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002話 で、お前誰よ?


『ボクの呼び方はキミの好きにしていいからね!』


『…………はい?』


 俺の頭の中に直接語りかけてくる声の主は、よく意味の分からないことを言い始める。そのせいで少しフリーズしてしまった。

 いや、だってさ? 名乗った事無いのにいきなりフルネームで呼ばれたと思ったら、エクス何とかって言われて、挙句の果てには好きな様に呼んでね、だぞ? こんなの俺にどうしろと?


 そんな俺の事なんて全く気にしていない声の主は、俺をさらに置いていく事を言い始める。


『それと、君達には特殊能力を一つずつ付けてあげたからね! ボクに感謝してよ!』


『へっ?』


 俺、さっきから全然まともに話せてないんだけど……。

 いやいや、そんな事より先に考える事があるだろ。俺にとっては一番重要で、これから先の命運を左右しかねる事が!


『ちょっと、聞いてもいいか?』


『なになに? このボクにどんどん聞いてよ!』


 一体それが何かと言うと――


『お前の性別は?』


 そう! 性別だ!


 何を馬鹿な、と考えている奴よ……。甘い! 甘すぎるぞ! どれくらい甘いかと言うと、主人公に即落ちするヒロインくらいに甘い!

 よく考えて見ろ。俺はもうすぐ32歳だ。だと言うのに、我が息子は未だに新品。要するに既に魔法使いの領域だぞ? もうそろそろ息子にも独り立ちしてもらわなければならんのだ! 

 もし、今話している相手が女性なら、俺は命を賭してでも、お付き合いする。声の感じからすると、ロリになるだろうが、仕方が無い。そういう事ができる歳になるまで我慢だ!


 俺はいつ回答が返ってくるのか、ワクワクテカテカしながら待っていた。


『ボク……は……』 


 遂に質問の答えが返ってくる。

 俺の脳細胞が返答に集中しすぎて、答えが遅く聞こえてくる。


『ボク……の……性別……は……』


 早く! 一思いにやってくれ! そんなに焦らされたら俺はっ!


『お……』


 さぁ早くその先を! その先は理想郷ユートピアなのか!! それとも暗黒郷ディストピアか!! どっちなのか早く教えてくれ!!


 そして、声の主は最後の二文字を口にする。


『とこ』


 うがぁぁーーー!! 男!? 男だと!? そんな……! そんな馬鹿なぁぁ!! 神はこんなにも俺の息子を独り立ちさせたくないのか!! 恨むぞ! 神を恨むぞぉぉ!!


 俺は辛い現実を受け止める事が出来ず、地面に両手をついて項垂れる。そして項垂れた時、ふと目に入った自分の息子に対して申し訳なくなった。


 すまない、俺の息子よぉぉぉ!!! 俺はお前を一皮剥かせる事が出来なかった……っ! お前はもう、ダメかもしれない!! すまない……! 本当にすまないっ!!


 俺は目尻から太陽の光を美しく反射させる液体を零した。そして俺の息子も美しくキレイなまま、液体を零すこともなく、永久保存……。何と悲しきことか……。


『どうしたの?』


 俺と俺の息子の夢を壊した張本人が、項垂れる俺を見てそんな事を聞いてきた。


『何でもないさ……。ただ大切なものを失っただけだ……』


 童貞を捨てるという夢を……な……。


『ふーん。そーなんだ。それよりも、ボクの呼び方考えてよ!』


『それよりも……だと……』


 俺の夢はこいつの呼び名を考える事よりも下なのか……。もうダメだ……。心が折れたどころか、粉々に砕け散ったぜ……。


「にゃ〜ん♪」


「俺の心の癒しはお前だけだよ……」


 俺は黒猫を抱き上げて、頬擦りする。あぁ癒されるぅ。この時だけは、嫌な事を全部忘れられるわ……。


 そんな事をしていたら、ふと思い付いた事があった。俺は美しい毛並みに埋めていた顔を離して、こいつの顔を見つめる。


「にゃん?」


「こんなに俺を気にかけてくれるのに、いつまでも"お前"じゃ、あれだな。名前付けるか」


『おーい』


 こいつに俺を慰めるとかいう意思があったのか分からないが、実際俺は気にかけてくれたと思っているから関係なし!

