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2 生まれてから幼児期

 気が付いたらふわふわと身体が浮かんでいた。周りは真っ暗。ぱちん、と音がして、明るいところへ出た。と、同時に浮遊感は消える。

 明るいことはわかるけれど、よく見えない。ここはどこ?と問おうにも、口から出るのはおぎゃあという泣き声。


 ーーもしかして、私、今、ーー生まれた?


「サーティエリアさん!女の子ですよ!おめでとうございます!よく頑張りましたね!」


 ハキハキした元気な女性の声が聞こえた。


「ありがとうございます!」


 この声は……意識が戻る前の声よりは若いけれど、お母さん!


「サチ…!良かった!頑張った!!」


 こっちは…、やはり若い声のお父さん!


 でも待って、どういうこと?何?何が起こったの?

 聞いているつもりなのに相変わらずおぎゃあおぎゃあと泣き声しか出ない。

「あらあら、こんなに泣いて。この子はきっと元気に育ちますね!」なんて言われている。


 耳はよく聞こえるけれど、手足をばたつかせる以外には動けない。寝るか泣くか、だ。


 寝ても寝ても眠いので、最初の頃はほとんど寝て過ごしていた。それでも起きている間に聞こえてくる会話で、私はやはり生まれたばかりで、ティミューキと名付けられたことを知った。そして、ここが日本ではないことも。更に言うと、日本で生活していたときに妹からの強い勧めで手にした、漫画や小説、ゲームやアニメに出て来たようなファンタジーの世界だということを。


 ファンタジーの世界、なのだ。魔法が存在している。何とか騎士団が遠征に出た、などという話も聞いた。

 一番驚いたのは、母が魔法を使っていたことだ。若返った母は、料理をするのに魔法で火を使っていた。いとも簡単に……。父は父で、よく私のそばでポーションを製作していた。


 そういえば父も母も、目や髪の色が黒くはなかった。顔も日本人のそれではない。けれど不思議とすんなりこの人たちは私の両親なのだと思えた。


 本当にどういうことなのだろう。意識は23歳の私であるが、身体は生まれたての赤ん坊、聞こえてくる話をとにかく何でも漏らさず聴き、あれこれ考えては眠り、お腹が空いたりおしめが濡れたら泣く、という生活が続いた。

 話したいこともたくさんあったし、動き回って色々なことを見たかった。けれども赤ん坊の身ではそれは叶わずもどかしい思いもした。しかしそれもひと月ほどで慣れてしまった。適応力ってすごい。


 仰向けに寝かされたまま動けなかった私は、脚の力で頭側にずりずりと動けるようになり、うつ伏せにもなれるようにった。うつ伏せになったは良いがしかし元に戻れず泣いて助けを求める。そんなことを繰り返している内に自由にころころと転がることが出来、また頭を上げて周りを見渡せるようにもなった。座ることも出来るようになったし、どろどろのペーストのごはんを与えられるようにもなった。いつしか、いつも寝かされていたベッドの枠に捕まって立ち上がることにも成功し、ほどなくして歩けるようにもなった。


 ああ、これが赤ん坊の成長なのか。


 年の近い弟のことは覚えていないが、そういえば6つ下の妹もこんな風にだんだんと自由に動けるようになっていたのを思い出す。

 机の上でお絵描きをし、使った道具をそのままにして離れたら、戻ってきたときには一生懸命描いた絵の上から、妹が様々な色で円や線を描いていたことがあった。あのときの絵は我ながら上手に描けていたのだ。今思い出してもちょっと悔しいが、出したままにした私が悪い。


 不思議な感慨に浸りながらも、自由に動けるようになるのはとても嬉しかった。何となくあーとかうーとか、学校の授業、家庭科で習った喃語というものも発せられるようになり、両親とは少しだけ意思の疎通が図れるようになった。


 1歳の誕生日を近所の人と共に盛大に祝って貰い、2歳になる頃弟が生まれた。


 元の世界では弟は櫂という名前だった。こちらの弟は、カイヒーリィと名付けられた。弟は、弟なのだろうか。赤ちゃんのときの顔など覚えていない。けれど、両親は名前も違うし若返っているけれどその顔は確かに元の世界の両親だ。だからきっと、弟も弟なのではないかと思った。


 それにしても弟は可愛かった。前の世界の弟も可愛かったが、何しろ年が近いので彼が生まれたときの記憶がなかったのだ。生まれたばかりの赤ちゃんというのはこんなに可愛いものだったのか。

 私が、この可愛い弟に何かをしたい、守りたい、一緒に遊びたい。まだ幼く、世話をすると言っても大したことは出来なかったけれど、出来そうなことは全てやろうとした。両親に止められてもいちいち手を出した。

 わかっている、絶対にこれは邪魔になっている。でもそんなことは御構いなしだ。両親も両親で、そんな私を怒るでもなく、危ないことは上手に回避させ、若干苦笑しつつもやりたいようにやらせてくれた。

 この世界に来る前の私も、こんな風にしていたのだろうか……。なんだか恥ずかしいけれど、親の愛というようなものなのだろうか。


 あちこち動いて回れるようになり、拙いながらもきちんと喋れるようになったことで色々とわかったこともあった。

 こちらの世界に生まれてすぐ、もしかしたら両親も同じように日本から来たのかもしれないと思ったことがあった。けれどそんな素振りは全くなかった。この世界の両親なのだ、日本の両親にはもう会えないけれど、よく似た2人の子どもとしてまた生きていけるのならば、それは喜んで良いのだ、となかば無理矢理納得した。


 両親は、城下町から少し離れたこの地で食堂を営んでいた。

 店は、日が昇る頃には仕事へ向かう前の人たちで、昼には仕事の合間に立ち寄る人たちで、夕方には仕事終わりの人たちで大繁盛していた。そんな食堂の一角では、自家製のポーションや家庭で使うナイフなどのちょっとした刃物、更に簡単な魔法書までをも取り扱っていた。

 間違いなく食堂ではあるのだが、色んなものを扱いすぎて最早何屋なのかもわからない店だった。よく繁盛しており、常連さんや時折訪れる旅の商人や冒険者と呼ばれる人たちの話を聞くのが好きだった。


 弟にはたくさんの本を読んだ。生まれたときから泣いたことがない、あーともうーとも喋らない。両親は心配した。私も勿論心配だった。だからたくさんの言葉を聞かせてあげたい。自宅にあった絵本は当然のことながら、地図や図鑑、専門書なんかも手当たり次第に引っ張り出しては読みまくった。


 弟に本を読み、周囲の人たちとたくさんの話をして、4歳になった。早くも転機がやってきた。

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