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104話 俺がお前を止めてやるッ!

 いつもより少し長くなってます。


 広大な敷地の中に建てられた、最強決定戦を開催するための会場。そこには観客の全てを収容できる程の大きさがあった。


 そして、その大きな会場を埋め尽くすように人々が逃げ惑っている。


 ある者は、決死の形相で。


 ある物は、自分の命大事さに。


 それもそのはずである。元々は最強決定戦を開催するためにしか建てられていなかった会場に、魔人が進行してきたのだから。


 魔人に対抗する力のない者は逃げ惑うのも道理というものである。


 そして、その逃げ惑う人々を、心苦しく感じながらも切り伏せる女性が、一人魔人側から進行していた。


 彼女は心の底から人を殺めたいと思っている訳でもなく、無論、人殺しを楽しんでいる訳ではない。


 人殺しを――それも、魔人以外の人間を殺す事を強制され、それに逆らう事が出来ないのである。


(――ごめんなさいごめんなさいごめんなさいッ!!)


 彼女の心は、自分が切り伏せていく人に謝り続ける事しか許されていない。だが、それでも、なお目の前で自分が殺した人が血に濡れ、伏せてゆく。


 殺した人が悪魔でも見たのかという恐怖の目や、憎たらしいものを見るかのような目で見られるだけで、彼女の心は張り裂けそうになっていた。


 事実、彼女の心は死にかけていたのかもしれない。


 これ以上の心的ストレスを受け続ければ、おかしくなっていたはずなのだ。


 だがそれを止めたのは、彼女の目に映った一つのスクリーンであった。


(――ッ!?)


 スクリーンを見れた時間は一瞬だったが、彼女の心を揺さぶるのには、その時間だけで充分だった。


 彼女は、見間違えるはずがない、と心の中で叫ぶ。


 そこには、彼女が会いたいとどれだけ願い焦がれても、絶対に会うことが叶わなかった相手がいたのだがら――。


 死にかけていた彼女の心に、再び火が灯る。


 彼の元へ会いに行く為に――


 彼に想いを伝える為に――


 彼女は強制された命令に逆らい始める。



 ――が、しかし。



 突如現れた紅く燃えるような髪をした女性に、命令に逆らった刹那の隙を突かれ、気絶してしまう。


 気を失う間際。彼女は、紅い髪をした女性が悲痛な面持ちで一言呟いたのを聞いたのだ。


「ごめんなさい……殺しはしないから――」


 と……――。






   ◇◆◇◆◇






 逃げ惑う人々の流れに逆らうように、私は彼の元へと走り続ける。


 ここまでに来る途中で、一人の角なし(・・・)の女性が猛威を奮って、逃げる人々の命を次々に奪っていた。

 けれども、奪う命の数が増す毎に、彼女は悲しみを増している。


 その事に気付いた私は、彼女が見せた一瞬の隙を突いて気絶させた。


 『彼女にはまだ希望がある』


 私は彼女に対して、自然とそう感じていた。


 だから私は彼女の命は取らなかった。彼女なら、私と同じような過ちはしないと期待も込めて――


 私はそんなことを考えつつ、彼の元へと前を向いて走り続ける。


 けれど、すぐに止まることになった。


 なぜならば、目の前に――


『あははっ! みーつけた! やぁ、これで会うのは二度目だね』


 ――最悪な敵が現れてしまったから。


 見つけたと言われた事で、逃げても無駄だということを悟った私は、すぐに臨戦態勢に入り交戦を始める――






   ◇◆◇◆◇






 ライトは、心臓を鷲掴みにされたような激痛など忘れ、目の前で起こっている事態を見て、自分は夢の中にいるのではないか、と感じていた。


 自分の目の前に、突如できた割れた空間。


 そして、そこから現れる魔人達。


 魔人達は人間を見ては、喜んで殺しに向かっていた。


 その魔人の姿は異常なものであったが、それを差し置いても有り余るほどの異常が目の前に、堂々と立ちはだかる。


 他の者とは明らかに異なる強者としての存在感。言語が違って聞き取れないが、それでも分かる言葉の冷たさ。


 明らかに次元が違う、とライトは考えるまでもなく悟った。


 勇者になる者としては、ここで奴に向かわなければならないと分かっていながらも、足が踏み出せないどころか、ここから逃げてしまいたいという欲が、ふつふつと心の底から湧き上がる。