 どの道、この猫と一緒に生きるつもりだったし、名前は遅かれ早かれ必要になってた。それが今なだけだ。


「お前、黒いからなぁ」


「にゃ〜」


『ねぇー』


 頬擦りしてくるなんてっ! 可愛すぎて死ぬ。


 ってそうじゃない。名前だ名前。黒から想像できるものって言ったら何だ?

 黒豆とか黒酢? ……これは絶対に無いな。こんなの付けるなんてそいつのネーミングセンスを疑う。

 だとしたら、黒を英語にしてみたり? んー。微妙だな。

 黒、くろ、クロ、ブラック……。


 目を瞑り、思い付く限りの黒いものを思い浮かべる。だが、全然いいものが思い付かない。全体的に、黒い物は名前にしにくいというのもあるのかもしれない。


『聞こえてるー?』


 俺は少し諦めモードに入り、目を開けて空を見上げた。そして、目の前に広がる風景から閃く。


 月か……。そうだ! 夜はどうだ! 夜ならいい感じじゃないか!? 英語にしてナイト……。うーん。あんまり捻りが無いか。却下だな。

 ……あ、そういえば夜って、"や"とも読むよな。これを名前に組んでみるか。

 えーっと、ヤック……おっと危ない。

 あれはみんな知ってる有名な名前だからな。出来ることならあんまり付けられてないような名前がいいな。


 その後も、唸りながら、あれこれ考えるが、いいアイディアが出てこない。


「にゃ」


 俺が悩んでいる事を知ってか、ゴロゴロと喉を鳴らして、手をチロチロと舐めてくる。


「くすぐったいから、やめてくれぇ」


「にゃ〜」


『聞こえてるよね……』


 甘い鳴き声を上げて、俺に甘えてくる。そこで俺は気付いた。


 そういえば俺って割と珍しい名前してるよな? 奏でる太陽と書いて、奏陽かなた

 昼に出る太陽と、夜に出る月は対になる存在。夜っていう字を使いたいから、俺と対になる存在ってことで、"奏夜かや"なんてどうだろう?


 俺と二人変な所に飛ばされてるし、対になる存在って考えたらなんかカッコよくね?

 よし。これで決定! 異論は認めん!


 俺は決めた名前で早速呼び掛ける。


「カヤ〜。今日からお前は『カヤ』だぞ」


「にゃあ〜ん♪」


 俺の目には、カヤの可愛さが二倍増しで映っている。もう蕩けて死にそうだ……。


 ま、そんな事よりも"カヤ"って言う名前が気に入ってもらえたみたいで良かった。もし拒否られてたら一週間は立ち直れなかったな。


 俺は可愛さを増したカヤと触れ合う。カヤの顎下を擽ったり、耳の裏をスリスリしたり、肉球をフニフニしたり。傷心だった俺にとっては至福の時間だった。

 しかし、そんな時間もすぐに去ってしまった。

 その原因を作ったのは、これだ。


『聞こえてるのに無視しないでよぉ! なんでそんなに意地悪するの!?』


 頭の中で喧しく騒ぐこいつのせい。うるさいったらありゃしない。俺の至福の時間までも、邪魔してくるんだから。

 だから、俺はこう言ってやった。『で、お前誰よ?』と。


 するとどうだろう。俺の頭の中はスッキリとクリアになり、さっきまでの喧しい声は聞こえなくなった。しかし、喧しい声が聞こえなくなっただけで、頭の奥の方では小さな声が尚も聞こえている。


『……せっかく連れてきてあげたのにな……。楽しくなると思ったのにな……。ボクを無視するし……。呼び方考えて欲しいのに、先にネコの名前考えちゃうし……。ボク、頑張ったのにな……。感謝されないもんな……。ううぅ……。呼び方くらい考えてくれてもいいじゃん……。あんなに無視しなくてもいいじゃん……。ボクを褒めて欲しいのに……。ううぅ……』


