109話 そんな……まさか……
また1ヶ月以上あけてしまってすいません!
魔人の恐ろしい執念の襲撃から一夜明け、生徒達は、どんよりとしている。今日は、死んでしまった者達を弔うことになっているからだ。
今は弔いの場となっている、最強決定戦の会場に学園内にいる全ての者達が集っている。襲撃があった場所とは言え、多人数なため、広くて全員が集まれる場所が、ここしかここしか無かったのだ。
昨日の襲撃によって、生徒達の中だけで、魔人達に殺された五十人近く、軽傷者もそれと同数くらい。
重症者は居らず、学園長曰く、重症者はもれなく魔人に殺されてしまったのだろう、との事だった。
死んでしまった生徒の人数は決して少なくない。
学園は卒業までの年数を決めてはいないが、余程の事がない限り、遅くても五年で卒業となる。というのも、自分だけの強みを見つけ、活かして、必殺技に昇華させ、それを卒業試験で披露するのに、それくらいの年数がかかるからだ。
そして、五学年で一学年二クラス、一クラスの人数を三十人とすると、生徒の数は約三百人。
そのうちの約一学年分の生徒が死んでしまったのだ。
死んでしまった者の友人はきっと辛いだろう。だって、知らない人達の死ですら、俺にはこんなにも辛いのだから。
しかし、殺されたのは生徒達だけではない。
昨日開催した、大会にはオーディエンスとして、各国から貴族が招待されていた。その貴族達も、魔人の凶刃に倒れた。その数は百名にも及ぶ。
貴族達は自身を守る術がなく、生徒達に比べて、標的にされやすかったのだろう、と学園長は語った。
魔人達の人間に対する恨みの深さを垣間見た気がした。
そして今日は、さっきも言ったように、生徒達の弔いのため、学園は休講。大会も中止となり、学園としては、相当の痛手を負った形となった。
そしてもう一つ。俺としてはこれが一番重要なのだが、学園内に『フィーが魔人である』という噂が流れ初めているようだ。
事実、その通りではあるのだが、こんな状況で魔人などと言われては、あることないことが入り交じり、根も葉もない、悪意しか残らないものへと変わるのではないかと危惧している。
時として、言葉は刃以上に深く心を切り裂いていく。
そんなものをフィーが聞いたらどう思うか。想像に容易い。
フィーも、その噂にはもう気付いているようだ。まだ直接は聞いていないようだが、薄々感じているのだろう。
本人も悟られぬように隠しているつもりだろうが、表情を見ればすぐに分かる。ふとした時に見せる表情の陰りが、申し訳なさそうで辛そうなものに見えて、俺も辛くなる。
何か言葉をかけてやれればいいのかもしれないが、俺がフィーを励ましたところで根本的な解決にはならない。噂の方をどうにかしなければ、結局、フィーの心は傷着いていく。
だからといって、噂を止めようと思っても、俺には到底無理な話だ。
魔人に襲われ、生徒達が、貴族達が魔人を恨み憎み怒っている状態で、魔人を擁護するような事を言ったらどうなるか、そんなの分かりきったもの。集団心理とはかくも恐ろしいものなのだ。
俺はそれでも構わない。殴る蹴るの暴力を受けても、焼くなり煮るなりされても、死んでも永久に死ぬ事はない。
けれど、フィーにまで害が及ぶ可能性がある。それだけは避けたい。
自分にできることがない事が腹ただしくて、フィーをただ側で見守る事しかできない事が悔しい。
ちなみに、カヤは周りの空気感を感じて、今は静かにフィーの手を握って離さない。多分、側にいるよと、そう伝えているんだろう。
そして、亡くなった者達への弔いも恙無く終了し、俺達は帰路につく。
周囲の人々が、フィーを好奇の目で見つめ、内容こそ分からないが、何かをこそこそと話していているみたいだ。
直接晒されていない俺でも、想像以上に堪えるというのに、標的にされているフィーはとても辛いだろう。
だから俺は、フィーの手を強引にでも引っ張って、この場を離れようとしたのだが――
「やあ、カナタ君とフィー君。少しよろしいかな?」
すっと脇の方から出てきた学園長に進路を遮られ、呼び止められてしまった。
こんな時に、学園長が俺達を呼ぶにはなんらかの理由があるはず。でなければ、わざわざ止めに来た意味が無い。
「学園長自らなんの用でしょうか?」
フィーが俺より先にそう尋ねた。
「ここでは話せない内容なのでな。少し学園長室に来てくれないか? なに、少し頼み事をしたいだけだ。警戒しなくても良い」
そう俺の方を見ながら学園長は言った。全て見透かされているようだ。
「むしろ、私個人としては、君達二人には何か勲章のようなものを授けたい程さ。方や幹部を撃退し、方や一人で魔王を足止めした。そんな功績を学園長として讃えない訳ないだろう?」
続けてそう言った学園長は、付いて来てくれたまえ、と言って歩き出した。
俺とフィー、そしてカヤは言われるがまま、学園長室まで付いて行くことになった。
道中、学園長に連れられて歩く俺達はより一層好奇の目で見られる事になったが、学園長がそんな奴らを睨み返してくれていた。
俺達としては、その学園長の態度に救われた。今までしたことを認めてくれている事が、何より嬉しい事だった。
学園長室に付いた時には、俺達はもう学園長に対する警戒は完全になくなっていた。だからと言って、油断はしていない。
「そこに座ってくれたまえ」
俺達は、学園長室に入ってすぐの所にあるソファに腰掛けた。学園長は俺達の分までお茶を入れてから、対面に腰掛ける。
今の学園長室は、昨日のこともあってか、少し質素だった。とは言え、それでも雰囲気がそうなだけであって、一つ一つの物を見れば、高級品が並んでいるのだが。
「まずは、先日の礼を言おう。君達だけというわけではないのだが、それでも多くの命が救われた。感謝する」
「いえ……そんな殊勝なものではないですよ……本当に」
フィーはお礼に対して、バツが悪そうに俯いてしまった。
「それは、君が魔王の姉だからかな?」
「「――ッ!?」」
俺とフィーは学園長の言葉に息を呑んだ。
どうして、学園長がそんな事を知っている?
