討伐する予定の魔物はなんですか?」
「すいません、伝えるのを忘れてました。今日はコブリンを討伐してもらう予定です。弱いと言っても亜人類ですので気は抜けないと思います」
「そうですね……カナタさんは俺達がしっかり監督しときます」
俺が討伐する魔物はゴブリンらしい。コブリンと言うと、誰しもが想像する中年太りした小鬼の妖怪みたいなやつで、女を攫い男を無惨に殺すっていうイメージが強い。
この世界でもその認識で間違いないのだろうか。それとも、ゴブリンの中でまた違った文化のようなものがあるのだろうか。こればっかりは聞いてみないことには分からないか。
「なぁ、コブリンってどんな奴なんだ?」
「「「えっ」」」
「えっ」
「あの……カナタさんはゴブリンの話を聞いた事などは……」
「ないな。スライムがいる事はフィーから聞いるから知ってるが、ゴブリンがいるなんて初めて知ったぞ」
「冒険者になって一ヶ月経っているのに、ゴブリンの事を知らないなんて……カナタさんは一体どんな過ごし方を……」
「そうは言うけどな、俺も他の冒険者から色々聞きたかったさ。だけど、俺って良く言って人見知りだし、勇気を出し近付くと、なんかみんなが離れていくんだよ。そのせいで一ヶ月間、冒険者の友達はフィーだけみたいなところあったし、俺だって悲しかったんだぞ」
まさしく、小学校時代の『近付くとかなた菌が移るぞー!』と同じ状態だったわけだ。俺が近付けば離れられ、一緒にいてくれるのは親だけという……。
「あー、それはあれですよ、あまりに恐れ多くて近寄れないってやつです。カナタさんが冒険者になるために協会にいらっしゃった時に、色々憶測が飛び交って、最終的に『男手ひとつで娘を育て、逆境を自らの力だけで乗り越え、どんな冒険者よりも強く、恐れを知らないフィーさんの旦那さん』って事になったみたいです」
「え、何それ。俺知らない」
「誰も近付いてくれなかったのなら仕方がないのではないですか?」
「確かに……」
他の冒険者の中での俺は、色んな要素もりもりでなんだかよく分からない人になっているらしい。俺だったらそんなのが近付いて来たら怖くて逃げるだろうな。他の奴らは何も悪くない。
それと、俺がいじめられてるわけじゃないということが分かってホッとした。
「それで、結局のところゴブリンってどんな奴なの?」
「ゴブリンはですね、森の中に小さな集落のようなものを作って暮らしている亜人類の一種です。基本的に大人しく、自分達の中で生活は完結しているのですが、時たま人間を襲うようなゴブリンが現れるんです。そういうゴブリンは害しか産まないので討伐する事になってるんです」
「じゃあ、女性は攫われてあんな事やこんな事されずに済むし、男性は無惨に殺されて食用にされるわけでもないんだ。良かったぁ」
「なんですか、その酷すぎる想像は……流石の私でもちょっと引いてしまいます」
「だよなー。俺もそう思う。現実は小説の中とは全然違うんだって再認識した」
そりゃそうだ。ゴブリンだって亜人類と呼ばれるだけあって、脳みそはあるはずだ。脳みそがあるということは、思考出来るし、意思疎通も出来るという事。
そんなことができるのに、わざわざ死にに行くような事をするとは到底思えない。人間に手を出せば反感をかって殺されるかもしれないのだ。そんなの、考えることが出来るものなら絶対にしないだろう。
たまたま人を襲うやつがいると言うのは、恐らく、殺人を犯す人がいると言うことと似たようなことなのだろう。
「ゴブリンもゴブリンで苦労してそうだな。いつ、同族が人間の反感をかって攻めてくるかも分からないのに、そんな死の恐怖に怯えながら毎日毎日過ごしてるんだから。ゴブリンって不憫」
「カナタさんの様な考え方をする人を初めて見ました。大抵の人であるなら、害しか及ぼさないなら討伐するのが普通と思ってますし、酷い人になるとゴブリンは皆殺しだって仰いますし」
「まあ、感じ方は人それぞれなんじゃない? もしかしたら、ゴブリンに直接会ってるわけじゃないからこんなことが言えるだけかもしれないし」
この世界のゴブリンは多分優しいタイプだ。死にたくないから、森の中で見つからないようにひっそりと暮らしてるんだろうし。
いつか森に住んでるゴブリンに会いに行ってみよう。俺は死んでも生き返るらしいし、俺だけなら大丈夫だろう。永久の食料なんて物になったら笑えないがな。
「それで、今日はそのゴブリンを俺が倒せばいいって事だよな? 実際に倒すのはカヤなんだけど」
「はい、その通りです。支部長からは三体程倒して帰って来るようにとの事です」
「オッケー、俺が危険になってもハピネスラビットのみんなが助けてくれるらしいし、ちょっくらやってくるか」
「じゃあ、俺達も準備は出来ているので、早速行きましょう」
