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015話 補足説明をするぞ


 分子についての授業らしい授業をした翌日。


 今日はフィーは仕事で居らず、俺はカヤと一緒に留守番をしながら標準語の勉強をしていた。やはり単語一つ一つを覚えていない為、読むのですら一苦労だ。

 未だ、書き取りも聞き取りもしていないし、話すのなんて以ての外。ただ、標準語の読みは辞書に書いてあるので大して問題は無い。

 俺はいつも通りに辞書を使いながら絵本を読み、昼休憩を挟んで、また絵本を読む。最近のマイブームは、絵本の登場人物の過去を勝手に想像することだ。

 主人公達が、そんな行動を取る理由はなんなのかとか、涙を流すのは何が辛かったのだろうとか、そんな事を想像している。

 偶にそんな事を考えていると『何してるんだろう、俺』みたいな感じになって俺が涙を流すこともある。


 しかし今回はそんな悲しい事もなく、一日が終わろうとしていた。

 フィーが帰宅し、俺が風呂に入り、三人で食卓を囲み、紅茶で〆る。とても幸せな時間である事は間違いない。寧ろ今までの人生で一番幸せなまである。

 そしてこの時間が過ぎると、いつもならフィーが風呂に入り、俺が茶碗を洗い、風呂にからあがったフィーがカヤと戯れ、俺がそれを凝視し、そして就寝という流れになる。この流れの中で変態が一人いるがそれはご愛嬌という事で許して欲しい。

 しかし今日はフィーが風呂に入る気配がしない。俺が茶碗を洗っていると、机の上に紙と羽根ペンを出して勉強をしていた。昨日の復習をしているのだろうか?


「フィーは今何してるんだ?」


「昨日の授業で分からなかった部分を洗い出して、推測をしながら理解しようと思いまして。ある程度は分かるんですが、水を構成する、サンソとスイソはどこから来たのかと思いまして……」


