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膝上丈のフレアコートを着せられたルルエは街道を歩いていた。いつもの露出の高い服が隠されて、上品さが漂う。それは街道では悪目立ちだった。
ゼウロ邸で一悶着あった後、紹介状と先触れの内容を書き換えさせ、彼の妹へのプレゼントを運ぶ仕事に出た。
玄関に準備されたフレアコートをメイドが持っていたので仕方なく着ることにした。ゼウロの為ではなく、彼の妹の為だ。玄関で嬉しそうに見送りをしていた男は無視しておいた。
そのコートのお陰で道中、ルルエを貴族の子女だと勘違いして声をかけてくる輩が多い。下卑た笑いで話しかけてくる男は股間に一撃かましてやる。
貿易都市アドリヤを出発して4日。此処、ルドアート王国の王都ルドアートがわずかに見える。ルドアート王国は緑豊かな国だ。城の後ろには険しい山があり、西側を雄大な河川が流れる。標高も程々に高いので、空気も薄く徒歩では中々に骨が折れる。
「後少しで王都よ、終わったら切り刻んで捨ててやる!」
「恐ろしい言葉を吐いてるご令嬢がいると思ったらルルエか。どこで手に入れたんだ、そんなもん」
ルルエが汗をかきながら息巻いていると、後ろから聞き覚えのある声がした。
彼女が振り返ると荷馬車に乗った50代で小太りの男が馬車に乗って近寄ってくるところだ。彼はルルエが商人になり立ての頃に商売の手解きを教えてくれた師匠だ。
「ウォッドおじさん、久しぶりね。もしかしなくても王都に行くわよね。荷台に乗せてくれない?」
「構わねぇけど、せめぇぞ」
「ありがとう、恩に着るわ」
街道の脇に停まった荷台の幕を捲ると、中に先客がいた。薄暗い中でも見える特徴的な浅黒い肌と琥珀の瞳の鋭い目付きの男だ。男はチラリと外に目を向けただけでルルエと目が合うことはなかった。
幕を戻した彼女は小声で御者台に座るウォッドに話しかけた。
「おじさん、変なことに巻き込まれてる?」
「あぁ、あいつは問題ねぇよ。ちゃんと入国許可証持ってた」
「ホントに?だってあの肌の色、紛争中のヴェジエの人間でしょ。王都に連れていくの?」
ヴェジエはルドアート王国の隣国で広大な砂漠地帯が多く、人の住める地域は少ない。それ故に数年間紛争が続いており、治安や経済状況が良くない。小国であるルドアート王国は移民を受け入れる受け皿がほぼ無い為、入国には一ヶ月程の厳密な審査を受けた上に両国の許可証発行の為に複数の書類と面談が必要となっている。
荷台に座している彼はそれを通った人間なのだが、密入国の可能性もある。彼女は人の良いウォッドが騙されていないか心配になったのだ。
「王都で約束があるらしくてな、時間もねぇから連れてやることにした」
そういう事ならば、王都までは自分があの男を見張っていれば良い。此処で時間をかけて怒らせてしまうのは危険だ。もし何かあればウォッドを守れると思い直して、彼女は荷台に乗り込んだ。
「おし、出すぞ」
ウォッドの声がすると荷台は馬に引っ張られてガタガタと揺れ、動き始めた。当然ながら荷台の中は静かだ。ルルエも話す事はないので男と離れた位置に座る。
「…………」
積み込まれた荷物は少なく、大人二人が座ってもまだスペースが余っている。山岳地帯の王都に納品するには数が少ない。羊毛などを仕入れでもするのだろうか、とルルエが算段していると男の視線に気付いた。
「…………」
何か言いたい事があるのだろうか。
彼女が声を発する前に男が口を開いた。
「この国の貴族の女は随分と自由なんだな」
「生憎、貴族じゃなくて商人なの。仕事が終わったらあなたにあげるわ」
またもや貴族扱いされルルエは怒りに頭が沸いたが、少しの嫌味ですませた。男は僅かに眉を動かすと噴き出す様に笑い始めた。
「悪かったな、貴族扱いして……ブフっ」
男の笑いのツボにハマったのか、ルルエが視界に入ると笑ってしまうようだ。本当の事を言い返しただけなのに笑われるのは納得がいかない。今は待つしかない状況だが……。
一頻り笑って気がすんだのか、何度か呼吸を整えてから正面に向き直った。
「商品も持たずに身一つで何の商売をするんだ?」
「魔石商よ。受注制だから普段からこの格好ね」
「魔石商…………王都には仕事に?」
「あら、それは話せないわ」
たとえゼウロのような人間でも客の情報をそう簡単に話すわけにはいかない。それに魔石は稀少で危険なものだ、扱い方によっては世界が崩壊しかねない。
魔石商は特別な資格と世界的な機関への登録、定期的な情報の提供など様々な制約や規則がある。詳細は後にしよう。
あからさまに訊いてくる男が怪しいと思ったが、彼は世間話のひとつだったのかすぐに違う話を振ってきた。
「その服の紋章は見たことがある、えー…………アドリヤだったか」
「アドリヤの代表委員の方から戴いたの。品質は保証するわ、欲しくなった?」
「いいや、それは君専用の物だろう。恨まれそうだ」
「どうかしら。あなた、こちらの貴族に詳しいのね」
「仕事柄必要で――今のは無かったことにしてくれ」
紛争中の国の人間だがあまりにも正直者、というか嘘がつけないのだろうか。少し話しただけだが、悪人には見えなくなった。
それからも話の内容には注意したが、会話は王都に着くまで切れることなく続いた。
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