セネルがそう言って、俺を含めた全員が立ち上がった。これからゴブリン退治だ。そこまで恐怖心がある訳ではないが、初めての魔物との遭遇に少し緊張を覚える。
「それでは皆さんのご武運をお祈りしています」
エレナは深々と頭を下げて、俺達を見送ってくれた。いつも、俺に言ってくれないのに今日は言ってくれた事を見るに、魔物と戦うような依頼の時だけ言ってくれるのだろう。
こんな可愛い人に言ってもえるなら男は張り切るだろうな。俺にはカヤがいるし、カヤが応援するしてくれるなら死んでもいい。
カヤがどうすれば応援してくれるを考えながら協会を出て、街の外を目指す。俺は門の場所など知らないので、ハピネスラビットのみんなに付いて行っている様な状況だ。
「そういえば、俺って街の外出たことないな。初めての経験かもしれん」
『わたしもー。外ってどんな所なんだろうね?』
「二人とも外出るの初めてなんだー? 外はね、ぶわーって感じで広くてね、スーって感じで気持ちいんだよ。偶に魔物が出てくるけど、そんなの倒してしまえばどうってことないんだー」
「『??』」
「ごめんなぁ二人とも。この子擬音語ばっかりで。この子が言おうっとしとる事は、『地平線まで続きそうなくらいに広い草原と、そこで感じるそよ風は気持ちがいい』って感じやと思うんよ」
擬音語を使われた時はどうしようかと迷ったが、俺が何も言わなくても翻訳してくれたので助かった。
それによると外は広くて気持ちがいいらしい。草原が広がっているということは、割と手入れされてるのではないだろうか。もしかしたら、魔物と戦っている最中に、草が切られているのかもしれないけども。
『ドキドキする~』
「そうだな。初めての事に挑戦する時って、ちょっと胸踊るよな」
『踊るー!』
「カナタさんって凄いですね。俺達が初めて魔物と戦う事になった時、外に出る事に対して不安しかなかったですよ。なのに、胸踊るなんて……」
「それはあれだ、ハピネスラビットのみんなが監督として付いてるから、何も心配する必要がないからだと思う。みんな、頼りにしてるぜ」
『頼りにしてるー!』
そもそもの話、俺にはこの世界で最強と言われるカヤが付いているのだから、何も心配する必要がないのだが、この事は誰にも言えない。
かと言って、ハピネスラビットのみんなを頼りにしてないわけではないので、さっきの言葉に嘘はない。むしろ本音だ。
「……俺達を頼りにしてくれる後輩ができっとはなぁ。出世したもんだぜ」
「あなたはまるで変わってないですけどね。最初っから今までずっと馬鹿そうで」
「馬鹿馬鹿うるせぇ! 確かに馬鹿かもしんねぇけど! それでも頑張ってんだよ!」
「あはっ、無駄な努力にならなければいいですねぇ」
「うるせぇ!」
「あんたら、その辺でやめとき。カナタさんがあんたらをアホを見る目で見とるよ」
「「はっ! 先輩としての面目が!」」
「あんたら実は二人ともアホやろ……」
「俺様がお前に戦いとは何たるかを教えてやろう」
「あんたもじっとしとき。いつか教えて下さいって頼まれるかもしれんやろ。その時に教えた方がかっこええやん」
「ふむ。それもそうだな。おい、お前、教えるのは無しだ。お前から聞きに来い」
「お、おう……」
なんと言うか本当に個性の塊みたいなパーティだ。こんなのでよくこの街で二番目の実力者なんて言われるようになったな。驚きを通り越して尊敬する。
「でも、ハピネスラビットは二番目なんだよな。一番の実力者って一体誰だ?」
「あー、それはフィーさんですよ。フィーさんってソロなのに、俺達のようなパーティを組んで倒す魔物を軽々と倒してしまうんです。そんな人が一番の実力者と言わずしてなんと言うんでしょうかね」
「フィーってそんなに強かったのか。前々から強いとは思ってたけど、まさかここまでとは思ってなかったな」
『フィーすごーい!』
フィーの強さは折り紙付きのようだ。家にいる時は家庭的な女性って感じなのに、一度戦闘になると、オラオラァ的な感じになるんだろうか。
……いや、ないな。多分いつもの負けず嫌いとか色んな実験を試してる様な気がする。今度、フィーに聞いてみよう。
「――あっ! 門が見えたよ! もうそろそろだね!」
イレーヌが前を指差して俺に教えてくれた。そのおかげもあって、俺の視線の先は門に釘付けだ。
これから俺はこの門をくぐって外に出ることになる。外の世界はまだ見た事がないし、危険が多いのかもしれないが、やはり、初めての事となると楽しみでもある。今回はゴブリン討伐の依頼のために外に出るが、もし外がいい感じだったら偶に外に出てみよう。
俺はそうやって門の目の前に来るまでの間、外の世界に思いを馳せていたのであった。
異世界生活編が五十話に達しました。もうそろそろ異世界生活編も終わりに近付いて来ています。多分、後十話ないくらいだと思いますので、これからもよろしくお願いします。
それでは、次回もお会い出来る事を願って。