5話
ポリッシャーに乗り、戦場のど真ん中を突っ切る。両軍の攻撃が乱れ飛ぶ中、それらをかい潜り大声を上げる。
「あの大型は俺に任せてくれ! 皆はこいつらを頼む!」
絶望に染まっていた解放軍の勢いが戻り始める。
実際にやれる保証はないが、ここは自信を持って言い放つしかない。可能性が低かろうと、やるしかないのだ。
――それに最後の手段として、やれることが一つだけある。洗浄勇者の物語を知っている人なら、分かるはずだ。この状況でも勇者なら、やつらを倒す手段があることを。
シャムレイとミュルも、それを知っていながら一言もそれに触れなかった。いや、知っているからこそ言えなかったのだろう。
もし、追い込まれたとしても使う気は毛頭ない。今は全力でやれることはやるのみだ。
密集地帯をすり抜け敵陣の背後へ突き抜けた。魔力があるなら背後からの挟撃で敵陣を切り崩したいところなのだが、魔力に余裕はない。
そのまま速度を落とさず巨大な敵へと迫る。近づくにつれ、その大きさに圧倒されそうになる。相手が巨大であるだけで感じる、この恐怖は生物としての本能なのだろうか。踏みつぶされるだけで人生に幕が下りるのは間違いない。
足止めするにしても、どうやるべきか。足元を走り回ったこところで、相手にとっては蟻がうろちょろしているようなものだろう。気にも留めなそうだ。ハクリを使えば転ばせることも不可能ではないはず。だが、今はポリッシャーを動かすだけの魔力しかない。とてもじゃないがハクリを使う余力はない。
手詰まりか。それでも、やれることはやってみせる。諦めるのは全ての手を尽くしてからでいい。
大型魔物の前を挑発するかのように蛇行運転してみるが、何の反応も示さない。途中ポリッシャーから降りて敵の足を殴ってみたのだが、一瞬だけ立ち止まり殴られた個所を掻くと再び歩き出した。今の攻撃力は蚊の一刺し程度か。
他にも色々とやってはみたのだが、巨大すぎて効果がない。魔力さえあれば、やりようは幾らでもあるというのに。
走らせながら新たな策を模索するが手段が思い浮かばない。もう長くない時間で混合軍との戦場に着いてしまうだろう。考えろ! もっと深く、頭をフル回転させろ。
「あっ!」
しまった! 意識をそちらに集中しすぎてしまったのだろう、ポリッシャーのバランスを崩してしまい、敵の目の前に放り出されるような格好になってしまう。
「やばい!」
慌ててポリッシャーを動かそうとするが、魔力も限界に近く直ぐに稼働してくれない。
くそっ、早く動け! 何で動かない! レバーを必死に握るが、魔力が限界に近くポリッシャーが起動しない。魔力が無駄に消耗されていく!
辺りが急に暗くなり、見上げた空から大きな足の裏が降ってくるのが見えた。
「あっけないものだな」
力が抜け膝から崩れ落ちる。
踏み殺されて人生を終えるなんて考えたこともなかったよ。情けない勇者でごめん、みんな。
「勇者が諦めて、どうすんだよ」
空が止まった。頭に触れるすれすれの位置で巨人の足が停止したのだ。背後に誰かがいる。さっきの声は、この世界に来て何度も聞いた彼女の声だろう。
「ったく、あの学園長ってやつバカじゃないか? 私を解放するなんて正気の沙汰とは思えないぞ」
顔は見えないが感情表現の苦手な彼女の事だ。憎まれ口を叩きながらも、少し照れたような表情をしていそうだな。
「キミなら力を貸してくれると信じていたのじゃないかな――ゼフルー」
「へっ、長話するには相応しくない状況だな」
確かに、魔物の足元でする会話は少し落ち着かない。
「魔族の落ちこぼれだが、大型魔物ごときに踏みつけられる程、落ちぶれてはねええええっ!」
魔物の足の裏が離れていく。影から解放され光が差し込む。全身が痺れるような重低音と体が浮き上がるような振動が足元から伝わってくる。
あの巨体をすくい投げられるのか。やはり魔族の力は人とは違いすぎる。
「さてと、あんたは下がってな。二体ぐらいまでなら倒せるだろうが、五体同時になるとさすがにきついからな」
強気のゼフルーが素直に認めるほどの力があるのか。二体倒してくれたとしても残り三体。
振り返ると百メートルも離れていない場所で、魔物と混合軍が戦いを続けている。なんとか耐えてはいるようだが、向こうの戦況は押され気味に見える。
絶体絶命のピンチか。妄想日記内の話にはこんな場面がよくあった。敵に包囲され仲間も傷ついている。そこで勇者の奥の手が! なんて展開が大好きだった。
いい加減、腹をくくるか。この状況、魔力が枯渇寸前で味方は限界に近い。敵はまだ大量に残っている。理想的な状況じゃないか――最終奥義を放つには!
