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014話 起立! 礼!


「ギ、ギリギリセーフでした」


 フィーは窯の中で焼いていたものを取り出して、机の上へ持ってきた。


「おぉー、いい匂いだな。これは……アップルパイか?」


 リンゴの甘い匂いとシナモンの香り。

 お菓子の表面はいい感じの焼け目がついた網目状のパイ生地が敷いてあり、バターが塗られていることによってテカテカと輝いている。

 そのパイ生地の下から除く飴色のリンゴは早く食べてと言わんばかりの主張をしてくる。

 正直、早く食べたい。手作りアップルパイなんて食べた事ないし、何よりこの素晴らしい見た目が食欲をそそる。


「はい、アップルパイです! 見た目は大丈夫みたいですけど、味はどうでしょう?」


「食べてみれば分かる」


「そうですね。じゃあさっそく切り分けます」


 フィーはナイフで器用に六分の一カットを作っていく。だいぶ手慣れて居るように見える。もう長いことお菓子作りを続けてきてるんだろう。

 切り分けられたアップルパイの断面はこれまたさすがとしか言い様がないほどに、しっかりとしたものであった。

 中まで飴色のリンゴ、見ただけでサクサクだと分かる程のパイ生地。肝である土台は固すぎず柔らかすぎないように作られている事が見て取れる。


「これがカナタさんので、こっちがカヤのです。食べてみてください」


「おぅ! 美味しく頂くぜ!」


「にゃん!」


 俺は右手にフォークを持ち、六分の一カットされたアップルパイの尖っている先端部分をサクッという音と共に切り分ける。

 その先端部分をフォークで指して口に運ぶ。


「うわっ! なにこれ! うまぁい!!」


「みゃあ!?」


 どこかのグルメ番組の様な事しか言えないが、俺の貧弱な語彙力ではこれが精一杯。

 何というか、取り敢えず美味いのだ。リンゴがどうとか、パイ生地どうとかではなく、全体を合わせて美味い。言ってる意味が自分でもよく分からんが、そう言うしかない。

 ちなみにカヤのアップルパイは猫用のアップルパイである。フィーはそういう所も抜かりないようだ。


「ほっ、良かったです。偶に失敗する時があるのでそれだったらどうしようかと思ってました。あ、紅茶もありますけど、どうします?」


「お願いするよ。絶対、このアップルパイに合うだろうし」


「分かりました。では用意してきます」


 紅茶を用意するため、キッチンに向かうフィーはスキップ気味だった。ご機嫌がこの上ない程にいいみたいだ。

 好きな事をして、それが褒められたり認められたりするのは嬉しい事だもんな。


 あれは中高生時代の事……。

 た〇ごっちとか言う育成ゲームを趣味に生きてる時があった。当時、たま〇っちは大流行りで誰も彼もがやっていたゲームである。

 少しでも放置すればすぐにお亡くなりになり、お世話を怠るとそれもまたすぐにお亡くなりに……。

 そんなクソゲーに世間が熱中してた。俺も流行に乗るためにたまご〇ちを始め、授業中ですら係きりになり、テストで赤点を取りながらも最大進化までさせた。

 この努力は誰に知られる訳でもなかったが、唯一、当時小学生の従姉妹にバレた。その時はめちゃくちゃ恥ずかしかったが、めっちゃ喜んでくれてれ嬉しかった覚えがある。

 その後、調子に乗った俺はその〇まごっちを従姉妹にあげた。なんとそのたまごっ〇。数時間でデータが飛んだ。それで従姉妹が泣き喚き、俺は親にこっ酷く叱られるという、何とも怒られ損な事に……。

