048話 アーティファクトってなんなの?
「サンドラさん! こここれお返しします! さすがにアーティファクトは貰えません!」
目を覚ましたフィーは開口一番にそう言った。アーティファクトが一体どんなものかは知らないが、フィーが恐縮する程のものらしい。
「じゃあ老いぼれの頼みとして、それを大切に使ってくれんかねぇ」
「うぅ……」
サンドラさんは少し意地の悪い言い方をフィー向けた。それだけ受け取って欲しいのだろう。多分、孫にプレゼントをあげるおばあちゃんの感覚何じゃないと思っている。
「まあ、いいんじゃないの? サンドラさんがこう言ってるんだし、善意は受け取っておいた方がいい」
「カナタさんは、アーティファクトがどんなものか知ってるんですか!?」
「いや、知らないな。ちなみに、アーティファクトってなんなの?」
おおよその見当はついているが、如何せん知らない事が多すぎる。知らないのに知ったかぶって間違えた時の恥ずかしい思いはしたくはない。
フィーはそんな俺の事を知ってか知らずしてか、大きな溜息を吐いて『これだからカナタさんは……』と小声で言っていた。俺の耳にはバッチリ聞こえていたけどな。
「いいですか? アーティファクトと言うのは、二千年前の遺物全体の事を表します。その時代の物は、道具一つ一つにしても、今とは比べ物にならないくらいに高性能で、必ず何かの目的があって作られているものなんです」
「二千年前の遺物……という事は、種族間戦争があった時代か。戦争は良くも悪くも技術力が一気に飛躍するスパイスでしかないからな。しかも、世界が荒れるくらいの規模だったら、尚更技術力は高かっただろう」
「そうですよ! そんな時代のものが今ここにある意味がどういう事か分かりますか!?」
「歴史的遺産が同時に三つもあるなんてどれだけの歴史的価値があるんだろう……って事か?」
「違います。さっきも言ったように、アーティファクトは何かの目的のために作られたものなんです。ですから、このペンダントも首にかける以外の目的があるはずなんです」
フィーはペンダントを手に取って、マジマジと見つめる。ペンダントトップに埋めてある透明な宝石は光を乱反射させ、キラキラと輝いているのが俺からも分かる。
このペンダントがお洒落目的でもなく、何かの目的のために作られたとフィーは言う。しかし、どこからどう見ても、ただのペンダントにしか見えない。これを見ただけでは何か特別な効果があるなんて思いもしないだろう。
「フィーさんは物知りだねぇ。このペンダントは魔力の回復量を倍以上にしてくれる優れもののアーティファクトっておじいさんが言ってたからねぇ。私は魔力を殆ど使わないから要らないの」
「ま、魔力の回復量が倍以上……!? そんなの国宝級のアーティファクトじゃないですか! おじいさんって一体何者ですか!?」
「おじいさんはアーティファクト集めるのが趣味のただのおじいさんに違いないねぇ。どこにでもいるおじいさんだと思うけどねぇ」
話の流れから、アーティファクトを集めること自体おかしいのでは無いのかと俺は思うのだが、この世界ではアーティファクトを集める趣味を持つことは世間一般的で、俺の価値観がおかしいだけなのかもしれない。
だが、そう思ったのも束の間、フィーの顔が全然普通じゃないですよということを物語っていたので、俺の価値観は正常だと言う事が分かった。
つまり、サンドラさんが世間と少しズレているだけで、俺はアーティファクトを知らなかったただの冒険者、そしてフィーはこの中で一番まともな反応を示している人間であると言う事だ。
「そのチョーカーは、確か動体視力が云々っておじいさんは言ってた様な気がするねぇ。随分前の事だからもう忘れちまったよ」
ただでさえ最強のカヤに動体視力云々の効果が着いたら、もう勝ち目なんてないんじゃないだろうか。というかそもそもの話、素で最強と言われているのに強化は必要なのだろうか。
ただまあ、あのチョーカーはカヤに似合いそうだし、貰っておいて損もない。ファッションで付けるならそれは見てみたい気もする。
「カナタさんが付けてるその腕輪はねぇ……おじいさんも分からないって言ってた様な気がするねぇ。でも確かにアーティファクトって言ってたからアーティファクトなんだろうねぇ」
「この腕輪……嵌めたら取れなくなるアーティファクトだったりして。罪人であるという証を付けるために絶対外れないようになってるみたいな? 実際問題、この腕輪、外れる気配が全くないし……」
「もしかしたらそうなのかもしれないねぇ。あんた残念だったねぇ」
「……はぁ、やっぱり俺ってついてないな……生まれてこの方ついてる事なんてカヤと出会った事とフィーと出会った事くらいだし……」
「あ、あまり気を落とす必要ないですって! ほらその腕輪、カナタさんによく似合ってますよ!」
「ホントに?」
