049話 ハピネスラビット?
「ふわぁ~ぁ」
『眠い?』
俺が大きな欠伸をすると、カヤが俺の方を見て首を傾げる。その首にはサンドラさんから貰った七色に光るチョーカーが覗いており、よく似合っていて可愛い。
そんなカヤを見守る様に眺めながら、俺はカヤの問いに答える。
「まぁな。昨日はちょっと重労働だったから疲れが取れてないのかも……」
初めての依頼を達成してからはや一ヶ月。
この一ヶ月で、芝刈、草抜き、探し物、買い出し、ベビーシッター、介護、引越しの手伝い、エトセトラエトセトラ……と数多くの依頼をこなしていた。
中でも印象に残っているのが、居なくなったペットを探して下さいという依頼だった。ペットはハムスターに似た、小さくてちょこちょこ動き回る動物だ。
結論から言えば、俺は見つける事が出来なかった。何故ならば、居なくなったペットは居なくなっていなかったからだ。
何を言っているのか自分でも分からないのだが、簡単な話、居なくなったと思っていただけですぐ近くでスヤスヤと眠っていたのだ。
それを、依頼主が見落としていただけで、俺は無駄に色んな所を右往左往しながら色々知恵をふりしぼって探し回っていた訳だ。報酬は普通に貰えたのだが、依頼を自分で達成した訳でもないのに報酬を貰って良いものか悩んだのを覚えている。
そんな事がありつつ、今日この日。俺は階級が一つ上がる予定だ。むしろ、この為だけに様々な依頼をこなしてきたと言っても過言ではないだろう。
規定数の依頼をこなす事で階級を上げることが出来るとフィーに聞いた時は『なんだそんなの簡単じゃん』と思ったが、結局一ヶ月はかかった。それだけ階級上げるのは難しかった。
この後がミソなのだが、初めて階級をあげる時には、魔物との戦闘になった時にどれだけ動けるかを見る為に、支部長直々に相手をするそうだ。
何とも、階級が上がれば魔物と戦闘する依頼も少しだが入ってくるらしく、こういう試験的なものがあるらしい。俺もそれには大いに納得するが、相手がフレッドなのが心配だ。
なんとなく、俺がチョンっとつついただけで合格にしてしまう様な気がする。『やーらーれーたー』とかわざとらしく言ってな。
「まあ、その時はカヤに吹っ飛ばしてもらうとするか」
『吹っ飛ばすー!』
フレッドにどんな攻撃をして吹っ飛ばすのかをカヤと話しつつ協会へと向かう。カヤは結構乗り気で、本番は大いに頼れそうだ。
そうして数分の内に協会へと辿り着き、それと時を同じくしてフレッドへの攻撃の内容も決めた。平たく言えばフルボッコにするだけだが、フレッドならなんだかんだ言いつつ対応してくるのではないかと思っている。
だとしても、俺の相棒であるカヤには到底適わないだろうがな! ハッハッハッ!
「あっ、カナタさん! おはようございます!」
「おはよう、今日もエレナは元気だな」
俺が協会の中に入ってエレナの受付に直行し、朝の挨拶を交わす。ここ最近はずっとこんな感じのやり取りをしている。エレナも嬉しそうだし、何より俺が唯一知っている受付嬢なので、他の受付嬢よりも話すのに躊躇いがなくなるのだ。
コミュ力がもう少し高かったら他の受付嬢のところに行けたのかもしれないが、たらればを言ったところで今の俺が変わるわけでもないので、今の俺が出来る事だけをしようと俺自身が考えている。
こういう自己評価は重要だと思う。ただ、過大評価してもいけないし、過小評価してもいけない。客観的に自分を見つめて、自分に見合った評価をすべきだ。
俺は一人の時間が長かったからこういうのは得意だ。誰も話してくれる奴居なかったから……。
「カ、カナタさん……どうかしましたか……?」
「ちょっと昔を思い出してな……気にしないでくれ。発作みたいなものだ。それより、階級の事はどうなってる?」
「それでしたら、支部長が既に待機されてます。申し込みされるのでしたら、今すぐに試験を行う事が出来ますがどうしますか?」
「すぐにやるつもりだったしそういう事なら好都合だ。申し込みするよ」
「かしこまりました。では、こちらにお名前をお書き頂いた後、試験場へとご案内させていただきます」