 だが、その欲はある一人の男の行動によって真逆の欲へと変化する。



 その男は、剣術に秀でているわけでもなく、魔力量も常人かそれ以下という弱者でありながら、魔物使いという、ライトには聞き慣れない存在だった。


 そんな男が、知らない言語で圧倒的な存在感を放つ魔人へ話かけたのだ。


 足は震え、声も掠れていたが、それでも自分より圧倒的に上の存在に話かける、その心の強さが、ライトにとても眩しく映ったのだ。


 この姿が勇者なのだ。


 行動を起こしてこその勇者だ。


 そう行動で示されているように、ライトは受け取ることにした。


(さすが……俺がライバルと決めた……男だ……っ!)


 そうしてライトは立ち上がる。


 胸の激痛など、些細な事なのだと言わんばかりに、自分に自信を持って、自分ならできるのだと言い聞かせて。


 勇者は俺だ、と雄弁に語るように。


 その立ち姿は、正に勇者そのもの。


 そして、彼は持てる力をもって魔人を倒す為に戦う事を決める。


『生意気にも、立ち上がるのね。そのまま寝ていれば、ザックヴァンニ様の慈悲に与れたというのに。でも丁度いいわ。あなたに苛ついていた所なの。簡単には死なせないわ』


 そんなライトに呼応する様に、敵が現れる。


(これが勇者としての最初の試練だ……)


 ライトは自分の剣を握り、自然な体勢で構え、大きく深呼吸した。


 そして、ライトの勇者として初めての戦いが始まる。






   ◇◆◇◆◇






 魔人のベルナモンドは、自分の魔法を最大限に引き出す為に、戦場全てが見渡せるよう、高い所を目指していた。


 ベルナモンドの魔法は『音』を操るもの。


 世間一般的には外れの魔法であると言われている魔法である。


 だが、音とはすなわち空気振動であることを、ベルナモンドはそれについて知っていた。


 だからこそ、この空気振動を強くする事で相手の脳を揺さぶり行動不能にしたり、鋭く振動させる事で擬似的なかまいたちを起こしたり、と万能な魔法であると気付くことができたのだ。


 これだけでも充分そうに見えるが、音魔法の真髄は、範囲内の音を大小関係なく自在に聞くことができるというところにあった。


 この範囲を鍛錬により広くすることにより、敵の心臓の音の発生源や数をより多く知る事ができ、情報収集に向いた魔法だったのだ。


 そして、その情報収集能力によって、ここに来てからずっと追い掛けてくる者がいることを察知していた。


 ベルナモンドは足の速さに自信はあったが、全力を出しても振り切れる様子はない。


 だから、彼は敵である人間を迎え撃つため、その場で止まって、標準語(・・・)で語りかける。


 彼は密かに情報収集を行い、人間の言葉を話す事が出来るようになっていたのだ。


「そこでこそこそしてる奴。居るのは分かってんだ。姿を見せろ」


「ほぉ……気配は完全に消せていたと思ったのだがな」


 驚いたなどと言いながら、全く驚いた様子を見せずに現れたのは、ザックヴァンニ程ではないにせよ、威圧的な人間であった。心臓の鼓動やその他の音からは、戦闘になる事を少なからず喜んでいるように感じ、ベルナモンドは悪態をつく。


「けっ。ホラ吹き野郎が。早く戦いてぇ、って顔に書いてあるぜ」


「そんなに私が分かり易い人間とは思えないのだが……もしかすると、何かしらの魔法かもしれんな」


 ベルナモンドは相手には聞こえない大きさで舌打ちをした。


 相手も相当な切れ者であることは、今のやり取りで情報として手に入れたが、相手も自分の能力を警戒しなければならないという情報を手に入れたのだ。


 その両者の情報を天秤にかければ、若干相手に軍配が上がる。そのことに対し、ベルナモンドはしくじったと感じているのだ。


「まあいい。警戒していれば済む話だ。大方お前が司令塔なのだろう? お前を抑えれば被害は減るのは確実。さあ、殺り合おうか」


 ベルナモンドを見据える人間は、自分の勝ちは揺るぎないと思っているようだった。


 だからベルナモンドは、こう返す。


「あぁ。殺ってやるよ」


 と。


 そして二人の、拳が交差する――






   ◇◆◇◆◇






 ステラは突如出現した魔人達の進行と、学園に在籍する冒険の行動を、空を翔びながら眺めていた。


 魔人達は民間人・冒険者の区別なく、人間を皆殺しにし、冒険者達はただただその魔人達の圧に負けて、戦う前から勝負が決まったようなものだった。

 中には、魔人と応戦する者もいたが、大きな混乱の中、実力を充分に発揮する事ができずに殺される、もしくは、隙を見て逃げる事しか、大方できていない。


 とは言え、冒険者の中でも屈指の強さを誇る者達は、幹部らしき者と戦闘に入ったようだが、ステラはほとほと呆れていた。


(――何のために私が準備してきたと思っている。お前達には戦ってもらわなければならないのだよ)


