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040話 どうしてこうなった


「どうしてこうなった……」


 俺は目の前の惨劇にその言葉以外の言葉が思い浮かばなかった。


「シャーッ!!」


「うぅっ……」


「……ぁあ……」


 怒り狂って目が爛々としているカヤは手が付けられなくなっており、頬にはどこの誰とも知らぬ人の血が数滴程着いている。

 そしてその足元には、これまたどこの誰とも知らぬ人が目をひんむき、或いは痛みに顔を歪めたまま転がっている。


 さてここで問題です。この状況は一体何をどうしたら出来たものでしょうか。


 ……この問題は、成績が優秀で頭がキレるやつでもそう解けるやつはいないだろう。寧ろ解けなくて当たり前だ。ここまでの一連の流れを見ていた俺ですら意味が分からんのだからな。


「はあぁぁ……どうすっかなぁ……」


 俺は深い溜め息を吐いて、何故こうなってしまったのか今日一日の記憶を辿る事にした。




   ◇◆◇◆◇




『デート♪ デート♪』


 買い物に出てすぐのこと。今日のカヤは上機嫌なようで、俺の手を握って実に幸せそうな顔をしていた。


「ただなカヤ……俺としては喜んでくれるのは嬉しいんだがな、デートって言葉を大声で言わないで欲しいっす……すれ違う人達の目線が痛いから」


『ん? 私は痛くないよ?』


「いや、そういう訳じゃなくてだな?」


『デートはデートだもん! わたし、デート出来て嬉しいんだもん! カナタはデート嬉しくないの!?』


「嬉しいぞ! 嬉しいけど取り敢えずデートって言うのやめてぇ!」


――クスクス。


 背後からすれ違った主婦層の方々と笑い声が俺の耳に入ってくる。なんという羞恥プレイなのだこれは。恥ずかしすぎて顔から火が出そうだ。

 しかし、俺のそんな気持ちなんて露も知らないカヤは心底楽しそうにデートデートと連呼する。もういっその事殺して欲しい。


『ふんふふ〜ん♪』


「……カヤが楽しそうならそれはそれでいいか。ご近所さんに愉快な人だと思われてもカヤのためなら受け入れてやるぜっ」


『カナタとデート♪ デート♪ デート♪』


「う、受け……受け入れ…………やっぱ無理かもなぁ……」


 俺の中で、受け入れるが否かの葛藤が大きくなっていく。カヤの為なら何でもやれる自信がある。それこそ俺が死んでカヤが助かるなら俺は喜んで死ぬだろう。

 しかしだ。今この瞬間は命の危機でもなければカヤを護らなければならないような状況じゃない。ただ単に俺の心が擦り切れるだけだ。

 それなのに受け入れる必要がどこにあるというのか。ただ、受け入れないとカヤの気持ちが……。


 ……乙女かっつーの! 『恋に落ちてその人と仲良くなりたい。けど嫌われたくない』みたいな少女漫画じゃないんだぞ!

 三十過ぎの童貞である俺にこの状況は初めてではあるが、狼狽えるところではない。恋だの愛だのの経験値はゼロに等しいが、人生の経験値はそれなりにある。その経験を活かして乗り越えるべきだ。……本当に経験値が溜まっていればの話だが……大丈夫! 俺だもん! きっと経験値は溜まってる!


 そうこうしているうちに次の目的の物が売っている店に着いた。ここは香辛料を売っている店だ。スパイスがなければ料理は成り立たないからな。


――クイクイッ


 今日はどんなスパイスを買おうかなどと考えていると、カヤに服の裾を引っ張られた。


「ん? どうした?」


『わたしが選びたい』


「カヤがそんな事言うなんて珍しいな。けど、好きにしていいぞ。ただし、予算の範囲内でな」


『うん! ありがと!』


 カヤはそう言ってお店の奥に行って、『これはどうかな』といってスパイスが入った瓶を手に取っては戻す事を繰り返しながら良さげなのを探し始めた。

 それを眺めている俺は、『カヤは可愛いな』等と考えていただけで、大した警戒はしていなかった。寧ろ、無防備な状態でただ一人路上に立っているだけだった。


 そしてその時は来る。


 俺は背後に誰かが立った気配を感じ、何か用があるのかと思って振り向こうとした。しかし、振り向くことは叶わなかった。何故ならば、振り向く寸前に後首と後頭部に強い衝撃を受け、視界がグルンと変わったからだ。

