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3回裏 ノーアウト満塁

 「そいつは桃の願いでも今は無理な話だ」


 キンッ……キン! に冷えた牛乳を胃に流し込みながら清水原真子は応えた。なるほど、胸のふくらみの秘訣はやはり日ごろから牛乳を飲んでいるからか……なんて、ありきたりなことを考え込んでしまった。

 喫茶カントリーの店内には俺、桃、清水原真子しか客はいなかった。ツバメ高校のガラの悪い連中が乗り込んできた際に窓ガラスが割られてしまったため隙間風が店内にもろに侵入してくる。五月初旬の今の気候には寒くもなく暑くもないので体に支障はないが、その割られた大きな丸いガラスの所に瞬時にマスターが段ボールを張った形跡を見ると心が痛む。別に俺が割ったわけじゃないが。


 「どうしてダメなのさ!? マコはもう一度みんなで野球がしたくないのかい? アカネもいるんだよ?」


 桃はポニーテールを興奮気味に逆立てて清水原真子の応えに反論した。

 断ったのは言うまでもないが桃の願いである『一緒に高校野球をしよう!』キャンペーンの勧誘だ。さっきまで流血者がでるほどの乱闘騒ぎの中心にいた人物が普通に考えてそんなキャンペーンに乗るわけがない。ましてや清水原真子は虎高の不良グループのトップであり、『清水原軍団』なんてものも存在するほどだ。いくら豪華な野球環境があるといってもそんな特典で野球を一緒にしてくれるはずがない。冷静になれ桃さん。


 「茜って、阿坂茜か。懐かしいな、久しく会ってないけど元気なのか」

 「アカネは元気だよ。……じゃなくて! な・ん・で! 野球を断るのさ!」

 

 バン! バン! バン! と木製のテーブルを子供のように叩きながら桃は声を上げた。


 「よく聞け桃。『今は』ダメなんだ」

 「今は? ってことは時が経てば野球してくれるの?」

 「あたりまえだろ。桃の願いなんだから。せっかくこの世に還ってきてくれたのにしなければばちがあたるだろ」 


 そのとおりです清水原真子さん。現に私はあなたを勧誘できないとこの先の人生がめちゃくちゃになるんです。


 「ありがとう! マコ!」

 「あ、ありがとうございます!」


 桃に重なるように俺もお辞儀した。よかった、きっぱり断られたらどうしようかと思っていた俺は思わず声を出してしまった。


 「野球ぐらいならやってやるさ。アタシはもともと体を動かすのが好きなんだ。それにしてもおまえまで頭下げてなんなんだよ……っていうかおまえ名前は?」


 桃に向ける目つきと打って変わって、不良モードの目つきで俺は睨みつけられた。怖いですよ。


 「俺は小笠原……」

 「クンカクンカだよマコ。モモの友達で一緒に高校野球をして汗を流すチームメイトだよ」

 「そうか、クンカクンカよろしくな」


 クッソ! 阿坂茜がいなくて普通の自己紹介ができると気を許したのに!


 「よ、よろしくお願いします……」

 「敬語はよせ。アタシたちは仲間だろ」

 「仲間?」

 「そうさ。桃の友達はアタシの友達、だからタメ口だ。変な壁作るな」


 怖い外見を他所に清水原真子は次々と意外な内面を見せていく気がする。そのきっかけが木村桃が登場してからで、彼女がいると、簡単でアバウトな表現だが、表情が和らいで優しくなっている気がする。こっちが本来の清水原真子なのかもしれない。


 「わ……わかったよ、清水原真子」

 「清水原真子? めんどくせーなー! 真子にしろ」

 「下の名前って……ま、真子」

 「それでいい」


 軽くうなずく真子。恥ずかしくなった俺は少し耳が熱くなった。 


 「友達同士が仲良くなるってなんか嬉しいね。それで話は戻るけど『今は』ってどういうこと?」

 「さっきの……ああ、桃は見てなかったからわからないかもしれないな。クンカクンカ、おまえは見ていたからわかるかもしれないがアタシは一応虎高の不良どもからヘッド。つまりは頂点なんだよ」

 「マコ……モモがあの世にいるあいだに本当にグレちゃったんだね。もっと別のことで一番になってもらいたかったものだよ……」

 「ご、誤解だ桃! アタシはただ友達をつくろうと中学のころまで暗かった自分を変えようとしたんだ。まず髪の色から……そしたらなんかガラの悪い連中が絡んできて正当防衛のつもりで」

