3話
区切るポイントがなかったので、文章量が急に増えてますが申し訳ない。
光が薄まり目を開くとそこは、雑居ビル内では無い別の場所。
薄暗い部屋には小さな窓が一つあるだけで、そこから差し込む光だけを頼りに辺りを観察する。
どうやら、直径二十メートル程の円状になった部屋の中心に自分はいるようだ。
壁も床も年季を感じさせる石造りで、お世辞にも綺麗な部屋だとはいえない。家具も何もない殺風景な部屋なので、これなら床清掃時に物を移動しなくても洗えるから清掃はやりやすいな。もしも、この部屋を清掃するなら、床材が石なのでワックスもいらない。作業は楽だが㎡辺りの単価低そうだ。
しかし、異世界の召喚儀式で呼び出されました! なんて言われても違和感のない場所だな。これで足元に魔方陣でもあったら完璧なのだが。
この状況で馬鹿な発想をする自分の暢気さに呆れつつ、視線を下に向けた。
おお、なんか足元に見たこともない文字やら図形やらが書いてあって光っているよ。蛍光塗料使っているのかな……凄く、魔方陣っぽいです。
あと、さっきから気にはなっていたのだが、あえて無視をしていた事がある。目の前に濃い茶色のマントを羽織った人が二人、突っ立っている。マントについているフードを目深に被っているので顔は不明。ぱっと見、身長はかなり低い。おそらく子供か女性だろう。背が低いだけの成人男性だったら、申し訳ない。
マントを全身にまとっているので、体型がよく分からず男女の区別がつかない。性別がどうであれ、危険人物ではないことを願うよ。
なんて、冷静を装って観察しているが――この状況は召喚されたと確信を持って、間違いないのだろうか。
目の前にいる二人は、さっきから微動だにしないので、どう対応してよいのやら。ここは少し空気を読んで、狼狽えた反応でもしてみるのが優しさだろうか?
見ず知らずの場所に突然呼び出されたシチュエーションなのに、あまりに無反応では可愛げが無すぎるかもしれない。「こ、ここは何処だ!」と、慌てふためくのが、この状況における相手に対しての礼儀だったか。
でも、召喚物のゲームや小説で良くある定番の出来事過ぎて、驚きを通り越して妙に冷静なのが現状――バキュームに吸い込まれて異世界入りは、さすがに予想の範疇を軽く凌駕していたが。
この現状でも落ち着いていられるのは、昔からの癖のようなものだ。驚くような事件に遭遇しても、心の中ではリアクション芸人も真っ青な反応をしているのだが、実際は驚いてないふりを装ってしまう。
母がいつも大げさな反応をする人だったので、自分が驚くより先に慌てふためいている母を宥める日常を繰り返しているうちに、ちょっとやそっとのことでは驚きが表面に出なくなってしまった。
この状況でもそれが出ているので、この二人は俺を冷静な人物だと勘違いしてないだろうか。
しかし、このまま何もしないのでは話が進まない。俺から行動を起こすべきか。
「あのす――」
「やったああああ、成功したあああ!」
「うんうん、大成功」
突然大声を上げたマント二人組に驚き、一歩後ずさる。
何が嬉しいのか知らないが、手を握り合い、少し背の高い方が何度も飛び跳ねている。 声からして両方女性のようだ。それも、かなり若いのでは。
「すみません、あまりの嬉しさに取り乱してしまいました。勇者ソウジよ、よくぞこの世界へ参られた。あなたの活躍は良く存じております」
今、名前を呼ばれた。つまり適当に誰でもいいから召喚したのではなく、ピンポイントで自分を狙って召喚したということか。
どうやら、使い魔になれとか、召喚獣と間違えて呼ばれたという流れではないようだ。
しかし、今「あなたの活躍は良く存じております」って言ったよな? 聞き間違いではなく確かにそう聞こえた。
相手は自分の名を知っていて、尚且つ俺の活躍も知っていると話していた。
……はい? 活躍? 一体何を言っているのだろう。清掃がちょっとできる程度の普通の寂しい青年に向かって今何と?