「本当です、本当!」
「そっかぁ……いやー、必死で慰めてくれるフィーって珍しくて面白いなぁ」
「もうっ! 真面目に慰めた私が馬鹿みたいじゃないですか!」
「そう言わずに、俺は嬉しかったから万事オッケー。それはそうと、この腕輪が本当に罪人を捕まえるために作られていたとするなら、なんであそこまで厳重に蓋が閉められていたんだ? 需要高そうなものなのに、開けるのが面倒臭いとか『もう、使わなくて良くね?』ってならない?」
おばあさんの話によると、おじいさんはどうやってもあの木箱を開けれなかったらしい。何故、俺が開けられたのかは定かではないが、こんな厳重に蓋をしているのに、中身がただ外れなくなるだけの腕輪なわけがない。
もしかしたら『幼児の手の届かない所に――』ってやつと同じ様な感じで、一度嵌めたら取れなくなるから厳重に管理してください、みたいなものだったのかもしれない。開けるには資格を持った人しかみたいな。
だとしても、俺が開けられたのだから謎は深まるばかり。一体この腕輪は何を目的に作られたのだろうか。
「考えても埒が明かないねぇ。それはおいおい考えるとして、掃除に取り掛かろうかねぇ」
「それもそうですね。カナタさんも、時間が許す限り掃除をして下さい」
「了解、全力で掃除に取り掛かるわ」
「はい、全力でよろしくお願いしますね」
一旦、考えるのを放棄して、自分が担当している場所にある物を外に出す事に専念する。単純作業だが、それ故に辛い仕事ではあるが、仕事なら全力でやらない訳にはいかない。
俺は腕輪が入っていた木箱があった場所に戻り、持っていけそうなものから順に運び出していく。
やっとこさ抱えれる位の大きさの箱に数個の小さい小物を乗せて外に持っていったり、両脇に米俵のような丸くて重いものを抱えて首に縄のような物をかけたりしながら、文字通り全力を掛けて外に運び出す。
そんな俺が唯一扱いに困ったのが、例の木箱に後光を指していた台だ。俺が近寄ると何故か光の強度が強くなり、触ると閃光玉のような光がピカピカと点滅するのだ。まるで『触るなハゲ!』と言われている様な感じだ。
「……言わせてもらうがな。俺はハゲてねえ! どっちかって言うとお前の方がツルピカだからな! 物理的に!」
「――カ、カナタさん何やってるんですか?」
俺が台に向かって、ハゲと言われた様な気がしたので言い返していると、背後からフィーの引いた声が聞こえて来た。
恐らく、フィーの方を振り向いていた俺はギギギと音を立てていたに違いない。
「カナタさん……何やってるんですか……」
「いや……あの……この台に言い返そうと思って……あ、いや違うんです。違わないけど違うんです。説明させてください」
「カナタさん……これからの事は私に任せて下さい……ですのでカナタさんは一度医療所に行った方が……」
「俺の頭を診てもらえってそれは酷くないですかね……取り敢えず、説明をさせて……」
俺が一歩踏み出すと、フィーは一歩引き下がる。俺が二歩踏み出すと、フィーは三歩引き下がる。近付こうとすればする程距離がどんどん離れていく。
そんな中、俺は必死に弁明した。何故、あんな事を言う事になったのか。フィーも近づけば分かると言ったり、ほら見てみてと、俺が台に近づいてみたり。
俺のその熱意を感じ取ってくれたらしいフィーは最終的には不気味がりながらも、一応納得してくれた。やっぱりフィーは良い奴だ。俺がフィーの立場だったら絶対納得出来ない。
「そういう訳で、あの台は俺に触って欲しくないらしくてな。もしかしたらフィーなら大丈夫かもしれないし、あの台を運んでくれない?」
「まあ、はい。分かりました」
フィーは俺の頼みを聞いて、台に近付いていく。俺の望みをかけたフィー頼みだったが、台の光は徐々に大きくなり、フィーが台に触れたところで俺の時と同じくピカピカと点滅を始めた。
それを見て驚いたフィーはたじろいで数歩後ろに下がった。そして、わなわなと震え始め、最終的には、
「わ、私は、太ってなんかいません! ちょっとお肉……があるかもしれませんが、そんなの誤差の範囲内です!」
「フィー?」
「――はっ! カナタさんと全く同じ事をしてしまいました……」
「えっ、落ち込むとこそこ? それされると俺が落ち込むんだけど……」
俺とフィーは二人揃って両手両足をついて気を落とす。フィーは俺と同じ事をした事に対して、俺はフィーの落ち込む理由が俺と同じ事をしたと言う事を聞いての違いはあるが、俺達は同じ気分だったようだ。
「フィーさんを呼びにこっちに来てみれば、二人して楽しそうだねぇ」
そんな所にサンドラさんがやってきた。
サンドラさんは掃除をしてない俺達を見ても、いつも通りの対応だった。それに加え、ニッコリと微笑みまでするのだ。サンドラさんの度量の大きさに救われた。