 「ボコボコにしたんだな真子……」

 「かる~く殴ったり、蹴ったりしただけなのにあいつら大袈裟おおげさなんだよな。そう思うだろクンカクンカ?」


 俺はツバメの山田が吹っ飛ばされたのを思い出しながら、真子の筋力が一般人に比べて強すぎたんだと思った。あと、いきなり金髪にしたら目をつけられるだろ。高校デビューのテンプレだな。


 「女だと思ってみんな油断したんじゃないのか?」

 「おい……アタシを女と思ってなめてんのか? ああ!?」

 「ひっ! すいませんでした!」

 「……ったく、どいつもこいつも……」

 「じゃあマコの高校野球ができない理由って不良のトップに立ったからなんだ?」

 「勝手に虎高で喧嘩売ってくるやつを倒してたらなっただけだからあんまりそんなプライドみたいなのはないんだ、ある意味友達つくる目標は達成できたしな」


 失礼だけどさっきの二人はどう見ても女子高生の友達には見えない……どちらかと言えば危ない関係に見える。ぴったりの言葉で例えるなら不純性交友ふじゅんせいこうゆうみたいな。思わず口走ってしまいそうになる口を寸前で黙らせる。危ない危ない、言っていたら絶対に真子に痛恨の一撃を喰らわされているところだったに違いない。


 「厄介な事件があってな」

 「事件? もしかしてさっきのツバメの連中の騒ぎと関係があるのか?」

 「関係大ありだ。乗り込んできたツバメの山田っていうやつ。あいつの女の川端麻美かわばたまみが五日前にこの町のゲーセンのプリ機の中で刺されて倒れてるのが発見されたんだ」

 「刺された?」

 「ああ、ナイフで背中を一突き、もちろんアタシ含めて虎高のやつらは誰もそんなことしていない。だけどそのゲーセンに虎高のアタシの仲間が何人かいたのとその場にいたやつらの事情聴取による証言でその事件は全部虎高の仕業ってことになってやがる」


 牛乳を一気に飲み干した真子はそのままグラスを勢いよくテーブルに置いた。胸が衝撃で上下に揺れ、俺の目線をさらっていく……と、真子がこちらを見ている、胸を見ていたのがバレたか? 咄嗟に俺は会話に戻るため真剣に質問した。


 「……し、仕業になってるってことは、ありもしない噂をたてられたってことか?」

 「ああ、この事件のせいで今じゃ、虎高とツバメは超険悪なムードになってる」

 「そのせいでマコは野球ができないって言っているんだね。了解しました! モモがその濡れ衣をなんとかしてあげるよ!」


 桃は敬礼ポーズでその場に起立した。


 「あのな、桃。その気持ちはウルトラうれしい、でも、能無しツバメが話し合いでこの戦争が収拾つくとは思えねーんだ。それに向こうには和解を申し出たばかりだしな、現に、今日ここに乗り込んできたのはその和解の後のことだ」

 「違うよマコ。モモが話をつけにいくんだよ?」

 「いや……遠慮しておく、話がものすごくややこしくなりそうだからな……」


 そらそうだ。壁をすり抜けれる幽霊少女が敵地に行けば確実に鉄砲玉だと思われるだろう。(俺もさっき知ったばかりの知識なんだけど)それに桃の性格からして野球がしたいという主旨しゅしのみをごり押しで伝えて相手の反感を買うのが目に見えている。


 「そうか~。マコが言うならモモは自重しておくね。それじゃあ……小読うちの秘密兵器のクンカクンカ君を出すとするかな」


 考えに考え抜いた秘策を言うように桃は俺の名前(本名ではない)を出しやがった。いやいや、どう考えても無茶ぶりだろ、それ……俺にどうしろってんだよ。


 「こいつが? まあ、この無意味な抗争に終止符をうってくれるなら誰でもいい。アタシも今日みたいに仲間が傷つくのも見たくないからな」

 「そこ納得するのかよ。俺みたいな普通の高校生に不良同士の戦争が止めれるわけないだろ。しかも、さっきのツバメのやつらなんか話も聞こうとしなかったじゃないかよ。そんなやつをどう説得するんだよ」

