5回表 代打の切り札
警察署の待合室のベンチに腰掛けること約一時間、桃が事情聴取から解放されたのか部屋から出てきた。
「お疲れ」
「ほんとにお疲れだよ。昔からモモは椅子に座って話を聞くのが苦手でさ、お尻が痛いよ。それにかつ丼はでないんだね」
「ははっ、あれはドラマだから」
「そうだね……」
会話が終わって桃もベンチに腰掛けたが、俺たちはお互いをなぜか敬遠してしまい何もしゃべらなかった。聞きたかったことはなぜ阿坂茜があの場にこれなかったということだ。そして桃自身も遅れて駆けつけてきた。
「あのさ、阿坂茜はどうしたんだ?」
「そのことなんだけどさ……」
意を決した表情で桃が話そうとした瞬間――、
ボンっ! クラッカーの数倍の音とともに煙玉が目の前で破裂した。
ゲホっ! な、なんだよこれ! 俺は口を腕でふさぎながら目の前を確認する。ピエロのような鮮やかな赤色の丸い鼻をヒクヒクさせた見た目小学生ぐらいの女の子がA-4バインダーを片手にちょこんと立っていた。なにか嫌なことがあったのか俺たちを見るや否や眉間にしわを寄せ始めた。
「木村桃さん。予定していた蘇生時間を大幅に過ぎてらっしゃいますよ?」
意外なことに俺はこの少女を普通に受け入れて普通に直視している。目の前にいきなり少女が爆発音とともに現れた、なんてことは幽霊に比べれば程度が低いと脳が判断しているのか。
「いや~久しぶりだねクリスマスちゃん!」
「私の名前はサンタです! 人の名前を勝手に連想させた適当な答えで補わないでください!」
真っ赤な鼻とまではいかないがサンタと名乗る少女は顔を赤らめて桃の発言にカッカしていた。なんというか不思議な少女だがかわいい雰囲気をかもしだしている。
「ったく……死んでいるのに死んでいないみたいですね木村桃さんという人は……。いいですか、あなたは自らの代償で得た一週間の期間を一日オーバーしているのですよ? 規則は守ってください。ささ、あの世に帰りますよ」
ベンチに座っている桃の腕をグイッと少女が引っ張った。
「ま、まって! ちょっと、まだなんだよ。まだ目的を果たしてないんだよ」
「目的? 確かこの世の……阿坂茜という少女の家庭環境の悪化を気にしてこの世に再び戻ることを決意されたんですよね? ひょっとしてまだそれが達成されてないと?」
「だってさ、一週間って短すぎるよね」
「いやいや充分でしょう。それとも阻害要因があったんですか? さては横にいらっしゃるあなたですね」
サンタが俺のほうをまじまじと見つめながら言った。全く会話に入れていなかった俺だったので一瞬出遅れて話し始めた。
「お、俺か?」
「そうです。まさか木村桃さん、この殿方に惚れてしまって恋にうつつをぬかしていたんじゃないでしょうね?」
「違うよ! クンカクンカはアカネを助ける手助けをしてくれてるんだよ」
「クンカクンカ? ここ日本ですよね? なるほど、今流行りのキラキラネームというやつですか」
「違うわ! そんなことよりサンタとやら、いいのか? 警察署でクラッカーなんてならして」
「大丈夫です。今私たち以外は三十億分の一の秒数で物事が動いてますから。止まっていると言ったほうが早いかもしれませんね」
でたよ。時を止める力を使うあの世からの使者。木村桃が俺の横に座っているのだからそれぐらいの人物が現れてもおかしくないか。鼻が赤い……そこ以外は普通の人間に見えるんだけどな。
「それで、まだ帰れないと?」
「うん。もう少し待ってほしいんだよ」
「私も神に仕える身です。鬼ではありません。ですが木村桃さん、あなたの期限を延ばすことはできません。なのでてっとりばやくすませてしまいましょうか。……ほいっ!」
ギュン! ギュギューン! ギュン?
