【2】
一時間目が終わった休憩時間、席から外れて疑心暗鬼にとらわれていた教室をわたしとリサはいちべつしていた。
「あんたがやったんじゃないの?」「そういうあなたはどうなの?」「てか、今日一番早く来た人だれ?」「あたし二番目だったから、最初は藤林さんだと思うよ」「え……そ、それなら昨日の教室を最後に出た人はどうなのかな?」「まず第一にこのクラスに出した人いるの?」「席替えしたばっかで他のクラスの人はわかんなくない?」「つーかなんで出すかなー。マジ卍だわ」「協定が破られたわけだしわたしも告白しようかな」「は?」「朝日奈さんこんなことしてもいいことないって、みんなでみんなを疑うようなこと」「そんなことわかっているわよ。でもようすけくんには悪いけどこれは女子同士の問題なの、引っ込んでてもらえるかしら」
「カオスだな」
リサは一言で的確にそう言った。
わたし自身もその通りだと思う。友達同士で疑い合うなんて正直見ていられない。それは言葉のあやで、実際はバリバリ見てはいるものの、いい気分ではなかった。なんせわたしたちが最後まで教室に残っていたとリークもされてもいるからね。
そこで向けられた視線といったら、たまったもんではない。まったくもう言ったやつ表に出なさい。
クラスの状態に困り果てたのか、騒動の中の張本人よーちゃんが困り果てた顔でやってくる。
「差出人を見つけるまでとは言わないからなんとかしてくれないか」
そう言ってクラスを見渡したかと思うと肩をおろしす。
「お前の問題だろ。自分でなんとか……」
できないか、と続けてリサはため息を吐き明らかになえている。
そうなのです、幼なじみであるわたしたち二人だから知っているのはよーちゃんが本当にバカでありアホであること。知恵ではなく見た目に能力を全振りすることになったようで、それはそれでうらやましいけど、それでこの先大丈夫なのか心配でもある。しかし、よーちゃんは学校ではうまいことやり過ごせているようで、学校一のイケメンという称号だけをものにしている。
そのうまいことやり過ごせている理由はリサのおかげである。リサは頭よし、運動よし、見た目もよしのハイブリッド。わたしとよーちゃんとは天と地ほどの差があるのです。
そんなリサにひたすら指導を受けているたわもので、よーちゃんは凡人程度の実力を手に入れているわけだ。
リサ曰わく「あいつはバカだが努力の天才だな」と評価し、感謝しても仕切れないくらいの恩人だな、わたしはと誇りげにうたう。自分を評価しすぎではないかと思わなくもないが、事実であるからに否定できない。
「なんとか頼むよ」
両手を合わしてリサにお願いするよーちゃん。
それを受けてしばらく長考したのち「今度わたしたちに飯おごりな」と条件付きの提案で引き受けることになった。
これで肩の荷がおり安心したのか、さっきまでが嘘かのようににっこりと笑い「将来の探偵さん頼むよ」そう言い、おもっ苦しいクラスの中を軽やかに戻っていった。
将来の探偵さんとはどういうことかと言えば、それがリサの将来の夢である。このことは幼なじみであるわたしたちしか知らない。今はまだ恥ずかしいということで親にも内緒にしていることだ。
「リサいいの? こんな面倒なこと引き受けて?」
「いいもなにも。朝日奈が言ってただろ、わかるまで帰さないって。結局はあいつが納得するようになんとかしないといけないわけ。なら飯付きの方がいいに決まってるだろ」
「うん。その通りだね」
わたしは満面の笑みでそう答えた。
二時間目が終わるとリサはすぐに行動に出た。
わたしたちの中で怪しい人物であるうちに含まれるのが藤林さんである。昨日のことがあったんだ、なにかを決心する出来事となったとしても不思議ではない。なのだけれどわたしたちはあの場にはいなかったことで通すつもりなので、遠回りしたアプローチをしなければならない。
「藤林さんちょっといいかな?」
リサはそう言って返事を待つことなく続ける。ここはリサの悪い部分だが、ここで断られても困るので気にしないでおくことにした。
「今日一番早く来たみたいだけど、それはホントなのかな?」
「……うん」
若干の間はあったものの頷いたので、今日このクラスで一番やる気があったのは藤林さんで間違いないようだ。今の間は疑われて不愉快なのか、なにか思い当たるような節があるのか、言いにくいなにかがあるのかわからないが、それはこれから聞いていけばいい。
