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ポリッシャー!  作者: 昼熊
1章
7/30

6話

「あ、あの、勇者様? ええと、もしもーし」


 はっ、全力で現実逃避していた自分を呼ぶ声に我に返る。

 こっちを心配そうに覗き見している少女が二人。


「目に精気が無くなったような感じでしたが……何か、具合でも?」


 いえ、ただ過去の自分を消し去りたくなっていただけです。


 もうそろそろ夢オチだと目が覚めるはずなのだが、そこのところどうなっているのだろうか。 未だに、この状況を受け入れられない。違う、受け入れたくない。もしも、もしもの話だが、これが異世界から召喚された主人公物のゲームとかだとしたらどうだろう。そろそろ「OP長すぎるぞー早く戦闘させろ」なんてしびれを切らす人が出てきそうだ。


 普通ならここらで、敵が現れてチュートリアルも兼ねた最初の戦闘が始まったりするよな。ここだと敵が来るとしたらこの部屋に唯一ある、あの窓を突き破って現れるというのが常套手段だろう。


 薄ら笑いを浮かべ見上げた窓が、まるで計ったかのようなタイミングで派手な音を立てはじけ飛んだ。無駄に風通りと日当たりの良くなった窓から姿を現したのは、こちらの予想と反した外見の持ち主だった。


 てっきり、この流れだと頭が剥げていて牙が伸び、目がつりあがり気味で背中に蝙蝠っぽい羽が生えた、これぞ悪魔! な外見の敵が現れると思ったのだが――どうみても、ただの小柄な女の子に見える。少なくとも目の前の二人より年下だろう。金色の髪を二つに分け縛っている。


 おー、初めて生でツインテールをしている人を見た。テレビや雑誌で見たことはあるのだが、実際にする人いるのか。ちょっと生意気な感じが髪型と合っている。


 格好は体に密着した白を基調とした薄着。手と足はむき出しで例えるならスポーツブラとスパッツを履いた発育が寂しいぎりぎり中学生。しかし、この格好は法的にアウトじゃないか? 自宅ならまだしも、屋外でする格好ではない。


 一瞬身構えたのだが、取り越し苦労のようだ。俺を召喚した少女二人の知り合いかなにかだな。気が強そうな顔をした同級生が派手に登場しただけという線を押したい。


「ふはははは、怪しげな儀式をしているとの情報を手に入れ調べてみれば、まさか勇者召喚だったとは! 人間の分際で魔族を欺けるとでも思っていたのか」


 露出度の高い少女が、窓枠に乗ったまま、こちらを指差している。


 ――まさかはこっちだよ。この子が敵だというのか。ちょっと頭の弱そうな露出狂もどきが魔族? 今の発言を聞いても、正直、信じられない。戦闘意欲の湧かない敵だ。


 例え魔族だったとしても子供なのに口調が偉そうだ。躾がなっていない。小さい頃からちゃんと教育してないと、子供が成長した後に親が後悔する羽目になるぞ。臨時のバイト募集でたまに来るからな、口調のおかしな子。


 いかん、二十代にして完全に発想がオッサンよりだ。


「何故こんなところに魔族がっ!」


「魔法学園に魔族が入り込むなんて、どうやって結界を……」


 茶髪の女の子は目を見開き、頭を大きく振ると、慌てて部屋の隅に置いてあった杖を取り上げ身構えている。もう片方は分厚い本を取出し、ページを開いて敵を睨み付けた。


「くくくっ、我は魔族軍百人将が一人、無音のゼフルー」


 この世界のキャラで初めて名乗ってくれた。それと、完全に俺は取り残されているよね。話の展開についていけてない。


 ただの少女かと思っていたのだが、本当に魔族だったのか。どの角度から見ても人間にしか見えない。魔族というのは人間と外見の区別がつかないのか?