「ゼフルー! 敵を倒さなくてもいいから、俺に攻撃が来ないよう少しだけ、時間稼げるかい? しばらく、無防備になるから」
「はっ、誰に言ってんだよ。一時間でも構わないぞ」
味方になると頼もしいな。発言なんて俺より男らしい。さて、やるか。妄想力が最も高まっていた中二時代に考え出した、あの技を!
「我は世界を清浄へと導くものなり――」
ポリッシャーを地面に置き、胸の前の高さにあるハンドルの上に両手を重ねる。
「汚れを排除し――」
大声は出していないのだが、この声は戦場一帯に聞こえているはずだ。
「闇を洗い流し――」
ぐおおおおっ! 声には出さないが全身を激痛が駆け巡る。
くっそ、きやがったか。だが詠唱を止めるわけにはいかない!
「淀んだ未来を洗浄する――」
外傷は塞がっているはずなのに、全身を切り刻まれたかのように血があらゆる場所から吹き出す。
弱っている体から溢れ出る鮮血。
これぞまさに血の気が引くか。鉄分不足で、頭がくらくらしてきた。
「光よ我が元に集え――」
大量の出血と痛みに耐え、ポリッシャーのハンドルを掴み天高く掲げる。今までの技とは比べ物にならないほどに輝く白い光が巨大な渦を創り出している。
ぐおおおっ、痛すぎる! 一年前に発症した尿管結石も死にたくなるような痛さだったが、これはその痛みが体中で発生しているようだ!
「洗浄勇者、最終奥義――全館清掃!」
渦が爆発的に広がり周囲を暴れまわる。その姿は白銀に輝く龍に酷似していた。白き渦は大型魔物の顔面を貫き、腕、足、胴体を貪るかのように、次々と消滅させていく。五体もいた大型魔物が、長く伸びた光の渦の前に成す術もなく討ち滅ぼされる。その渦は大型どもを食らい尽くすと、勢いを落とすことなくゼフルーへと向かう。
「駄目だっ!」
気が狂いそうな痛みを振り払い、意識を集中する。
迫りくる渦を前に、ギュッと目をつぶったゼフルーのすぐ脇を渦は通り過ぎ、魔物との戦闘が続く戦場に襲い掛かった。
敵味方関係なく光の渦は戦場を縦横無尽に飛び続ける。人間であろうと魔物であろうと区別なく光の渦は巻き込んでいく。そして、そこに存在する全ての生き物を飲み込んだ渦は、泡となり弾けた。
そこまで確認した俺は我慢をやめることにした。もういいだろう……耐えるのも、限界だ。これが夢で……目が覚めたら中学時代というオチなら……まず、自分を殴ろう……。
薄れゆく意識の中、泣きそうな顔で駆けつけてくるゼフルーが見えた。
次回、おそらく二話同時更新しますので、それで最後となります。
楽しんでいただけているのか不安ですが、最後までお付き合いの程をよろしくお願いします。




