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翌日、手配されていた湖沿いの宿に泊まったルルエ達は、さっそく今日の夕方からパーティが始まる。
普段泊まることができない高級な宿で高価な朝食を頂いて、後一週間程はタダでこの生活を満喫できるんだなとにやけた顔で小走りで部屋まで戻ると、室内にはつい三十分前までなかった暗がりとドレスの壁が出来上がっていた。
一人で使うには広い部屋だったはずなのだが、奥のベッドや窓が見えないほど沢山のハンガーラックと共に持ち込まれたドレスに呆然としていると、貴族の三男坊のフェリオが紙の束を持ちながら二部屋先のダイロンの部屋を出てくるのが見えた。
部屋の前に棒立ちするルルエに気付いたフェリオは偉そうに闊歩する。
「やっと戻ったか。今日は全員参加の式典だからな、お前に見合う物を選んでやろう」
「あんたが犯人ね、入れないじゃない」
「なんだ、その物言いは。ギルドマスターの指令で全員分の衣装一式揃えてやったんだからな。ほら、通路なら確保してある」
女子の部屋に躊躇無く、まるでその部屋の主かのように先陣を切って明かりをつけ、ドレスの壁に立ち向かっていった。フェリオの言う通り、壁と壁の間には人一人分の隙間が確保されていてそれが幾重にも重なっている。程々に広かったその部屋はくつろぐスペースを残さず、窓の際までドレスと装飾品だ。日焼けをしないように窓はすべてカーテンが閉められている。更に暗幕まで付ける徹底ぶりだ。
「その北方特有の髪色を活かさないとな。やはり赤と黒か?それとも……」
グラデーションに並ぶドレスを漁りながらフェリオはずいぶん熱心にうんうん唸って見比べている。
何を悩んでいるのか、ルルエは近くにあった青色のドレスを引っ張り出した。
「テキトーにこの辺で良いんじゃない、ほら」
「はっ」
「センス悪くてすみませんね」
フェリオに鼻で笑われたルルエは不機嫌な表情で青色のドレスを隙間に押し込んだ。
少しして、何着か手元に集めたフェリオはそのうちの一つをルルエに押し付けた。
「よし、コレ着てみろ」
「じゃあ出てってよ」
「風呂場で着替えれば良いだろ。普段無神経だと聞いていたが、何を気にしている」
「あんたのペースになってるのが気に食わないわ」
「会場で恥をかかないように仕立ててやってるんだぞ。知り合いに見られたら俺のセンスが疑われる」
言い合いをしている内にある事に気付いたフェリオはニヤニヤと小バカにしたように口調を変えた。
「あー、そうか。一人でドレスを着られないのか?」
「着れるわよ」
「手伝ってやっても構わな――」
バタンッと扉を閉める大きな音と共に追い出されたフェリオは顰めっ面だ。なぜ閉め出されたのか理解できないとその扉を睨み付けている。
「ふふふ。フェリオ様は女性の扱いがまだまだですわね。私にお任せ下さいませ」
まるで見ていたかのような台詞で何処からともなく現れたロリータ服の女性。軽快なリズムでルルエの部屋の扉をノックする。
「何か用?セクハラ貴族」
小さく開けた隙間から覗いたルルエの目は不審者を睨み付ける様に鋭い。しかし、目の前にいる人物が謎の女性だと気付くと気まずさと共にノブを握る力が弱まった。それを見逃さず素早く室内に押し入った女性はフェリオにニッコリと笑うと静かに扉を閉めた。
「私、フェリオ様の知り合いのティアリスです。一つ上の階に泊まっていますから、滞在中はよろしくお願いいたします」
ティアリスと名乗ったロリータ女性はドレスの裾を持ち、綺麗に挨拶をした。年齢はルルエと同じくらいだろうか、化粧で大分若く可愛くしている。
怪訝なルルエをぐるりと見回しながら彼女の話は続く。
「フェリオ様のご要望でルルエさんのドレスや装飾品を準備致しましたの。突然でしたから満遍なく用意したのですけど…………可愛い系統でいきましょう」
良いことを思い付いたとでも言うように両手を顔の近くで合わせて可愛く微笑んだティアリスは身を翻してドレスの壁に向かう。
揺れ動くドレスの波を眺めながらルルエはティアリスの説得にかかる。なぜか、フェリオと似た雰囲気を感じたからだ。
「私もう30になるからそれは無し」
「あらあら」
「まだ朝だし、行く直前に準備すればよくない?」
「まあまあ」
「……貴族ってみんな話聞かないのね」
「さあ、お昼返上で着替えましょうか。ふふふ、着付けもお化粧も出来ますから、お任せ下さいませ」
戻ってきたティアリスの手にはコルセットとハンガーラックを一台引っ張ってきた。十着程見えるドレスはどれもティアリスの好みの可愛らしさ重視のデザイン。
ドレスを着たくないのに息苦しいコルセットまで着なければならない上に、昼食まで食べれないと言われ、ルルエは固まってしまった。
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