2回裏 走者生還
廊下を抜けて突き当りの扉を開けると開放的なリビングダイニングが広がっていた。広い、と思うのは十四畳ほどある間取りからではない。家具が壊滅的に少なくて、あるのはソファー、ガラスのテーブル、部屋の隅のほうに三つほど置かれた段ボールのみ。明らかに引っ越してきて数日を思わせる様だ。生活感もあまり感じられない。
「お客さんが来たからね~、特製のレモンティーだよ! どうぞ!」
「あ、ありがとう……桃さん」
「桃さん、だなんて短かった人生の中で数えるぐらいしか言われたことないよ~。新鮮な響きだね、私は木村桃。桃でいいよ!」
そんなただっ広いリビングにちょこんと肩をすぼめて座った俺は目の前に置かれたペットボトルのどこが特製なのか聞きたくてウズウズしていた。桃はツッコミを期待してわざとこんなことをしているのか? だが俺はツッコミは入れないぞ。なぜか、そんなの簡単さ、木村桃が人間ではないからだ。玄関で披露していただいた魔法ともよべるマジックは今も俺の脳内を浮遊していて、握りしめている手のひらには汗が染み出ている。人間がドアをスルリ……と、通り抜けていく瞬間を見てしまったのだから俺の今の心情と体の反応は正しいに決まっている。ベランダの窓に反射して映っている自分の姿をふと見る。おいおいおい……マジかよ……、横に座っているはずの木村桃の姿が映ってないじゃねーかよ……冷や汗がさっきから止まらない。勘弁してくれ。
やっぱりさっきの玄関で強引にでも帰れば、と後悔しても仕方がなかった。あの直後に帰るとキッパリ言ったよ? そりゃあ目の前であんなもの見せられたら誰だって気味が悪くなって逃げるように帰るだろう。もちろん俺もそんな反応をみせて帰ろうとした。けど阿坂茜さんが許さなかった。「どこ行くんですか?」と、冷たい言葉と数時間前に俺の足を掴んで実力行使に及んだように今度は腰をがっちりホールドしてきた。胸が……あまり当たっていなかったけどさ。続けざまに「話があるの、もう見てしまったら立ち去ることは許されないわ」と言いやがった。そして今のこの状況にいたるわけだが。
「緊張してるんですか小笠原妄想クンカクンカ君。さっきから全然喋りませんが?」
俺の正面に座る阿坂茜は目をつりあげて話をふってきた。このやろう。俺が木村桃の存在にビビってることを知りながらおちょくってきやがった。めまいはどうした、めまいは。貧血じゃなかったのかよ。もしかしてあれも俺を部屋に連れ込むための作戦だったのか? なんてやつだ。悪魔め。そしてこんな状況で喋れるわけがないだろう。
「女の子の家に来てすぐペチャクチャ喋ったらチャラ男だよね。それよかこういう無口な小笠原クンカ君みたいな人のほうがモモは好きだな」
「小笠原妄想クンカクンカ君ですよ桃。間違えては失礼です」
「そんな悪質な名前で呼ばれてるってことは、あの作戦でアカネの下着をクンカクンカしたのかい?」
「してねーよ!」
咄嗟にいつもの感じが出てしまった。未確認生命体の疑いがある木村桃に対してだ。しまった、と一瞬思ったが、もうどうでもいい、頬を一度つねって痛かったので、現実と受け止めて会話することとしますか。
「説明が無さすぎるんだよ。だいたい……さっきの玄関のあれとか、今そこの窓には俺と阿坂茜は映ってるのに何で……桃は映ってないんだよ……」
「ん~、幽霊だから? で、いいのかなアカネ」
「私に聞かないでください。でもたぶんそれで正解だと思います」
「幽霊? はは、なんだよそれ。一度死んだってのかよ」
「死んだよ、私」
目の前に置かれたペットボトルのコーラを開封して啜るように飲む桃。自分は一度死んでいる発言もここまでの経緯を考えると信じるしかなかった。ドッキリにしては手が込みすぎている。ましてや俺や阿坂茜は芸能人でもなんでもないのだからテレビ局がこんな素人相手にここまでするとは考えられない。いや、今は視聴者や一般の家庭にもカメラが入り込むケースも考えられるか。
「死んだ? 嘘だろ」
「残念ですが本当です。私と桃は幼馴染で小さいころは一緒に遊んだりする仲でした。しかし小学校の卒業式から数日後にトラックに轢かれて桃は息を引き取りました」