 「いやいや、そこは考えてほしいとこなんだけどな、クンカクンカは秘密兵器なんだから」


 秘密兵器をいいように使いすぎだろ。秘密兵器ってのはなんでも屋じゃねーぞ。


 「今は一応虎高の看板も背負ってるわけだから無理だが、もしこの抗争がまるく収まれば、アタシは桃の願いに協力するよ。お願いだクンカクンカ、猫の手でも、どこの馬の骨でもいいから誤解を解いて休戦の協定を結びなおしてくれ」

 「だから俺にそんなことできるような権力も得策もない……悪いが俺にはとても……」

 「さあて、モモは成仏させてもらおうかな♪ あの世で人生ゲームでもしようか……プレイヤーは実際にこの世で生きてる人の人生で……」

 「やりましょう全力で。思春期な青少年の今後の未来のためにもこの戦争を止めます」

 「さすがクンカクンカ君だね! 頼りになるね~」


 選挙に立候補したやつのポスターみたいな言葉を公言してしまった。木村桃め人をゆすりやがって、ろくな死に方しないぞ。いや、もう死んでるのか。


 「すまないクンカクンカ。アタシもそのために何かしろと言われたらなんでもするからよ」

 

 真子が俺に頭を下げた。これはなかなかいい気分だ、と映画の悪役のような感情に陥ってしまった。虎高の不良のトップが俺に頭を下げている。写真でも撮ってツイッターにアップしたい。拡散されたらすぐにさらし首にされるだろうけど。

 考えたがやはりこんな大事を俺一人では無理だ。明日にでもほかのメンバーに今日のことを話して全員で解決への手がかりを探していこうと思う。あ、あと話し合いのその前に俺を置いて逃走した山海はぶっ潰すけど。


 「大丈夫さマコ。クンカクンカに任せておけば。なんていってもクンカクンカは……そういえば何もしてないね……したことといえばアカネの下着を嗅ぎまくったぐらいだよね」


 俺に冤罪えんざいをきせて麦茶をぐびぐび飲むあの世から蘇りし死神。阿坂茜といいなぜだ? なぜ俺はこんなにも貧乏くじをひかされるんだ! 神よ!


 「なるほどそれでその名がついたのか。おい、男としてどうなんだよそれ。こんなやつに任せて大丈夫なのかよ桃」

 「奇跡を起こしてくれるさ。うおっと! ブルッてきちゃったよ! おトイレにいってきま~す」


 麦茶を一気に飲みすぎた死神はトイレに駆け込んでいった。


 カランカラン……。


 そんな時、カントリーの入口のベルが遠慮気味にお客の来店を知らせた。

 俺もそれに反応して入口に目を向けると赤毛のショートヘアでどこかの学校の制服を着た女子高生らしき子が店内に入ってきた。その制服は小読でもなければ虎高でもない、が何故か見覚えのある制服だ……そうだ、思い出した、俺が喫茶カントリーに最初にやってきたときに清水原真子と間違えたミステリアス女子高生と同じ制服なんだ。嫌だな~、まさかそのミステリアス女子高生が「さっき喫茶店で変な男子高生に絡まれたんだけどwww超キモイから見に行ってみwww」とかラインされてたらどうしよ。


 「いらっしゃいませ。お客様、申し訳ありません。本日は少々店内が乱れておりますのでこちらの一番被害の少ない席にどうぞ」

 「あら、めっちゃ気を遣わなくていいのよ。私、そこのテーブルの人に話があるから」

 「かしこまりました。それと……失礼ですが見たところ燕高校の生徒とお見受けいたします。さきほどもございましたが店内での騒ぎはくれぐれも控えていただきたいのです」

 「めっちゃ大丈夫よマスターさん。さっきの野蛮なやつらとは違うから」


 赤毛の子に一礼してマスターはカウンターの奥に戻っていった。俺らに話? ほら、やっぱりそうだよ。今から俺は噂のナンパ男か男子高生変質者の肩書かたがきで青春を謳歌おうかしなくてはならんのか。

 マイナス思考全開の俺をよそに赤毛の女は俺らのテーブルに来るや否やニコニコ笑顔で話しかけてきた。


 「あら、めっちゃ久しぶりじゃない真子」

 「あら、って……さっきのマスターとの話しを聞くと偶然会ったわけじゃないだろ美夏みか。驚いたけどな」


 俺を蚊帳かやの外にして二人は初対面とは思えない口調で話し始めた。美夏と名乗るこの赤毛の女はどうやら真子の知り合いなのか、よかった、俺が社会的に抹殺される心配はないようだ。