 ステラは当初の目的を変更し、冒険者達に言葉を届ける為に、マイクのある場所へと向かった。


 放送室だった場所は既にがらんとして、騒動とは対局的だとステラは感じる。


 そんなこと今はどうでもいいがな、とステラはマイクを手に取り、会場全てに聞こえるように、声を張り上げた。


「冒険者諸君ッ! 君達はなぜ逃げ惑う? 敵を前にそれは許されない行為であると知れッ! 敵が現れたなら――それが魔人であれば尚のこと、民間人を守る為に戦わねばならぬのではないかッ! 冒険者は守る為に存在している。それをゆめゆめ忘れぬなッ!」


 言いたいことは全て言い切ったと、ステラはマイクを捨て、本来の目的一つだけを見据え、翔び立った。






   ◇◆◇◆◇






 突如現れた、裂けた空間から次々に魔人が姿を現し、時間を追うごとに、着実にその数を増やしていく。

 一度に現れる数は多くて十人程だ。それが、十秒もしないうちに現れる。そして、現れた魔人達は、人間を見つけては追いかけ、剣を突き立てる。


 それは老若男女を問わず、ただ殺したいからというような意思が、魔人達から伝わる。


 そんな残虐非道な魔人の一人に、自分の事を魔人の王だと言う魔人が、俺の目の前に立っていた。


 その事が嘘であると疑う事など考えることも無く、その言葉が事実であるということを、頭が勝手に理解し、魔人の王に逆らう事は愚の骨頂であると感じた。


 相手の威圧感からなのかは分からないが、そう感じた事に間違いはなかった。


 ここまではっきりと感じる事は日常生活ではまずありえないだろう。まるで、俺の感情を無理矢理動かしているかのようだ。


『魔人の王……そんな奴がなぜこんな所にいる……っ!』


 俺は魔人の王へと尋ねた。


 王と言えば、どんな犠牲を払ってでも最後まで生き残り、王としての立場を守り続けなければならないのではないかと思っていたのだが、目の前の魔人の王はその考えを打ち砕いて行く。


『我等魔人が人間なぞに負ける訳がなく、よって我が戦場に出たとて死ぬ事などない。我が出てきたとしてもなんら不思議ではあるまい?』


 まるでそうすることが至極当然であるかのように、傲慢に魔人の王は言い切った。


 傲慢にも程があるだろ、と思う反面、圧倒的強者としての余裕が見て取れて、傲慢にもなるかと納得してしまった。


 だが、魔人の王の話はまだ終わっておらず、むしろ、これが理由だろうと感じるることを言う。


『人間を滅する事は確定事項となっている。しかし、ただ蹂躙するのを見るだけなのはつまらぬ。故に、我が直々に殺してやるのだ。良い思い付きだとは思わぬか?』


 魔人の王の顔が不気味に歪む。まるで人間を殺すことを至極の喜びとしているかのような邪悪な笑み。その笑みを真正面から受けた俺の全身に、とてつもない量の冷や汗が流れるような感覚を受ける。