「でもさ、あとから来た人でも通り際にできないことでもないよね」
藤林さんはそう自分以外にも怪しい人はいるのではないかと続ける。
「もちろん。それも含めて不審な行動をとっていたやつはいなかったか知りたいんだ?」
あくまでも一番早く来ただけの人として接するようで、リサはこれ以上の深追いをやめたようだ。
「わたしの席はようすけくんより前だから特に見てないの。役に立てなくてごめんなさい」
「仕方がないさ、教えてくれてありがとな」
収穫が得られず話が終わり、教室の角に行こうとしたわたしたちは藤林さんに呼び止められた。
「その、例の手紙を見せてもらったりできる?」
「悪いな、それはできない」
リサは迷いなく言うと、藤林さんはがっかりした様子で席に着いた。
「なんか怪しくない? なにかを確実に知っているように思える」
わたしは思ったままのことをリサに話した。
「確かになにかを知っていそうだ。入れた張本人なのか、それか誰かが入れたところを目撃したが嘘をついて黙っているか」
「誰かが入れた場合は人数がかなり絞られるみたい。実は授業中に朝日奈さんに聞いたんだけど、結構早い時間帯に来たみたいでそれ以降は怪しそうな人はいなかったようだよ」
ポケットからメモを取り出して、朝日奈さんが来たときにはすでに居たという人を読み上げる。
「まずはすでにご存じ藤林さん。他に下関さん。佐川くん。神崎くん。渡辺くん。だそうよ。それであとわたしたちは知っている立川さんかしら」
「なんで立川さんも?」
「忘れたの? 昨日帰る前にちょうど入れ替わったでしょ。以上から藤林さん、下関さん、立川さんが容疑者ということになりそうね」
明らかに忘れていたとリサは話し、まだ一人いるとわたしに言った。誰だか見当もつかないわたしはすぐに答えを求める。
「朝日奈だ」
言われるとそうだ。それくらい言われなくても気づかないといけなかったのかもしれない。第一発見者が実は疑わしいってことくらい当り前だ。本をよく読んでいるわたしならばすぐに怪しまないといけない相手であった。なのにわたしときたらノーマークとは自分で呆れてしまう。
「そして下関は他のクラスの男と付き合っているから除外して問題ないだろ。あいつらラブラブだしな。だから疑わしき人物は朝日奈、藤林、立川の三人ってことになるな」
「三人に絞れたならほぼわかったも同然ね」
「単純にわかればいいけどさ」
そして時は流れて三時間目の終了のチャイムが校内に響き渡った。わたしたち二年A組は次が移動教室だったため、リサと二人で手紙について話しながら廊下を歩いている。
「なんで手書きにしなかったんだろう? リサはどう思う?」
ちなみにわたしは恥ずかしいくらい字が汚いのだろうか、という考えしか浮かばない凡人でした。
「まあ恥ずかしいって線もないわけではないけど、一応名前を書いているんだ、なら手紙にも頑張って書けよって感じだよなー」
ないわけではないけど……わたしはその先が知りたかったわけだけど、答えてくれなかった。それともまだ言えるほどには固まっていないのだろうか。
そしてすぐにリサは「結局あれを出して本人はどうしたかったんだろうか。気持ちは伝えれたかもしれないが、でも結局はやっぱり気持ちは伝えられていないわけで……それとも——」
「あれだよリサ。火であぶると文字が浮かぶとか、鉛筆で軽くすると文字が浮き出るとかじゃない?」
そうすることで名前が判明し、無事に思いが伝わるわけだ。
「確かに可能性としてはあるな。それなら今回みたいに誰かに見つけられても名前は見破られないってわけか」
リサはポケットから手紙を取り出して軽く眺めると「だとしたらそれに気づいてくれるかどうかにすべてを託すことになるわけだ。みゆならそんな回りくどいことするか?」
わたしはやらないと答え、リサも同じ意見だった。ただこの考えは人により異なることがあるため一概には言えない。そもそも論をあげるならば、このラブレターは誰かに見つかることを見越している気がしてならない。それほどまでに保身に走っている。これは差出人、ようすけクラブにかなりおびえているな。
「実はさ、変に思うところがあって、みゆ、悪いけど昼休みまでに手頃なサイズの紙を四十枚作ってくれないか?」
「いいけど何に使うの?」
「そのときのお楽しみ」
すでに教室に到着していたため、リサははにかんで席に着席した。