エレナから渡された用紙は『試験評価表』と書かれていた。小・中学校の一学期初めの体育でやる体力テストの用紙に似ている。
俺は、名前欄に自分の名前とついでにカヤの名前を書いてエレナへ提出した。
「……はい、大丈夫ですね。では、これから試験場へとご案内させて頂きます」
俺はエレナの誘導で受付の裏に周り、奥へと進む。
受付の奥には階段があり、上の階がフレッドがいる支部長や、受付嬢の人達が休憩するためのスペースが設けられている。俺は一度そこに連れてこられているので良く覚えている。
そして、一階から下へ続く階段もあり、この先が、エレナの言う試験場という訳だ。この試験場は生涯にこの時しか入れないと言われる程にレアな場所で、ほぼ全ての冒険者が試験場で受けた試験の事は忘れないという程だ。
「こちらです」
エレナの後に続いて下へ進んでいく。少し長めの階段で、降りるのに多少時間が掛かった。
そして、階段を降りきって開けた場所に出ると、俺は驚きに目を見開いた。横にいるカヤは『ひろーい!』と目をキラキラさせている。
試験場はスタジアムと言いたくなる程に広く、天井も高かった。階段が長かったのは天井を高くする為だったようだ。
「――ん? あっ! カナタ君やっと来たんだね! 待ちくたびれたよ! さあ早く試験をしよう! どうせ合格になるんだから、試験なんてする意味ないと思うんだけど、規則だからやらないと駄目なんだよね! だから、君は僕にかるーく攻撃すればいいよ! それで君を合格に――」
「問答無用! カヤ! 吹っ飛ばせ!」
『吹っ飛ばすー!』
試験はまだ始まっていないが、フレッドが何かほざいていたので痛い目を見てもらおう。
カヤは俺の号令によって戦闘体制にはいる。
そして、予め決めていたようにカヤはフレッドへと最高速度で近付き、鳩尾へ軽くパンチを一発。そこからすぐにフレッドの足を払いって地面から浮かし、上方へ蹴り上げる。
高く登っていくフレッドへとジャンプして、地面に叩き付けるようにパンチを一発。
最後に地面と激突したフレッドの上に着地して終了。
尚、この一連の流れは時間にして約三秒。俺は予めこうするようにと決めていたので何が起こったのか分かるが、隣にいるエレナは目を白黒して驚いている。無論、俺の目でも追えるスピードじゃない。これは人知を超えている。
『吹っ飛ばしたー!』
「――グフッ……ご、ごうか……くっ……」
フレッドは地面にうつ伏せになりながら、背中の上にカヤを乗せた状態で、俺に向かってサムズアップして合格の判定を下した。
これで死んでないのが不思議なくらいなのだが、フレッドだと思うとあながち不思議じゃないという気になる。
「し、支部長!? い、今回復します!」
「……すまない……グホッ……」
「カヤー、戻っておいで」
『うん!』
俺は両手を広げてカヤを迎える。カヤはそんな俺の腕の中にポフッと収まり、ギューッと抱き着いてくる。俺も同じくカヤを抱き締め、一時の幸せを噛み締める。どうせこれからフレッドと話さなければならないのだから、幸せ成分を補充しておかなければやってられない。
「さすが俺の相棒だな、完璧な攻撃だったぞ」
『えへへーっ』
「この私ですら攻撃箇所をズラすくらいしか出来なかったからね。その子は一体何者なんだい?」
「チッ、まだ倒れていれば良いものを……」
「そんなつれないこと言わないでくれよ。それで、その子は一体何者なんだい?」
「あー、あれだよあれ。俺が食った悪魔。今は俺が使役してる」
「なるほど……悪魔ならばこの強さも納得だよ……」
嘘だけど簡単に騙せた。こいつ本当は馬鹿なんじゃないだろうか。
「でも、あの時の悪魔は黒くてちっちゃかった様な気が……うーん。気の所為かな?」
……馬鹿だったか。
「まあいっか。そんな事より、予定調和のように階級を上げたカナタ君に僕から試練を出そう! あ、試練って言っても簡単なやつだよ? 貴重な人材を失うような事しないし、なんなら今からでも試練を取り消して、階級が上がったお祝いに私と超高級料亭に――」
「だから行かねぇよ! お前本当めげずによくやるな!」
