14
「ルルエ!」
ルルエの髪色に近い色のベストを着た長身の青年は、前髪をサイドに流し、整えられた鈍色の髪と目尻の下がった瞳に光を遮るようにサングラスを掛けて、魔石商ギルドの本拠地、ダイロンにある病院のルルエの病室に飛び込んできた。
「…………………………誰?」
ルルエの右腕は肩まで薬を染み込ませたガーゼと包帯が巻かれて、室内には薬品の臭いが漂っている。
運び込まれた当初は重態で院内は治療の為に騒然としていた。治癒の魔石を使い、ある程度は回復したが、一番酷い右腕だけはまだ治らずにいる。
とは言うものの全身感電して機能不全を起こし、右腕は炭化していた箇所まである。奇跡的に生き返ったと言うほどに、五日掛けて治療に成功した時は担当医や他のメンバーは感涙していた。
ルルエが目を覚ましたのは、それから十日後、つい昨日の事だ。
目覚めた時は見たことの無い景色にソルが隣に座ってブツブツ呟いているし、右腕は動かないしで彼女はビックリした。
「遺跡にいた巨体の魔物ですよ」
青年と共に訪れたソルは自身より高い、しょんぼりと落ち込んだ顔に目をやりながら答えた。手には今日の業務報告をまとめた書類を持っている。
目をしばたたかせるルルエに、昨日は目覚めたばかりで夕方だったこともあり、あまり話をしていなかったとソルは遺跡であった事から昨日までの話を始めた。
ルルエが高威力の電撃を放った瞬間にソルの拘束は消滅し、巨体の魔物の右肩にある魔石に直撃した。
雷の様な甲高い破裂音と焦げ臭さは残るものの煙がある程度収まった頃、ソルは頭を守っていた腕を下げルルエと巨体の魔物がいた場所に目を凝らす。
「ルルエさん!」
始めにソルがルルエを煙の中から見付けた時は、ただ倒れているだけだと思っていた。
しかし、駆け寄ってみるとピクピクと痙攣をしてうつ伏せに倒れ、右腕は肩まで電流の跡が裂傷となって火傷や炭化までしていた。焦げた臭いはルルエの腕が焼けた臭いなのだろう。そんな有り様のルルエの腕に魔石のブレスレットは今までと同じように収まっている。
「ルルエさん、大丈夫なんすか?」
「かろうじて息がありますから応急措置をしてダイロンに飛びます」
「こいつも連れていくのか?」
ソルは持ってきていた水筒の水を予備のシャツに染み込ませルルエの右腕に巻いていく。その後にイヤーカフ型の通信魔石で魔石商ギルド本部に連絡を入れておく。
ジャンが指した先は巨体の魔物がいた場所で、今は同じ髪色の青年が右肩をルルエ程ではないが火傷をし、裸体で気絶して倒れていた。近くには五つの魔石が付いた台座が落ちている。
「全員です。魔石も忘れないでください」
てきぱきと指示を出すソルに従って、冒険者達は青年の処置を施し、ジャンが担いで近くに連れていく。リオットは気絶している青年を警戒しているのか、恐る恐る魔石の台座に近づくと素早く手に取りソルの元に後ずさる。
全員が揃うとソルはウェストポーチから一つの魔石を取り出し、床に投げつけて幾つかの破片に変えると、それで回りを囲むように置いた。
ソルが今使っているのは『転送』の魔石という緊急時に使用が認められている稀少性の高い魔石だ。この魔石は転送先に親となる大きな魔石を設置し、子となる魔石を壊してその破片の中にあるものを親の魔石のところへと飛ばすことができる。
破片を並べ終わったソルは手の中に残りの破片を持ち自身もその中に入る。意識を集中すると破片は虹色に光り出し、ドーム型に光の膜が出来上がった。ドームの中は更に光を増して一瞬強く光ると、収縮してドームは弾けた。
光が消え、静寂を取り戻した空間は先程までの爪痕を残しながらも何事も無かったかのように暗闇へと転じた。
ダイロンの魔石商ギルド本部―――
厳重に管理されている地下の一室に転送室がある。
地下だと言うのに天井は高く、部屋は広い。部屋の中央には人の頭程ある大きさの多面体の魔石が豪奢な台座の一番上に鎮座している。これが転送の親の魔石だ。
転送の魔石は使用申請をして許可を貰わなければ持ち出せない。今はギルドマスターとソルが持ち出しているので、台座の下段には使用済みの空いた穴の他に持ち出し中の印が二つ空いた穴に貼ってある。
室内には既に魔石商ギルド幹部のパーニャと医療スタッフが病院から駆けつけて準備万端だ。
親の魔石が数センチ浮き、徐々に回転と光り出し、その近くに光の粒が集束していく。床に落ちるとドーム型になり、中に複数の人形が現れた。
フリルワンピースを着た無表情のパーニャはふわりと裾を揺らしながら、現れたソル達の状況を確認する。
「怪我人二名、運んで」
医療スタッフがバタバタと駆け寄り、ルルエと青年を担架に乗せ、治療を施しながら転送室を素早く出ていった。
それを見送ると、パーニャ五つの魔石が付いた台座を受け取り四人をギルド本部上階に誘う。
「ソル君達はこっち」
「いえ、僕はついていきます」
「生きてるとは思えない」
精神的に疲れて足がふらつきながらも病院へ向かおうとするソルにパーニャは厳しく言い放った。
ルルエの状態は見た通りかなり厳しい。変に希望を持っているなら此処でハッキリと覚悟させておいた方が彼の為だ。
しかし、ソルはパーニャが言った瞬間に非難するような目で睨み付けて部屋を出ていった。
「三人はこっちで話を聞かせて」
仕方なく、残った冒険者達から話を聞くことにする。彼らでは大した話は聞けない事は分かっているが、このままというわけにもいかない。
状況に着いていけず、右も左もわからない場所に連れてこられた冒険者達はパーニャの後を追うしかなかった。
ご覧頂きありがとうございます。