 「あら、驚かせられてめっちゃよかったわ」

 「驚いたのは美夏がツバメに入学してたことだ。よりによって……いや、なんでもないが、それよりもどうしたんだ? アタシに何か用か?」

 「めっちゃ用があるのだけれど、まさか真子に彼氏がいたなんてね~、隅に置けないじゃないのよ。邪魔しちゃ悪いし今度にするわね」

 「待て待て! 違う! こんなひょろひょろの男と付き合うわけねーだろ! こいつは桃と茜の……」

 「桃?」


 赤毛の女、美夏の表情が「桃」という言葉を聞いた途端に曇りだした。

 美夏……赤毛……もしかして、


 「すいません。あなた高松美夏たかまつみかさんか?」

 「あら? 私を知っているの? なあに? 私に興味湧いちゃった感じかしら? 私のストーカーじゃないでしょうね」


 確信を持って聞くことができた。この赤毛の女は木村桃の野球スカウト最後の一人、高松美夏だ。


 「違うわ!」

 「うふふ、冗談よ。それであなたは誰で、私になんのようかしら?」

 「俺は小笠原」

 「こいつはクンカクンカっていって桃の……そ、そうだ美夏! ああ……美夏がここに来たのも神様が気を利かせて再会させてくれたのかもな。いいか、落ち着いて聞けよ。信じてもらえないかもしれないが桃が蘇ったんだよ。今……トイレにいる」

 「…………………………………………………………………………めっちゃ驚いたわ。満足かしら? 真子は昔からそうだけど嘘が下手くそすぎるのよね。それにその嘘は誰得なのかしら」

 「本当なんだよ美夏! おい! おまえからもなんか言えよ!」


 美夏はものすごく冷めた視線を送る。俺は木村桃の存在を肯定こうていしている立場だがこの美夏という赤毛の女の今の気持ちのほうが共感できる。「死んだ人間が蘇って今トイレにいるんだ」……エイプリルフールには最適なネタかもしれないな。そんなこと言われても信じれるわけがない。信じろというほうが無茶だ。でも、信じてやってほしい、今、自分の発言に恥ずかしくなって顔を赤くしている真子のためにも。


 「ふんふんふ~ん♪」


 そんな思いが通じたのか鼻唄を歌いながらトイレから桃がでてきた。この場に来たらさぞかし驚くんだろうな。自分の探していた人物が数分の間に目の前に現れるんだから。違うな、高松美夏のほうが百倍仰天するに決まっているか。


 「それじゃあ明日からクンカクンカはマコに協力……ふぉ? ………………………ミカ? ミカだよね! うわ! なんで? ね! どうしてここにミカがいるのさ!」


 その場で何度も飛び跳ねてポニーテールを揺らしはしゃぎまくる桃。それとは正反対に開いた口がふさがらないといった表情の高松美夏は額から無数の汗をかいていた。そうなるよな。


 「……嘘でしょ……なによ……これ……ねぇ! 真子説明しなさいよ!」

 「さっき言っただろ。桃が蘇ったんだよ、で今トイレから出てきたんだよ。昔と一緒、夏場に冷えた麦茶一気飲みですぐにトイレに駆け込んでいったのと」


 さっきとは裏腹に真子は勝ち誇った顔で高松美夏に冷静に説明した。二人の形勢がまるっきり逆転してしまったようだ。


 「うはぁ! ミカ! 久しぶりだね! いつ見ても綺麗な赤毛だね!」

 「本当に桃なの? 何? どうなってるのよ」


 高松美夏はさっきまでの落ち着いた雰囲気を見失ったかのようにあたふたと動き回る。それを捕まえるように桃が抱き着いたもんだから「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」っと、高松美夏はサスペンスで死体を発見した第一発見者の女優みたいな叫び声をあげた。桃はそれでもよほど嬉しいのか抱き着いたまま離れず、見かねた真子が間に入って高松美夏に知っている限りの木村桃情報を説明した。