 なんていうか、その、うん。ちょっとやり過ぎたかな。まさかこんなにいじけるとは思ってなかった。


「にゃ!」


「いてっ!」


 カヤが、俺の手に本気で噛みついてきた。噛まれた所から血が流れだし、熱を帯びる。


 どうやら、カヤはお怒りのご様子。カヤの訴えかける様な目には『早く謝って!』という意思が込められているような気がした。


「カ、カヤ……。でもさ……」


「……にゃ」


 言い訳は聞きたくないとばかりに、ぷいっとするカヤ。その素っ気ない感じも悪くは無いな。むしろ可愛い。

 しかし、何故だろう……。なんとも言えぬ感情が俺の心の中を……。これは……悲哀? 俺ってば、カヤに素っ気なくされて寂しくなってるのか。これってもしかして……『恋』? 俺はカヤに恋心を抱いて――


「にゃ!」


「いてっ! ちょっとした冗談なのに噛むなんて容赦ないなぁ……」


「シャー!」


「わわっ! そんなに怒るなって! 分かったから! 謝るから!」


 カヤが俺に牙を見せて、毛を逆立たせた。これは本気で怒ったやつだ。カヤがめっちゃ怖い……。もうふざけて遊ぶのはやめよう。


 俺はカヤに怒られ、落ち込んでいる奴に謝る事にする。


『えーっと、その、何だ。言い方がきつかったな。すまん』


『ううぅ……。どうせボクはいらない子なんだ……』


『い、いや! そんな事ないぞ!』


『……じゃあ、キミがボクに名前付けてくれるの……?』


『付ける付ける! だから、な?』


『やったね! カッコいい名前をよろしく!』


 こいつはさっきまでいじけていたのが嘘のように、弾むような声音でこう言い放った。


 てめぇ! 何が『よろしく!』だよ! 思ったより元気じゃねぇか畜生! 結果、俺が罠にハマっただけだ! 謝って損したわっ!


「にゃ〜」


「カヤ……良くやったって言ってるのか? これのどこが良くやった事になるのかさっぱりだぞ……」


 何を言っているのかよく分からんが、カヤは俺を慰めようとして、顔をペロペロと舐めてくる。

 少しザラっとした舌で舐められるのは擽ったい。だけど、可愛いから全部許す。

 さあ、もっと慰めてくれカヤ! 俺はまだまだ傷心だぞ!


「にゃ!」


「いったーいっ! 鼻を噛むのは卑怯だぞ!」


 段々と、カヤの毛が逆だっていく。これはガチ切れ寸前だな……。俺は、同じ事を繰り返す様な馬鹿じゃないからな。早々にあいつの名前付けてやるか。


「よし、じゃあカヤ、いい名前あるか?」


「にゃん」


「オッケー! あいつの名前は『にゃん』で――」


「シャー!」


「……冗談に決まってるじゃないか。ははっ」


 うん。真面目に考えよう。もうカヤに怒られるのは嫌だし。それに、これ以上怒られると、カヤに嫌われるって、俺の中の好感度メーターが告げてる。


 というか、何気に話してるけど、カヤって猫なんだよな? 俺の言葉を理解しすぎててびっくりなんだが。あと、妙に人間ぽい振る舞いをするよな。喜んだり、慰めたり……。

 謎は深まるばかりだな。まあ、そんなに悪い事じゃないし、気にしなくてもいいか。

 よし! そういう事で、早速名前決めますか! カッコよくて、カヤが怒らない名前をな!


『よし。お前の名前、決めたぞ』


『ホント!? 早く教えて!』


 そしてこれから先で、俺が付けた名が起因となって、俺の人生に大きな波乱を巻き起こす出来事が起こる。

 大変迷惑極まりない話なのだが、そんな先の事を俺が知る訳もなく、息を吸って吐くような軽い気持ちで名前を付ける。


『今日からお前の名は『テスタ』だ』


 と――。


 ヒロインはいつ出てくるのか……。奏陽とテスタ次第ですかね。カヤはヒロインじゃないのかって? はっはっはっ。そんな事気にしたらダメですよ。はっはっはっ。

 冗談はここまでにして、次回もお会いできることを願って。

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