「いやあ、痛かったよ~」
「痛かったよ~、じゃ、ねーよ! 死んだんなら何でここにいるんだよ! おかしいだろ?」
「私も最初は小笠原妄想クンカクンカ君よりも驚きましたよ。だって亡くなった時に私はその現場にいましたからね。驚くというよりは衝撃で倒れそうになりました。でも、正真正銘、彼女はあの日に亡くなった木村桃です。姿はあの時よりも私たちと同じように成長していましたが彼女の記憶やいくつかの質問の答えで確信しました」
「なんか照れるね」
「……」
頭をかいている桃の姿が視界に入る、そんなどこにでもいる人間らしい素振りを見せられながら俺はもう一度窓を見る。結果は同じ、窓の中の世界のリビングには俺と阿坂茜の二人だけ。俺もとうとう信じなくてはいけないらしい。アニメや映画でよくある蘇りってやつかよ。
「本当……なんだな」
「本当だよ。私がここに存在している以上信じてほしいんだ。なんならもう一回壁を通り抜けようか? それともクンカクンカの体を通過しようか?」
「わかった、わかったよ。だからそんな気味の悪いことしないでくれ」
壁だけじゃなくて人体もすり抜けることができるのか、それならリアル幽体離脱できるじゃないか。こんな時にそんなどうでもいいことを考えてしまう。今まで生きてきた現実が一気に否定されて脳が小休憩をはさまないとパンクする、と思ってのことだろうか。まさに現実逃避といったところか。
「ものわかりがいいじゃないですか小笠原妄想クンカクンカ君。桃の正体を知れば泣きべそかきながら尻尾を巻いて逃げ出すと思っていましたけど」
「逃げるのを拒んだのはどこの誰だよ。あんなもの見せられたら信じるしかないだろ……それで、おまえが俺を野球部に勧誘したがる理由なんだけどさ。もしかして桃の蘇りと何か関係あるのか?」
幽霊女子の木村桃の姿を見たうえで質問をした。野球のユニフォームを着用しているところを見る限り、どうやら俺が野球部に勧誘されているのと無縁ではないように思える。幽霊少女、野球、高校で勧誘……キーワードをパズルのピースのようにはめこんでいく、この展開から察するに……。
「いい勘してる~。私がこの世に再び生を受けたのは唯一やり残したことをやりとげるためなんだよね」
「やり残したこと?」
ここまでくれば次に何を言うかはだいたい想像はつく。
「それはね~、高校野球! 白球をがむしゃらに追いかけて勝利に向かって汗をながす! 最高だと思わないかい?」
ビンゴだった。いや、それを俺に強要するか? 阿坂茜という自殺寸前の少女を目の前にしても首を縦に振らなかった俺に。こんどは幽霊少女を目の前にして首を横に振らなくてはいけないらしい。
「大丈夫です。桃。小笠原妄想クンカクンカ君は私の必死の説得により快く小読高校野球部に籍を置いてくれました」
「あぁん?」
寝ぼけたことをぬかしやがった阿坂茜をオオカミのような鋭い眼光で睨みつける。
が、オオカミを軽く凌駕する獅子が俺を殺害すると言わんばかりの眼差しで睨んでいた。俺はすぐさま白旗を振った。すいません、と。
「そうなのかい。よくやってくれたよアカネ。これで『名門でプレーしながらもケガのために高校野球を断念し、悔いを残したままの元野球少年』のテンプレ的枠は埋まったね」
八重歯を見せながらニシシと笑う桃。この時、阿坂茜が教室で言っていた言葉とリンクした。
「おい、ちょっと待て俺は野球部になんてはいら……チクっ? ?!」
胡坐をかいていた脛のあたりに小さな痛みがはしる。発言を途中でやめてテーブルの下を確認すると、おう、怖いね。棒の先端に包丁の柄の部分が紐か何かでグルグル巻きにして固定し、銃剣のそれに似た殺傷能力のある武器が阿坂茜の手から俺の下半身に向かって伸びていた。
「はいら? 何が言いたいんだいクンカクンカ?」
「はいら……ハイライダー、それは高所で作業するには欠かせない作業車の一種。そんななくてはならない存在になるために野球部に入ります、俺! と言いたかったんですよ」
あの電柱とかを工事してるあれか! 俺はあんなのに憧れてたのかよ!
