105話 全ての罪は弱かった私の責任
なんと約2ヶ月ぶりの投稿。佳境に入ったのにサボるのはダメですよね……
『いやぁー、この前の戦いは良いところでお預けだったからね。今回は思う存分殺っていいって言われてるし、邪魔が入ることも無いから、この前の続きをやろうよ! 今日はちゃんと殺すから!』
目の前の魔人はそう言って目を輝かせる。
この魔人は、私が五ヶ月前の合宿で戦った魔人だった。謎の力を使い、地面に穴を空けるほどの威力がある不可視の攻撃を繰り出してくる。
あの時はカヤに助けられたが、今回だけはそうはいかない。
恐らく今は、カヤも手一杯のはず。カナタさんを守るために、迫り来る魔人達を倒していると思う。その、守られているカナタさんは、私の弟と対峙しているようで、助けが来るかどうかなんて絶望的だ。
だから、今回だけは私一人でこの魔人の対処をしなければならない。
難しいだろうけれども、やらなければ、私が殺されてしまう。選択肢など最初から一つなのだ。
『えぇ。いいですよ。ですが、その前にあなたの名前を聞いてもよろしいですか?』
『名前を言うくらいで戦ってくれるなら、いくらでも言うさ! 僕はヴラドフィッツ。魔王様に仕える三柱の内の一柱さ。とは言っても、他の二人に比べて戦闘寄りだけどね』
――ヴラドフィッツ。
彼も、私の軽率な行動によって、人間を殺すことが当然なのだと考えてしまうようになってしまった、被害者の一人なのだと思う。
そんな彼に、何百人もの命を奪ったという、大きな罪を着せる訳にはいかない。
だからこそ、ここで彼を食い止め、誰も傷つけさせないようにしなければならない。
『あははっ! じゃー、もういくよ!? これだけ待ったんだからいいよね!』
そう言って彼は手を振り下ろす。
前回戦った時は、この動作に入った後、私が居た場所の地面がへこむ程の威力を持った攻撃が来ていた。
一度それを見ていた私は、彼が手を振り下ろそうとした段階でその場から退避をしていた。
案の定、私がさっきまで立っていた地面は大きくへこみ、もし避けていなかったら簡単にぺしゃんこになっていたことは、想像にかたくない。
彼は私が避ける事を予期していたのか、早くも次の攻撃に入っていた。
今度は右腕を前に勢いよく押し出すように、攻撃を仕掛けてくる。
私は瞬間的に速度を上げて、その攻撃を避ける。
すると、私がいた場所から直線距離の延長線上にある壁が崩れ落ちた。
どうやら、上からだけでなく、前からも何かしらの攻撃ができるらしい。ただ、その攻撃は彼の手の動きを見れば分かるし、攻撃が直線的なので回避するのはさほど難しいことではない。
『ほらほらぁ! 避けてるだけじゃ勝てないよ? もしかして避けるだけで精一杯なのかな? まあどうせ僕が勝つのは決まってるから、絶対に勝てないんだけどね!』
事実、彼の言う通りだった。私は彼が次々と繰り出してくる攻撃を避けるために変則的な動きをしつつ、一定以上の速度を保つ事に魔力を消費していた。
その魔力の消費量は多くは無いものの、攻撃するための魔法を発動させるには、その魔力を消費している状態が良くなかった。
魔法を発動させようとすると、速度を出すために消費している魔力のせいで、魔法のための魔力が乱されてしまって思うように魔法を発動させることができない。
せめて少しの時間でも、攻撃の手が緩んでくれたのなら反撃できるはずだけど、彼はそれをさせるつもりはないようだった。
このままだとジリ貧になって、私か彼の魔力が先に尽きた方が負ける事になる。けど、それでは時間がかかり過ぎるし、私が勝つという確実性に欠ける。
何か切っ掛けがあれば――
そう思った時に、学園長の声が闘技場内に響いた。それは、生徒を奮い立たせ、冒険者として恥じぬよう戦い戦えと言っている。
すると途端に生徒達の心に火がついたかのように魔人と剣を交える者が増える。今までの最悪と呼べる状況から、少しづつ流れが変わっていく。
『戦いの最中にぼーっとしてるなんて殺してくださいって言ってるようなものだよ? ま、どうせ殺すんだから早いか遅いかの違いだけど……ねっ!』
ヴラドフィッツは私が一瞬学園長の方へと意識を逸らしたその瞬間を突いて攻撃を仕掛けてきた。
私は咄嗟に前に飛び地面を転がったのだが、そこは一番始めに彼が凹ませた地面だった。
この少しの凹みで受け身のタイミングがズレてしまい、すぐには起き上がる事が出来ず、着ているもの殆どに土が付着してしまった。
すぐに起き上がらなければ――
そこで私は違和感に気付いた。今日は天気もよく、前日に天気が崩れた訳でもない。それに加えて、広範囲に魔法を使った人もいない。なのに、私の服は明らかに湿った土まみれになっている。