あの時は、魔人語でしか話をしていなかった。あの場に居た者達でも魔人語だったら理解できないはずなのに……もしかして学園長は!?
『魔人語なら私も話せるし理解できる。あの時の君達の会話も否応ながら耳に入ったのでね』
学園長は、魔人語で俺達に告げた。どうやら、学園長は魔人語が分かるらしい。
「すまないね。脅しているつもりはないんだ。あくまで私は君達に頼み事をしたいだけ。フィー君が魔王の姉だという事は言いふらすつもりはないから安心していい」
そう言って学園長はお茶を啜った。なんというか、魔王の姉とかどうでもいい、と言っているように感じる。
まあ、それならそれでいいのだが、さっきから学園長が言っている、頼み事というのはなんだろうか。
俺は学園長に尋ねてみた。
「それで。頼み事と言うのはなんです?」
「カナタ君、落ち着きたまえ。そんなに焦らなくても話すさ」
深く呟くように美味い、と言いながら学園長はお茶をすする。
俺も学園長が教えてくれないので、仕方がなくお茶を啜る。
……悔しいほどに美味い。
「美味いだろう? 私自慢のお茶だ。なんといってもリラックス効果がある。今では、学園長という激務をこなすには手放せないものの一つだよ」
学園長は、張り詰めているこの空気感を解こうとしているようだ。
そうだな。ここは片意地張らずに、ここまでしてくれる学園長を信じよう。
フィーもお茶を飲み、少しリラックスしているようだ。
「うむ。良い顔になったな」
お茶のおかわりを注ぎつつ、学園長はそういった。
学園長……お茶好きですね。
「で、本題なのだが……カナタ君とフィー君で別々の頼み事になる」
「別々ですか?」
「そうだ。まず、カナタ君の方の頼み事なのだが、捕らえた魔人の一人と話をして欲しい」
「魔人と? 俺がですか? 魔人語を話せる学園長なら何も問題ないのではないですか?」
「それはそうなのだが……一人を残して捕らえていた魔人達は全員、昨晩の内に舌を噛み切って死んでいてね。それで、残った魔人に話を聞こうにも、『カミヤカナタ』を連れて来なければ話さないと言っていてな」
「え? なんで俺の名前が?」
「やはりか……私はカナタという名前しか知らなかったから、誰の事か分からなかったのだが、やはり君の事だったみたいだな」
私の読みは正しかったな、と学園長が得意げに頷く。
「でもなんで魔人が俺の名前を知ってるんだ……?」
「それは分からぬが、その女の魔人、角がなく、君の事を『センパイ』とも言ってたが」
「センパイ……? え……いや……そんな……まさか……」
「知り合いか?」
「会ってみないことにはなんとも……でももしかしたら……」
「まあそれならそれで良い。カナタにはこの後、その魔人に会ってもらうということで良いな?」
「はい、お願いします」
俺の事が『先輩』なんて呼ばれていたのは、会社に務めていた時だけだ。小中高大の学校のどれも友達もおらず、俺の事を先輩なんて呼ぶ奴いなかったからな。
まあ、会社でも似たようなものだったが、学生の時と比べればまだいい方だった気がする。
気がするだけで、一緒なのかもしれないが。
まあ何がともあれ、俺をセンパイと呼ぶなんてこの世界の人達にはありえない事。これは何かが起きてるとみて間違いないだろう。
「よし、じゃあフィー君への頼み事だけど……魔人領の地理を教えて欲しい。何分、魔人領に入るには、あの高い山脈の間に、山脈を人為的に切り分けたような一本の真っ直ぐな広い道を行かなければならないからね。それを仮に抜けれたとして、その後どこに逃げ込めばいいのか、犠牲を出さないためにも、間違えないようにする必要があるのでね」
「それは……」
「いや、無理にとは言わない。君が魔人の事もそれ以外の種族のことも大切にしている事は知っている。だが、私達は魔人から宣戦布告を受けた。悠長にしている暇はなさそうなのだよ」
「…………」
フィーは、拳を強く握って口を閉ざして俯いたままだった。心の中で葛藤していたのだろう。言うべきか言わざるべきか。
魔人であるフィーは、魔人の平和を願うのは当然の事ながら、他の種族とも友好な関係を築きたいと思っているはずだ。
