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ポリッシャー!  作者: 昼熊
最終章

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26/30

3話

「お見事でした、勇者殿」


 学園長が傍らにそっと立ち、体を支えてくれている。


「何とか勇者としての責務は果たせたかな」


「もちろんですとも。貴方を選んで本当によかった……」


 目の隅に輝くものが見えたが、黙っておこう。飄々として掴みどころのない学園長が、ここまで感極まっている姿を見られる日がくるとはね。

 そういや、学園長以外は誰一人として近くには来ない。少し間をおいた距離を守っている。皆、どうしていいのか戸惑っているようだ。急すぎて本物の勇者がいる現状に頭も体も順応できてないのだろう。


 よく見ると取り囲む人々の中に、いつもの四人がいるな。

 うわぁ、ルイスの目が光り輝いているよ。誇張ではなく本当に輝いて見えるのだが。

 その隣に立つメッツがルイスの脇腹をつついているな。キーガは相変わらず何を考えているかわからない表情だ。少しだけ顔が赤く見えるのは柄にもなく興奮しているのだろうか。

 意外なのがメイラだ。顔は地面の方を向いているのだが、ちら、ちらっとこっちを見ては慌てて目を伏せている。てっきり「うおおおっ、勇者様だー」とか言いながら突進してくるかと思っていた。


 ……さすがに疲れた。早く宿舎に帰って何も考えずに眠りたい気分だ。魔力を消耗するというのは、こういう感じなのか。仮面も外したいが、それも人気がない場所まで移動しないと駄目なわけで、どうにかこの場を離れるしかない。

 学園長に頼んで人払いをしてもらおうと顔を向けると――いきなり押し倒された。

 おい、まて、俺にそっちの趣味はないと言ったはずだ! 弱ったところを襲うとはっ!

 疲れ果てている脳がとんでもない思考を始めたが、それは間違いだった。さっきまで自分の頭があった位置を細長いガラスの板のようなものが通り過ぎ、地面に突き刺さる。


「大丈夫ですか勇者殿! まだ他に敵がいる! 周囲を調べろ!」


 学園長の号令で清掃員や兵士が一斉に動き出そうとした。


『その必要はないわ』


 一羽の透き通った体をした――カラスを一回り大きくしたような鳥が舞い降りてきた。生物としてあり得ない体をしている。ガラス細工に生命が与えられたら、こうなるのではないだろうか。


『まさか、あの人が倒されるとはね』


 鳥の口から女性の声が響く。二十代とも三十代とも取れる声質。

 ゼリオロスをあの人と呼ぶこの声は、マースリンで間違いないだろう。


『正直、自己中だし、ナルシストだから一緒にいて気持ち悪かったのよね。過保護すぎて鬱陶しかったし。それに信じられる? あの人潔癖症で服なんて毎日五回は着替えているのよ。死んだら清々すると、ずっと思っていたのだけど』


 恨み言の一つでも言うのかと思えば、奥さんが急に愚痴を言い始めたよ。こちらとしてもどういった反応を返せばよいのか戸惑う。


『でもね、あの人の最後を見て……妻として仇ぐらいはとってあげるべきかなって。今なら、自ら出向いて弱っている勇者を倒すのは容易なことだけど、家を出るのは面倒だから、うちの可愛い魔物たちに頑張ってもらうわね』


 本物の引きこもりかい! 手を上げてツッコミを入れたかったが、その余力すらない。

 今、襲われたらろくに体を動かせない俺には為す術がない。ゼリオロスより力は劣るとしても、魔族の強さは底がしれない。ここにいる全員でかかっても勝てるかどうか。となると、こちらにとってこの流れは幸運なのかも。マースリンと直接戦うより、魔物を相手にした方がこちらに勝算はあるのではないか。


『じゃあ、今から号令だして、うちの子たち全てそっちに向かわすから。だいたい二時間ぐらいで着くかな。それじゃあ、よろしくね』


 透明の鳥は両羽を広げ、片方の羽を胸元に添え優雅に一礼した。そして、そのポーズのまま溶けて消えた。

 まさかの連戦か。指一本動かすことさえ困難な今、俺は戦力にならないだろう。

 だが、勇者として戦線に立つことに意味がある。それだけで仲間の士気が上がるのは間違いない。学園長が支えてくれている手を振り払おうと腕を上げようとしたのだが、その腕を力強く学園長が握りしめる。


「今は体を休めてください。我々は勇者殿が思う程、弱くはありませんよ」


 そう言って、片目をつぶって見せた。


「ポリッシャー隊は敵が通るであろう、東側街道の閉鎖と陣の配置をお願いします!」


 メイラを含む数名の若者が学園長の前で敬礼し、足早に去っていく。


「外回り担当は敵の動向と戦力を調べてきてください」


 返事はなかったが、学園長を取り囲む人垣から何人かの気配が消える。


「下級生、中級生は町の住民を学園内に避難誘導。その後、学園内で待機」


「はい!」


 元気のいい返事と共に慌ただしく立ち去る幾つもの足音。


「残りの兵士、上級生、清掃員は必要な物資の移動、手が足りない各所の手伝いをお願いします。最低一時間後には集合ポイントに集まること」


 残りの人々が思い思いの方向に散っていく。

 最後まで処刑台の上から動かなかったゼフルーは、その場に座り込んでいる。長年恨み憎んできた相手の消滅に感情が追い付かないのだろうか。無表情で前方を眺めている。喜怒哀楽の全てを失ったかのようだ。

 兵士に両脇を抱えられ運ばれていく姿は、糸の切れた操り人形のようだった。

 その場に残っていたのは、学園長と自分だけかと思っていたのだが、駆け寄る二人の姿があった。


「ソウさん! 大丈夫ですか」


「元気出して……」


 今にも泣きそうな顔をしているシャムレイとミュルに微笑んでみせる。顔にすら力が入らないので、上手く笑えているといいのだけど。


「二人は、命令違反ですよ」


 ハッとした表情になる二人。顔を見合わせて肩をすくめている。


「まったく、罰として……勇者殿の付き添いをお願いしますね。無茶をしないように、魔法学園の保健室にでも縛り上げておいてください」


 おい。そんな余裕はないだろ。休んでいる暇などないはずだ。


「わかりました! しっかりと見張っておきます」


「看病、看病」


 二人が両脇に回り逃げられないように、しっかりと腕を組まれた。


「い、いや、二人とも休んでいる時間は……」


「駄目です!」


「無理」


 話を聞いてくれません。何を言おうが頑として聞き入れない。それでも、なだめすかして説得してみたのだが徒労に終わった。

 引っ張られ、歩みは遅いが魔法学園へ連れていかれていく。少女二人の力にすらまともに抵抗できない――こんな状態では足を引っ張るだけか。


「わかったよ。一時間だけ休ませてもらうから。その代わり、一時間たったら絶対に起こすこと。いいね?」


 二人の安心した笑顔が返事代わりだった。



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