045話 憂鬱だ
「この点数なら大丈夫でしょう。何処へ行っても不自然になる事はないと思います」
この世界に来て一年と少し経った今日。一年間学んできた努力が実を結ぶ事となった。
今日はフィーに作って貰った五百点満点の一般常識テストを受け、見事四百点を叩き出した。残りの百点は後半の解答欄がズレていたせいで取れなかったが、解答欄が合っていれば満点取れてた。この歳になって学生と同じようなミスをするのだから、色々衰えてきたのではないかと考えてしまう。
それはさて置き、フィーのお墨付きも貰いようやく働き口を探せる様になった。ようやくフィーへの恩返しが出来るようになると言う訳だ。実に長い道のりではあったが、出来る事をしていこう。
「カナタさんはどんな職業に着く予定なんですか? 私は計算出来るので商人向き、もしくは、研究者とか良いと思うんですけど」
「俺は前々から決めてた冒険者になる予定」
「そ、それは……大丈夫なんですか……?」
「うむ。フィーの心配もごもっともだ。魔力は常人以下、身体能力は常人並み、頭の良さで言えば常識より少し上と言ったところ。こんな俺が冒険者とは心配になるのも無理はない。俺も心配だ」
「じゃあなんで冒険者なんかに?」
「フィー。この世界に『猛獣使い』っているか? 『魔物使い』でもいいが」
「いいえ、聞いた事もありません……なんですかそれ?」
「所謂、魔物や気性の荒い動物を使役して戦わせる人の事を指す言葉で、猛獣使いや魔物使いは指示を飛ばしたり支援をするだけで自分では戦わないんだ」
「なるほど……カナタさんがその『猛獣使い』もしくは『魔物使い』になれば弱くても大丈夫ですね。でも、使役する魔物や動物はどうするんですか?」
「そこにいるだろ? 世界一強くて宇宙一可愛い動物が」
「うにゃ?」
いきなり話を振られ、素っ頓狂な鳴き声を上げて首を傾げるカヤ。心を撃ち抜かれるくらいに可愛い。
「カヤを戦わせるんですか!?」
「まあそういう事になるな」
「私は反対ですよ! もしもの事があったらどうするんですか!」
「んー……そもそもの話、カヤにもしもなんて起きる気がしないんだよな。今までにカヤがやってきた事を見ると、大抵のことなら蹂躙してしまえるのは想像にかたくないからなあ」
「……今までにやってきた事?」
「あれ? 言ってなかったっけ? カヤって人の腕を素手で切り落とせるし、冒険者達が寄って集って襲ってきても傷一つついてなかったって」
「は、初めて聞きました……」
思い返せばフィーが遠征から帰ってきて、こういう何があったとかいう話をあまりしていない。今回の話も、まだ話してなかった。話た後で思い出したのでもう遅いけど。
「というか、フレッドに冒険者になってくれとせがまれてしまってるからなぁ。アイツ、俺の頭に期待してるとかいいやがって……頭だけでどう戦えと……」
「ちょ、ちょっと待ってください? カナタさんの言うフレッドってフレッド支部長の事ですか?」
「あーそういやアイツ支部長とか言ってたな……アイツだけは気に食わないんだよなあ。あぁ、冒険者になるのやめたくなってきた……」
「……じゃあ支部長が有望な冒険者を見つけたって騒いでいたのはカナタさんのこと? なんでそんなことに……」
どうやら、フィーは絶賛混乱中のようだ。その気持ちは分からなくもないが、こうなってしまっているのだから受け入れて貰いたい。
そもそも、俺がフレッドから誘拐される事になった切っ掛けは、カヤが俺をおぶって逃がしてくれたからだ。決してカヤが悪いと言っているわけではないが、あの時は運が悪かった。あの時、普通に捕まっていればこんな事にはならずに済んだのかもしれない。
後悔先に立たず。取り敢えず過去は過去。今は未来を見据えよう。