「あー、それまだ教えてなかったっけ?」


「私の記憶が正しければ教えてもらってないです」


「じゃあちょっと待ってて。洗い物が終わったらそこのところ話してあげるから」


「本当ですか!? ありがとうございます!」


 フィーは勉強が好きなのだろう。俺が話すと言った時の目の輝き様が、新しいおもちゃを貰った子供みたいだった。まあ子供のにおもちゃあげたことないから分からないけど。

 取り敢えず、そんな感じでフィーは喜んでいる。俺が言うのも何だが、結構変人の部類に入るのではないだろうか。

 得体の知れない俺と『一緒に暮らす』なんて事を言い出すんだからほぼ間違いない。カヤは可愛いし癒しになるから一緒に暮らしたいっていう気持ちは分かるけどね。


「これでラストっと」


 俺は洗い物を終わらせ、約束通り水素や酸素について話す為に、フィーの方に向かう。

 今日の教材は無い為、図や絵で説明する事にしよう。幸いこの世界に紙は結構普及しているようだから、紙についての心配はしなくてもいい。

 問題は俺の図や絵のセンスなのだが、こればっかりは人の感じ方によるだろうし、やってみない事には分からない。

 ただ本当の事を言えば、電気分解したい。これをするだけで、全て説明出来るからな。


 少し悔やみながら、俺用に紙と羽根ペンがないかフィーに尋ねると、もう一セットあると言う事だったので借りる事にした。

 この紙に図や絵、後は説明文をちょこちょこ入れながら説明するつもりだ。地球で言う板書と同じと思えばいいだろう。


「じゃあ、昨日の補足説明をするぞ」


「よろしくお願いします」


 フィーは昨日と同じ様にお辞儀をするが、今日は立っていないため胸チラは出来なかった。……いや、出来なかったって言い方が悪いな。正しくは胸チラはなかった、だ。


「初めに、フィーは水を構成する水素と酸素についてどう考えているんだ?」


「そうですね……この世界のどこかにあるものと推測しているんですが、スイソとかサンソと言われる液体(・・)は聞いた事がないんです」


「なるほど。先入観というものが思考の妨げになってるみたいだな。まずはその先入観をぶち壊していこうか」


 何も知らないと『水を作る為には同じ液体でないといけない』という先入観があるようだ。俺とか現代の日本人は直感的に液体で出来ているとは感じない。

 また、実験を行いながら水が何で出来ているのかを調べる事が出来るので、教育としてはかなり恵まれている。

 これは一から教えるのは難しいかもしれない。だが俺は折れない。フィーがやる気を見せている限り俺もそれに全力で応える。それが俺なりの恩返しの一つだ。


「さっきの推測を聞いた感じだと、フィーは『水は水素と酸素という液体で出来ている』と思っているんだろ?」


「はい、そうです」


「まず、その前提が間違ってるんだ。水を構成する水素と酸素は液体ではない。これらは特殊な場合を除いて、目に見えない気体(・・)がほとんどだ」


 特殊な場合というのは、マイナス温度になり液体や固体になった場合だ。液体になった酸素や水素はロケットエンジンの推進剤として用いられる事が多いらしい。理由は知らん。

 ただ、液体水素を燃料、液体酸素を酸化剤にしたロケットエンジンは高い比推力を誇るらしい。要するに推進剤としての効率がいいという事だ。何でなのかはさっきも言ったが知らん。


「そ、そうだったんですか!? 私はてっきり液体を作る為には液体でないといけないと思ってました……」


「まあ普通に考えればそうだろうな。だがしかし、これが現実なんだ。現実ってのはいつも裏切ってくるからな。心して挑んだ方がいいぞ」


「えっと……それはカナタさんだけでは? 私は特にそんな事ないですし」


「なん……だと……! やはり世界は俺に厳しいのか! そうなのか! そうなんだな! うぅっ、なんだか心の汗が流れてきそうだ……!」


「馬鹿な事を言ってないで続きをお願いします」


「あ、はい。すいません」


 フィーに怒られた俺は、これ以上怒らせないように真面目な顔を心掛ける。彼女の怒った顔を見たら、俺の色んなものが縮こまった。それだけ身に危険を感じたのだ。要らぬ怒りを買う必要はない。


「さて酸素と水素が気体だと分かったところで問題。酸素と水素は化合させれば水になります。ではどんな事をすれば化合出来るでしょうか?」


「カゴウって言うのはくっつけるって事でいいんですよね?」


「おう、オッケーだ」


「分かりました。そうですね……なんかこう力一杯押し付けたりとか?」


「ブー、はずれ。正解は『水素を燃やす』だ。ここからはちょっとだけ難しくなるから覚悟しろよ?」


「は、はい!」


「いい返事だ。それじゃ今から俺が言う事をしっかりメモしててな」


 ここからは本当にややこしい話になるから図や絵を描きながら教える事にする。フィーが理解できるかどうかは分からないが、無いよりはあった方がマシだろう。


「初めに、ものを燃やす為に必要な三要素がある。これを燃焼の三要素といって、可燃性物質、酸素、温度の三つの要素がある。例を上げえば、あそこにある窯の中の薪が可燃性物質、酸素が空気、温度が薪が燃える温度以上って事だ。火は薪が燃える為に必要な温度以上あるから燃えるんだ」


「酸素はこの空気中に含まれているんですか?」


「その通り。一つ実験をしてみようか。コップの中に紙を丸めたものを入れて、火を着けるって言うシンプルなやつ。フィーは火をお願い」


 俺はコップと紙をさっき言った様にして、フィーに火を付けて貰った。火が着いて少ししてから、空気が漏れないように蓋をする。

 十分時間を取ってからその蓋を開けると、完全には燃えていない紙が残っており、コップの内面と蓋にすすが着いていた。


「えっ! 紙が燃えてない!?」


「そういう事。これは燃焼の三要素のうち酸素がかけたから。これから分かるのは、三要素の一つでもかけたらものは燃えなくなるって事。家事が起きた時とかに水をかけるのも、温度を下げて火が着く温度以下にしてるからって事。よっぽどのことがない限り水は百度以上にはならないからな。で、ここからが本番なんだけど――」


「えっ、今の前座だったんですか!?」


「まあそうだな」


「……それ、これより難しくなるんですよね?」


「…………頑張れ」


「……はい……頑張ります……」


 少し覚える事が多いが、これは前座でしかない。これから学ぶ為の基礎知識として持っておかなければならない事なのだ。

 まあフィーが感じた様にうんざりする気持ちも分かるけど、そこは根性で乗り切ってもらうしかない。


「話を進めるぞ?」


「……よしっ。はい、お願いします」


 小声で『よしっ』とか可愛い。


「えっーと……そうだ、そもそも『燃焼』というのはものを『酸化させる』って事なんだ。酸化って言うのは、分かりやすく言えば酸素をくっつけるって事。さっきコップの中で燃えていた紙が、燃え残ってただろ? これは密閉したコップの中にあった酸素が全て燃焼で使われて、コップの中に酸素が無くなったから。そして使われた酸素は別な物質に変化してどっかに行ったって感じかな」


