カイ その2
翌日から、両親と3人の生活が始まった。とはいえやることは大して変わらない。本を読み、図鑑の植物を探し、そして何かの設計図を眺める。
父の怪しげな調合をじっと見ていると手招きをされ、体力と魔力を回復させるポーションを作っているのだと説明された。手順を説明しながら作ってみせて、でもカイにはまだわからなかったよな、と言われた。
父が使っていた材料よりも効果が高いものを先日見付けて採取していた。それを取りに行って渡すととても驚いた顔をされた。
「サチエ!カイに調合を見せたらハイポーション用の素材を持って来た!この子は天才かもしれない!」
そんなことを大声で叫ぶものだから、母は勿論、遅い昼食を食べ終えた常連の客がなんだなんだとやって来る。ここは一応住居スペースだというのに、常連、遠慮がない。
ひとしきり騒いだのち、常連の客の1人の年老いた男性が素材を3つ、口にした。その3つなら干して取ってある。2つは、それよりも更に高い効果を得られるものを持っている。その場を離れて今度は5つの素材を手にして戻る。大人たちの顔が怖い。
「驚いた。ちゃんとわかってるんじゃな。教え込んだらすごい調合師になるぞ」
年老いた男性は毎日やって来ては店で昼食を食べたあと、俺に調合の仕方や素材の採取方法を教えてくれた。俺は密かに師匠と呼ぶようになった。父は一緒に素材を取りに行ってくれた。調合自体は力が要る作業もあるのでやらせて貰えなかったけれど、すぐそばで見ることは許された。
元々向こうの世界にいるときも学ぶことは好きだったので楽しく過ごせた。
姉が帰って来た。帰って来たとは言っても2週間、短い夏休みのようなものだ。相変わらず俺に本を読んでくれた。外へ出掛けてはポーションの素材を集めて父に渡した。姉に話したいことはたくさんあった。本を読んでくれたお陰で、その知識を元に師匠から色々なことを教えて貰っている。調合のやり方もいっぱい覚えた。学校でも教わるのか聞きたい。どんなことを勉強するのか。
何度も話しかけようとしたけれど、どうやったら声が出るのか。上手くいかない。とにかくこの世界のことを知ろうとここまでやってきた。全く喋らずに。そのせいで声が出ないのだろうか。
あっという間に2週間が終わり、姉が寮へと戻る日になった。何も話せなかった、話したい、もう少し待って欲しい。
気が付くと姉にまとわりつき、大声で泣いていた。なんだ、声が出せないわけではなかったのか。こうしたら良かったのか。しかし意味のある言葉を発しようとしたが出て来るのは泣き声だけ。
まるで行かないでくれと必死に引き止めるようになってしまった。自分の意思では泣きやめないのに、頭の中では不思議と冷静だった。
いつの間にか泣き疲れて眠ってしまったようで気が付くとベッドの上だった。頭が痛い。姉は俺が寝ている間に寮に戻ったそうだ。酷く心配して、寮に戻らないと言って大変だったのだと母が言う。悪いことをしたな。
「あんなに大泣きするほどお姉ちゃんと離れたくなかったのに、カイが眠っている間に行かせてしまってごめんね」
母が優しく頭を撫でながら言う。
「お……ぼくこそ、ごめん」
俺と言いかけてやめた。このくらいの年ならこんな感じだろうか。取り敢えず声は出た。両親の向こうの世界での記憶があるのかわからないのだ、無難にいこう。
母が笑いながら涙をぽろぽろこぼす。
「カイ、喋れたんだねぇ……」
余計な心配をさせてしまったことを悔いた。
姉が学校の寮に戻って数日後、妹の愛理ーーこちらの世界ではミアーイリスーーが生まれた。
姉は言っていた。
「カイ、赤ちゃんが生まれたら、お姉ちゃんがカイにしたように、たくさんたくさん、遊んであげてね」
俺にできるだろうか。記憶を持って生まれて来るであろう妹に、気持ち悪がられないだろうか。