4 学校へ
そうして私は、出来上がった制服を身につけ、店で評判の母お手製のお弁当と、父特製のブレンド茶を持ち王立魔法学校へ通った。本当にお弁当とお茶以外は何も持って行かなかった。
学校と言っても勉強らしい勉強はなく、毎日楽しく遊んでいた。生徒の中では私が一番小さくてーーいや中身は大人なのだけれどそんなこと周りは知らないのでーー同じように適性検査によって選ばれた子たちにはとても可愛がって貰った。お兄ちゃん・お姉ちゃんができたみたいで嬉しかった。
走り回ったり部屋の掃除をしたりお絵描きをしたり。あとからあれも立派な勉強だったのだと先生に教えて貰った。遊びの中で学ぶことも幼い内には多いのだとか何とか……。しかし思い返してみてもわからない。単純に楽しいだけだった。
大変だったのは登下校と、弟と約束した帰宅後の遊びだった。登下校といっても、国が馬車を出してくれるという高待遇。けれどこの馬車の揺れが曲者だった。じわじわと体力が削られた。帰宅後弟と遊ぶのは楽しみだった。にもかかわらず、不本意だが大変だと感じてしまった。特に最初の1ヶ月は全く体力がついて行かなかったので、どうやって1日を乗り切っていたのか覚えていない。
そんな生活にも慣れた頃、いよいよ寮に入り、本格的に学校で生活することになった。入学前に弟にしていた言い聞かせをする期間がまたあった。
「良い?カイ。お姉ちゃんは学校の寮で暮らすことになったけど、暑くなる頃と寒くなる頃には帰るから、帰ったらたくさんたくさん遊ぼうね」
寮に入った日、入学式があった。私と同じように入学前から学校に来ていた子たちの姿もあった。この日は両親もカイも一緒で、まるで日本の小学校の入学式のようだった。桜はないけれど季節も春で色とりどりの花が咲いている。入学した子の年齢は様々なようで、私と同じくらいの子もいれば少し大きい子たちもいる。式が済むと新入生の家族はそれぞれ帰って行く。同級生の中には泣く子もいた。
別れる前に母からは弟か妹がお腹にいるのだと教えて貰った。全く気付かなかった。きっと妹で、もしかしたらカイのように元の世界の妹、愛理とそっくりな子が生まれて来るかもしれない。
とても楽しみだったけれど、生まれる瞬間には立ち会えないのではないかと思うと急に学校へ行きたくなくなってしまった。駄々をこねるわけにもいかないのでタイミングよく帰省と出産が重なりますように!とその日から毎日お祈りをした。
寮に入ると、当然だが母のお弁当と父のお茶がなくなり、そして帰宅後の弟と遊ぶ時間もなくなってしまった。馬車の移動がなくなり体力的に楽になったのは否定しない。けれど寂しかった。中身は大人だというのに気持ちが身体の年齢に引っ張られるのかも知れない。
私はともかくとしても、こんなに幼い内から親元を離れて生活するなんてあり得ない。あり得ないけれどこの世界ではあり得ないことではなかった。こういうひとつひとつの常識からも全然違う世界で生きていることを痛感して、また寂しくなった。
夏の暑い頃になると自宅へ2週間ほど帰った。弟は大喜びで迎えてくれた。母のお腹もかなり大きくなり、もういつ生まれてもおかしくなかった。
この2週間は、学校へ通う前と同じように弟と一緒に過ごした。本を読み、歌い、丘を駆け回り、川で魚を獲り、ときには両親の手伝いという名の邪魔もした。久し振りに会う常連さんや旅の途中の冒険者たちともたくさん話した。
その間に、学校から先生がやって来て、両親と話をしていたようだった。弟と遊びに行っているように言われたので、どんな話がなされたのかはわからない。
楽しかった時間はあっという間に過ぎ、学校へと戻る日になった。
約4ヶ月間欠かさずこの帰省中に生まれますようにと祈ったけれど、そんな上手くいくわけもなく赤ちゃんはまだ産まれなかった。
生まれるそのときにそばにいられないのは悔しかった。それだけではなく、次の冬の帰省まで暫く会えない。たくさんたくさん、お世話がしたかった。弟のときと違い、少し大きくなった今ならやれることも色々あっただろうに。
その日の朝は弟に酷く泣かれてしまった。これまで誰も弟の声を聞いたことがなかったので本当に驚いた。そんなにいやなんだったら学校に行かない、と言ったら両親が困ったように笑った。最終的には私にしがみついたまま泣き疲れて眠ってしまった弟を、父が優しく引き離してからの出発となった。
カイ、赤ちゃんが生まれたら、お姉ちゃんがカイにしたように、たくさんたくさん、遊んであげてね。
学校に戻って数日したある日、妹が生まれたという知らせが入った。名前はミアーイリスに決まったらしい。元の世界での妹は愛理という名前だった。