でなければ、フィーが人間族の中で暮らそうなんて考えるわけが無い。
「そうか。こればっかりは仕方がない。ダメ元で聞いたようなものだからな」
そういう返答を貰うことを予め予測していたのか、さほど、落ち込んでる様子も見せず、お茶を啜る学園長。ちなみにこのお茶は三杯目だ。学園長……お茶好きすぎですね。
「さて。魔人の件はこちらで何とかするしかないとして……カナタ君。早速だが、例の魔人に会ってもらおうと思うのだが……良いかな? もちろんフィー君達も来てもらって構わないよ」
俺は頷くと、学園長はスタスタと学園長室から退出し、付いてきなさい、と俺達を招く。俺とフィー、カヤはその学園長の背中を追った。
学園長室からさほど離れていない壁の前で一度止まった学園長は、壁に手を付いて逡巡したようだった。
「少し待っていてくれ」
そう言った学園長は、壁を触り叩いて音を聞いていた。何かを探しているような感じだ。
これはもしや、いわゆるあれがあるのか!?
男なら誰でも夢見る、隠し扉!
「あったあった」
学園長は、壁の一部を一回押し、凹んだ壁の丁度右隣の壁を左にずらし、その奥に隠されていたレバーを下に引いたと思うと、天井から何か紐のようなものが一本だけ学園長の前に降ってきた。
学園長がその紐を引っ張り、手を離すと、その紐は天井へと吸い込まれ、時間を空けずに、目の前の壁が上に上がっていく。
その面倒臭い手順を踏まないと開場できない壁の先は、地下に伸びる階段だった。
まさに隠し扉。だが仕掛が予想の斜め上で素直に喜べないのはなんか複雑。
「この先だ」
学園長は階段を降りてゆく。俺達もその後を追い、しばらくすると、牢がある所についた。ここに、例の魔人が居るのだろう。
俺がぼーっと、牢を眺めていた間に学園長は目的の檻の前についたようだった。
「おい。起きてるか?」
学園長は魔人語で話しかけると、少し間が空いてその檻の中から何かが動く音が聞こえた。
「『センパイ』を連れて――」
――ガシャン!
俺を指差しながら学園長が『センパイ』と言った瞬間、檻が揺れて大きな音がなった。ちょっとびっくりしたのは内緒の話だ。
「先輩! 奏陽先輩! そこにいるんですか! 先輩っ!!」
この声、この感じ、この懐かしさ。もう間違いないだろう。声の主、魔人の正体は……
「おう、佐倉。久しぶり……でいいのか?」
「せん……ぱい……!! 本物ですよね? 嘘じゃないですよね!?」
「もちろん本物だぞ。なんなら本物と言う証明もするが?」
どうする? と俺は久しぶりに会った佐倉に笑いかけた。
すると佐倉の目から涙が溢れ始める。
「うぅ……ひっく……じぇんばい……!! じぇんば……ひっく……ぁ、会えだぁ……!!」
佐倉は、顔がぐしゃぐしゃになるのも厭わず、泣き始めた。俺が手を伸ばし、頭を撫でてやると、俺のその手をとって胸元でギュッと握りしめて、声を殺しながら泣いていた。
この世界に来た時から今まで、ずっと佐倉は一人で戦っていたのかもしれない。こんなのは憶測でしかないけど、今、その緊張が、俺という知っている人に会った事で解けたのだろう。
知らない土地、知っている人が居ない時にひとりぼっちになる辛さは、俺では計れない。
辛かっただろう。寂しかっただろう。泣きたかっただろう。
だから俺は、佐倉にこう声をかけた。
「もう一人じゃないからな。安心して泣いていいぞ」
「うわぁぁぁぁぁん!!!」
佐倉は声を上げて泣く。
俺に出来ることはもう傍にいる事くらいしかない。けど、それで少しでも佐倉が安心出来るのなら、それでもいいと思えた。
だから俺は、佐倉が泣き止むその時まで、ずっと傍に寄り添っていたのだった。
ようやく、佐倉と奏陽が再会を果たしました。この事に対して、テスタなどの神達はどう動くのか、そして、二人を見たフィーに変化が……なんて次回予告をしてみたり。
まあ、本当の事を言うと次回は佐倉が異世界に飛んでから、奏陽と再会するまでの話を簡単にできれば、と思ってます。楽しみにしていてもらえると私とっても喜びます。
それでは、次回もお会い出来る事を願って。