4話
ええええええっ!
何で中学生の頃に書いた覚えのある妄想日記が、こんなところにあるんだ!
誰だよ、世界を渡り歩く勇者って!
洗浄勇者ってどういうネーミングセンスしているんだ!
何これ? 大がかりなドッキリ?
芸能人でもないのに、痛い、痛すぎる!
こんなもの書いていた事すら完全に忘れていたけど、何か色々と思い出してきた。
人の記憶というものは、どれだけ些細な出来事でも失うことはないそうだ。忘れた記憶は、ただ心の奥底に埋まっているだけで、その記憶に繋がる出来事やキーワードに触れると一気に思い出されることがある。それをフラッシュバックというらしい。
――って、冷静なふりしても無理だああああああ!
わけが分からない。何で黒歴史の産物がここにある?
それに二十年前に召喚したって言っていたが、この日記書いたのは十年前だぞ。こことは時間の流れが違うのか。
それに、さっきの説明から察するに。
とても強い勇者を呼び出したい → でも召喚技術か能力が未熟で完全に発動しなかった? → 代わりに、とても強い勇者が書いた日記(妄想)を呼び出すのが精一杯だった
こういうことか。詳細が不明なので何ともいえないが、ここはこの二人に話を訊くしかない。
と、とりあえず、落ち着け俺。大人なのだから冷静に冷静に。
「この日記は自分の物のようですね」
どうにか顔を取り繕い、極力動揺を表に出さず顔を上げ、二人と視線を合わせる。実際は顔が引きつっていたかもしれないが。
まずはこれの所有権を行使して引き取り、素早く処分しよう。そうしよう。これは存在してはいけない。断じて、人の目に触れさせて良いものではない。というか、昔の自分を殴りたい。
「やはりそうですか! あなたを一目見た瞬間から間違いはないと確信していました!」
茶髪の少女が目を輝かせ、今にも飛び跳ねそうな勢いで喜んでいる。隣では黒髪少女が優しい瞳で彼女を見つめていた。その顔は同じぐらい嬉しそうに見える。
「しかし、よく日記の持ち主が俺だと見てわかったね? この頃より歳も取っているから見た目は変わっているのに。正直赤の他人とは思わないのかい?」
そんな当たり前の疑問を口にしたのだが、何故か二人は小首を傾げ、眉根を寄せ不可解な表情をしている。
「何をおっしゃっているのですか。その聖装具を見れば一目瞭然じゃないですか!」
せいそうぐ? 何だろう、その不吉な響きの単語に聞き覚えがあるのだが。
「汚れを防ぐ黒き衣を身にまとう。その衣には異次元へと繋がるいくつもの収納袋が存在し、勇者の手助けとなる道具が無数に詰め込まれている」
黒髪の大人しげな方が、少し光悦とした表情で歌うように言葉を発した。
この黒き衣って、今着ている黒の作業着のことだよな。収納袋というのはポケットのことか。確かに作業服だから上下何か所にもポケットは付いているが。
「額には強大過ぎる力を封じた法具が巻きつけられ、その封印を解くことは無い」
仕事中に汗が垂れてこないように額に巻いている、この黄色いタオルを指しているのだろうな。
「そして、勇者の最強の武器であり最高に信頼している聖装具、ポリッシャーが何よりの証拠です!」
突き出された人差し指は、俺の隣を指しているようだ。釣られて右手の方向に目をやると、そこにはポリッシャーがあった。
ああ、おまえも一緒にこっちに召喚されていたのか。非現実的なこの空間で見慣れたポリッシャーの存在がとても頼もしい。
「これだけの証拠があれば間違いはありません。それに、洗浄勇者の冒険、第一巻二〇五ページに書かれていた挿絵と照らし合わせても、そっくりですから!」
静かな子かと思っていたのだが、どうやら興奮するとかなりテンションが上がるタイプのようだ。鼻息も荒く、顔が上気している。
「ん? 今ちょっとおかしな言葉が聞こえた気がしたのだけど。洗浄勇者の冒険第一巻って……何?」
そこで活発な雰囲気の方がハッとした顔をした。
「すみません、まだ説明の途中でした! この書物を呼び出したその後、どうにか文章を解読したのです。その内容に感動した当時の魔術師が魔物の影響で心も体も疲労していた国民を勇気づけるために、勇者様の日記を我々の言葉で翻訳し、一般の人々も読めるような本にして売り出したのです!」
結構長い文を一気に言い切ったな。へえー、日記が小説化したんだ。
……はいいっ!?
「それが、もう大ヒットしまして! この国の民で勇者様の話を知らぬものなど誰もいませんよ!」
え、あれ、それは、ええと、つまり、
「国中の人がこの日記(妄想)の内容を知っていると?」
「「はいっ!」」
う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?
国中の人々が俺の痛い過去の汚点を把握しているって、どれだけ大掛かりな羞恥プレイだよっ! 夢だったという安易なオチでいいから、早く目覚めて!
やめて、やめてくれっ! そんなキラキラした目で俺を見ないで!
今すぐ、この場から消え去りたい。いっそ誰か俺を殺して楽にしてくれないか!
頭を抱え、現実に戻れと願いを込め、石床に頭を勢いよくぶつける。いい音がしたわりには、あまり痛くない。
誰にも見せたことのない普通の日記を見られただけでも、通常の人間は恥ずかしいはずだ。それが夢見がちな中学生時代に書いた、本人でさえ二度と見たくないと脳内から完全消去しようとしていた妄想が、ふんだんに詰め込まれた日記だとしたら、どうだろう。普通こうなる。
この瞬間、頭の中でとても大切な何かが弾けたような音がした気がした。
異世界にいるという事実。自分が勇者だと思われている事。そんなことがもう、どうでもよくなっている自分がここにいる。本当に単純に簡潔に今の心理状態を表現してみるとこの一言に尽きるだろう。
終わった。