「君に褒められるなんて照れるなぁ」
「褒めてない! というか照れるな気持ち悪い!」
「えぇー。気持ち悪いなんて酷いなぁ」
フレッドという男は一体何なのだろうか。というか、こんな奴が支部長で本当に大丈夫なのだろうか。俺、もしかしたら職業選択間違えたかもしれない。
「そんな事よりさっさと試練の内容を教えろ。ものによっては辞退させてもらうからな」
「そうだね……簡単に言えば、魔物を倒してくるって言うのが試練の内容になるかな?」
「魔物を倒す? そんなのが試練なのか?」
「そんなのって言うけど、冒険者になりたての初心者が初めて魔物と戦闘して命を落とす事は決して少なくはないんだよ? 初めて何かの命を自らの手で奪う事に躊躇ってしまって、その隙に魔物にやられちゃうんだ。カナタ君は優秀だから早くに慣れて欲しくて、この試練を出すんだよ」
「ふーん。お前はお前なりに色々考えてるのな。……仕方ない。支部長からの試練なら断れないし、やってやるよ」
「カナタ君ならやってくれると思ってたよ。そうそう、言い忘れてたけどこの試練には先輩冒険者が付くから」
「監視、監督みたいな感じか?」
「そうだよ。試練って言っても命を奪ったら元も子もないからね。多分今頃、上で待ってるんじゃないかな?」
先輩冒険者か。俺が冒険者として知っているのはフィーくらいだし、見聞を広めるためにはこういう機会は有難い。強くなる秘訣とか、どうやって稼いでいるのかを聞いてみよう。
「じゃあ、そろそろ戻ろうか。エレナ、案内してあげなさい」
「かしこまりました。カナタさん、こちらです」
俺はカヤと共にエレナの後を追って、受付まで戻った。フレッドは地下でまだやる事があるらしく、下に残っている。多分、フレッドが地面に激突した時に出来た窪みを治すんだろう。こればっかりは悪い事をしたと反省している。
「カナタさん、お疲れ様でした」
「俺は何もしてないけどな。強いて言うなら、アイツと話す事に疲れた」
「あはは……支部長はあれでもカナタさんの事を凄く心配してるんですよ。普通の冒険者とは何か違う特殊な雰囲気があるって。もしかしたら何か大きな事をするかもとも言ってましたね」
「俺が? ないない。そんなこと出来るならもっと違った生活してるって」
「そうですかね?」
エレナもそうだがフレッドは俺に何を見ているのだろうか。初めて会った時からあいつは俺を冒険者に誘ってくるし、エレナが言うには何か大きなことをすると言っているらしい。
生憎だが、俺は強くもないし、頭の良さも普通だ。冒険者としては完全に落ちこぼれと言える。剣を振るえとか言われても、三十を超えたオッサンが一からなど到底無理な話だ。
こんな俺が何をどうすれば大きなことをするのかフレッドに聞いてみたいね。
「そ、そういえばカナタさん!」
「ん?」
「こ、今度――」
「――エレナちゃーん! 新人さん来てるー?」
「あ……えっと……ハピネスラビットの皆さん、おはようございます」
エレナは俺に何かを言おうとしていたみたいだが、声をかけられてどうすればいいのか少し戸惑っていたが、声をかけられた方を優先したみたいだ。
少し間が悪かったみたいだな。エレナがちょっと気落ちしてるのが分かる。
「おはよー! どう? 新人さんは?」
「こら、エレナさんは今職務中なんだぞ。困らせるんじゃない」
「いえいえ、私なら大丈夫ですから」
「いつもうちのリーダーがホントすいません」
「いえいえ。賑やかなのはいい事だと思いますよ。ハピネスラビットはそれが売りのパーティなんですからね」
「ホントいつもありがとうございます……」
傍から見ていて思ったが、あの男の人苦労してるみたいだ。むしろ何故、この人がリーダーじゃないのか謎だ。女性の方は言っちゃ悪いが頭が弱そう。何故この女性がリーダーなのだろうか。
「おーい、新人の件どうなってんだー?」
「もしかして、もう死んじゃいました?」
「あんた、そんな事言うもんやないよ」
「俺様が新人の力量を測ってやる。お前達はそこら辺を走ってろ」
「あんたもあんたや。その傲慢さどうにかならんの?」
「お前達うるさいぞ。新人が来るまで説教してやろうか?」