「冒険者を辞めて他の職業に就こうにも、フレッドにいつか冒険者になると言ってる手前、冒険者以外になろうとも思わないんだよな。もし他の職業に就いたらアイツ絶対うるさいもん」
「支部長をアイツ呼ばわりするなんて……」
「アイツは確かに支部長かもしれないが、俺にとってみればただのうるさい人間でしかないからな。別にまだ冒険者になった訳じゃないから上下関係もないし」
「でもほら、社会的地位とかあるじゃないですか……」
「そんなの死んでしまえば元も子もないって。冒険者なんて死と隣合わせの職業だろ? そんな職業で立場が上だったとしても、敬語は使いどすれ、よっぽどのことがない限り尊敬はしないな。あ、でも羨ましく思う事はあるかも」
「カナタさんって意外とドライですね?」
「まあ、大人になってから殆ど一人で生きてきたからな。他人に興味が湧かないだけかもしれないが」
関わった人間と言うなら佐倉くらいだろう。
あいつ今頃どうしてるんだろうな。そういえば怒らせたまま死んじまったけど、まさか恨んでないはだろう。正直に言えばご機嫌取りをしたかったが、死人に口なし。もう遅い。まあ佐倉なら強く生きているだろう。
「うっし。じゃあ協会とやらに出向いて冒険者登録でもしようかね。カヤ〜、行くぞ〜」
『あ! 待って!』
「カナタさんだけでは心配なので私も行きます」
「折角の休日なんだからゆっくりすればいいのに」
「カナタさん一人で外に出ると、何かと騒動が起きるのでそれ防止です。騒動を止めれば街が救われます」
「そこまで言うか……まあ着いて来てくれるならそれはそれで嬉しいけどな」
なんだかんだあり、全員で冒険者協会へと向かう事になった。その為、皆して外行きの格好に着替えて準備を進める。
とは言っても、俺の場合着替えて終わりだが。フィーには冒険者としての身だしなみがあるそうだ。ちなみにカヤは人間の姿になって、何時だったかフィーが大量に買ってきた服の中から良さげなものを選んでいる最中だ。
カヤは何着ても可愛いからなんでもいいぞと言ってやりたいが、女の子にそういう事を言うとガッカリされることがあると俺の直感がそう告げている。女心ってのは難しい。
各々の準備が終わったのは十数分後。俺は秒で終わっていて暇だったので、一人でお茶を淹れてポケーっとしていた。
「カナタさん、お待たせしましたー。カヤの方も大丈夫みたいですし、協会に行きましょう」
「おう」
『カナタ見てー! これ、どうかな?』
カヤが着ている服は、協会に行く為か全体的に動きやすそうな服になっていた。俺の印象で言えば、アサシンもしくは女盗賊といった感じ。
今までのスカートとは違って短パンを履いていて、スラッとした健康的な足が伸びているのは見ていて気持ちがいい。また、胸が殆どない分、全体的にシュッとした感じで如何にも速そうな雰囲気がある。
なんて言うか、一言で表すなら『強い』だろうな。
「くれぐれも人は殺さないようにな?」
『何それー?』
「あ、いや、何でもない。良く似合ってるぞ。カヤは何着ても可愛いなぁ!」
『えへへーっ』
「ほら、早く行きますよー」
『はーい! ねぇフィー、手繋ご?』
「良いですよ。お外に出たら手を繋ぎましょうね」
『うん! ありがとー!』
そんな二人の会話の中に生まれる笑みに、俺はほっこりしながら、二人と共に協会へと向かった。
◇◆◇◆◇
「とうとう来てしまったか……魔の牢獄に……」
「何くだらない事言ってるんですか。早く入りますよ」
「……どうかアイツだけは出てきませんように」
これと言った事は何も無く、三人で仲良く談笑しながら辿り着いた協会。
遂に俺も冒険者になれると思うと心躍る……と思っていたのだが、今の気分は最悪。理由は至ってシンプルで、嫌な予感がするからだ。
