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二人はルルエの強い要望によってテーブルを挟んだ対面に座ることになった。それでもゼウロの熱い視線は変わらない。
「妹が王太子妃になると決まってから私にもそういう話が相次いでいる。困ったものだ」
「その歳で結婚してないのも貴族として問題じゃないの?」
「この歳で結婚していないやつなんてざらにいるよ」
「その性癖ならそうかもしれないわね」
貴族の事はよく分からないが、彼は見た目と性癖のギャップが受け入れられない理由だろう。それに本人が気付いているかどうか……。
新しく出された紅茶を一口啜って、真面目な表情でゼウロは先を話始めた。
「性癖かどうかは分からないが、私の好みもある。妹と同じ歳頃の娘はそういう対象に見れない。令嬢らしい娘も何だか……合わなくてな。そこに君の話があった」
ルルエは眉間にシワを寄せた。遠回しに失礼なことを言われている気がするが、シワのあとが残りそうなのですぐに表情を改めた。怒るのはもう少し話を聞いてからでも良いだろう。
「始めは本当に妹へのプレゼントの件だったのだか、話してくれた商人がやたらと君の話をするので気になってしまった。似顔絵も描いてくれた」
ゼウロが見せた紙には、猿のような顔の目付きの悪い……女性?が描かれていた。これのどこを見て気に入ったのか甚だ疑問だ。
ルルエの眉間に再びシワが寄る。自分の事を知っていて口の滑る知り合いの商人は誰だったかと犯人探しを頭の片隅で始める。こんな有力貴族の所に出入りしている商人はそれほど多くない。
「今日会って正解だ。新しい楽しみも君に教えてもらえた」
――男の新境地を開拓したのは自分だった!
ルルエは自身の行動に激しく後悔した。とにかく、自分の事は諦めてもらうよう説得するしかない。
「悪いけど――」
「すぐに結婚というわけにはいかないだろう。君も私も色々あるからね」
「結婚?!」
至って真面目に話を進めるゼウロに開いた口が塞がらない。このままだと本当に結婚させられてしまうと思ったルルエはハッキリと言うことにした。
「私は商人を辞めるつもりはないし、貴族の家にも入らないわ。私と似たような人なんて探せばいくらでもいるでしょう?貴方みたいな人はお断り」
これで諦めるだろうと思ったが、男はそうではなかったようだ。ワガママを言う恋人に困った顔で彼は宣った。
「私は君が好きなんだ。なのに何故他人を探さねばならない?」
「たった一時間程しか会ってない相手に言うことじゃないわ」
「急かすつもりはない。この話はゆっくりと進めていこう。今は妹へのプレゼントだ」
ゼウロは全く聞く耳を持たない。勝手に話を切り替えて先程の小箱と宮殿への紹介状、前金とメイド数人が部屋に入ってきた。
「その格好は私は嬉しいのだが、外聞がよくない。メイドと寸法を測ってくれ。宮殿で変な虫を付けてこられても困るからな」
彼の中では婚約でもしているのだろうか、微笑みながら指示された。
男の性癖のせいで殴りたい衝動を押さえなければいけないのが腹立たしい。せめてもの思いで睨み付けながらメイド達に寸法を測られていく。
宮殿の中に入るわけでもないのに大袈裟だ。門前にいる兵士にでも紹介状と共に小箱も渡せばいいだけだ。ルルエはそう思っているが、わざわざ宮殿内に入る理由を考えてみることにした。
「紹介状は開けないでくれたまえ」
「チッ」
彼女は真っ先に紹介状の内容を見ようとしたが、止められてしまった。封蝋してある紹介状を開けてしまえばそれは効力を失って、ただの紙になってしまう。ルルエについても書いてあるはずで一番怪しい。
「私の事、変な風に書かれたら困るの。教えてくれたら電撃をお見舞いしてあげるわ」
その言葉を聞いたゼウロは瞳を輝かせ興奮し始め、それを見たルルエは言った手前仕方がないがげんなりした。
「変なことなど書いてないがな。私の未来の妻で、妹の義理の姉になるから手厚く対応してくれるように頼んである。先触れにもそう書いてあるぞ」
すごく自慢気な姿が彼女の癪に触って、強烈な電撃をお見舞いされた。
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