 あ、あれ? よく考えれば俺って地球じゃいい事なしじゃね? ……いや、気にしたら負けだ。世の中は気付いてはいけないことも大いにある。


「紅茶です」


「おう、サンキュー」


「カヤにはミルクを」


「にゃ〜」


 フィーはカヤの為のミルクを注ぎ終わると、自分の席に戻り、アップルパイを頬張り始めた。


「……美味しい! これ今までで一番の出来です!」


「そりゃあ良かった」


「みゃ〜♪」


 俺、フィー、カヤの三人はアップルパイを食べ終わり、飲み物を飲み干すまでほぼ無言だった。

 美味いものを食べる時は静かになるというのは本当だったらしい。また新たな知識が蓄えられたぜ。


「ふぅ。美味かったな」


「我ながら完璧だったと思います」


 少し誇らしげに言うフィー。今回はその態度を取るのも分かる程に美味かったので、彼女の言葉を素直に肯定出来た。

 カヤはお腹一杯になって眠くなったのか、ゆったりとした足取りでフィーの部屋に入っていった。フィーのベッドで寝るのだろうか。羨ましい。俺も混ぜろ。


「それでなんですがカナタさん」


「はい、なんでしょう!?」


 変な事を考えていた時に声をかけられたせいで、敬語使っちゃったし、声も裏返ってしまった。

 不自然すぎるのは俺自身でも分かる。周りから見れば相当なものだろう。これは言及されて正座させられて長い説教を食らうことに……。

 もう正座なんて嫌だ。足が痺れて一時立てなくなるのが辛い。あのピリピリというかジンジンというか、そんな感覚には耐えれない。自分が貧弱過ぎて惨めに思えてくるわ。


「食べ終わってすぐで悪いんですが、さっきのサンソって何なのか教えて貰えませんか?」


 しかしそんな事は一切気にすること無く、未知のものを知りたいという探究心が、フィーの表面に出ていた。

 これはラッキーだったと思いながら、フィーに返事を返す。


「いいけどちょっと難しいかもしれないぞ?」


「頑張ります!」


 フィーは気合でどうにかするみたいだ。分子のちょっとした事を教えるつもりなのだが、果たして気合でどうにかなるのか……まあフィーだし大丈夫か。

 なんだかんだ言ってフィーは飲み込みが早い方だろうし、勉強も好きそうだからな。


「それくらいの気合があれば十分だな。そんじゃ授業を始めるか」


「ジュギョウ?」


「勉強会みたいなものだと思ってくれ。それじゃ、起立! 礼!」


 高校生くらいの時、授業開始前に絶対にしていた号令。雰囲気を出す為には必須と言える。

 偶に間違えて『合唱!』とか言って『中学校の給食かよー!』みたいな笑いが起きる事は誰しも経験あるはず。他にも、派手な奴と地味な奴でクラスのみんなのテンションが違うとか。

 あれ本当にやめて欲しい。俺が号令かける時だけ異様に静かになるシステムだったの? そうだったらいじめなんですけど。


 俺が高校生時代の苦い記憶を思い出している間、フィーは突然の事にあたふたしながら席を立って深いお辞儀をした。


 その時、フィーがお辞儀をした事で元々緩かった服の胸元が重力に引かれた状態になり、たわわなメロンが覗く、なんともエッチな格好へと変貌した。

 俺は目を逸らそうと必死になるが、悲しきかな。男の性には勝てなかった。まあ、そういう事で開き直ってガン見する事にした。

 ぶっちゃけ、こんな格好されて目を逸らすとか冒涜だと思う。何に対しての冒涜なのかは知らんけど。


「お、お願いします!」


「うんうん。良きかな良きかな」


「……?」


「おっと。気にしないでくれ。それで、酸素について知りたいんだったっけ?」


「あ、はい!」


 余計な詮索されないうちに話を逸らさなければ、俺の命が危ない。不可抗力でパンツなるものを見てしまった時は大変な怒りを買った。

 もし、胸を凝視した事がバレたら一体どうなるのかは想像に固くない。この記憶は墓場まで持って行く事にしよう。


「さて、酸素につい知るにはまず分子論、原子論に触れておかないといけない。理解するのにちょっと時間がかかるかもしれないが、気合があるみたいだから大丈夫だよな?」


「勿論です」


「何か書けるものは持ってる?」


「抜かりなく」


「よしよし。じゃあ始めようか」


 俺は紅茶が入っていたコップに水を注ぐため席を離れる。

 コップの七割程度の水を入れて自分の席に戻ると、その水をフィーの目の前に差し出す。


「え、えっとー……飲むんですか?」


「いやいや、違う違う! 別にフィーに飲んで貰うために用意したんじゃないから!」


「ほっ、安心しました。飲めとかこの人は一体何を考えてるんだろうって思いましたよ」


「俺、そんな意味の分からない事しないからね? 今日の教材はこの水を使うだけだからね? 水って結構有能な教材だからね?」


「そうなんですか? このただの水がサンソと何か関係があるんですか?」


「そうだぞ。取り敢えずどんな答えが返ってくるかは大体分かってるが聞いておく。フィー、この水は何で出来ている?」


 地球で生活をしていた人なら大体分かるだろう。中学生の授業でも習うし、飲料水のペットボトルにも表記してあったりする。

 このように水とは分子論や原子論を教える事に差し当って、身近で、簡潔で、扱いやすい教材なのだ。更に、そこから発展した化学式を教えるのも水の化学式が初めだったりと、学校では馴染みが深いものでもある。