「そうかい。まさか入らないって言うのかと思って心配したよ。もしここで断れば呪い殺さなくてはいけないところだったからね」
桃はコーラをグビっと飲んだ。
呪い殺す? ほわい?
「も、桃さん? 呪い殺すってのはどういう?」
「ゲェっ! ……ごめんごめん! コーラ飲むと出ちゃうよね♪ ゲップ♪ そのままさ、言葉通りだよ。私がこの世に戻ってきたのは高校野球をするためっていうのはさっき言ったよね? だからその目的を達成できなかったらそれを阻害したアカネとクンカクンカを呪い殺す。再び成仏してあの世から遠隔操作して一生報われない人生にして殺してあげるから覚悟してね」
おしおきよ! (ウィンク! バチン!)
みたいに言い捨てた桃の言葉は声のトーンと発言の内容にギャップがありすぎて迫力と恐怖が込み上げてきた。遠隔操作だと? あの世ではそんな悪趣味なことができてしまうのかよ。閻魔大王様がいなくてもこの世のうちに悪人に制裁を加えることが可能じゃないかよ。
「いやいや、そんなことできないだろ?」
「なんでクンカクンカはそれが言い切れるのかな? これだけは言うけど……モモは本当に一度死んであの世を経験してきたんだよ……?」
広いだけのリビングダイニングは物音ひとつない静寂に包まれた。
ニヤリ……。
そしてその無音の室内で笑う桃は『笑顔』ではなくて、『ひきつった笑顔』をうかべていた。
ゴクリ……、息を呑むとはこういうことか……。
「待て! 阿坂茜は桃の幼馴染だから関係とかそういうのあるけど俺は関係ないだろう? テンプレかなにか知らないけど全く関係ないはずだ! それに俺はケガしてないし……。とにかくこの話に俺は無関係なはずだ」
恐怖心に支配された俺はたまらず声を張り上げる。
「関係、関係と往生際が悪いですよクンカクンカ君。ありますよ関係。あなたは私と桃が考えた策中にまんまと引っかかったのですから。クンカクンカした時点でクンカクンカ君は桃のやりのこした高校野球に協力するべきです」
「てめぇもクンカクンカうるせえ!」
「クンカクンカはもう私の高校野球計画の頭数に入ってるから逃れられないよ。まぁ、どうしてもここで後ろを向くなら、迷い構わずこの先の人生めちゃくちゃにしてあげるけど」
野球観戦に来た今はやりの野球女子を報復させるユニフォーム姿の木村桃はいつ、どんな内容の会話でもニコニコだ。めちゃくちゃ怖いよその笑顔。
なぜか、屋上での山海の言葉をふと思い出す。「弱みを握ってしまった」そうか、あいつも桃に出会っていたのか、そして俺と同じように脅迫に似た桃の勝手な高校野球計画を背負わされていたんだな。俺を野球部に勧誘してきたわけだ。
確かに目の前にいる木村桃の言っていることはすべて嘘には聞こえない。零体である彼女が言うことは冗談や偽りに残念ながら聞こえてはこず、本当に俺がここで何も言わずにマンションを後にすれば、きっと帰り道で乗用車に轢かれて病院送りになって、それで一命をとりとめるもその病院も火事になって、俺は死ぬんだ……。後の人生をめちゃくちゃにするってのはそういうことだろう。だったら迷っている場合じゃないか。
「……わかったよ……野球部に入部する」
「本当かい? クンカクンカ?」
目をキラキラ輝かせながら身をのりだして桃が俺に接近してくる。近い近い、あと幽霊なのにいい匂いがするぞ。さようなら平凡な高校ライフ。しょうがないんだ、ここで断れば死が待っているのだから。
「本当も何も、ここで俺が断ればこの先の人生をおまえにぶっ壊されるんだろ?」
「もちのろん!」
「そんな卑劣なことを満面の笑顔であたりまえみたいに言うなよ……」
えっへへ~、と笑う桃。命名しよう、こいつは死神だ。いや、一般的な死神よりもタチが悪い。命をとるよりも「この先の人生をめちゃくちゃにする」権限をもっているのだから。まさに生き地獄、死よりも地獄へ招待されるのならいっそ……いや、死ぬということがどういうことなのか分からないから軽はずみな言動はやめておこう。とにかく俺はこの先の人生を生きていくために、再び野球の世界に戻ることにした。所詮、木村桃が成仏するまでの辛抱だ。高校野球がしたいなら適当に練習とか、少し頑張って試合の一試合でもして思い出づくりすればとっとと消滅してくれるだろう。