「どこかとは?」


「二酸化炭素って言う気体に変わったんだけど、それを話すと長くなるからまた今度な」


「はい」


 二酸化炭素を話すにはまず炭素の話をしなければならない。また初めての単語が出る為、今日は避けてまた今度にした方が、フィーにも俺にも優しい。

 それに今日話す事が理解出来れば、二酸化炭素が一体どういうものなのかもすぐに理解が出来るようになるだろう。


「それで、最初の問題に戻るけど、水素を燃やすって結局どういう事か分かる?」


「えっと……水素を燃やすって言うのは、水素を酸化させるって事で、要するに……? あっ、水素に酸素をくっつけるって事ですね! 昨日やった化学式と一緒!」


「そうそう。分かると気持ちいいだろー」


「はい、とてもスッキリしますね!」


 今まで、分からなかった事が分かる爽快感。これを知ると、問題を解いたり実験をしたりする事が途端に楽しくなる。

 今までやってきたものが最後の答えを得る為に全て必要な事だったと知れば、それにやり甲斐を感じて更に高みを目指す。

 こういう楽しさややり甲斐を感じて貰えれば教える側としてはとても嬉しい事なのだ。これは会社の新人育成で感じた事だ。そしてそれは今も一緒。


「補足して話しておくが、『水素は燃える』けど『酸素は燃えない』。これは大事だから覚えておく事。酸素は燃えるのを助けるから『助燃性』があるって言うんだ」


「燃えるのを助ける? じゃあ必至じゃないって事……あれ? 三要素でも酸素が必要って……? んん?」


「あぁ、すまん。教え方が悪かったな。三要素での酸素は今ここにある空気って事で、助燃性での酸素は純粋な何の不純物もないただの酸素って事。空気には色んな気体が混ざってて、その中の一つに酸素があるからな」


「なるほど。今ので納得しました」


「それは良かった。でも本当は口頭だけじゃなくて、実験をして実際に水が出来るのを見てほしいんだけどね」


 中学生時代、理科の実験で試験管に入った水素に火を近付けるという事をしたはずだ。ちなみに、水素はポンと音を立てて燃える。そして空気中の酸素と結合し、試験管の内面に水滴を付ける。

 ここまで実験で見る事が出来ればフィーも理解しやすいんだがな。器具を揃えたり、水素だけを集めたりしないといけないから難しい。

 そもそも電気分解とか言っているが、この世界に電気を起こすものはあるのだろうか? ほぼ全てを魔法で補っているこの世界に電気は必要とは思えないのだが。


「カナタさんは賢いですね。私の知らない事をそんなに沢山知ってて……」


「俺の世界じゃこれはまだまだ触り程度で、人によっては常人には理解の難しい事まで知ってたりする。特に研究員とかはすごいな。俺なんか足元にも及ばない」


「こんなに知ってるカナタさんですら足元にも及ばないなんて、その世界はとてもすごい所ですね……」


「別にすごくない。あんな世界は一度滅んでやり直した方がいい。今度はいい方にな。でなければ、俺みたいなやつがどんどん出来てしまう」


 おっと……ちょつと俺の黒い部分が出てしまった。最近はなりを潜めてたんだが、どうも地球の事を思い出すとこうなる時があるようだ。

 フィーには極力普通でいてもらう為にこういう部分は直していかなければ。


「カナタさんは、意地悪で考えなしのお調子者ですが悪い人じゃないですよ?」


「それ、貶してんのか褒めてんのか分からんだが?」


「まあ、割と褒めてます?」


「なんで疑問形……なんで目を逸らす……絶対思ってもない事言ったな?」


「そ、そんな事ないですよー」


「そんな棒読みで言われても説得力ないわ!」


 フィーはあははと笑いながらお風呂の方へと向かって行った。俺が入れないと分かって入っていくのだから質が悪い。


 それからはちょっと遅めのいつも通りの日常が戻った。

 お風呂から上がったフィーがカヤと戯れ、それを俺が凝視しまくり、一頻り遊んだら自室で就寝。何度も言うが変態がいるのはご愛嬌という事で。

 俺は自分のベッドの中で次はどんな事を教えてあげようかと、無意識のうちに考えていて、その事に気付いた時には既に微睡みの中で……。

 そしてそのまま幸せな眠りにつくのだった。


 むぅ……この話の終点は一体何処になるのか分からない……。なんて言うか本当に授業をしているだけの様な気が。いや、これは必要。そう思っておこう。

 それでは、次回もお会い出来る事を願って。

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