その嫌な予感と言うものがこれまた厄介で、今まで一人で生きてきた為か、嫌な予感だけは的中率が半端なく高い。殆ど外れたことがないんじゃないかってレベル。
今の俺には両の手を合わせて祈る事しか出来ない。
「ほら、カナタさん! 行きますよ!」
「はぁ……憂鬱だ……」
『ゆううつ?』
「気が落ち込むって意味だよ」
『なるほどー』
「取り敢えず、フィーに怒られない内に中に入ろうか」
『うん!』
意を決して協会の門を潜り抜け、正面に映った景色を見て、俺はその場に崩れ落ちた。
どうしてか。俺の嫌な予感はこうも当たってくれるらしい。マジで恨めしいぞ。
「――やあやあカナタ君じゃないかっ! 君なら来てくれると思っていたよ! もちろん君の冒険者登録なら今すぐ出来る用意がされてるからね! 依頼を受けるならまずは冒険者にならなくちゃいけないからね! あぁ! それと君に言っておかないといけない事があるんだった! この前の騒動の時に誘拐紛いの事をしたお詫びに何処か一緒に食事でもと思って、超高級料亭を――」
「行かねぇーよ! つうか、うるせぇ! 一気に喋るな! お前俺のことどんだけ好きなんだよ!」
「す、好きだなんてそんな……ポッ……」
「『ポッ……』じゃねぇよ! 『ポッ……』じゃ! 気持ち悪いわ! そもそもなんでお前がここに居るんだよ! お前は自分の部屋で雑務に勤しんでればいいんだよ! ここに居る理由を言えフレッド!」
俺は一呼吸の内に全てを言い切って、肩で息をしながらフレッドに睨みつける。
対してフレッドはそんなのものともせずに、何とも嬉しそうな笑顔を俺に向けてくる。なんなんだこいつは……。
「そりゃあ君が来る予感がしたからさ。こう――ビビビッとね」
これが正に嫌な予感の元凶なわけだ。こいつが変な予感をたてるせいで、俺にも嫌な予感がしたわけか。何とも迷惑な話だ。
『あー! あの時の死にかけの人!』
「おや? 君はあの時カナタ君にくっついていた女の子じゃないか。フィーさんとおてて繋いでどうし――えっ? フィーさん?」
「ど、どうも」
「なぁフィー。これがフレッドだぞ? こんなのを敬えるか? 俺は絶対無理だ」
「私としては何とも言い難いですけど……」
「それってもう答えてるようなものだけどな」
「あれ? カナタ君とフィーさんが親しげに話して……んん? 何がどうなってるの?」
フレッドが混乱しているようだ。無理もない。一度に情報を詰め込み過ぎた結果があれだ。誰も攻める気にはなれんだろう。
「あ、あのえっと……フレッド支部長。こちら、私と同棲中のカナタさんです。で、こちらが私の大事なカヤです」
『カヤです! よろしくおねがいします!』
「おっ、ちゃんと自己紹介出来て偉いなあ。流石俺自慢のカヤだな!」
『えへへーっ!』
照れてるカヤはいつもの何倍増しにも可愛いな。フィーなんてもう口元が緩みまくって見た事もない顔してる。
まあそれはいいとして、なんでか協会内がシーンと静まり返ったのだが、どうかしたのだろうか。フレッドはおろか、職員や他の冒険者達もこっちを見たまま動かないし。
「ど……」
協会内にいた誰かの小さな呟きで、その静寂は一斉に崩れる。
「「「同棲ぃーー!?」」」
俺とフィー、カヤの三人以外の声が綺麗にハモり、とてつもなく大きな声が響いた。無論俺達はいきなりの事に驚いて言葉もでなかったが。
冒険者や職員達は、同棲というワードに驚いたようだが、それについてあらぬ憶測が飛び交っていた。
「嘘だろ!? あのフィーさんが同棲だと!?」
「しかも男とだぞ!? いつからだ!?」
「そんな事よりも、あの子めっちゃ可愛くないっ!? フィーさんの子供なのかな!?」
