はるかなるそら
わたしには夢がある。青く澄んだ空、日の光に照らされながら、風の吹くまま、思い思いに飛んでみたい。
夏の終わりの、あの暖かくて暑い夕暮れの日。わたしと彼は、ぽつぽつと幾つか家がある丘の上をテラスから眺めながら、茜色の光を受けて鈍く輝く錆びたレールが途切れることなく地平線の彼方へと消えていくのを見ながら、あの空の向こうに何があるんだろう、いつかいつの日か二人でそれを確かめに行こうと言った。
いつか必ず、あなたを連れて空に出る、そう約束してわたしは病室を後にした。
そう、彼は重い病気に罹っている。病状は次第に悪化し、歩くことが出来なくなってしまったのだ。最新の治療法も適用できる条件を少し外し、病状を安定させることが今は精一杯だった。
わたしは人とツバメの間の子の家族の長女として生まれた。わたしの下には妹と弟がいるがいずれも小学生のうちに空を飛べるようになり、中学生になってすぐに丙種飛行免許を取り、買い物ぐらいひとっ飛びだった。高校の過程で甲種飛行免許を取り空を飛ぶことを生かせる仕事は幾らでもあるし、ツバメ特有の飛行速度も相まって引っ張りだこだったらしく、弟は山岳救助隊に、妹は配達業の「地域最速の速達」なんだと胸を張っていたという。どちらも高卒で職を得た手前、自分は何も出来ず、大学に入った今でも5メートル飛ぶのがやっとという体たらくで、一日にとなり町はおろか、その向こうの、県境を越えて往復すること10を超えることもあるという弟や妹の話を聞いていると、なんだか惨めになってくる。今日も登校の為に暑い中歩き、バスにのる。
腕の黒い羽が日の光を吸い込んで熱を持っている。鳥人がとぼとぼ歩きバスに乗るのが珍しいのか、趣味は散歩ですか、なんて聞かれたこともあるし、空を飛べるクセに地を歩くなんて馬鹿にしてるのか、とでも言いたげな不愉快そうな表情が一層わたしの劣等感をかきたてた。
わたしは眠い目をこすりながら、大学にある更衣室で袖口をやや広めに取ってある特注の白衣の擦り切れた袖に羽を通す。
わたしは人の役に、そして彼の役に立つ為、この東都科学大の薬学部にやってきたのだ。鳥頭といわれても、未来、そう遠くない将来の夢のために負けるものか! という固い決意と共に、その握りしめたペンで朝寝坊してしまい遅れてしまいそうなレポートの仕上げに入った。