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110話 それ以上に


「落ち着いたか?」


「はい」


 スンスン、と鼻をすすり一応落ち着いた様子の佐倉。今は、俺の胸の中にいる。

 学園長が気を回して、牢のカギを開けてくれて、そこからこの形に落ち着いた。


 なんとまあ不思議な事だ。こんなところで佐倉に会うとは思わなかった。いやまあ、ここは異世界だし会わないのが普通なんだけれども。


 でも、この世界に来たと言うことは、少なからず命を落としたという可能性がある訳で……。


 でも、あくまで可能性だけどな。必ずしも死ななければこの世界に来れないって訳じゃないだろうし。テスタならなんでも出来そうだしな。


「なぁ、佐倉はどうやってここに来たんだ?」


「……分からないんです」


 小さな声で佐倉が言った言葉によって、俺は佐倉は死んでこの世界に来た訳ではないのだ、と察した。


 佐倉は、そのまま話を続ける。この牢に捕らえられるまでの話を――――






  ◇◆◇◆◇






「……えっ?」


 私は、目の前の光景に目を疑った。


 さっきまで寝ていた自分の部屋の中ではなく、よくある江戸時代の屋敷が建ち並んだような景色。その中で、見た事のない道具を使って生活をしている、頭に角が生えた人間。


 何が起こったのか、理解が出来なかった。


 理解出来ない事が怖くて、角の生えた人間に冷たい目を向けられて。


 私はその場から逃げるように走り去った。


 でも、どこに行っても、どこに逃げても、同じような建物、理解出来ない何か、頭に角が生えた人間からの冷たい目は、ずっと付きまとってくる。


「やだ……やだ……! 助けて……誰か……先輩……」


 こんな時に思い浮かぶのは、飄々としていた、私の大好きな先輩だった。


 きっと、先輩と一緒にいたら安心出来た。今では、一緒にいる、それだけで幸せだから。


 でも、先輩は私の目の前で亡くなった。どんなに望んでももういないんだから、幸せはもう……。


「そこの『角なし』待てぇー!!」


 背後から、何かを呼ぶ声が聞こえた。その声はずっと私を追ってきているようだった。


 本来なら止まって事情を話さなければならなかった。けれど、私は怖くて怖くて、この場から逃げたくて、足を動かし続けた。


 逃げて逃げて、そして私は囲まれた。


 剣を持って、私を取り囲んで、キッと睨みつけてくる。

 怖かった。大勢のこんな目をした人達に見られた事なんて今までなかったから。


 私は咄嗟に、近くにあった物干し竿くらいの長い棒を持った。


 それには大した意味はなかった。ただ、怖くて、何かに縋りたかっただけだった。


 けれど、その行為を相手は敵対行動と捕らえて襲いかかって来た。


 その時は、もう無我夢中で、私は手に持っていた棒を振り回していただけだった。


 目をギュッと瞑り、近づくなと私は振り回した。


 その時。


――グニュッ……


 棒から変な感触を感じた。周りの人達は、喚いていた。


 私は恐る恐る目を開ける。


 すると目の前には、首に棒が刺さり、苦しみもがき、恨みの籠った目を向けてくる人間がいた。


 私は咄嗟にその棒から手を放した。それと同時に、目の前の人も、一緒に体制を崩して地に伏せた。

 もがき苦しみ私を睨むその人の元から、地面に真っ赤な血が広がってゆく。


 その人が動かなくなるまで実際は数秒もなかった。でも私にとってその時は何分にも何時間にも思えた。


 私はその場にへたり込み、もう動かなかった。人を殺してしまったショックは大きかった。今まで逃げていた人達に捕まるのも厭わず、ただただ、ごめんなさい、と言い続けた。


 その後、私は牢へと連れていかれた。


 もう何をする気力もなく、ただひたすらに泣いていた事しか記憶にない。


 何日経ったか分からないくらいに日は過ぎて、涙は枯れて、もう死にたいくらいだった。


 人を人として扱わない残虐さ、私を角なしと蔑み差別し、雑言罵倒を放ち続ける。

 心が擦り切れんばかりの仕打ちを毎日毎日、来る日も来る日も受けた。


 そして、ある日のこと。


 私は牢から連れ出された。もうすぐ殺されるんだと、やっと解放されるんだと、そう思った。


 けれど、それは思い過ごしで、今以上に恐ろしい時間の始まりだった。


 私が連れてこられたのは、一人の男性の前。


 そして私はこう告げれられた。


『魔人族以外の種族を殺すだけの道具になれ』


 そこからのことは、思い出したくもない。


 槍を与えられ、実験と称し、人間同士で殺し合いをさせられた。


 私はそんな事したくなかった。でも体が勝手に動いて、原型を留めないくらいに、刺して刺して刺し続けて……!


