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111話 私決めたんです


 サクラという女性と出会って一日が経った。


 昨日の彼女は心身共に疲れていたのか、カナタさんと会った事で安心したようで、部屋に連れてきてすぐ、深い眠りについた。

 小さく寝息を立てて、胸を上下させる彼女。私から見て、彼女はとても可愛らしかった。男性から見ればそれ以上だろう。


 多分多くの人達は、彼女の魅力に惹き込まれる。私はそう思った。


 でも、彼女はまだ目覚めていない。今回の事はそれ程までに彼女にとって、辛い事だったのだ。


 カナタさんは、そんな彼女を心配しつつも、いつも通りに、ひょうきんで自由に過ごしていた。私と他愛もない話をして、カヤと遊んで、疲れた頃にお茶を飲む。


 魔人の襲撃を受けて、隠していた事が知られてもなお、カナタさんは私に笑いかけてくれる。それがどれほど嬉しい事か、私は実感していた。

 もしかしたら、カナタさんはそんな私を見て無理に振舞っているのかもしれない。本当にそうだったら少し寂しい気もするけど、それでも私の心の支えにはなっているのだから、多くは求めなくても大丈夫。


 これが幸せと言う事なんだろう。


 今までは何となく満たされてただけだったのが、明確にそう思えるようになった。


 そして、それと同時にその幸せな時間を奪われるのが怖くなった。


 また魔人が襲ってくるかもしれない。狙いは魔人以外の全てなのは、私も分かっている。


 魔人達はもう動き出してしまった。それはもうどうしようもない。彼らは今まで抑圧されてきたものを爆発させてしまったのだから、それは止めようがない。


 でも、一つだけ……止められる方法がある。



 それは現魔王を討ち、新たな魔王を立てること。



 魔王が命令することは、魔人の総意と同義になる。それを破る事は決して許されない。


 それを逆手にとって戦争を止める。それしか魔人を止める方法はなかった。


 そして、その方法を取れるのは、それを知っている私だけ。


 だったらもう迷う事はない。


 カナタさんからは、十分な程に幸せな時間を貰った。


 次は、私がカナタさんに贈り物を贈る番。


 私からは、カナタさん達が幸せに暮らせる日々を贈ってあげたい。そう思うだけで、自然と力が湧いてくる気がした。


 一人でも大丈夫。カナタさんと出会うまではずっと一人だったから。


 カナタさんと会えなくなるのは、胸が痛いけど、私にしか出来ないのだから、迷うことは無い。


「カナタさん、少し伝えておきたい事があるんですけど、今大丈夫ですか?」


「ん? おー、どした?」


 私はカナタさんに、全てを伝えた。


 魔人の戦争を止める方法。


 それを出来るのが私だけだということ。


 魔人領に行く事。


 カナタさんは静かに聞いてくれた。時折難しい顔をしたけれど、それでも、何も言わず最後まで聞いてくれた。


 そして、私は今の想いをカナタさんに伝える。


「カナタさん。今までありがとうございました……。カナタさんと過ごした時間は、とても幸せでした。今の私にとって、それはかけがえのないものです。その日々があった事が私に力をくれるんです」