 しかし、この世界では化学なんてものはなく、魔法があるのに物理なんて以ての外。もしかすると数学は商人ならばある程度はというレベルかもしれない。

 今回の授業はフィーの理解度にかかっている。どうか、理解力がありますように。


「んー? 水は水ですよね? 何で出来てるって言われても水で出来てるとしか言い様がないです」


「まあそうだよな。水は何で出来るとか聞かれても、何も知らなければ水で出来てるとしか言い様がないよな。しかしな、水は水で出来ている訳では無いんだ。水というものは、水素と酸素が結合して出来たものなんだよ」


「また新しい言葉が出てきました。スイソですか。そのスイソとサンソが結合して水が出来るって事は、逆に言えば水はスイソとサンソで出来てるってことですか?」


「その通り。水って言うのは、実は水素原子二つと酸素原子一つで構成された液体なんだ」


「ゲンシ?」


「厳密には違うんだけど、これ以上分けることの出来ない最小の粒子とか単位とかで覚えておいていればオッケー。これ以上はおいおい知りたい時に教えるよ」


「分かりました」


 ちなみに、原子は電子と核で構成されている。更に核を構成するのは陽子と中性子であることまで分かっているで、厳密には『分割不可能な粒子』という訳では無い。

 だが、今回は便宜上そんな事は気にしない。一度気にすればそのまま泥沼に入るし。


「で、その原子なんだけど、原子っていうのは極力分子になりたくて色んな原子とくっつくわけ。中でも水素原子同士がくっついたのを水素分子、酸素原子同士がくっついたのを酸素分子っていうわけ」


「原子同士がくっつけば分子になると言うわけですね。じゃあ水も分子ってことですか?」


「あーそれは違うんだ。水は化合物って言って、水素分子と酸素分子がくっついたものになる。これには化学式を用いた方が分かりやすいんだけど、書いた方がいい?」


「それ依然の問題で、カゴウブツとかカガクシキとか知らない単語が多くて分からなくなってきました……。どうしましょう……」


「まあ本題はこの先にある、酸素の性質について学ぶ訳だし、そこまで重要って訳でもないから、聞き流しても構わんよ。でも一応教えとくよ。水の化学式をね」


 俺はフィーから紙と羽根ペンを借りて、そこに化学式を書き込んだ。


『2H2 + O2 → 2H2O』


 Hは水素、Oは酸素だ。俺の記憶が正しければこれで間違いはない。

 しかしフィーはこれを見てポカンとしてしまっている。やっぱり難しかったのだろうか?


「これ……どこの文字ですか?」


「あっ、そうだったー! 忘れてたー! 俺、異世界人じゃん! 文字分かるわけないじゃん! なんで気付かねぇの俺!」


 思いの外、授業が楽しくてこの事をすっかり失念していた。

 幸いと言ってはなんだが、この世界の文字が載っている辞書を俺は持っている。これを見れば大体の文字は変換可能だ。

 しかも辞書には英語と同じ数の文字、計二十六文字が順番に並んでいる表がある。

 この二十六文字の中からHとOと同じ位置にある文字をそれぞれ置き換えて書く事にした。これならある程度は大丈夫なはずだ。けれども、数字だけはフィーに書いてもらった。流石に数字は分からんからな。


「なるほど……これは数合わせしてるんですね」


「おっ見ただけで分かるのか。じゃあフィーは理系寄りかもな。だったら今日教えた分は直感的に理解出来たんじゃない?」


「まあそうですね。とても面白い話でした」


「そりゃあ良かった。本当は水の電気分解もやってみればもっと分かりやすいんだけど、器具がないからな。口頭だけになってすまん」


 H型試験管と電気があればある程度は出来るんだがな。流石にH型試験管なんてない。地球にある俺の家にもなかったのに、フィーの家の中にあったら驚きだ。


「いえいえ、そんな事はないですよ! とても分かりやすかったので十分です! ですけど、今日は今教えて貰った所の復習をしたいので、勉強は終わりでお願いします。サンソについてはまた後日教えていただけませんか?」


「おう、ドンと来い。俺も標準語を教えてもらってる立場だからな。断る理由がない」


「ありがとうございます!」


 嬉しそうにお辞儀するフィー。その姿を見て俺も嬉しさを感じながら、本日二回目の胸チラを頂きました。ご馳走様です。


「うっし、じゃあ俺も標準語の勉強をするか」


 俺は新しい絵本といつも使っている辞書を取り出して、授業の内容をまとめ、復習をしているフィーと一緒に勉強を始めた。

 互い分からないところを教え合いながらする勉強は生まれて初めての事だったが、とても有意義な時間だったと言えるだろう。

 また同じような機会は何度があるだろうからその時もこうやって勉強出来たらいいなと、俺は思うのだった。


 電気分解懐かしいです。あれって分解すると水素と酸素の割合が二対一になるんですよね。そんなのよく考えれば当然なんですが、当時は驚いたものです。

 それでは、次回もお会い出来る事を願って。

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