 しかし、百人将と名乗るぐらいなのだから、雑魚ではなくそれなりの力がある魔族と見て間違いはないだろう。


「結界に亀裂ができ、怪しいと思い忍び込んでみれば……これは好機。今ここで勇者を滅しておけば、我の地位が更に上がるというものよ」


 失礼だとは思うのだが、見た目が幼すぎて子供が頑張って演劇しているようにしか見えない。自分の命を狙っているはずなのに、応援したくなるな。子供のお遊戯会を見守る親の心境に近い気がする。


「まさか、召喚の際に生じた結界の亀裂に潜り込むとは。シャムレイ、迎え撃つよ!」


「うん分かった、ミュルちゃん。勇者様は傷つけさせない」


 二人の持つ杖と本が輝き始める。

 この二人の名前はシャムレイとミュルか。シャムレイが黒髪でミュルが茶髪だな。魔法の世界だけあって名前も西洋的っぽいのか。ここで、マツコとかヨシエなんて純和風の名前だったら面白かったのだが。


 一気に高まる緊張感なはずなのだが、渦中にいるはずなのに気分は部外者。


 あまりのシリアス展開にどう立ち回るべきなのか理解も体も追いつかない。二人の反応を見る限り、冗談ではなく本当に危険な状態なのだろう。だけど、俺はここでどうすればいいのか。


 何かするにしても、もちろん魔法なんて使えない。超人的な力や運動神経があるわけでもない。周りに武器らしきものといえばポリッシャーがあるのみ。


 妄想日記に書かれていたように、ポリッシャーを武器として二人に加勢するか?

 どう考えても、無理だ。日記の中では軽々と片手で振り回すシーンもあったはずだが、ポリッシャーの実際の重さは三十五kg近くあったはず。振り回すどころか片手でなんとか持ち上げるので精一杯な重量だ。


 そんな迷いの最中、爆音が俺の意識を戻した。


 衝撃で崩れる壁、耳が痛くなるような炸裂音。眩しくて目を開けられないほどの閃光。目の前では先日見た人気のない3D映画とは比べ物にならない、臨場感のある実際の戦いが繰り広げられている。


 飛び交う魔法らしきものと、映像では感じることができない衝撃や風圧。

 ああ、本当に異世界に来たのだと嫌でも実感させられた。


 ゼフルーと名乗った魔族が俺を一瞥すると、ニヤリと口元を邪悪に歪めた。


 胸の前で交差した両手に霧状の闇が纏わりつき、その腕を軽く横に振るだけで、突如現れた無数の黒い球が風を切り裂き、こちらに向かって飛んでくる。唸りを上げ迫りくる黒球が、あまりに現実味がなく避けようという発想すら浮かばなかった。


 これが当たったら痛いなんてものじゃすまないのだろうな。


 頭では理解しているのだが恐怖を感じる余裕もなく、ぶつかるのを待つだけだった黒球が突如、眼前で弾けて消滅した。正確には何か見えない壁にぶつかって掻き消えたように見えた。


 ……え、どうして? 一体どういうことだ。何であの黒い球は消えた?


「だ、だ、大丈夫ですか。勇者様」


 黒髪の少女が慌てて走り寄ってきた。状況から判断すると、シャムレイと呼ばれていた彼女がどうやら魔法らしきもので防いでくれたらしい。


 こちらの身を心配してくれているシャムレイだったが、その顔には精気が感じられず、懸命に何かをこらえているように見える。


 よく見ると、彼女の体が小刻みに震えている。


 怖いのか――この若さだ、この少女たちは戦いには慣れていないのでは。実は初めての戦いなのかもしれない。それなのに、俺の身を案じて一生懸命守ろうとしてくれている。


 ……情けない。自分が嫌になるよ。いい大人が十歳は年下であろう女の子に助けられているなんて。呆気にとられて動けない場合じゃないだろ!


 何とかしないと。自分が本当は勇者じゃないのは百も承知だが、だからといって何もできないわけじゃないだろ。相手が勇者だと思い込んでいるのなら、弱さを悟らせずに切り抜ける方法があるかもしれない。


「勇者様、早くその扉から逃げてください! ここは私たちが時間を稼ぎます!」


 この子はミュルだったか。杖から吹き出る炎の魔法らしきもので相手を攻撃しているが、魔族の体から吹き出す黒い闇に、ことごとく防がれている。実力は相手の方が圧倒的に上のようだ。


「いや、ここは君たちが引いてくれ。あとは俺に任せて」


 考えろ、考えろ俺! 嘘でも何でもいい。相手を倒せなくてもいいから、せめてこの子たちだけでも逃がす手段を考えろ!

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