中
「勇者様、午後からは剣術の訓練です」
勇者シンジは王宮の中庭に寝っ転がっていた。
セーラの髪は乱れ、息もあがっている。
「なんかセーラちゃん、セクシーな感じ?」
アホンダラー!と叫びたいのをぐっとこらえる。
約束の時間になっても訓練場に来ないシンジを探して、駆けずり回っていたのだ。
セーラひとりなら、まだ良かった。
同期のツテを頼って講師を、第三団隊長にお願いしていたのだ。
「君が勇者様の為になるとは、到底思えないね。勇者様もそれを解った上での仕打ちだろう」
散々待たされた第三団隊長は、嫌みを言いながらもどこか愉快そうに去って行かれた。
セーラは隊長に頭を下げながら、唇を噛みしめる。
セーラに対するシンジの行動は、いつもこんなものだ。
予定範囲内と言えるだろう。
イグノミアラス様の魔術訓練は厳しく、アステリア王様直々に、この世界の知識と政局を教えていただく。
勇者様は異世界からの召喚者だ。
学ぶべき事は沢山ある。
飄々としながらも、シンジはそれらをこなしている。
セーラは、部屋の隅に直立してじっと待機する。
セーラに任されたのは、騎士として側にいる事と剣術の指導、シンジにしてみれば、セーラ相手の時間は息抜きくらいに思っているのだろう。
「勇者様はどうして私を側付きに選ばれたのですか?」
実力以上の役職を与えられ、挙げ句全くその役割を果たせていないセーラは、焦りながらも虚しくなっていた。
「ん?どーしたのセーラちゃん。言ったじゃん~オレ女の子だーい好きなの。ムサイおっさんはノーサンキューなの。わかる?」
体を起こしたシンジが、ニヘラ~と軽薄そうに笑う。
「シンジさんは、勇者様ですよね。武術も学ばないといけません。私では力不足分です」
セーラの心からの声も、シンジには届かない。
「え~!オレ剣とかはイイの。18年間なーんもやったことないオレッチが、ムリッショ?イタイのコエーのオコトワリ。あ、言っとくけど、オレ帰宅部だったからね。得意分野は女の子だけなの。わかる?」
イエ。わかりません。
セーラは、静かに首を振る。
「わかんないのー?もうセーラちゃんのわからず屋さん!まぁ、イグなんとかって長い名前のじーさんが言うには、オレには大陸が吹っ飛ぶくらいの魔力があるみたいだから。魔力の訓練はやっとくべ」
「……」
「この国は魚が旨くてメシもスゲーし。宮殿もキンピカで、ベットはフカフカ。かわいいメイドちゃんが背中流してくれるしー。サイコーサイコー」
「……」
「でも不思議なんだよね。オレって、魔王を殺す為に召喚されたんだろ?魔王って、何か悪いことしたの?」
セーラは、勇んで答える。
「魔王は悪の根源です!そんなの常識です」
「ふーん」
シンジは胡座をかいたまま、また寝っ転がる。
ゴロゴロしてばかりだ。
規律を重んじる生活を送ってきたセーラには、計り知れない行動だ。
「オレさ、魔王って殺さないといけない相手だから、ケッコー真面目に髭のおっさんの話聞いてたけど、よくわかんないんだわ」
髭のおっさんって、まさか……アステリア王様のこと?
セーラは、悶絶しかける。
「魔王が世界を不幸にするとか、悪の根源とか、話が抽象的すぎてさ。セーラちゃんの身内が魔王に殺されたりしたの?」
「え?……いや、そんなことは」
「先祖で殺された人でもいるの?なんか破壊されたとか?」
「いや……魔王は、お城から殆んど出てきませんから」
「メイドちゃんたちも、みんなそう言うんだよね~」
「……」
「城から出てこない、なーんもしない悪の根源を、勇者のオレが殺す、と」
シンジの話を聞いていると、セーラも混乱してきてしまった。
そんな風に考えた事は一度もなかった。
お父様もお兄様も友達も恩師も……そんな事誰も言わなかった。
魔王……。
シンジが、くぁ~と大欠伸をする。
「私は、私は勇者様に何をしたらいいんでしょうか?」
「う~ん。じゃあとりあえず、オッパイゆすってみて?」
勇者シンジは邪気の無い軽薄な顔で、満面の笑みを浮かべた。