もしかしたら、彼が使っているのは……
『今のは当たったって思ったんだけどなー。うーん。それにそろそろ殺さないと部下達が殺されちゃうし……あっ! じゃあ、あれしてみよう!』
彼の魔法のタネが分かってきたその時、彼の魔力が一気に増大し、右手の一点に集中をし始めた。
今までとは比較にならない程の魔力量。私は直感的に、さっきまでの攻撃と違って逃れられない範囲の攻撃がくると悟った。
どうにかして逃げなければ――
そう思った刹那、不意に目の前にいた彼は焦ったようにその場から飛んで離れ、何も無いはずの空間を睨んでいた。
よく見ると彼の服の腹部分が裂け、少しだけ血が滲んでいるようだった。
『殺気がダダ漏れ。それじゃ僕を殺せないよ?』
「何を言ってるか……」
「全然分からない……」
「けど、悪い魔人なのは」
「フィーお姉ちゃんを虐めてたから分かる」
何も無かったはずの場所から双子が姿を現した。
二人は魔法を発動していたようで、いつの間にかこんな所まで来てしまったみたいだけれど、そのお陰で助かった。
「よそ見してていいのか?」
『――ッ!?』
「いくよエドッ!」
そして、ヴラドフィッツの後ろからエドさんとリーンさんが魔法を発動する。
クロロとクララが作った時間で、呪文を既に唱えていたようで、タイムラグなしに魔法はヴラドフィッツに狙いを定める。
エドさんの土魔法によりヴラドフィッツは土の中に閉じ込められ、そしてその中から水が激流で流れていることを想像させる音が聞こえる。恐らくはリーンさんの魔法だろう。
逃げ場がない状態で水攻めに合えば、それは必勝の技だと思う。
けれど、私の考えが正しければヴラドフィッツには……
彼が閉じ込められて数秒。彼を閉じ込めていた土にヒビが入った瞬間、土魔法の全てが砕け散った。
そして、中にあった水は天へと上り雨のように降り注ぐ。
やっぱり彼は私が思った通り、水を操るのだろう。操ると言ってもそれはとても広い範囲での意味で。
なぜなら、目で見ることが出来ない空気中の水を操る事に加え、地面が湿る程度の水を勢いよく地面に叩きつけたところで硬い地面がこんなに容易く凹むはずがないから。
『いやぁ、次から次へとウザい事してくれるねぇ? 折角、この女と楽しく殺り合ってたって言うのに。……どうでもいいかどうせ皆殺しにするんだし。ただ、惨ったらしく殺す事にはなるだろうねぇ? あははっ、あははははははっ!!』
「――ッ! 皆さん! ここから早く逃げてください! 広範囲魔法が来ます!」
私の読みは正しかった。それが分かった所で、みんなを逃がすだけの時間はありそうになかった。
どうすればいいのか。そんなの簡単な話。
操られている水を全て無くしてしまえばいい。そしてそれが出来るのは、超高温の炎だけ。
『どこに逃げようと無駄だよ? 今から僕が全員殺すんだから!』
「そうはさせません。これ以上あなた達に罪を着せる訳にはいかないのです。全ての罪は弱かった私の責任……全ては、私のせいなのですから……」
私は静かに、自分の中に罪の意識と全てを捨てる覚悟を持って魔力を高め、両手に青白く燃え上がる炎を発現させた。
そして、その青白く燃え上がる炎へと更に魔力を注ぎ込み、熱を高め、炎の大きさを変えてゆく。
それはいつしか、バチバチと音を立て始め、超高温へと温度を変える。
「な、なんて熱量だ……離れているはずなのに熱気がここまで伝わってくる……」
「フィーさん……」
「何あれ? すごい……」
「とってもキレイ……」
私は更に魔力を注ぎ、この炎を広範囲へ広げ、空気中の水を全て奪っていく。
『な、なんだよそれ! 僕の魔法が消えていくじゃないか!!』
『これが、もう誰にも罪を積み重ねさせない……今の私がやるべきことの一つです』
『くそっ! くそっ!! 僕達を置いて逃げたやつが偉そうに言うなっ!! 何がやるべきことの一つだよ! だったら人間の一人でも殺してみろ!』
私は何も言えなかった。自分の背負う重圧と責任を全て押し付け、魔人達を見捨てた私が何を言っても無駄だから。
「えっ……フィーさんの話してた言葉……」
「リーンどうした?」
「う、ううん! なんでもないよ、なんでも……」
私の発動した魔法は確実に空気中の水分を飛ばし続け、極度に乾燥した空気が辺りを漂う。
『これじゃ殺せないっ! 殺せない殺せない殺せない、こいつだけは殺さないといけないのに。殺さないといけないのに!』
「クララ」
「うん。行こ」