 何が起こったのか頭を働かせようとするが上手く動かない。声を出そうにも上手く出ない。視界が暗くなっていく。街の喧騒が遠くなっていく。


「すまない。この方法しか――」


 俺の意識はそんな呟きを聞いたような気がしたところで消えていった。




   ◇◆◇◆◇




「…………うぅっ……ってぇ……」


「ん? 起きたか」


 俺は後頭部の痛みによって目を覚ました。意識は頭の痛みによってすぐに覚醒し、状況判断が出来るくらいにはなっていた。

 どうやら俺は横になっているらしい。この重力の感じ方はそうだ。そしてこの天井。


「……知らない天井だ」


「そりゃそうだろうね。君がここに来るのは初めてだろうから」


「……あんた誰?」


 状況判断をしている最中に、横から話を挟んできた人間がいた。そっちを見てみると、剣を磨いている騎士っぽい男が椅子に座っていた。


「あぁ、すまないね。私はフレッドって言うんだ。手荒な真似をして悪かったと思っているよ」


「別にそれはいいんだが、何故こんな事を……あ、俺の名前はカナタだ」


「カナタか、よろしく。それで君の質問に答える前に一つだけ聞いておかなければならない」


「聞いておくこと? なんだそれ?」


「君。いつだったか商店街で腕を切り落としたとかで騒動を起こした人だよね?」


 このフレッドとかいう男。俺の事を知っているようだ。もしかしたら、先日の件で俺を罰しようとしているのかもしれない。そうなったらどんな事になるのか予想がつかない。

 ここは無難に恍けるしかないだろう。


「い、いやー、まったくしらないなー」


「……君、嘘下手だって言われない?」


「……よく言われるに決まってんだろ! なんか文句あるか!」


「開き直るの早いね……」


 あはは、等と愛想笑いさせる程に俺の嘘は下手だったらしい。それもしょうがないだろう。何せ俺には嘘を吐くような友達がいなかったのだから。

 日常的に嘘を吐いていない俺としては、嘘が下手なのは当然な事だ。恍けるなんて無理だ。

 誰だ恍けるしかないだろうなんて馬鹿な事言ったのは。俺か。俺だな。俺しかいない。


「まあ合っているなら良かったよ。君に折り入って話があるんだ」


「話? 話をするくらいなら何も攫う必要は無かっただろ?」


「それは君が逃げるからだよ。前回も何人もの人を動かしたのに捕まえることが出来なかったからね。今日見かけた時は油断してたみたいだったから、気絶させやすかったよ」


「一般人の俺によくそんな事出来たな!? 一歩間違えれば死んでたぞ!?」


「大丈夫。私はそんなヘマはしないから」


「その自信は一体何処からくるんだよ……」


 何やら俺は見た目と口調の割にヤバめの奴に捕まったらしい。こいつの言っていることから推測するに、こいつは冒険者か何かだということは分かった。冒険者なら剣を持っているのにも頷ける。

 そして前回も追って来ていた冒険者なら要求してくることは一つだけだろう。


「……はぁ、俺を冒険者にするためだけにこんな事をするとかアホなのか?」


「ん? 私はまだ要求言ってないのに何で分かった? 前回追った時も直接言ってないぞ?」


「そんなの予測だ予測。というかこれくらいなら誰でも予測出来るだろ」


「誰でもと言うより、誰も無理だろうね。君だから出来た事さ」


「はぁ?」


 こいつの話はよく分からん。なんか次元の違うところで話しているような。掴み所がないと言うんだろうか。とりあえず俺の苦手なタイプであることは間違いない。


「そんな事よりも、冒険者なってくれる?」


「なんだよ唐突に」


「君には早急に冒険者として活動してほしいんだ。今は人手不足でね。少しでも冒険者が欲しいところなんだ」


「嫌だ。俺は冒険者にはならん! 力もない、知恵もない、金もないのないない尽くしの俺が冒険者なんていう職業に就くとでも思ってるのか! 仕事をするなら安全で、安定した収入を得られて、終身雇用をしてくれる所に決まってるだろ!」


 俺は地球ではこの条件で就職を決めたんだ。一番怖いのは、給料を減らされるよりも社内で嫌われることよりも、クビを切られて収入が無くなることだったからな。


「シュウシンコヨウ? って言うのは知らないけど、冒険者は安定した収入貰えるよ? それに調査依頼を受ければ危険は少ないし」


「俺とお前は違うの! いいかよく聞け。お前はその剣を振るって魔物を簡単に殺せるだろう。だが、俺にはその剣を持ち上げることすら厳しんだぞ。それにな、俺には常人以下の魔力しかないんだよ。それでどうやって冒険者になれってんだ」


「でも君にはその頭がある」


「はぁ? 何言ってんだよ」


「そのまんまの意味さ。君は日頃鍛錬をして、常人よりも身体能力が高くなっている冒険者から逃げ切ったじゃないか。ただ逃げてるだけじゃ絶対に無理だろうし、君の話から推測と逃げ切ったのは君の知恵のおかげみたいだしね」


「俺の浅知恵で撒かれる冒険者が悪いんだ。もっと頭を使え、頭を。俺のは作戦のうちにも入らんわ」


 俺が逃げきれたのは、追ってきている奴らがやられて嫌な事を考えてそれを実行しただけだ。それが一番逃げ切れる確率が高そうだったし、事実逃げ切れた。まあ最後はカヤにおぶられてギリギリだったけど。


「耳の痛い話だよ。でもね、君の頭脳は今の協会には必要なんだ。だからどうか冒険者になってくれないかな?」


「はぁ……何度言えば分かるんだ。俺は冒険者には――」


――ガチャンッ!