 謝っても謝っても、刺した人の苦しむ顔と恨みの目が頭から離れてくれない。

 何人、何十人、何百人と殺させられて、遂に私は人間達の本拠地へと、送り込まれた。


 豪華な服を着た者、戦い慣れていた者、そんな人々を殺して殺して殺して……そして私は見つけた。


 スクリーンに映る、会いたくて会いたくて焦がれていた、私の大好きな先輩に。


 私は先輩に会いたくて、今までなすがままに動かされていた体を奪い返そうと、抵抗した。

 その時に出来た隙のおかげで誰かが私を気絶させてくれで、目覚めたのはまた牢の中だった。


 私は戻って来てしまったのかと思ったけれど、どうやら違うようだった。そこは、人間族の牢の中だったのだ。


 私は先輩に会えるかもしれないと、喜んだ。


 話だって、先輩に会わせてくれた話すと言って譲ることは絶対にしなかった。


 そして今――






  ◇◆◇◆◇






「――やっと先輩に会えたんです」


「月並みな言葉しか言えないけど、佐倉が無事で良かったよ」


「正直、何度も死のうかと思いました。でも、今はそれ以上に、先輩と一緒に生きていたいとそう思えるんです」


 佐倉はそう言って俺をきつく抱きしめてきた。


 ……これが、俺に対する好意だということにはもう気付いている。話の中でも俺の事が好きだと言っていたし、それがライクではなく、ラブの方だというのは分かる。

 俺だってそれほど鈍感じゃないしな。こんなに言われたりされたら嫌でも気付くさ。


 でも、俺には既に好意を寄せる人がいる。その気持ちに応えられそうにないが、今の佐倉を一人にするのは、彼女の精神的な面で止めておいた方がいいと思う。


 しかし、彼女は魔人として捕らえられる。そう簡単に連れ出す事は出来ないだろう。


「カナタ君」


「はい。なんでしょう?」


 俺が何か手はないかと考えていると、学園長から話しかけられた。


「すまないとは思ったが、話は横から聞かせてもらった。話が本当なら彼女は、君と同郷のようだね。それに、彼女からは有益な情報は得られそうにないし、君が引き取ってくれないかな?」


「お、俺が? いいんですか?」


「正直に言うと、良くはない。魔人に攻められたまま情報も得られず、その上、情報源である人物を手放すのは、学園としての信用が地に落ちる程だ」


「そんな! それじゃ学園は……!」


「学園長の私もそう思う。しかしだね。大切な人を目の前で失うという辛さは何にも耐え難い事なのだ……。一人の人間として、そんな辛さは感じて欲しくないのだよ」


 この時の学園長は、とても悲しそうな目をしていた。ここではないどこかを見つめながら……。


 そんな学園長を見たからだろうか。俺も佐倉を引き取る覚悟が出来た。

 この覚悟は、これから待ち受けるだろう彼女への迫害から守るというものであると同時に、もう辛い思いをさせないという俺の意思だ。


「佐倉、聞いてたか。そういうことらしい」


「…………」


 佐倉は黙って、俺の言葉に耳を傾けたまま動かない。


「まぁなんだ……これからよろしくな」


「……ッ! 先輩ッ!」


 佐倉は、より一層俺を強く抱きしめる。


 これからどうなるのかなんて俺には分からない。けれど、今まで通り、何が起きてもなるようになる気がする。確証はないけれど、そんな気が確かにする。

 ま、今から暗くてもしょうがないしな! 今までも、これからも、明るく生きていこう――






  ◇◆◇◆◇






 今、カナタさんは私の知らない女性と抱擁していた。


 彼女は、カナタさんの同郷の人で前からの知り合いみたいで、見るからにカナタさんに好意を寄せていた。


 それはいい事だと、私は思った。


 カナタさんに同郷の仲間が出来たし、彼女にとっても、心の拠り所となり得るはずだから。カナタさんだって、彼女みたいな可愛い女性と付き合えたら、嬉しいだろうし。



 でも……



 でもなんでだろう……



 胸が締め付けられる。



 涙が溢れそうになる。



 息が上手く吸えない。



 なんでか分からないけど……



 とても……とても……嫌。



 何が嫌なのか分からない。



 でも……嫌だ。



「フィー……? だいじょーぶ……?」


「……そんな心配そうな顔しなくても私は大丈夫ですよ、カヤ」


 私はカヤをそっと抱き寄せて、頭を撫でてあげる。すると、カヤは嬉しそうにして、いつものように擦り寄って来る。私もそれが好きで、嬉しい。

 でも、好きなはずなのに、嬉しいはずなのに、私の心は乱れたままだった。






  ◇◆◇◆◇






「ついに、ついに出会ったよ! カナタとキミの呼んだ彼女が! 魔人との戦いも引き分けだし、とてもいいんじゃないかな! あはっ!」


 奏陽を見つめながら、テスタは相も変わらず喜びに満ちていた。そして、苦難続きの奏陽の状況を楽しんでいた。


 テスタにとって大切なのは、奏陽本人ではなく、彼が見せてくれる、その時の選択と、その結果、そしてその時に揺れ動く多種多様な感情なのだ。

 神でも未来を見定める事の出来ない人間の、その一挙手一投足が、テスタにとっては、貴重なデータであり経験になり得るのだ。


 そして、そのテスタにつられるように、哀も、その経験を得ることに喜びを得、自分が呼んだ佐倉という女の人間の生を哀れみ、その全ての感情が自分の経験として更に蓄積していくことに満足してきていた。


「死の確率がどれほど高かったとしても、寸前のところで生きながらえる、運の良い彼女は、我にとって相性が良いようだ。彼女に対して哀れみを感じ、そしてその経験が喜びになる。そして、彼女が置かれる状況に怒り、奏陽と出会った事でこれからに楽しみを覚える……お主の言う事が少し理解出来る」


 哀は、テスタに微笑みかける。


 その様にテスタは、哀が進化を自覚し受け入れた事を感じ取った。


 そして、哀に対する自分の思いが変わり始めている事を自覚する。それは、まだごく小さいものでしかないけれども、その変化は神としては素晴らしき変化だと言える、テスタはそう感じ、期待に胸を膨らませる。



 神の進化はまだ止まらない。



――良い方向にも……悪い方向にも……


 書きたかったシーンの一つ。フィーの小さな自覚。ようやく、ここまで来たかって感じです。でもまあ、物語的にはやっと5分の2程度って感じなので、書きたいシーンはまだまだ多いです。そのシーンが書けるように頑張ります!

 それでは、次回もお会い出来る事を願って。

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