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ゼウロの依頼終了とダニエラの介抱から2週間、ルルエは魔石商達の集う街ダイロンに帰ってきた。途中、ゼウロから無理矢理贈られたフレアコートを切り刻んだり、屋台巡りをしていたら少し時間がかかってしまった。
ダイロンは魔石商達の自治区でありどこの国にも所属していなく、地区名は設立時のマスターの名前からつけられたらしい。元は魔石に関する巨大な遺跡だったらしく、至る所に魔石を使った街灯や自動で開く扉等がある。地理としてはルドアート、ヴェジエから北西にあたり、西側には海があり温暖な気候で過ごしやすい。王都のルドアートからは昼夜運行している乗り合い馬車を上手く乗り継いで10日程だ。
魔石商ギルド本部はとても目立つ翡翠色の五階建ての建物で街の中央にそびえ立っている。周辺には街の管理機構の建物も並んでいるが、ギルド本部程目立つ建物は他にはない。
ルルエが自動で開く扉を抜けると、一階はロビーになっていて受付が並び、ギルドメンバー用や依頼人用の受付に分かれていて幾人かが話し合いをしている。
壁面には魔石の種類や仕事の内容を紹介している。
そんな中に一人、出入り口の扉で行き交う人をじっと見つめている乱れた様子もなくきっちりと整えられた黒髪の男性がいて、ルルエに気付くと小走りで近付いてきた。
「ルルエさん、無事で良かったです」
「ただいま、ソル。何かあったかしら?」
個人で商売をしている商人には様々なサポートをするパートナーが付けられる。ルルエにはソルと言う愛想の無い青年が付いて、基本は事務関係の仕事をしている。
そんな彼がロビーで待ち構えているなんて、何か問題が起きたとしか思えなかった。
「六日前に王都の方で大掛かりな爆破事件があったそうで、一時拘束される商人が相次いでいたものですから」
「私が王都を出る時にそんな話なかったわ。拘束されたって言うのは?」
目から鱗な話だ。ぶらぶらしている間もそんな噂話は無くいつも通りだった。ルドアートでいち早く箝口令でも敷かれたのだろうか。
ウォッドとヴェジエから来ていた彼は無事だろうか。まさかヴェジエから来ていた彼が爆破事件を起こしたのだろうかと考える。
「二日前に入った情報では解放されているようです。その後は緊急通信から情報がないので現状はわかりませんが……」
「そう。とりあえずを届け出をしてくるわ」
ルルエがギルドメンバー用の受付に視線を向けるとソルが数枚の紙に何やら箇条書きがしてあるものを出してきた。
内容は愛に溢れたキザったらしい言葉が羅列されている。何となく予想できたルルエはげんなりした。
「それからアドリヤのファイザー家から毎日手紙が届くのですが……あまりにも多いので内容を確かめさせてもらいました。警告文を出すならギルドからあちらに送ります」
「すぐに出して」
「分かりました。直接赴くなら僕も同行します」
普段は素っ気ない態度なのに人を心配できるなんて驚きだ。
珍しいものを見たと目を見張るとソルは咳払いをした。
「文面が非常に怪しかったので、危険性を考慮しての申し出です」
ソルはデスクに戻りますとそそくさと階段に行ってしまった。階段の上り方が慌てていて足を滑らせてしまいそうだ。
それを横目にルルエはギルドメンバー用の受付に向かう。ちょうど人がいなかった為、すぐに帰還の届け出は受理された。
受付の女性はいつぞやのダニエラの様ににやにやしながら話しかけてきた。
「ソル君、王都の話が出てから毎日、時間があればロビーに降りてきて待ってたの。可愛いね」
今日まで約一週間ロビーに来ていた事を聞いたルルエは仕事が少なくて暇だったのかと思っていた。暇なのが可愛いのか、どうして彼女がそう言うのか分からなくて眉根を潜めるとルルエを見てまたもや可愛いと漏らした。
どうやらこの受付の女性は何にでも可愛いと言う様だ。とルルエは結論付けた。
そういえば彼女は初対面だと伺えば、名前はエナで一ヶ月ほど前まで街の管理で事務をしていたらしい。大きな失敗でもしたのか、自分で辞めたのか……あまり邪推しても今後話していれば出てくる話題だろうとルルエはエナに挨拶をして上の階に続く階段に足を向けた。
一階にあるロビーから上の二階からはギルドメンバー用の施設だ。殆どがメンバー達に割り当てられた個室になっている。個室と言っても書類を整理したりするだけで多くのギルドメンバーは外出が基本だ。残っているのは事務担当くらい。その為、広さは六畳ほどで机と本棚を置けば大体埋まってしまう。更に書類やら資料やら散乱している部屋は狭くなる。ルルエの部屋はソルが管理しているからか整理されているがソル曰く、ルルエにやらせると片付けが十倍になるらしい。
二階には食堂と会議室が三部屋設けられていて、食堂からは賑わう声がする。ギルドメンバーは無料でいつでも食事が出来る事になっていて、時間のあるメンバーは大抵ここにいる。
ルルエは美味しい匂いに惹き付けられて食堂に入ると、お腹が鳴った。ちょうど昼飯時だと壁に掛けてある時計を確認して注文口への列に並ぶ。
ここへ戻ってきた時のルルエの注文は決まって親子丼と大判ハンバーグステーキだ。仕事中はあまり食料やお金を持ち歩けない為、節約した食事になる。他のギルドメンバーもテーブルの上には肉々しいものばかり。皆同じなのだ。
席を探していると窓際が空いていた。さっそく席に座りフォークで突き刺した大判ハンバーグステーキにかぶりついた。久しぶりの溢れる肉汁と濃いソースが食欲を刺激する。宮殿のケーキスタンドも良かったが、やっぱり肉が良い。それほど急いでなかったがすぐに食べ終わり、満たされたルルエのお腹はちょっとキツくなった。
「おう、ルルエ。ちょうど良いところにいたな」
食堂を出て部屋に行こうとしたルルエが鉢合わせたのはギルドの依頼管理部のダスターだ。外に出ることは滅多に無いのに鍛えられた筋肉があり、顔も強面、声も低い。そしてボサボサとした茶色い髪からあだ名は『クマ』と親しみを込めて呼ばれている。
「新しい遺跡の発掘作業だ。行くだろ?」
「もちろん!」
間を置かずルルエは瞳を輝かせて頷いた。
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