間違っても、異世界っぽい住民に知れ渡るほどの人物ではない。それは断言できる。
外見や身体能力的にも際立ったところがない俺に、この状況は荷が重すぎる。ファンタジー世界における、俺の正しい立ち位置なんて、村人A――良くて、城の兵士だろう。
脳内で完全に混乱している俺をよそに、相手は話を続ける。
「我が国は危機に瀕しています。もう何十年も魔物からの侵略を防いでいるのです。我々は二十年前にも一度、力あるもの召喚の儀式を行ったのですが……残念ながら力及ばず、一冊の書物を召喚したのみでした」
今の言葉を信じるなら、本当に異世界に召喚されたらしい。実感は湧かないけれど状況を把握するために、相手の話に集中しなければ。聞き逃すわけにはいかない。
書物とやらと俺が召喚された関連性は分からないが、勇者召喚を望んでいたのは理解できた。藁にもすがる思いで国を救ってくれる勇者を呼び出したかったのか。それが、俺だったと。何だか申し訳ない気持ちでいっぱいになってきたよ。
おそらく、同じ名前の異世界の勇者とやらが存在していて、それと俺を間違ってしまったのだろうな。あのフードの奥から注がれている期待に満ちた視線が、心に突き刺さる。
「その一冊の書物というのがこれです」
二人は同時にフードを脱ぎ去り、その一冊の書物とやらを差し出してきた。
素顔をさらした二人は、想像通り若い女性だった。
一人は薄い茶色のショートカットに少し太めの眉。その下には大きく見開かれた濃い緑の瞳。褐色とまではいかないが、健康的な肌の色をしている。
もう片方は背が低めで、黒のロングに黒の瞳。あちらとは対照的なベタな表現だが透き通るような白い肌の持ち主だ。日本人形を今風にデザインしたら、こうなるのではないだろうか。
両方整った顔立ちで――中高生ぐらいの年齢だろうか。二人とも学生服のような衣類を身に着けている。学生が魔女のコスプレをしているようにしか見えない。
かなりの美人さんだな。同じ年頃だったら緊張して挙動不審になるほどの容姿だが、今の俺からしてみれば、十ぐらい離れている歳の差だ。女性を意識するには年が離れすぎている。親戚の子供と接している感覚に近い。
「あ、あの、えっとこれなのですが」
お、おお、そうだ。書物とやらを見せてくれていたのだった。二人に気をとられて忘れていたよ。
ん? この書物って何の飾り気もないバインダーに見えるのだが。ということは、中にはルーズリーフが入っているのかな。本物の勇者がいる世界にもバインダーとかあるのか。結構似たような世界なのかもしれない。
手に取ってみると、予想以上の重さがあった。ふむふむ、やはりバインダーか。結構な枚数が挟まっている。俺も中学生の頃、大学ノートじゃ枚数が少なくて新たに買うのが面倒で、ルーズリーフを使っていたな。懐かしいよ。
表紙に何か文字が書いているのだが、削られた跡があり微かに読めるのは――『黒』と、アルファベットの『C』らしき文字が見える。
バインダーを開いて、一枚目の紙に大きな字で何か書いてあるな。なになに。
[勇者ソウジの日記]
瞬間、背筋に悪寒が走った。軽い眩暈と吐き気もする。
「この字、見覚えがあるのですけど……」
暑くもないのに嫌な汗がダラダラと全身を流れ落ちる。嫌な予感が止まらない。さっきから脳内で警報が鳴り響いている。
こ の 先 を 見 る ん じ ゃ な い。
心と体が何かを拒絶しているのが分かる。だが、俺は震える手で次のページをめくった。
[今日から日記を付けようと思う。でもこれは、普通の日記ではない。
誰にも言えない、自分の秘密をここに書き留めておく。いつ命を落とすかもしれないからね。まずは自己紹介だ。僕の名は、床野 宗治。
ごく平凡な中学二年生ということになっている。
事実、この世界では出来るだけ目立たないように心がけているのだから、周囲からそう思われているのは当たり前だ。だが、実際はそうではない。
いや、この世界では事実か。でも、本当の自分は違う。自分の能力を隠さなくていい、別の世界では。]
静かにバインダーを閉じる。ゆっくりと深呼吸をしてみる。首をぐりぐりと一回転して天を仰ぐ。
この部屋天井高いなー。俺、疲れているのかなー。
もう一度大きく深呼吸をしたのちに、バインダーを再び開く。
[僕はあらゆる異世界を渡り歩き、全ての世界を清浄へと導く勇者だ。
誰がそう呼び始めたのかは知る由もないが、人は僕の事を尊敬と畏怖を込めてこう呼ぶ
洗浄勇者と]
ああ、これの作者知っている。
俺だ。