「「「静かにしてます」」」
なんか突然コントが始まったが、雰囲気からしてこの四人もさっきの二人の仲間なのだろう。チャラそうな男に大人しそうな男、関西弁に近い言葉で話す女性と獣人の男。
彼等に接点なんてありそうにないのに上手く噛み合っているのが何とも言えない。これが仲間というものなのだろうか。仲間がいた事ないから分からん。
「あのー、その新人さんはこちらにいらっしゃるんですが……」
「いるの!? どこどこ!?」
「わ、私の目の前に……」
「えっ、このオジサン?」
「んな!?」
唐突なオジサンに心が抉れる。それも、純粋にオジサンと言われた事にショックが大きい。
俺もオジサンと言われる様な歳になってしまったのか……悲しいものだな……。
「ははっ……エレナ知ってたか? 俺、オジサンなんだぜ」
「カ、カナタさん……元気出してください! と、歳なんて関係ないですから!」
『カナタはオジサン!』
「グハッ! もうダメだ……カヤにオジサンとか言われたら胸が……」
『オジサンオジサン!』
「あぁ……視界が暗く……」
――ドサッ。
「カ、カナタさん!? 大丈夫ですか!?」
「あははー! このオジサンおもしろーい!」
楽しんで貰えたようで良かったよ……代わりに俺のガラスのハートは粉々に砕け散ってゴミ箱に捨てられたけどな。
まあ代償が大きい分これなら掴みはバッチリだろう。
「……はぁ」
「カナタさん。あの……大丈夫ですか?」
「心配してくれてありがとうな。俺は開き直れは強いから大丈夫だ」
「そうですか……良かったぁ……」
こんなので納得してしまうエレナもエレナだと思う俺は間違っているのだろうか。それともこれがこの世界の常識なのだろうか。だとしたら、この世界は俺には刺激が強すぎるぜ。
「皆さん、一旦落ち着いて私の話を聞いてもえますか? これから試練についての説明をさせて頂きますので」
取り敢えず一段落ついてから、エレナが俺達にそう声をかけた。この場にいるのは、俺とカヤ、それと先輩冒険者であろう人達を合わせた八人だ。
受付の前で話すには少し人数が多い。そのため、冒険者用の休憩スペースの方で説明をする事になりみんなで移動した。
この間、カヤはずっと俺の手を握ってぐにぐにしていた。カヤの小さくて柔らかい手でぐにぐにされるのは気持ちが良かった。また今度やってもらおう。
休憩スペースに着いた俺達はテーブルを一つ貸し切って席に着き、エレナはテーブルの前に立って説目を始めた。
「まずは紹介から。カナタさん、こちらはこの街で二番目に優秀なハピネスラビットというパーティの方々です。見た目よりもかなり強いのでとても頼りになりますよ」
「ハピネスラビット? どっかで聞いた様な……あ、フィーが言ってた人達か」
「オジサン、フィーさん知ってるの?」
「知ってるも何も、フィーとは一緒に住んでるからね。だから君達の事もよく――」
「「「一緒に住んでるぅー!?」」」
「一ヶ月前と同じ反応が……あの場に居なかったのか……」
「カナタさんは周りを驚かせるのが得意ですよね」
「俺は嬉しくないけどな」
ハピネスラビットのみんなは獣人の人と苦労人の男の人を除き、俺を指差して口を開けて目を見開いている。そんなに驚くこともないだろうに。フィーだって、誰かと一緒に暮らす事もあるだろう。ただ、それが俺だっただけで。
「まあ、ハピネスラビットの話はフィーから聞いてるから、君達の事はある程度知ってるつもりだよ。信頼に値する人達だってね。今日はよろしく頼むよ」
俺はこう言って握手するために手を出した。こういうのは久しぶりで慣れないが、挨拶には必要なものだ。
「こちらこそよろしくお願いします」
苦労人の男性が代表して俺と握手をしてくれた。落ち着きがあっていい感じの人だと思いつつ、俺は周りを眺めてから、ハピネスラビットのみんなと上手く過ごせるか不安になるのだった。
奏陽とハピネスラビットの面々が初めての顔合わせです。世間は狭いですね。
果たして、この後に奏陽に安寧は待っているのでしょうか。私にも分かりません。
それでは、次回もお会い出来る事を願って。