107話 僕は君と家族に
今回は、ライトの過去になります。予めご了承ください。
深夜――昼間の賑わいが静まり、ひっそりとした街中。しかし、少し裏道の方へと行けば、深夜だからこそやっている酒場や娼館などが立ち並ぶ。
酒場などは冒険者達が訪れ、そこそこの賑わいを見せており、娼館もその流れで客を引き込んでいる。
屋敷から抜け出したライトは、静かな街中から、引き寄せられるかのようにその裏道へ入り、その光景を目にした。
「わぁ……すごいなー……」
酒場から漏れる明るい光、性的な刺激を与えるネオン。肩を組み笑い合う大男。素肌の露出度が高い女性。
そんな光景をライトは産まれてから今日まで見た事などあるわけが無く、色々な光に照らされ、自由に生きる人々を、ただただ楽しく見ていた。
「くすくす。……いいなぁ、自由って」
ライトは裏道を進みながら、過ぎていく人々を見て感想をもらした。
その後も、色々なものに目移りしながら歩いていると、ある男が夢を語っているところに出くわした。
「俺はなぁ! ヒック。いつか強くなってよぉ! ヒック。勇ましい者、つまりなぁ! ヒック。『勇者』になるんだぜぇ! ヒック……ウェエ……」
「なーに言ってんだ酔っ払いさんよー! そんな姿で勇者になれるわけねぇだろう? せめて禁酒しろ禁酒!」
「あぁ!? バカ言ってんじゃねぇよべらぼうめ! 酒飲まずに勇者なれるかっての!」
「お前の場合は、酒に飲まれてるだけだけどな! ガハハ!」
「「「ハハハハッ!!」」」
その男は酒に酔っているようで、周りが笑っているのを見ると、男は普段の様子とは違うのだろう。
しかしライトには、その男が言った言葉の中にあった単語に、興奮していた。
――それは『勇者』。
『勇者』という言葉、それ自体がかっこよくて、勇ましい者という意味も理解出来ていたライトは、自分も勇者になりたいと思った。
どうやったら勇者になれるのか、気になって仕方がなくなったライトは、酔っ払いの男の元に行き、尋ねてみることにした。
「ねぇ、おじさん。勇者ってどうやったらなれるの?」
「ヒック……あぁ? なんだ坊主、お前も勇者になりてぇのか? ヒック」
「うん! なりたい!」
「ヒック。えれぇ気合いじゃねぇの。よぉし! 特別に勇者になる方法を教えてや、ヒック! ウェエ……」
「お、おじさん大丈夫?」
「酔ってんのに興奮すっからそうなるんだよ。ったくバカだなぁお前」
「うるせぇい! 俺は勇者になりてぇ奴を見捨てねぇだけだ! ウップ……」
「分かった分かった。そろそろ落ち着け馬鹿野郎」
「馬鹿じゃねぇって言って……オロロロ……」
「……これが馬鹿以外のなんだって言うんだよ。はぁ……おい坊主!」
「は、はい!」
酔っ払いの男と親しげなもう一人の男に呼ばれたライトは、予想外の出来事に少し怯えていて、声が上擦ってしまった。
それを見た男は、大声でひと笑いすると、ライトに話しかけた。
「坊主。そんなビビんなくても何もしやしないさ」
男は、ライトの緊張を解す様に優しく言葉をかけ、ついでにあの馬鹿に代わって俺が話をしてやろう、と言う。
ライトはその言葉に喜び、男の隣に腰を掛けて、話を聞く体制になる。
男は、そんな子供のライトへ、俺の奢りだと笑いかけてジュースを頼む。
「ありがとうおじさん!」
「いいってことよ。それより坊主。勇者の話を聞きたいんだったな」
「うん! 『勇者』なんて初めて聞いた! かっこいいね!」
「そりゃあ、勇者も歴史上では英雄って呼ばれてるしな。憧れるやつもいる」
「えいゆー?」
「死神の話は知ってるだろ? 絵本にもなってるあの有名なやつだ」
「うん。世界を助けた人でしょ?」
「おうよ。その死神も歴史上では英雄。つまり、勇者も死神も凄いことをした人って事だ」
「おぉー!! ねぇねぇ! 勇者は何をしたの?」
「勇者はな、誰よりも強く、誰よりも優しく、諦めない心を持って、悪いやつから国を守ったんだぞ」
「勇者凄い!」
「だろ? 俺達、冒険者は死神程にはなれなくとも、勇者くらいにはなりたいってやつ多いからな。憧れなのさ」
「僕も勇者になれるかな?」
「そういうのは、なれるかな、じゃなくて、なりたい、でいいと思うぞ坊主」
「うん! 僕、勇者になりたい!」
「おう! その意気だ!」
