1 突然の帰省
私、森下深雪は日本のとある町に住んでいた。都会ではないが言うほど田舎でもない、そこそこ便利な町。両親と弟に妹、そして私。森下家はこぢんまりとはしているが使い勝手の良い一軒家で暮らしていた。
父は地方の大地主の長男だったそうだが、両親のいなかった母との結婚を親族一同に反対され、勘当されて、所謂駆け落ち状態でこの町に来たのだという。私が小さい頃はお金もなく、おもちゃやお菓子が欲しくても子ども心に我慢しなくては、と思ったことを覚えている。それなりに苦労もしたようだが、娘の私が成人を過ぎても仲の良い両親だった。
あの頃23歳だった私は社会人2年目、弟は21歳で東京の大学に通い、17歳の妹は高校生だった。父は普通のサラリーマン、母は私たち子どもたちの手がかからなくなった頃からフルタイムで働いていた。
それぞれ忙しい毎日を送っていたある日、仕事から帰ると玄関前で待ち構えていた母にすぐに着替えて泊まる準備をして来るように、と言われた。
普段であればそんな急に言われても仕事が、などと言っていただろうが、たまたま翌日からは3連休があった。予定もなく、ただだらだらしよう!と決めていた連休だった。せっかくの休みが、という気持ちがなかったわけではないが、なんとなく普段とは違う雰囲気に言葉にはしなかった。
訳のわからぬまま支度を済ませ車の後部座席に乗り込むと、ちょうど大学の長期休暇中で帰省していた弟がにこりと笑って迎えてくれる。その手前でゲームをしていた妹は、ちらりとこちらを見ると小さな声で「おかえり」と言いまたすぐに目線をゲーム画面に戻した。
父の運転で進む道中、助手席の母からこんなもので悪いけど夕飯にと渡されたおにぎりを食べながら(お腹が空いていたから美味しかった)、父の実家へ向かうのだということを聞いた。
父の父……、つまり私の祖父にあたる人が危篤だと、駆け落ちして以来数年に一度密やかに連絡を取っていた父の母ーー私の祖母であるーーから電話が来たとのことだった。
父は勘当され駆け落ちして出て来た手前、もう自分には関係がないと突っぱねたが、母の強い希望でこの急な帰省、実に25年振りの帰省が決まったのだという。
詳しい目的地は聞いてもわからないだろうから聞かなかった。高速のサービスエリアで休憩をしたときには起きていたのだが、いつの間にか寝てしまっていたらしく、ふと目を覚ますと高速は降りたようでカーブの多い道を走っている。
……酔いそう……。
寝起きのぼけっとした頭でそう思った次の瞬間、対向車の大型トラックのライトに照らされた。眩しくて目を閉じたそのとき、激しい衝撃が襲う。激しい衝撃は確かにあったのに何故か痛みは感じず、見えるはずもないのに我が家の車がガードレールにぶつかり、そのまま崖下へ真っ逆さまに落ちていくのが見える。
妹は、弟は、両親は無事なのか。そんなことを思いながら意識を手放した。