 カナタさんは私の目を見つめる。それはいつになく真剣で、いつしかのカナタさんに怒られた、その時の目と似ていた。


「私は魔人領に行って全てを終わらせて来ます。カナタさん達がこれから、もっと幸せに暮らせるように、頑張ってきます」


 言葉にすると、寂しさが増していけない。涙が流れそうになる。


 でも、そんな姿を見せたら、カナタさんは優しくしてくれるはず。そうなったら私の決心も揺らいでしまう。


「私決めたんです。逃げてきた事から目を背けないようにするって。今更遅いかもしれません。けれど、私に出来ることはやろうと、カナタさんと過ごしてそう思いました」


 カナタさんはいつしか話を聞いていた猫の姿のカヤを抱いて、カヤを優しく撫でていた。


 カヤの目元にはうっすらと涙の後があり、それをカナタさんが落ち着かせてくれているみたいだった。


「カナタさんや、カヤの事は一生忘れません。今まで本当にありがとうございました」


 私は深く頭を下げ、数秒の間そのままでいた。これが、カナタさん達に対する感謝の気持ちで、私の決意だった。


 今までの気持ちを伝えれた私は、そのままこの場を去り、魔人領を目指そうとした。


 でも、それはカナタさんによって止められてしまった。


「フィー! そこになおれ!」


「カ、カナタさん……? 私はもう行かないと……」


「ほら早く!」


「は、はい……」


 私は面食らってしまった。まさかカナタさんかこんな事をするとは思いもよらなかったから。


 怒ってる雰囲気でもないし、ふざけている雰囲気でもない。何がどういう事なのかも分からない。でも、カナタさんが真剣なのは分かった。


「フィーの言い分はよーく分かった。魔人との戦争を止める、それも分かる。俺もどうにかしないと、とは思っていた。分かるか? 俺も思ってるんだぞ」


「あ、あの、それとこの状況になんの意味が……」


「聞けば分かる」


 カナタさんはそう言って私に、最後までしっかり聞くようにと釘を刺してきた。


 仕方ないので、私は静かにカナタさんの言う事を聞く。


「いいか? 学園長もエド達もライト達だって、俺と同じように考えているんだ。魔人達は人を滅ぼそうとしてるんだ、当然の事だよな」


 私は、頷いた。だからこそ、私がそれを止める為に――


「んでもって、それをどこかの誰かさんは一人で止める気なんだよな?」


 私の体がぴくりとはねた。カナタさんは何が言いたいのだろうか。


「その誰かさんは大馬鹿者に違いない。一人だけで全部決めて、一人だけ言いたい事言って、一人だけでみんなの前から消えてしまうんだからな」


 流石の私でも、そこまで言われると少し腹が立ってしまう。

 私は咄嗟にカナタさんに言い返していた。


「そんなのみんなを守りたいからに決まってるじゃないですか! みんなを助けたいからじゃないですか!」


「そう! そこだよ」


 カナタさんは、ニッ、と笑った。


「その気持ち、何もフィーだけが持っているものじゃない。俺だってフィーを助けたいし、カヤだってそう思ってる。周りの奴らだって、それぞれ守りたいものがある。だから俺は、何も一人で抱え込む事はないんじゃないかと思うんだよ」


 カナタさんは、な? と私に問いかけ、そして話を続けた。


「確かにフィーは他の人よりもややこしい事になっているのは分かる。だから、他の人よりも想いが大きいことも分かっているつもりだ。けどな、それが人を頼らない理由にはならないぞ? 気持ちの大小はあれど思いはみんな同じ。誰かに相談したり、意見を求めたり、フィーはもっと周りを頼ってもいいんだぞ?」