 俺が最後まで言い切る前に、部屋のドアが勢いよく開かれた。少しビビった俺は、そっちを条件反射的に振り向いていた。

 この部屋に入ってきたのは、身なり的に冒険者っぽい。というかそのまんま冒険者だろう。だが、息を切らし、焦燥仕切っているような感じだ。


「支部長ッ!! 悪魔が…...悪魔がこの協会をッ!!」


「なんだって!? それは本当なのか?」


「い、今、下で他の冒険者達が!」


「私が出よう! 君はここで待っていてくれ!」


「何で俺がお前の言うことを聞かにゃならん。俺は俺で動く。置いてきたかカヤが心配だからな」


「悪魔相手では死ぬかもしれないんだぞ!」


「そんなん俺の勝手だろ。死んだら死んだ。それが俺の運命だったってだけだ」


「……分かった。好きにすればいい。だが、私は君を守るからな」


「はいはい、好きにしてくれ。それは個人の自由だし俺に拒否権はねぇよ」


「よし、では行くぞ!」


 俺は、先程の冒険者を休ませたフレッドについて行き、階段を降りて下へと向う。

 そこからは唸り声や、ちょっとした悲鳴が聞こえてきた。悪魔とは相当なもののようだ。先程の冒険者もそうだが、魔物との戦闘を専門としているはずの冒険者が、ここまでやられるのはヤバいという事を示唆している。


 階段を降りきった時、階段の横の壁に寄りかかって座っている冒険者がいた。フレッドはそいつに触れて、大丈夫かと聞いていた。


「し、支部長……アイツです……アイツが悪魔で……」


 冒険者の方は力なく腕を上げて、ある方向を指さした。そしてそこに居たのは、


「シャーッ!!」


 怒り狂った猫の状態のカヤだった。


 ……何がどういうことだってばよ。いや落ち着け。今の状況を整理しよう。俺が攫われた。それはオッケー間違いない。次、悪魔が襲ってきた。この惨状だ。分からなくもない。最後、悪魔がカヤ。いやいや、そんなのないだろう。というか何でカヤがここに? 


「くそっ。悪魔め! 私の仲間をよくも!」


「シャーッ!!」


「くっ! なんて威圧感だッ!!」


 俺から見たら、猫の威嚇に過剰に反応する大人の構図なのだが、フレッドには何か感じるところがあったのだろう。


「だが私は引かぬ! 仲間の為にも絶対に! 悪魔よ、覚悟ッ!!」


「シャーッ!!」


 カヤは一瞬目を紅く光らせたかと思うと、フレッドが吹き飛ばされて壁に激突し、血を吐いて倒れた。出落ちとはこの事を言うんだろうか。


 それにしてもこの状況は一体。地面に伏していたり、目をひんむいていたり、苦痛に顔を歪めている冒険者が大勢おり、フレッドは瀕死。


「どうしてこうなった……」




   ◇◆◇◆◇




 そして今に至る訳か。

 念の為もう一度言う。どうしてこうなった。


「シャーッ!!」


 それを理解する為には、まずカヤを鎮める必要があるな。


「おーい、カヤー。落ち着けー」


「――にゃ?」


「こっちだこっち」


「にゃ〜!」


 嬉しそうに俺の胸に飛び込んで来るカヤ。なんだろうか。カヤの可愛さにもうどうでも良くなってきた。


「会いたかったぞぉ!」


『わたしもぉ〜!』


 やはりとカヤと俺の心は一つだったようだ。まあデートという名の買い物の途中だったし、無理もない。


「ただな。ちょっとやりすぎだと思うんだが、その辺どうなの?」


『私手加減したよ? 今日は腕とか切り落としてないし』


「まあたしかに外傷はほとんどないな。ただ、何でみんな血を吐いて倒れてるのかなぁ、なんて」


『一発で沈めた結果?』


「それだろうなぁ。……はぁ……マジでどうすっかなぁ。とりあえず、カヤはもう大人しくしてなさい」


『はーい』


「後はフレッドが目覚めるまでここで待機だな。流石に謝らないのは駄目だと思うし」


 そして俺とカヤは、大の大人達が地面に伏した部屋の中で、遊ぶという異様な光景を作り出しながら、その大人達が目覚めるのを待つのだった。


 カヤが強いという事を証明した話になりました。今後、奏陽とカヤがどのように転んで行くのか楽しみです。

 それでは、次回もお会い出来る事を願って。

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