空気中の水分が殆ど無くなったために、魔法を使えなくなったヴラドフィッツは、ただひたすらに私へと恨みのこもった目を向けて、殺せない殺せないと言い続けている。
『あと一歩だったのに。こいつは絶対に殺す。この僕の手で必ず殺す。殺す殺スコロス』
けれど、それもすぐに終わった。
双子が透明になってヴラドフィッツの顎を蹴り付け気絶させたから。
ヴラドフィッツは気を失ってその場に倒れた。双子はすぐさまナイフを取り出して、ヴラドフィッツを殺そうとしたが、思わぬ敵が現れ――
「「きゃっ!!」」
双子は弾き飛ばされる。
「クロロ! クララ!」
「大丈夫っ!?」
エドさんとリーンさんが飛ばされた双子の元へ、駆け出していく。
だが、双子を弾き飛ばした当の本人はそんなこと気にする様子もなく、やれやれと頭を抱えた。
『全く……人間に負けるとは……まだ子供だということを差し置いても先が思いやられる』
『あなたはメロヴィンス!?』
『おや? あなたは……』
そう言って、何か思い出したような表情を見せるその敵は、私の見覚えのある人物だった。かつて私を支えてくれていた女性。
彼女までこんな所に来ていたなんて……
『……なるほど、そういう事ね。今ここであなたを殺したいところだけれど、そうもいかないので』
ヴラドフィッツに目をくべたメロヴィンスは私にそう言うと、ヴラドフィッツを抱えてそのまま消えた。
一応の戦闘は終わったけれど、考えなければならない事は多い。
それでも、まずは彼の元へ急いでいかなければならない。全てはそれが終わってからだ。
「エドさん、リーンさんすいません。双子ちゃんの事は任せてもいいですか? 私は行かなければならないんです」
私はそう言って駆け出そうとしたのだけれども、エドさんに腕を掴まれて止められた。
「待て。急く気持ちも分かる、が、たった一人で行くつもりか?」
「私も助けに行きたい気持ち分かるよ。だからこうしてここまで来たんだし……でも一人で行くなんて無茶だよ」
二人が私の心配をしてくれている事が伝わってくる。
もちろん二人が言うように、一人で行く事が無茶無謀だということも分かっていた。
それでも私は彼の元へと早く行かなければならないと思った。それは全てを投げ打ってでも行かなければと……いや、何がなんでも彼の元に行きたいと感じたからに他ならない。
彼だけは失いたくない、と私は思ってしまったのだ。全てから逃げて信じてくれていた人達を裏切った私が、贅沢にもそんな感情を抱いた。
「……私はどうなったって構わないんです。ただカナタさんを失いたくないんです……だから私を行かせてくれませんか?」
心の底から出た本音だった。
「エド、行かせてあげよ?」
「だが……」
「フィーさんなら大丈夫だよ。だってとっても強いんだよ?」
「…………はぁ……いいだろう。だが条件がある。フィーさん、死なないと約束出来るか?」
「はい」
「分かった。カナタに加勢しに行ってくれ」
「ありがとうございます!」
リーンさんがエドさんを説得してくれたおかけで私は開放された。
エドさんが言った約束が守れるかは正直分からない。でも、彼等の気持ちを無駄にしない様にしようと誓い、走り出した。
そうして、私は彼の元へと辿り着く――。
◇◆◇◆◇
フィーが走り去った後、気を失ってしまったクロロとクララを介抱するエドとリーン。
二人は双子が目を覚ましたら、フィーの後を追いかけるつもりでいた。
だからという訳ではないが、双子が目を覚ますまで、二人で少し会話していた。
「エド、ありがとね」
「はぁ……正直に言って無謀だがな。お前も分かるだろ、あの恐ろしさを」
「そりゃあ分かるよ。でもそれ以上にフィーさんの気持ちも痛いほど分かるから」
「気持ち? なんだそれは?」
「本人はまだそれがなんの気持ちか分かってないくらいだし、エドには一生分からないよ」
「なぜ本人が分からないことをリーンが分かるんだ?」
「女の子だから分かるの」
「なんだそれは……」
二人は軽口を叩きつつも、フィーの心配をしていた。早く後を追いたいという早る気持ちを抑えて。
「「ぅ……う…んっ」」
そして目を覚ました双子。双子は軽い擦り傷程度で、動けないということは無かった。
エドとリーンはそんな双子へ簡単に起きたことを説明すると、双子はフィーを追いかけたいと言った。
そうして、エド、リーン、クロロ、クララの四人はフィーに遅れてカナタの元へと走り出したのだった。
次回は、ヴラドフィッツ以外の幹部との戦いになる予定です。投稿はいつになるやら……ただ、何度も言うようですがエタる事はしないので気長に待って頂けると幸いです!
それでは、次回もお会い出来る事を願って!