 カナタさんに言われて、ハッとした。みんな想いは同じ。想いに大小があって、他人と違っても、それは人を頼らない理由にならない。もっと頼ってもいい。


 私が今まで過ごしてきて、考えた事もない事だった。


 魔王だった頃は誰も頼れる人はおらず、カナタさんと出会うまではずっと一人だった。だから、私は一人でなんでもしなければならないという気になってたのかもしれない。


 思えば、今まで冒険者をしてきて、手助けした事はあっても、誰かに助けてと頼んだ事もないし、ずっと一人で行動してきたように思う。


 でも、他の冒険者達を思い返すと、頼り頼られ、互いに助け合って、強く戦い続けていた気がする。ハピネスラビットのみなさんや、リーンさん達がその最たる人達だった。


 そう思うと、私も人を頼ってもいいんだ、とそう感じることができる。


「まあ、俺としてはフィーがなんと言おうとついて行くつもりだったけどな。多分カヤも俺と同じだと思うぞ?」


『そーだよ! ずっと一緒だもん!』


「カナタさん……カヤ……」


「それに、俺にはフィーに返しきれない程の恩がある! 約一年ぐらい養って貰った恩がな! それを返さないと俺の気がすまん!」


 大袈裟に身振り手振りを加えて、少しふざけながらカナタさんは笑う。


 私がどれだけカナタさんのその笑顔に助けられているのかなんて、言うまでもない。その笑顔があったから私は今まで生きてこれたと思う程。


 恩なら私の方が多く貰っている。けれど、それはカナタさんには言わない。


 決めた。


 ずっと近くで、少しづつ返していこう。私が貰ったものをカナタさんに全て返せるその日まで。


 すると、私は自然と涙を流していた。心がスっとして、軽くなった、そんな時の事だった。


「あれ……? なんで……」


 涙がとめどなく溢れて、どうしようもない。


 そんな私の頭を、カナタさんは穏やかに微笑む表情でポン、と優しく撫でてくれる。


 心が満たされるようで、自然と縋りたくなるような大きく暖かい手。


 この暖かさは、この先もきっと忘れる事はない。






  ◇◆◇◆◇






 やばかったあ……どうか考え直してくれたみたいで良かった。


 まさかフィーが魔王を倒しに行くとか言い出すとは思わなかった。しかも自分一人でとか。


 フィーと離れ離れになったらもう会えない気がしたから、何がなんでも付いて行く事にしたけど、少し強引だったかもしれない。

 だがまあそこは許してほしい。誰だって、好きな人とは離れたくないだろ?


 まあそれは理由の一つでしかない訳だが、大部分を占めてる。残りの小部分と言うと、フィーが一人で魔王と戦っても勝てる気がしなかったというので埋まる。


 一度戦ってる俺は分かる。あいつは言葉だけで人を殺せる。まるで、魔王自身が絶対の剣だ。

 魔王の力の全容までは分からないが、言葉で殺せるのはほぼ確実。そして、佐倉の話を聞く限り、強制的な命令なんてものも出来るだろう。


 そんな命令が出来れば、戦う必要もないと思うが、俺と戦った時には使ってこなかった。理由は分からない。

 人間を殺したかったからなのか、はたまた、命令はしていたが俺が反応をしなかったか。まあ、なんで死ねって言葉が俺に届くのに、操る事が出来なかったのは謎ではあるのだが。


 とりあえず、フィーを一人で行かせないことには成功した。


 しばらくは、フィーの調子が戻るまで休息をとった方が方がいいだろう。相当参っているようだ。


 それに、佐倉もまだ目覚めない。


 佐倉が目覚めたら、諸々事情を話さなければならないし、その上、旅に出るのだから、そのための準備も必要だ。

 学園を去るのだから、学園長にも報告はしとかなければならないだろうな。


 日数的には、ざっと見積もって、一ヶ月もあればフィーの休息も充分に出来て、諸々の面倒事も片がつくはずだ。


 長い旅に出る前の長期休暇だな。俺もしっかり休もう。


 ま、それもこれもフィーと話合って決めないと、だけどな。


「さ、フィー、落ち着いたか?」


「……はい」


「そっか。じゃあ、これからの事を話し合おうぜ。これからどうするのか、どこにいくのか、そこで何をするのか、その目的と手段、とかをな!」





 この日、終わらせる為の旅が始まりを告げた。


 俺は、まだ見ぬ土地に喜びと興奮を覚えつつ、魔王を討つという最終目的に不安と恐怖を感じていた。


 けれど、不思議と何とかなるような気がするのだ。


 みんながいるから、俺は不安や恐怖を越える事が出来るのだと信じて――


 これで、学園騒動編は終わりになります。月周期で投稿しない時期もあったので、かなり時間がかかった気がしてます。

 さて、次回は番外編。番外編と言いつつ、次の章に必要な話だったり、そうでなかったり……多分そうでない方が確率は高い……まあそこは御愛嬌。


 それでは、次回もお会い出来る事を願って!

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