目の前にいたサンタの顔が福笑いのようにグルングルンと顔のパーツが入れ替わり、周りの景色もそれに比例するように摩訶不思議アドベンチャー化していく。おえっ! ……いかん、吐き気が……。
バっ! ババババババ……、ザンっ!
耐え切れずに尻もちをついた。
尻をさすりながら目の前を見ると、大きな建物の外壁が冷たくそびえ立っていた。
「ここはどこだよ」
「さきほどとほとんど変わっていませんよ。ただ中か外かだけです。ここは警察署の拘留所の前です」
「拘留所?」
「罪を受ける前の人間が一時的に拘束されておく場所ですね」
「なんでこんなとこに連れてきたんだよ」
「阿坂茜の母親がこの中にいます」
「はっ?」
なんでここであいつの母親が出てくるんだよ。
ふっとした、瞬間に脳裏に思い出されるのはあの高級マンション。家庭の事情、この世に桃が戻ってきたのもサンタはそんな感じのことを言っていた。
「阿坂茜の母親、阿坂葵は夫である阿坂恒夫をキッチンにあった刺身包丁で腹部を刺しました。恒夫は重症のまま今も意識は戻りません、だったらいいんですが刺したのは阿坂茜。恒夫は経営困難にあった会社のうっぷんを妻の葵にぶつけていた。それは日に日にエスカレートしていき暴力へ変わり見るに見かねた茜は自分の父親の恒夫を刺しました。そして母の葵はそれをかばって今裁判を受けています。正当防衛といえど懲役は免れないでしょう……いや、本人の前でしゃべりすぎましたね」
ふと横を見ると、桃が阿坂茜の手を握って二人で寄り添って立っていた。
い、いつからいたんだ? いや、今はそんなことどうでもいい。
「アカネ。ごめんね。寂しくて怖かったよね。あの世から見てたらそれが耐えきれなくて戻ってきちゃったんだ」
「うん……うん……私、必死に桃を呼んだんだよ……会いたいって、助けてって」
「でももう大丈夫だからね。マコもミカも昔みたいに傍にいてくれるように頼んでおいたから。またキャッチボールもできるから」
「嫌だ! 桃は? 桃はどうなるの?」
「モモはもともと死んでるんだよ? こうしてここに蘇らせてくれた神様とここにいるサンタにお礼を言わなくちゃね。……もう時間がないみたいだし、最後にアカネにしてあげること、お母さんのところに行こうか」
桃は阿坂茜の手を強く握りしめたまま、目の前に広がる白い外壁を潜り抜けていく。
そして半分体をこちらに向けて、
「小笠原道明君。お世話になったね。君にもアカネのこれからを頼みたいんだ。別に今までみたいに必死にならなくていいから、ただアカネを一人にしないでほしいんだ。あつかましいけどお願いね」
俺は首を縦にふる。
それに満足したのか、木村桃はにっこり笑って壁の中に阿坂茜と一緒に吸い込まれていった。
「まったく。今時感心な人ですよ」
「どういう意味だ?」
「いや、ま、いいかあなたも忘れんですから。いいですか、死んだ人間が私の『プレゼント』つまり今回のように一週間だけこの世に蘇生できるのには大きな代償がいるのです」
「その代償ってなんなんだよ。あの世での通貨とかか?」
「この世の住人が自分の存在を忘れることです。本当の意味で木村桃は消滅します。つまりこの世とあの世の両方で存在が消えるのです。もうあの方に居場所はありません」
ん? 視界が……だんだんせまくなる……。
「ちょ、ちょっと……待て……じゃあ、木村桃は……どうなる」
「わかりません。ここから先のことは私でも……。それではあなたの記憶も木村桃と私を除いて再起動させていただきます」
A-4バインダーに閉じてある一枚の紙にサラサラとボールペンで何かを書き記してそれを俺の額に押し当てた。
「死んだらまた会いましょう。さようなら」
瞳を閉じるよりも先に目の前が真っ暗になった。
RYOです!
読んでいただきありがとうございます!
完全にソードマスター大和ですね