くもりつもるそら
「これ以上遅れたら単位あげないよォ?」
「すみません……」
1日の出だしは最悪だ。どうも最近調子が悪い。朝に弱いのは昔からだが。
「大丈夫?なんか顔色悪いよ?」
と共同で実験をしている友達の島江さんが心配している。
自分とは真反対の真っ白な翼を持つ彼女は、寝ぼけの目には眩しく見えた。
この時間はレポートと実験の繰り返しだ。
わたしはおもむろにピックを掴んで、目の前の無精卵の頭に穴を開け、スポイトで隣のシャーレから薬に役に立つ物体を生み出す菌を吸い取って移した。後は順調に菌が増えることを祈るだけだ。この実験は緊急時に薬を作る為の第一歩だと先生は言っているが、正直そんなことはどうでもよかった。彼の病気を治す為の手がかりを見つける為に来たこの大学で、やらされることはこんなもんなんだと思うと急に頭が重たくなって眠気を感じた。
「おい時計を見ろ。観察する時刻を1分半も過ぎているぞ!」
野太い教授の声が耳をつき抜ける。
「だらしのない奴だ。ここに一体何をしに来ているんだ?
正確な観察を行わないとデータはただのクズになってしまうってことが分からんのか!」
「すみません ……」
厳しい眼光から目を反らすと、島江さんが申し訳なさそうな顔をしているのが見えた。この実験自体好きで選んだわけでも無く、なんか卵の扱いに慣れてそうじゃね、とかいうデリカシーもへったくれもない滅茶苦茶な理由で押し付けられた物なのだ。
時間になったら観察し、順調に増殖していることを確認することを数分おきに何度か繰り返したら、温度や湿度などの条件を変えて再び繰り返す、淡々とした作業を繰り返す。
いくらか時間が経ってお昼の時間になり、退屈な地獄の時間から解放された。
島江さんが一緒に昼食を食べようと弁当屋に誘ってくれた。
自分は唐揚げ弁当を、島江さんはトンカツ弁当を買って、そばの公園へ行った。
大きさは大したことはないが、周りを爽やかな緑が彩る、こじんまりとしているこの空間が好きであったが、教授から後一回遅れたらもう一年この地獄の時間を過ごすという恐怖を突きつけられた後だと、世界の彩りが灰色の絵の具で塗りつけられ、影も形も全てが薄くなって消えていくような気がした。
そんな中に浮かび上がる一点の白。透き通るような白い翼に、ほんのりと色味のついたすべすべした肌、ふっくらした血色のいい紅の唇。となりの眩しく鮮やかな白は色を失わずに輝いている。私は灰色の世界に沈む黒だ。しかし、いつかこの黒い私を眩しい空の下で輝かせる、その日に出会うまでに闇の水底からもがき上がってやる……と硬い決意を胸に秘めながら唐揚げにからしをつけた。