「むん? あれはおじいさんが言っていた、『自分が無意識に一番気にしてる事を暴言で教えてくれる台』じゃないかねぇ。そうかいそうかい。二人とも暴言を吐かれたかい」
「気にしてる事……だと……!? お、俺がハゲを気にしていたと言うのか……」
「わ、私なんて太ってるって気にしてたみたいです……太ってなんかないのに……」
「それじゃあ私も暴言吐かれてみるかねぇ」
「「サ、サンドラさん!?」」
サンドラさんは何も臆すること無く、台にスっと手を伸ばした。
すると俺達の時とは違って、光が点滅する事も無くごく普通に台に触れていた。
「これからどうすればいいんだろうねぇ。二人は何をして暴言を吐かれたんだい?」
「触れただけですけど……」
「おや。どうやら私には気にしてる事はないみたいだねぇ。このくらいの老いぼれにもなると、気にするだけ無駄なのかねぇ」
カッカッと笑いながらサンドラさんはその台を持ち上げ、外へと運んでいった。
その様子をただ見ているだけしか出来なかった俺達は、思い出したように口を開いた。
「サンドラさん、すげぇな。気にしてる事無いってよ」
「びっくりしました……多分、達観されてるんですね」
「そうだな……」
「はい……」
「…………」
「…………」
「……掃除再開するか」
「はい」
俺達はなんだか変に負けた気になりながら、掃除を再開した。時間も時間だったので、そこまで長いこと掃除をすることは無かったが、ある程度は綺麗になった。蔵の中だけだが。家の方は明日以降という事になるだろう。
そして、これで今日の依頼は終わり……と思ったら大間違いだ。俺が受けた依頼の内容は、掃除の手伝いをすること。まだ掃除は終わっていないのに、これで依頼完了なわけがないのだ。
俺達はカヤがいるであろう居間に戻り、帰りの支度をする事にした。そして居間に着いてみると、カヤが丸くなって気持ち良さそうに寝息をたてながら寝ていた。
丸まっている姿も可愛いし、寝顔もこれまた格別に可愛いし、もう寝息すら可愛い。可愛すぎて起こすのが忍びないくらいなのだが、もう帰らないといけないので渋々カヤを起こすことにした。
「カヤー、帰るぞー」
『……ぅん……かえる〜……』
寝起きでぽけーっとした様子のカヤ。うん、可愛い。
「私がおんぶしてあげましょうか?」
『……おんぶ~』
「はいはい、こっちですよ」
『んー』
寝起きだからか余計にカヤが可愛い。おんぶしているフィーの顔が到底見せられないくらいに破顔している。
「フィー、嬉しいのは分かるがそのまま外に出ないようになー」
「――えへへ……あっ、な、なんでしょう!?」
「そのまま外に出ないようにって言ったんだ。恥かくかもしれないからな」
「分かりま……えへへ」
こりゃダメかもしれない。というか、もう手遅れ感がすごい。こういうのは一度痛い目を見ればいいんだ。そしたら、今度同じことがあったら意識して治るかもしれないし。
「じゃあ、サンドラさん。また明日来ます。今日はありがとうございました」
「こっちこそありがとうねぇ。明日もよろしく頼むねぇ」
そして俺達は、掃除の一日目を終えた。
次の日からは、フィーにも仕事があるので、俺とカヤの二人でサンドラさんのところに出向いて、一日かけて掃除をする、という事を繰り返した。
二日目は、蔵の中の荷物を全部出して、質屋に売るところまでで終わった。
三日目は、遂に家の中を掃除することになったが、物を片付けなければ掃除も出来ないので、物の片付けで終わり、四日目でようやく本格的に掃除が出来るようになった。
そして五日目。廊下や窓、部屋の隅々までを掃除し、全ての掃除が終わった。
時間にして一週間。俺はサンドラさんやカヤと協力して、出来るだけ綺麗に出来るよう心掛けて掃除をしてきた。そのおかげもあってか、家の中は見違えるくらいに綺麗になり、サンドラさんはこれで心置き無く家を出れると言っていた。
「本当にありがとうねぇ。私一人だったらこんなに早くは終わらなかっただろうねぇ。カナタさんのおかげだねぇ」
「いえいえ、それが俺の仕事ですから。それに俺だけじゃなくて、カヤも頑張ってくれましたし」
『頑張ったよ! おばあちゃん!』
「カヤちゃんも良く頑張ってたねぇ。ちゃーんと見てたよ」
サンドラさんが穏やかに笑いながら、カヤの手を取ってポンポンと手の甲を二回叩いた。何というか、優しいおばあちゃんと孫という構図を見た気がする。
「じゃあ、サンドラさん。依頼も終わったのでここでお別れです。またいつか、会えるといいですね」
「そうだねぇ。楽しみに待ってるから、会えるといいねぇ」
「それじゃあ、ありがとうございました」
「こちらこそありがとうねぇ」
こうして、俺の初めての依頼は完了したのだった。
この話でちょうど五十話目となりました。ちょっとした節目ですね。これからも頑張って行くのでよろしくお願いします。
それでは、次回もお会い出来る事を願って。