「子供ぉ!? フィーさんに子供だって!? 誰だそんなデタラメ言った奴は!?」
「ほら髪の色をよく見て見なさいよ! あの子の髪、あの男性の髪の色と一緒じゃないの! あれは完全に血が繋がってるわ! それにあの子の可愛らしさはフィーさん譲りよ! 絶対!」
「俺、いつだったか忘れたけど噂で聞いた事ある。フィーさんが結婚してるって」
「「「な、何ぃ!? 結婚だとぉぉ!?」」」
「何とも、フィーさんのお相手の方は娘がうまれると同時に妻を亡くし、少ない金を何とかやり繰りしながら男手一つで娘を育てたそうだ。こんなご時世に男手一つなんて最早偉業だと思うんだ」
「な、なんてすごい人なの……!」
「こんな人だからこそフィーさんが靡いたとも考えられるな」
「フィーさんのお相手のお話は他にもあって、自分が脱獄犯から人質に取られたのに、一切臆する事なく立ち向かい見事撃退したらしい」
「そんなの女だったら惚れないわけないじゃない! 私なんて話を聞いただけで惚れそうなのに!」
「他にも、フィーさんを叱れるただ一人の男とか、素手で人を斬れるとか、冒険者が束になっても勝てないとか、色んな噂があるらしいけど、どれが本当なのかは分からないみたい」
「そんなのどうでもいいのよ! 火のないところに煙は立たないのだし、全部似たような事があったのよ!」
「それを考えると、フィーさんにはお似合いかも……一番はフィーさんを叱れるのが大きい」
「なんだか、フィーさんも昔とは違って丸くなったもんな。これも全部、あの男のおかげなのかもしれないな」
「全てを完璧にこなす男性……なんてステキなの……」
……しみじみ思う。噂って怖いっ!
確かに、似たような事はあった。脱獄犯に人質にされたのも本当だし、フィーを叱ったこともあったし、腕を切った事件もあったし、冒険者が束になって追いかけて来たこともあった。
けど、その全てが誇張、美化されてて俺が経験した事と半分以上が異なった内容になってる。
「なんかカナタさんが凄い事になってますね」
「フィーも他人事じゃないけどな。なんか俺達夫婦として扱われてるんだぞ? いいのか?」
「そんなの商店街で言われ慣れてるので、もういいかなと。私が本当に結婚する事があったらその時に、色々訂正した方が早いですしね」
「なるほどな。つまり面倒くさくなった訳だ」
「そうとも言いますね。まあカヤと手を繋いで三人で歩いていれば、誰でも夫婦だと思う筈なので仕方がないというのも理由の一つですが」
「あー確かに」
『二人共、結婚してたの? ……フィーがヨメになるのかな? 二人は子供作るの?』
「「こどっ!?」」
いきなりの爆弾投下には焦りを隠せない。確かにカヤに『ヨメは、子供を作る相手』とは言ったが、回りに回ってこんなところでそれが来るとは思わなかった。口は災いの元だったか……。
『作らないの?』
「カ、カヤは子供を作るって事がどういう事が分かってるのですか……?」
『カラダを重ねるんじゃないの?』
「……カナタさんどうしましょう。カヤは分かってて言ってますよ……」
「そんな事俺に聞かれても困るんだが」
「どうすればいいんでしょう?」
「無難に『作らない』で良いと思うぞ」
「そうですよね……そうします」
俺は冒険者登録に来ただけなのにどうしてこう色々と問題が起こるのかさっぱり分からない。というか、今まで自分がやって来た事が、巡りに巡って自分に返ってきてるような気がする。今度から自重することにしよう。……出来たらの話だが。
騒がしく言い合っている冒険者や職員達を眺めながら、俺はそう心に留めたのだった。
今までのツケが自分に返ってきた奏陽の話でした。皆さんもツケが混んでいるなら早々に返していった方がいいかもしれませんよ。
それでは、次回もお会い出来る事を願って。