「よし! それじゃあ、クンカクンカには明日から」
練習か。実に何か月ぶりだろうな。ってか、グローブ燃やしてしまったんだった。新しいのを買うにも金が無いし(幸せのゴールデンウィークで財布の中身は壊滅状態)どうしたものか。
「部員集めに精を出してもらおうか」
「は?」
「は? 何か変なこと言った? 部員を集めてほしいんだよ。知ってると思うけど小読高校野球部は私、アカネ、キャプテン、亀ちゃん、そしてクンカクンカを加えた計五人しかいないんだ。野球は九人でやるのは知ってるよね?」
「知ってるわ!」
「だから後、四人のうち二人の勧誘をクンカクンカに頼みたいんだよ」
忘れていた。アニメ、漫画のこういう弱小野球部は部員集めから入るのが一般的だった。っていうかさっきの桃の話だと阿坂茜と桃が野球部にかかわる前は山海と亀ちゃんってやつの二人だけだったのかよ。キャッチボールしかできないじゃないかそれ。それにしても亀ちゃんって……どんなやつだろう。
にしても、四人中二人っていうのはどういうことだよ。
「あと四人足らないのに二人でいいのか? あとの二人はどうするんだよ」
「あとの二人はさっきクンカクンカにしたみたいに適当に脅して入部させるよ。それよりもクンカクンカにはどうしても勧誘してきてほしい二人の人材がいるからその担当にあたってほしいんだ」
「もう目をつけてるやつがいるのかよ。で、例に倣って野球経験者とか体のどこかをケガしてるやつなんだろ」
「大正解。野球の経験者だからぜひとも我が野球部に獲得したいんだよ。そうすれば大幅な戦力アップは間違いないからね」
プロ野球の監督みたいな口調で桃は興奮気味に言い放った。しかし、こんな活動すらしてない高校にそんな有望なやつがいたとは。俺みたいに野球が嫌になってこの高校を選んだのかもしれないな。だとすれば野球素人の生徒を勧誘するよりも厄介だぞ。俺がそうであったようにな。
「わかったよ。で、名前とクラスは分かってるのか?」
正直そいつらに会ってみたい気も少なからずあった。同じ境遇の人間なら気の合う友達にもなってくれそうな気がしていたからだ。
「アカネ調べといてくれたかい?」
「はい。まず一人目の名前が清水原真子。上虎高校に通う私たちと同じ高校一年生です。情報によると」
「待て。虎高? 高校が違うじゃないかよ。それにその名前からして女じゃないのか?」
「そうです。通称虎高の上虎高校です。そして桃も私も女ですが何か?」
何を批判されているか本気でわかっていない顔をしていた。異世界から召喚されたわけじゃあるまいし、現代の部活と高校野球の常識を知っといてくれよ。
「えっとな、頭痛くなってきた……高校野球っていうのはその高校に在学してる生徒しか入部は無理なんだよ。ってか高校野球に限らずどの部活動もそうだろうがよ! それにおまえらは例外だとしても普通高校野球は男がやるもんだろう」
「おっと、女性差別ですか小笠原妄想クンカクンカ君」
「細かいこと気にしちゃだめだよクンカクンカ。あれだよ、フリーエージェントってやつだよ」
「高校野球をプロ野球と一緒にするんじゃねえ!」
「いや、桃が入ってる時点でそんなルール崩壊してます。幽霊なんですから、っていうか人間ですらありませんし」
「キツイこと言うねアカネ……でもそんなとこも好きだよ」
「軽くじゃれあってんじゃねーよ! それになんでその真子ってやつにこだわるんだよ。入部させてメリットでもあるのか?」
「メリットとかではありませんが桃が指名しているのですから入部させなくてはいけません」
