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名前といえば。
光一だった父はコイティアル、幸恵だった母はサーティエリア。深雪はティミューキ、櫂はカイヒーリィ、そして愛理はミアーイリス。父は母をサチエと呼び、母は父をコーイチと呼ぶ。私は両親からミユキと呼ばれ、弟も両親と私からカイと呼ばれていた。妹のこともきっとアイリと呼ぶようになるのだろう。
父も母も、私も弟も妹も。元の世界の名前から無理矢理付けたような名前なのは何か理由があるのではないか。もしかして、私と同じように元の世界での、日本での記憶があるのかもしれない。
聞いてすっきりしたい気持ちもあったが、もし記憶があるのだとしたら先に両親から何か聞かれてはいないだろうか。もし記憶があるのだとしたら、大学生だった弟が私にあそこまで懐くだろうか。
そう思って、この可能性は否定することにした。名前のことを考えると否定できるものでもなかったが、もうそこはたまたまなのだと考えないことにした。
可能ならばすぐに妹に会いに行きたかったけれど、次に自宅に帰れるのは半年もあとのことだった。赤ちゃんがどれだけ可愛いか、また手がかかるかはよく知っていたから、会えなくて、両親の助けにもなれなくて、本当に残念でならなかった。
そんな中でも学校での生活は、楽しいものだった。
朝は鐘の音で起きると身支度を済ませ、食堂で朝食を取る。座学や実技の勉強をし、鐘の音で食堂に集まって昼食を食べる。また勉強をし、暫しの自由時間ののち鐘の音の合図で夕食である。
遊んでばかりだったのは入学してから暑い時季までで、涼しくなってくるこの頃には、それぞれの力に合った教室で勉強らしい勉強をするようになっていた。
この国のこと、学校のこと、私たちが何故選ばれ、ここにいるのか。難しい話を子どもにもわかるように簡単に、でも誤魔化すわけではなくしっかりと教えて貰った。
そこで初めて、この世界には魔物が出るのだということを知った。店に来る冒険者からそんな話を聞いていてもおかしくはないはずなのだが、きっと怖がらせまいと気を遣ってくれたのだろう。
つまり、魔物に対抗する力をつけるために私たちはここにいるのだ。そんな力が本当に私にあるのだろうか。
国で魔物に対抗する力をつけさせるための学校を運営していること。更に、本来の入学年齢より前に国の検査員を派遣して適性検査をしていること。適性がある者には早期からの入学を勧めていること。
これらを考えると……戦力不足なのだろうか、という疑問しか出てこない。出てこないが、城下町の外れで魔物の存在を知らずに育って来た事実もある。備えあれば憂いなしとも言うし、きっとそういうことなのだろうな、と日本よりものんびりとしたこの世界で生きている内にだいぶ楽天家になった私は結論を出した。
基本的な算術や読み書きの授業は正直退屈だった。元の世界での知識と、読みまくった本の知識で事足りてしまうからだ。先生からは天才だ!と大袈裟に褒められてしまったものだから申し訳ない気持ちになってしまった。
魔法の授業はとても面白かった。何しろ初めて学ぶことだらけだ。
この世界では誰しも多少なりとも魔力というものを持っていて、その中でも多くの魔力を持っており魔法使いの素質がある者がこの学校で学んでいるのだそうだ。基本的に両親の素養を受け継ぐため、昔から貴族の方が魔力量が多いそうで、また、魔法使いとひとくちに言っても得手不得手が様々あり、最初の適性検査でそれがわかる者もいれば徐々にわかって来る者もいるらしい。
適性検査の詳しい結果についてはこの時点では知らされていない。
妹・アイリにやっと会えたのはこの頃だった。ごろんごろんと寝返りをし、座らせれば周りにあるものを手当たり次第投げまくっている。元の世界の妹と同じように活発な子のようだ。絵本の読み聞かせをしては、アイリが寝てしまったら弟・カイと外へ遊びに行く、そんな幸せな時間を過ごした。
学校の勉強や魔法に関することは我ながらよくできたと思う。苦戦したのはマナーや教養の授業だ。社交界での振る舞いやダンスなど。そんなもの一体何の役に立つというのだ。
ーーと思っていたのだが、入学して2年が過ぎようとしているある寒い日、合点がいく出来事が起こった。
「ツァーリ様はどちらから来られた方ですの?」
突然脈絡もなく話しかけてきたのは、取り巻きを連れた明るい茶色の縦ロールの髪の女の子だった。城下町から少し離れた町の名前を答える。
「それは一体どこですの?わたくし存じ上げませんわ。失礼ですが、お父様はどちらの貴族の方?」
「うちは貴族でも何でもない、食堂兼よろず屋です」
私の答えを聞いて目を大きく開いたその子は、いやな笑顔をして取り巻きに話しかけた。
「いやですわ。わたくし、平民と言葉を交わしてしまいましたわ。まさかこの学校に平民がいるだなんて思ってもいませんでしたもの」
眉をハの字にして困ったような表情をする。が、それも一瞬のことで、今の遣り取りがなかったかのように取り巻きと共に去って行った。
残された私はというと、たまたま周りにいた生徒たちの注目を浴びていた。ヒソヒソと何かを話す声も聞こえる。
なるほど、確かに先生も貴族の方が魔力量が多いと授業で言っていた。貴族の子ばかりだからマナーや教養の授業もあったのか、などと納得している場合ではない。
このいやな感じは知っている。