12
地下は更に冷え冷えとし、吐いた息は白くうっすらと消えていく。階段は長くほの暗い。
地下室の扉の元にだけ青白い明るい明かりが見える。
扉の数歩前で止まったルルエは後ろに並ぶ男達を見回し、拳を突き上げて声を張った。
「準備は良いか、野郎共!」
「おう!」
「………………そういうんじゃないんで。財宝とかありませんから」
「興が削がれるじゃない。もっとノリ良くしなさいよ」
「リオットさんにこれを着けてもらいます。この先できっと重要な役割を果たすので外さないようにしてください」
「お、おう」
ソルはリオットに魔石の付いたブローチをシャツの胸元に取り付けた。念を押すソルに戸惑いながらもリオットは首肯し、返事を返す。
「あーもう、開けるわよ」
しびれを切らしたルルエが扉の横にあるスイッチを押すと、扉が横にずれて開き、中からは更に冷えた空気が流れ出し、自動で明かりが付いた。正面には巨大なモニターが壁に埋め込まれ、様々なスイッチやつまみ等がある。右隣の部屋に続く扉があり、そこには古代の文字で書きなぐられた跡があるが、所々剥げてしまって読めなくなっている。
「今までとは雰囲気が違って……不思議っす」
「上は居住施設で地下は研究施設です。やはり同じ、あまり弄らないでくださいね」
配管等が剥き出しの天井や壁、数千年前とも言われている古代の建造物は頑丈にできているのか、階上の部屋もこの部屋も静謐としている。
「このボタンが気になるっす!」
「ダメです」
「これはなんだ?」
「ダメです」
「面白い記録ね。見てよこれ」
子供のように様々な物に興味を示す冒険者達をソルが嗜めていると、部屋の左端の方でルルエは小さなモニターで何かを見ていた。
ポチポチとモニターの映像を切り替えて頬杖をついていたルルエの指はズレて違うボタンを押していた。
大きなブザー音が鳴り響き、右隣の部屋に続く扉の鍵が開いた。そして扉は自動で開き、奥に動く何かが見える。
「え」
右隣の部屋から現れたのは記録よりも大きな人の顔の半分が扉の枠から覗いている。見開いた目はギョロリと辺りを見回し、ルルエ達に止まった。口は薄く開き、尖った犬歯が見え隠れする。
「な、なんだ?」
「人……っすかね?」
「そのわりには会話できなさそうね」
「いや、話してるだろ」
「ヴゥゥゥゥウヴゥ」
「唸ってるだけだ!」
「部屋から出てこなくて良かったすね」
顔が見えた時には恐怖で固まっていた身体が、襲う気は無さそうだと判断すると安堵して軽口まで叩けてしまう。リオットだけは顔面蒼白で呼吸も荒い。
すると、爪を立てているのかどこかを引っ掻いている音が響く。
全員が注視すると顔が引っ込み、太い指が二本伸びてくる。太い指には固そうな長い爪が生え、引っ掻き回していたのか多くの瘡蓋や傷痕、血が滲み赤黒い痕が所々に付いている。
各々が再び気を引き締め、警戒する。
徐々に近付いてくる指と爪が奏でる引っ掻き音に恐怖が限界に来たのか、リオットが大声で叫んだ。
「……来るなぁぁぁあ」
同時に胸元の魔石が青く光り、役一メートル程先に青く透明な壁が近付く指と彼らを隔てた。
指はそれ以上先に進まず、コツンコツンと透明な壁を叩く。暫くして伸ばしていた腕を戻し、引っ込めていた顔が再び彼らを見つめる。訝しげな表情で見ているのはルルエ達ではなく、その前に突然現れた壁だ。
「叫ぶとは思いませんでしたが、結果うまくいって良かったです。その魔石は拒絶に反応して壁を作り出します。拒絶する気持ちが強いほど距離や壁の硬度に違いが出るんですよ」
「リオット、大丈夫か?」
「初めて気付いた……、俺は巨大な物が怖い。あいつで分かった」
緊張した面持ちで深く呼吸を繰り返し、自分を落ち着かせようとするリオットは、扉の向こうに見える巨体から目が離せずにいた。ジャンはそんなリオットを宥めるように背中を擦っている。
リオットの作り出した拒絶の壁は一向に消えること無く、その中でルルエ達は巨体に見つめられながら座っていた。
ソルがルルエの弄っていたデータを調べている間は動くこともできない。
「全然動かないっすね、何か物悲しそうに見えるんすけど」
「あれは古代人が魔石を生物に取り付けて実験をした成果です。つい最近ですが、他の遺跡でも同じ作りの物が見つかっていて、地下には魔石を着けた凶暴な実験動物……魔物が襲ってくる。殺すか魔石の機能を停止させるか、と言うらしいです」
粗方調べ終わったのか、ソルがモニターから離れ振り返った。
「つまり魔石を回収できればいいんでしょ」
「あんな巨体にこの間取り、僕達だけでどうやるんですか」
これよ、とルルエが示したのは自分が持つ魔石だ。
「魔石に直接、高圧電撃を当てて壊す!」
「直接って……その魔石は接触するか少し離れた位置じゃないと当てられません」
「心配性ねー。幸い、あいつは私達を警戒してないみたいだし、近付くのは簡単よ。場所は…………右肩かしら」
ソルが点けたままにしていたモニターを眺め、魔石の場所に当りを付けたルルエはいつも通り堂々と歩いて巨体の魔物へと近付いていく。その姿は微塵も怯えなど感じさせない。リオットが作る壁は彼女の行き先を妨げること無く、外へと通した。
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