ライトは男から勇者の話を聞いて、自分も勇者になりたいと思うようになった。
誰よりも強く、誰よりも優しく、諦めない心を持って、国を守る『勇者』。ライトが初めて何かに憧れた瞬間だった。
ライトは男にお礼を言って、屋敷に戻る事にした。
明日からの稽古はどんなに辛くても、どんなに殴られ蹴られても、諦めない、とライトは心の中で誓った。そして、誰よりも強くなる、と。
全ては憧れた勇者になるため。誰よりも強くなって国を守れるように。
そう思って、屋敷に戻ろうとしたのだが、ライトは道に迷ってしまっていた。
屋敷を抜け出して、既に結構な時間が経っている。このままではいずれ日が昇り、抜け出した事がバレてしまう。
そうなってしまうと、もう稽古どころではなくなってしまう。
ライトは必死に、屋敷へ戻る道を探す。
けれど、探せば探すほどに、知らない場所へ辿り着き、人にも会えず、焦りだけが募っていく。
それでも走って探し続けていると、ライトは一人の女の子と出会う。
衣服はボロボロで、髪の毛もくしゃくしゃ。頬は痩け、痩せ細り、全身は汚れてしまっていて、もう死んでしまうんじゃないかと思える程の存在の弱さ。
ライトは話し掛けるのを躊躇った。こんな姿の女の子を初めて見て少し怖くなったのだ。
でもライトは、勇者の話を思い出す。男は勇者を『誰よりも強く、誰よりも優しく』と言っていた。
だから、怖さを跳ね返して、女の子に優しく話掛けようと、行動を起こした。
「ねぇ……大、丈夫……?」
「…………」
女の子は顔を上げ、差し出された手を見てから、その後、ライトの瞳を静かに見つめた。
――ドクンッ。
見つめられたライトの胸が高鳴る。
衣服はボロボロ、髪の毛もくしゃくしゃ、頬は痩け、痩せ細り、全身は汚れている女の子。でも、その瞳は澄み切った水のようにとても綺麗で、ライトは見蕩れていたのだ。
「あ、えっと……どうしたの?」
ライトは気を紛らわす為にそう尋ねた。
「……おなか……すいた」
「お父さんとお母さんは……? 食べ物もらってないの?」
女の子はライトと問に長い間を空けてから答えた。
「…………死んだの」
そう言った女の子が泣きそうな顔をしているのを見たライトは、自分が尋ねた事が良くなかったことだったと気付いた。
「……ご、ごめん、なさい」
「…………」
女の子はそれっきり何も言わなくなった。話し掛けた手前、放っておく事も出来ないライトはどうすればいいか悩んだ。
自分は迷子で、女の子のお腹を満たせるものも持っていない。お金もないし、周りに大人の人もいない。
でも、女の子は助けてあげたいし、何より自分が女の子を助けたいと思っている。
そこで、ライトはある事を思い付いた。
「ねぇ……僕の屋敷に来る?」
「…………?」
「あ、あのね、屋敷に来ればご飯もあるし、お風呂も入れる、と思うから。……どうかな?」
「…………」
女の子はゆっくりと頷く。
ライトはそれを見届けると、女の子をおんぶして、屋敷を探しに走り出した。
ライトは屋敷を探している間、女の子に名前を尋ねてみた。返事は大分遅かったが、名前は『ディーネ』と言うらしかった。
ディーネはここら辺の事をライトより知っていたようで、ライトがダメ元で屋敷の場所を尋ねると、あっちと指を指して教えてくれていた。
ライトはディーネへお礼を言って、その方向へ走り続けていると、貴族街に着き、屋敷の中からみた見覚えのある景色があった。
ここまで来るのに、既に日が昇り始め、屋敷の使用人達はもう起きている時間だ。
ディーネを連れていれば、父がなんと言うか分からないし、自分がどうなるのかも分からない。
でも、ディーネを助けたいというその思いだけは変わらなかった。
ライトは屋敷へ走り、ディーネを連れて抜け出した所からこっそりと中へ入った。
無事に着いた事に安堵したライトだったが、恐怖はこの後からだった。
「――ライト」
背後から聞こえる低く冷たい声が、ライトに心を鷲掴みにされたような錯覚をさせる。
「と、父さ……ん……」
「外に出るな、と言っていたはずだが?」
「そ、それ――ゴフッ!!」
ライトの父は、言い分を聞くことも無く、ライトの腹部を強く蹴る。
父から容赦のない蹴りを受けたライトは、その場に蹲ることしか出来ず、肺から抜けた空気を戻そうと肩で息をする。