 これが本物の化け物というのだろうと、俺は体を震わせながら思う。


 こんな奴が王として君臨しているなんて、本当ならばありえないことなのだろう。

 だが、魔人と呼ばれる者達全ての気が狂っているのだとしたら、こんな化け物が生まれるのも分からなくはない。


 現に、今、空間の裂け目から出てきた魔人達は、人間を殺した時に、そのためだけに生きていたかのように喜んでいるのだ。これが狂っている事以外なんだと言うのか。


『さあ。我に殺される初めの一人として、お前を選んでやろう。光栄に思うが良い』


 魔人の王は、俺を見ながら『殺す』とはっきり言った。


 そして――




『《死ね》』




――魔人の王に『死ね』と命令され、



 体が俺の意志とは関係なく勝手に動き、



 脳のリミッターが外れたかのような力で、



 首の肉に指をめり込ませて、抉り取った。



 とてつもない激痛が神経を伝わり、脳へと伝わる。

 耳にはヒュー、という自分の首から漏れる空気の音が聞こえるが、徐々にその音が遠のいていく。目も徐々に暗くなっていき、何も見えなくなる。


 それに伴って、感覚だけは鋭くなっていくようで、気付いたら、いつの間にかうつ伏せで地に伏せていた。首から溢れ出る生暖かい血が、頬を撫でるのを感じる。


 だがそれも、一瞬のことでしかなかった。


 首の肉を抉り取って、ものの数秒で、視覚、聴覚、嗅覚味覚、触覚、全ての感覚は消え去り、体を動かすことも出来ず、意識が保てなくなる。


 遂に、俺の命は尽きた――











 ――が、ここから俺の体は、通常ではありえないことが起こる。いつもならば、自分の死んだ後から生き返るまでの間は意識がなく、眠ってるのと同じような状況になるのだが、今回は違った。


 擦り傷ならば、数秒で治る俺の体だが、欠損が大きかったり、即死の場合は体の修復が間に合わず、俺は確かに命を落とす。

 しかし、それは俺の命がなくなっただけで、俺が死んだ訳では無い。


 俺の意識は確かに体の中にあり、自分を自分として認識できる。


 俺の動かなくなってしまった体。それが、今、修復され始める事も感覚で分かる。


 体内では、一般人以下程だった体内の魔力が爆発的に増幅しだす。その魔力量は底知れない。魔人の王ですら比にならない程の魔力量である。


 その体内で増幅された魔力が細胞の修復に費やされる。それにより、失われた細胞が新しい細胞へと生まれ変わり、それに付随する様に、傷ついていた筋肉や、調子の悪かった五臓六腑など、体内が新しいものへと生まれ変わる。


 言うなれば、死んでしまった体を捨て去り、完全に新しい体へと乗り換える感覚だ。


 果たしてそれは自分と言えるのか疑問ではあるが、今まで何度か死んでいるので、今更な話だ。


 現実世界では、俺が死ぬのに要した時間と対して変わらない時間で、俺の命が再び鼓動を始める。


 それを皮切りに、俺はその場から起き上がる。


『――っ!!』


 魔人の王が驚愕の表情で生き返った俺を見る。


 まさか、生き返るとは思わなかったのだろう。それも当然だ。この世界で、死を迎えれば、生き返る事などないのだから。


 だが俺は、寿命以外で死んでしまったら生き返る。これはテスタが言っていた事だが、全て事実なのだろう。


 不思議と今は全身の震えが止まっていた。


 俺は、驚いている魔人の王を見据え、思いの丈をぶつける。


『お前はッ! 人の命をなんだと思ってんだッ!!』


 声を荒らげて感情をむき出しにするのは、子供の頃ぶりだろうか。大人になって声を荒らげる事なんて、余程の事がない限りは遭遇しないしな。


 で、今がその余程の事なのだ。


『命ってのはなァ! この世界で一番大切なもので、お前等が好き勝手に奪っていいもんじゃねぇんだよッ!! お前等が何を思って人間を殺してるのかは知らねぇけどな、それが、どんなに正当な理由であったとしても、命を奪うのは間違ってんだよッ!!』


 俺は地球で、一度命を落としている。


 その時、隣にいた佐倉が悲しみを湛えていたその瞬間を、俺は今でもはっきりと思い出せる。


 自分の命は、誰かが大切に思っていくれている命であり、その逆も然り。自分の命は、自分のものだけではないのだ。


 だからという訳ではないが、そういう事もあって命は大切なのだ。


 その命を面白半分に奪う事も、全てを諦めて捨てる事も、それ自体が悪だといえるだろう。


 そして、目の前にいる魔人の王を含めたこの場にいる魔人達は、前者の悪だ。数多にある悪の中で、この悪だけは見過ごせない。


 だから俺は声を大にして宣言する。


『今から、お前には誰一人として殺させないッ! 俺がお前を止めてやるッ!』


 こいつに誰一人の命も奪わせない。その強い想いを胸に、俺は戦いを開始する。


 学園騒動編も佳境に入りました。後10話程で終わらせようと思っていますが、多少前後すると思います。

 それでは、次回もお会い出来る事を願って。

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