阿坂茜はよっぽど桃のことが怖いんだろうか。時には身を投げるし、今みたいに桃の言うことには従順だし、あたりまえといえばあたりまえか、俺も桃のことは怖いし。にしても幼馴染なのに呪い殺すとはよく言ったもんだな木村桃も。一度死を経験すれば非情になるのか。
「それで、マコの情報をクンカクンカに教えてあげて」
「真子はいつも虎高近くの喫茶店『カントリー』にいることが多いです。なので明日の放課後その喫茶店に行って真子を待っていてください」
「わかった。わかったけど俺はその真子っていうやつに何て言えばいいんだよ」
「明るく、元気に『野球しようぜ』で完璧だよ」
「どこの下手くそなナンパ師だよ」
「そうだ」
阿坂茜は立ち上がって、部屋の隅に置かれている段ボールの一つをガサゴソあさり始めると、一枚の写真を持ち帰ってきてそれを俺に手渡した。
「清水原真子の写真です」
「おお、仲良さそうな四人の少女たちだな~、って、ランドセル背負ってるじゃねーかよ! いつの写真だよ!」
「小学生の頃のです」
「ランドセル背負ってる時点でわかるわ!」
「わぁ! 懐かしいね! マコかわいいな~」
俺の肩に桃が飛びついてズシリと重さを感じる。幽霊なのに体重はしっかりしてるのかよ。
「懐かしいって、知り合いなのか桃? ってかこんな写真を持ってるってことはおまえも清水原真子と親しい仲なのかよ」
「小さいころから仲良しだよ。マコは球がすごく速くて力もあってね。それこそ最終的にまともに捕球できたのはミカぐらいだったかな」
「ミカ?」
「高松美夏。小笠原妄想クンカクンカ君に勧誘を依頼する二人のうちのもう一人です」
「察するにだな、その二人どっちもがおまえと桃の幼馴染で仲良かったやつってことか?」
「そういうことだね。心配はいらないよ。みんな野球経験者だから」
写真に再び目を向ける。入学式と書かれた大きな看板のそばで背丈の一緒ぐらいの四人の少女が映っている。唯一ピースサインをこちらに送る一人は桃だろうか。そしてその桃の後ろに隠れているのはおそらく阿坂茜で、今でこそ憎たらしいやつだがこの写真だけを見るとなぜか守ってやりたくなるぐらいかわいい(ロリコン属性は俺にはない)。そして残った二人が清水原真子と高松美夏であるらしい。どっちがだ?
「で、この写真のどっちがどっちなんだよ」
「えっとね、こっちがマコで、こっちがミカだよ」
桃が先に指さしたのは黒髪ロングでボーっとして少し天然気味の表情を浮かべている少女で、これが清水原真子らしい。そして次に指さしたのは赤毛のショートカットと笑顔がかわいい少女、高松美夏だ。
「じゃあ、まずはマコから勧誘してきてもらおうか」
ビシッと、真犯人を突き止めた探偵のように桃は俺を指さした。
ここでこの任務を断れば、どうせまたとんでもないことを言われると悟った俺はここは素直に頷いておいた。「よし」と自分一人が納得した桃は満足げに頷いてよりいっそうの笑顔を振りまいていた。
その後は他愛無い話(ほとんどが俺が作戦にひっかかった時のリアクションなどの阿坂茜による悪口)を数分して、俺は帰路についた。部屋を出てエレベーターに乗るとふいに天井を見上げる。少し前の出来事を思い出していると地に足がついていないような感覚に陥った。体と脳が麻痺しているような感覚。もっと言えば夢の中のような感覚だ。それほどに桃の存在は衝撃的で生々しく怖かった。それでいてそこに今後関わっていかなくてはならないと思うと「はぁ……」いやでもため息が出る。
マンションのロビーの重い扉を押して出て、暗い道の隅をトボトボと歩いていく。
「負け戦でもしてきたみたいですね」
後ろから話しかけられた。振り向くと阿坂茜が立っていた。
「勝てるわけないだろう、幽霊なんかに。そもそもこの戦は誰のせいだよ」
「そのことで来ました。巻き込んでしまって本当にすいません」
小さな体をさらに小さくしてペコリと一礼してきた。いやいや、下着使って脅迫したり、飛び降りたり、あげくには幽霊まで召喚したやつが「すいません」だと? よくそんなことが言えたもんだな! ゴルァ!