「はぁ……これだからお前は落ちこぼれなんだ――よっ!」
「カハッ……ゼェ……ヒュー……ゼェ……ヒュー……と……う……さ…………」
「私の顔に泥を塗る気か!? だったらいっその事、死んでしまえ。お前なんぞ要らん」
蹲るライトにこれでもかと蹴りを入れる父。その姿はもはや親と呼べるものではない。
けれど、ライトは必死で耐えた。父のいつもより激しい暴力。だが、その原因は、自分が父の言う事を聞かなかったからに他ならない、と諦めていたからだ。
けれど、そんな暴力が一瞬止まった。
「……やめ……て……」
「なんだこの汚いモノは」
ライトを殺そうとしていたその足に、ディーネが抱きつき動きを止めたのだ。
しかし、大の大人と子供、それも少女の力とでは、その差は歴然。邪魔された父は目に見えて不機嫌になり、更に小汚いガキに触られたと憤り始め、遂にはディーネへと矛先が変わる。
「……っ!」
「小汚い餓鬼が私に触れるなど図々しいにも程がある。私は穢れなき騎士だぞ。どうせお前には親もいないのだろ? ならば、死んで詫びる他ないな」
「……くぁ……っ!」
「全く……これだから嫌いなんだ餓鬼は」
父はディーネを殺す事を厭わないと感じたライトは、そんなことを止めるために、覚悟を決めた。
そう、勇者になるためのその一歩として――。
「と、父さん!」
「……なんだ」
父は不機嫌さをあからさまに見せながらライトを睨む。
それはライトにとってはとてつもなく恐ろしいものであったが、勇者になるためには引く事は出来なかった。
「僕、稽古頑張るから! 今までよりももっと頑張るから! ご飯だってその子と半分こするし、寝る所は僕の部屋にするから! 絶対約束するから! だから――」
「ほう……ならば、その約束を違えた場合は死んでも構わんのだな?」
ビクッ、と体を震わせたライト。父の目は本気だった。
しかし、それでもとライトは父の目を見てはっきりと答えた。
「……まあ良かろう。そこの餓鬼は形式上ではお前の付き人にしてやる。だが、給与は一切無し、食事もなし、だ。餓鬼を死なせなくなければ、お前が管理しろ」
「はい。ありがとうございます」
父から許しを得たライトは、貴族としての礼儀をもって頭を下げ、敬語で感謝を表した。
父はそれを見届けることも無く、屋敷の中に戻って行ったが、ライトはそんな父が見えなくなるまで頭を下げ続けた。
そして父が見えなくなって、ようやくディーネの元に駆けつける事ができた。
「だ、大丈夫……?」
「……ごめん……なさい」
ディーネは目を伏せてライトに謝る。
けれど、ライトは何について謝っているのか分からなかった。だから、ディーネになんで謝っているのかを直接尋ねた。
「さっきの約束……破ったら死ぬって……」
そう言われて、ライトはなんだその事かと思った。
「その事なら大丈夫だよ。どうせ、勇者になりたいから頑張らないといけなかったし。でもそれ以上に、今日から僕は君と家族になるんだから、それくらいしないとね!」
「――――っ」
ライトはディーネに笑いかける。
父から暴行を受け、全身がボロボロになり、その笑みがぎこちないものになっていたとしても、ディーネだけに向けたその笑顔は、彼女の心を掴むのには充分だった。
「ありがとう……っ!」
涙を流すディーネと、それを宥めるライト。
そうして、二人は家族になった。
ずっと一緒に、ずっと笑い合って、そうしてなんでも乗り越えてきた。時に守り、時に守られ、そんな関係を築いてきた。
成長し、屋敷を二人で出てからは、冒険者になり、ひたむきに勇者になるためにずっと戦った。元々稽古をしてたおかげで一年もかからず、街でトップの冒険者になれた。
どれもこれも、ディーネがずっと側にいてくれたおかげなのだとライトは気付く。
この、二人の軌跡を辿る大切な記憶。
そして、ライトの薄れゆく意識の中で見たこの記憶は、ライト自身に大きな事を気付かせだった――。
今回はライトの過去の一部です。勇者になりたいと思ったきっかけとディーネとの出会いまでですね。
またこれは一部でしかないので、どこかの機会で、屋敷でのディーネとの生活、ライトが雷魔法を使えるようになったきっかけもお届け出来ればと思ってます。
それでは、次回もお会い出来る事を願って。