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リオットの作り出した壁を越えたルルエは何事も無い様に近付き、易々と扉の向こう側に入っていった。
巨体の魔物もソル達もその行動に目を見張るばかりで動かない。
部屋は殺風景で端に朽ちたベッドや子供用のおもちゃだったものが転がっている。部屋の広さは巨体の魔物がうずくまっている事がやっとで、殆どがその体で占められているからか、窮屈な姿勢で苦しそうだ。
鈍色の髪は手入れされること無く、床に散らばる様に伸びている。
「ルルエさんっ」
「すぐ終わるからそっちで待ってなさい」
険しい表情で壁を越えようとするソルを制し、視線を巨体の魔物に戻したルルエはゆっくりと近付いていく。
巨体の魔物は怯えているのか、眉を下げ瞳は潤んでいる。
「こんな所に居て災難ね」
ルルエは落ち着かせるように話し掛けながら、先程データで見た右肩に回り込んだ。
鈍色の髪に隠れ、五つの魔石を嵌めた台座が見える。四角い台座に四つの丸い魔石と中央の見たことの無い細工のトゲトゲとした魔石。
巨体に付いている為小さく見えるが、魔石一つ一つはビー玉より少し大きいくらいだ。それぞれが影響して何かしらの力が働いているのか、どれも淡く光っている。
それぞれの魔石を良く見ると、力を施した紋様が表れている。大抵の魔石はその色で判別がつくようになっているが、魔石に施された紋様を見ることで更に詳しく判別できるようになっている。
『力』『吸収』の他はルルエは見た事もない紋様が施されていて効果がわからない。
現在、魔石は基本的に単体で使う物だと言われているが、古代の人々はそうではなかったのだろうか。
「魔石を壊したら魔物はどうなるんすか?」
「魔石の力の反動で死んでしまうでしょうね、事例がないのでわかりません」
ルルエは中央の魔石がそれぞれの力を調節して作用しているのだろうと当りを付け、それに自身の右手を添えた。右腕にある電撃を発動できる魔石が付いたブレスレットが光り始める。
しかし、発動のタイミングになると急激に威力が弱まり、出てくるのは静電気程度の弱々しいものだ。
「ヴアアァッ」
「――――いっ」
先程まで静かに様子を窺っていた巨体の魔物は眼光鋭く、顔色を変えてルルエのいた右腕を振り払う。巨体の魔物の右肩の魔石は強く光っている。
振り払われたルルエは壁に体を叩きつけられた衝撃で息が詰まった。
「ゴホッ…………っ」
顔を上げた先で見たのは獣のように歯茎まで剥き出しにして威嚇する巨体の魔物。低く唸る声がソル達のいる部屋にまで響いている。
巨体の魔物が身動ぐルルエを仕留めようと再び腕を振るおうとした時、白く光る鎖がその巨体を絡めとった。
いつの間にか部屋を移動してきたソルは、ルルエの側で魔石を握り発動していた。
「拘束の魔石です。長く続きませんから早く仕留めてください」
「吸収の魔石があったわ。力を吸われてて決定打にならない」
「なら今が好都合。拘束の魔石の力を吸収しているはずですから、高威力を叩き込んでください」
「わかった、自分もビリビリ痛いんだけどね」
ソルは自分の魔石の力が安定していない事を認識している。ルルエの言う吸収の力だろう。拘束が緩んだ箇所があると巨体の魔物は僅かに身動いで拘束を振り解こうとする為、意識をそこに集中させる。
ソルは拘束の魔石をあまり使うことはない。魔物なんてものは自然界に存在しないし、そんなものを使うよりも先にルルエが伸してしまうからだ。
だからどの程度効果が保てるか不確定で、出来るなら今すぐ決着をつけて欲しいと思っている。
魔石については分からない事が多過ぎる。魔石の発動も《集中して意識すれば使える》と言われているだけで、実際どんな仕組みなのか未だに解明されていない。それでも使用しているのだから不条理な事だ。
それはともかく、今はこの状況を打破しなければならない。
ルルエは右腕に集中し、威力を高めていく。ルルエの周りはバチバチと電気が音を立てて弾け、赤い髪は逆立っている。高威力の電撃は身体的負荷が大きく、力んでいなければ体は勝手に動き、立っている事も困難でビリビリ痛いどころではない。
一歩ずつ確実に近づいていたルルエはやっと右肩の魔石に辿り着く。溜め込んだ電気で体の感覚は無くなってきているが、奥歯を噛み締め、握り締めた右の拳をその魔石に叩きつけた。
瞬間に青白い閃光と甲高い破裂音が鳴り、ソルの拘束は消滅し、辺りは焦げた臭いと立ち込める煙の中に巨体の魔物の断末魔のような声が響いた。
冒険者達はその光景を手汗を握り、自身の無力さを感じながら呆然とリオットの作り出した壁の向こう側で見ているしかなかった。
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