とは言えず、俺は阿坂茜のすいませんには何も言い返さなかった。
「呪い殺すと物騒なことを言っていましたが、桃はそんなことしないと思います……断言はできませんが」
できないのかよ。相手は死んだ人間だからあたりまえか。
ここで断言してくれればこの気持ちがほんの少しだけ楽になったのにな。
「迷惑なことはわかっています、けど、桃の願いは叶えてやりたいんです」
「高校野球か」
「それもあると思いますが、それよりも桃は小さいころに仲のよかった私たちともう一度会いたいんだと思います。私たちは桃の死をきっかけにバラバラになってしまいました。だから昔のように集まるのは難しいかもしれません。なにより桃が死んだことがきっかけですから集まると桃を思い出してしまってパンドラの箱を開けるように集まるのはタブーなんです」
「まあ、それはあるだろうな」
「だからこそ。何も知らないあなたに残りの二人を桃のところまで連れてきてほしいんです。連れてこれるなら理由は野球でもナンパでも構いません。とにかく、現実では考えられないことが、奇跡に近いことがおこっているんです。ここで桃の願いを叶えられなかったら私は一生悔やんでも悔やみきれないでしょう。お願いです。協力してください」
再び深々と頭を下げる阿坂茜。木村桃の死、そして過去に何があったのか、どうしてそこまでするのか、聞きたかったが、触れてはいけない気がしてやめた。ここで聞いたなら阿坂茜は躊躇なく話すにきまっている。誰にでも話したくないことの一つや二つあるだろう。無駄な詮索はしないでおこう。
ただの木村桃の恐怖心だけじゃなくて、強い意志があるからこそあそこまで必死に俺を勧誘してきたのか。もしかして山海の言っていた「弱みを握ってしまった」も本当はこのことだったのかもしれない。だからこそ屋上で俺を山海は必死に勧誘したのか。
「協力するから頭あげてくれ。人が見たら俺の印象最悪だろ」
「ありがとうございます……」
礼を言う阿坂茜の表情はどこか誇らしげだった。お礼を言われるのは何年生きても悪い気持ちにならない。野球を一生しないと誓ったのが一日で崩れ去った今日という日でも……だ。よく考えれば辛い練習も試合に出られない補欠になる心配もなく野球ができるのだから案外いいのかもしれない。ただ中学までの野球の知り合いには絶対に知られたくないけど。
「じゃあな」
軽く手をふって阿坂茜にさようならを告げる。それに応えるように阿坂茜も手をふってくれた。その姿はあまり慣れていないせいか、どこかぎこちなかった。屋上から飛び降りたり、金属バットを持って立てこもったりしたけど全部木村桃のためで、今の手をふる姿から、実は内気な子なのかもしれない。そんな子が過去の死から蘇った親友とも呼べる幼馴染の願いを必死に、文字通り体をはって叶えようとしている。そう思うと、正義感に似た変な使命感を覚えた。悪い気はしない。
暗い夜道を照らす街路灯のスポットライトを浴びるように阿坂茜が照らされている。口から毒を吐かなければ本当にかわいい。その容姿にほんの少しだけ、入部も悪くない、と軽い酔いを感じていた。
「また明日です。小笠原妄想クンカクンカ君」
やっぱり、入部はもう少し考えるか。
どうもRYОです。
初後書きで緊張します。
まず、最新話のアップが遅れてしまい申し訳ありません(飲みに行ったり、遊んでいました笑)。
なんとか『イレギュラー組曲』を年末締め切りのМF文庫様になんとかだしたいので執筆速度をあげております。正直やばいですけど(笑)
貴重な時間をさいて読んでいただき本当にありがとうございました。
よければ感想なども待っていますのでどんどん書いてください!
RYO