 「そ、そうなの……めっちゃ驚いたわよ。まだ夢の中にいるみたいだけどね……」


 額に手をあてて髪をくしゃっとしながら高松美夏は必死に桃を受け入れようとしているようだ。


 「モモにとってはこれが夢かな。死んだと思ったらこうしてまたみんなと会えてるんだからね」

 「本当に野球がしたくて蘇ってきたの?」

 「そうなるね」

 「死者ってそんな簡単にこの世に蘇生できるの?」

 「えっとね……わかんない……かな」

 「もったいぶんないで教えてよ桃~。それで死後の世界ってどうなってるのかしら? 天国と地獄ってある? 閻魔大王はいるの? 蛇の道って……」

 「コラコラ美夏。桃が目を回してるだろうが。その辺でやめとけ」


 真子が高松美夏のマシンガンのような質問攻めを止めた。俺もあの世のことはかなり興味があるので聞いておきたかったが残念だ。なんていっていも必ずお世話になる場所だからな。


 「それで美夏は桃に協力してやってくれるよな」

 「高校野球をしたいのよね。ん~いいわよ、私がやったげるわ。そこのクンカクンカ君も一緒にプレーするのよね?」

 「はあ……俺も入部させられたからするけど……」

 「なら野球に協力するわよ。うっふ、クンカクンカ君ってなんかあか抜けててかわいいからお姉さん別のプレーもしたいな」

 

 高松美夏は椅子に座りながら大きく足を交差させながら俺を誘惑するような口調で言った。おおう! み、見える! あと少しで……ふわっ! ん? 視線を感じるが……ひっ! 視線の正体は真子と桃で二人とも寒気がするぐらいに俺を凝視している。完全に鼻の下が伸びきっていた俺は変形ロボのように顔のパーツを静かに稼働させてもとに戻した。


 「美夏、おまえこんなひょろ男が好みなのかよ」

 「あら、かわいいと思うのだけれど。このツーブロックの髪型とか、弱いくせに強がろうとしてるのがまるわかりなところとかめっちゃキュートよね」

 「ミカはクンカクンカがかわいいんだ。こういうのが好みなのかな?」

 「思い出してみろ桃、昔から美夏の好みはわかんなかったじゃねーか……それに何考えてんのかもわかんねーし。にしてもありがとうな美夏。桃の願いを手伝ってくれて」

 「いいのよ、気にしないで。それに真子も手伝うんでしょ」

 「あ、いや、そのことなんだが……実はアタシさ、恥ずかしいんだけど……」


 「今は虎高のヘッドであり、ツバメと川端麻美傷害事件についてもめてるから手伝えない」


 一瞬、誰が言ったのかわからなかった。俺だけじゃなくてその場にいた桃、真子もわからなかったはずだ。わかっていたのは発言していた本人、高松美夏だけだった。

 知っているのか? 真子のこと、そして川端麻美のこと、いや、話が全くつながらないわけではない。だって高松美夏は燕高校の生徒なのだから、自分の通う高校の噂なんかを知っていても不思議じゃない。


 「そ、そうか、美夏も知っていたか。アタシのこととか美夏の通うツバメの川端麻美のこと。そうだよな、風の噂とかで耳にしてたか。なら話は早い。アタシはその事件に一枚どころじゃないぐらい噛んでる。現に今日もこの喫茶店はツバメの連中に襲撃されたんだ、そこの窓を見ればわかるけどな。だからその事件にケリがついたら本腰を入れて桃の願いに乗ろうと思う。だからそれまで……」

 「あら、本当にごめんなさいね真子。私のせいでややこしくなっちゃって」

 「……なに? 私のせい?……なにが言いたいんだ美夏?」

 「……ミカ? なに笑ってるの?」


 高松美夏は不自然に笑みをこぼしている。それを異変と悟ったのか桃が心配そうに見つめる……この時の高松美夏の表情を表現するのならば、上空から操られるパペットのように口元に笑みはあるが目が笑っていなくてむしろ光の灯っていないランプのように冷めきっていた。

 そしてそのパペットが口を開きだした。


 「川端麻美を刺したのは私なのよ」


 うふふ……言った後で今度は目のほうもしっかりと笑って笑みをこぼす。

 高松美夏から発せられた言葉は強力な超音波に匹敵していたらしく俺を含めた三人は誰も口を開かない。冗談だろ? なんて声も誰からもあがらなかった。それほどに高松美夏の一言はズシリと重くて衝撃が強すぎた。


