2話
先へ先へとポリッシャーと共に暗闇を進んでいると、廊下の行き止まりにたどり着いた。そこには、このビルには不釣り合いな両開きの大きな木製扉があった。表面に見たこともない字のようなものが掘られ、かなり年季が入った扉だ。この建物内にある扉は全部同じ形の既製品だったので、地味な色合いだというのに、やけに目立つ。
開口部から少し明かりが漏れている。鍵はかかってないようで、少し力を入れただけで扉は開きそうだ。
どうするか、開けるべきか。ここまで来ておいて何だが……今の状況って不思議体験どころの騒ぎではないよな。
勢いでここまで来てみたものの、少し冷静にならなければ。
最近観たホラー映画に地下へ繋がる階段があって、幽霊やらが、次々と出てきたりして必死に脱出するなんて展開あったな。
昔読んだラノベや漫画なんかの良くあるパターンだと、異世界に繋がっていて命がけの戦いが待っていたりする流れだよな。と、余計な事を思い出している場合じゃなかった。
異世界やホラー展開なんて考えがあり得ないことなのは百も承知だ。しかし、今この状況が尋常ではない。万が一、いや、億が一もないだろうが、この扉の先に摩訶不思議な何かが待っているとしても、俺がどうこうできるものなのか? 趣味で筋トレはやっているが、その程度では全く役に立たないだろう。
……どう考えても引き返すべきだ。
もし何かがあった場合、実は秘密にしていた特殊能力が――あるわけでもなく、ちょっと体格がいいだけの平々凡々な俺がどうしようもない。
中高生の妄想力全開な頃なら迷わず進むだろうけど、この歳でそんな場所へ行っても対応すらできそうにない。それに、そこで怪我しても労災おりないよな。
よし、戻ろう。どうせ、開けたところで機械室や倉庫ってオチだろう。警報装置がついていて、開けて作動したら苦情を言われるのはこっちだからな。
当初の勢いも、脳内妄想もすっかり消え失せ、戻ることに決めた。扉に背を向けその場から離れようとしたその時――背後から木が軋むような音と強烈な光が襲ってきた。
体に何か粘着質の物がまとわりつくような感覚、と同時に後方へ体が引っ張られ、踏ん張ろうにも足が――宙に浮かんでいる!
首だけどうにか振り返ると、そこには大きく開け放たれた扉があり、意外にも扉の向こうは大人が一人胡坐をかいて座れるかどうかの小さなスペースしかない。
そして、そこには一台の金色に輝くバキューム――業務用の大きな掃除機――があるだけだった。
なんだ、この悪趣味なバキュームは。清掃道具なのに金箔でも貼っているのか? 汚れが勲章といっても過言ではない清掃道具を装飾する意味がないだろ。
まあ、今、そんなことに憤りを覚えている余裕は無い筈なんだけどな!
怒りついでに、もう一つ疑問点がある。何故、そのバキュームの吸引口がこちらに向いている。尚且つ、それが唸りを上げ俺を吸い込もうとしているのは、どういう了見だ。
脳内で怒りを吐きだし、少し冷静になったところで我に返った。今更だが、慌てて手足を派手にバタつかせてみたものの、ろくに抵抗することもできずに、バキュームへと吸い寄せられる。
体が光に飲み込まれる最後の瞬間に、パニック状態で放った一言は、
「驚きの吸引力!」
意味不明だった。