 「……おい、美夏……ふざけてんのだったら今のうちに訂正しろよ……」

 「嘘じゃないのよねこれが。だって川端先輩ってば、とってもうざかったんだもの。不良の彼氏がいるからって学校内でイキっちゃってるのよ? だからゲームセンターで彼氏を待ってるところを刺してやったの。別に死んでないしいいんじゃないかしら」

 「美夏! てめえ!!!」


 真子は高松美夏の胸ぐらを力いっぱい掴むと天井に向けて突き上げた。


 「あ……あらあら、やっぱり不良は同じね。すぐに暴力かしら? あの女と一緒」

 「黙れ! 人を刃物で刺しといてよく平気でいられるなこの殺人者!」

 「いやいや、こ、殺してなんかないじゃないのよ……そう、虎高に濡れ衣を着せたことを怒っているんでしょう? あ、あれも、もちろん私がデマよ……ちょうどあほ面のが何人かいたからね……」

 「この外道が……!」

 「ぐっ……苦しい……」


 事実を知った真子は余計に力を入れて締め上げていく。高松美夏の顔色がどんどん真っ青になっていく、と、それを止めるかのように桃が真子の腰あたりに抱き着いた。


 「マコ……やめてあげて。ミカが苦しがってる」

 「……………………くっ!」


 空中でパっと手を放すと高松美夏は床に大きな衝撃とともにお尻から落下した。


 「ゲホっ! おえっ! はあ………はあ……ほんと昔からパワーだけは一級品ね真子。そういえばキャッチボールの球も剛速球で捕れるのは私ぐらいだったかしら」

 「うるさい黙れ。おまえの顔なんか見たくない。とっとと失せろ」

 「そんなに怒らないでよ。それに真子には罪悪感があるから今日ここに私が血眼ちまなこで集めた情報を提供しようと来たんだからね」

 「情報だと……」

 「今回の川端麻美傷害事件を皮切りにパックマンが明後日の五月九日日曜日から虎高狩りを始めようとしているわ。だけど表向きは傷害事件の仇討あだうちってことになってるけど本当はこれを機に不良としての勢力図を書き換えようとしているわ。彼も野心家なのね。だから今更、私が刺したなんて言ってもパックマンは聞く耳もたないからここで私をボコボコにして首を差し出しても話は収まらないってことよ」

 「結局はてめえがここでアタシにぶん殴られないような言い訳をペラペラ喋っただけじゃねーかよ。だけどなアタシの怒りは収まらねーからここでおまえを歩けなくするのは簡単だがな……今は桃がいる、桃に礼を言っとけよクズが」


 真子の言葉に桃に視線を向けると、うつむき、床の一点をずっと見て落胆した姿が目に飛び込んできた。まだ会って二日目だが元気を絵にかいたような桃がここまで落ち込むとは想像すらできなかった。


 「桃……ごめんね。昔みたいに野球はできないみたい。少しずつ大人になると過程の中でいろいろ問題が障害になって降りかかるの。だから……ごめんなさいね」


 一声かけて高松美夏は嵐のように来て、そして出て行こうと入口に駆けていく。俺の前を通過するとき、わずかに水滴が落ちたような気がした。


 「ミカ! 無理……しちゃだめだよ?」


 駆け抜けていこうとする高松美夏に桃が意味深な言葉をかけた。入口の木製のドアの前でその瞬間だけ立ち止まった高松美夏は「かなわないな……」と言い残して喫茶店を後にした。

 嵐の後の静けさ――店内はたった今の衝撃的な事実のせいで重い空気が漂っていた。真子達に火の粉が降りかかっていた真相を握っていたのがまさかの幼馴染、高松美夏……しかもそれは桃が一緒に野球をしたい人物の最後の一人だとは誰が予想したよ。こんなのありかよ。


 カチャ……カチャ……カチャ……。


 ハっとしてテーブルを見ると、マスターがコーヒーカップを三つテーブル上に並べていた。


 「マスター……わりー気を遣ってもらって……コーヒーか?」


 真子が問いかける。


 「いえ、ただのホットミルクです。苦い経験をした後だからこそ、せめて一呼吸おいて甘いものを飲んでください。今あなた達は目の前が暗くなっていますから」


 マスターの説得力のある言葉に俺はカップを手に取ってミルクを啜る。

 優しい甘さがした。 

RYOです!

絶賛スランプ中です!(笑)

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