1話
遂に処刑の日が来てしまった。見上げた空は分厚い雲で覆われ、いつ雨が降り出しても不思議ではない。
白いフードつきのローブを被った罪人が両端から腕を掴まれ、処刑台まで引きずられていく。青白い光を放つ縄のようなものが体に巻きついている。あれが相手の魔力を封じている。
学園の防壁前に作られた特設の処刑台にローブ姿の罪人が上げられた。この場所は本来人通りが殆どない。魔法学園が街はずれの小高い丘に建てられていることもあり、街から学園までを繋ぐ道を通るものは、平日であれば食糧や日用雑貨を運んでくる荷馬車や、学園への視察ぐらいだろう。休日には職員や生徒が街に出かけることもあるのだが。
跪かされた罪人の両脇には屈強な兵士が槍を構え、その者を睨み付けている。
処刑台周辺には簡易の柵が備え付けられている。公開処刑なのだが、人数制限をして百名ほどの選ばれた市民のみが処刑台の前に並んでいた。
俺もその市民に紛れ込み、処刑台を見上げている。
「顔を見せろ!」
「旦那を返して!」
「くそ野郎が、死にさらせ!」
様々な罵倒が投げつけられた石と共に降り注ぐ。右脇に控えていた兵士が乱暴に罪人のフードを剥ぎ取る。
あれほど騒がしかった声が一瞬で止む。誰もが我が目を疑っている。魔族といえば人類の敵であり、多くの国民の命を奪った憎むべき対象である。その魔族の罪人が人間の子供と何ら変わらない少女だったのだ。驚くのも無理はない。
ゼフルーの目は焦点が合っていない。虚空を見つめ何を考えているのか。
処刑台の前に一人の男が歩み出る――学園長だ。今まで見たこともない真面目な顔をして、手にした書類を読み始めた。
「この者は魔法学園に入り込んだ魔族である。罪状は学園の生徒及び主要人物の殺人未遂の罪により、極刑とする。我々はこれを機に魔族ゼリオロスへと討って出る! 魔族に人間が適わないというのは妄信である! この者を見よ!」
襟首を兵士に掴まれ処刑台から、無理やり身を乗り出させられる。ゼフルーは一切抵抗をしていない。
「魔族であろうと、人が力を合わせれば勝てぬ相手ではない! この者の首を持って、その証明としよう! ゼリオロスなど敵ではない!」
断言する学園長の言葉に市民が高揚する。雄叫びや足踏みが地鳴りのような音を立てている。このまま敵陣に襲い掛かるのではないかと思えるほどの感情の高ぶりを感じる。
「魔族どもよ観るがいい! 同胞が無残に殺される様を! 次はお前たちの番だ!」
「人間にしては面白い冗談だ。笑えないがな」
突如降って湧いた声に、場が静まりかえり、周囲の人々が慌てて辺りを見回している。
「う、上だっ!」
誰かの声に反応して、人々が一斉に顔を上げた。
はるか上空に人が浮かんでいる。その場に見えない足場があるかのように、両手を組んだ状態で宙に立っていた。点でしか見えないほどの高みにいるが、全面ガラス張りのエレベーターにでも乗っているかのように、腕組みを解くこともなく降りてくる。
地上から五、六メートル浮いた位置でぴたりと止まった。この距離なら相手の顔も観察できる。客観的な感想を言えば、美形だ。切れ長の目。手入れの行き届いた眉。髪は前髪から後ろに流しワックスか何か整髪料で固めているのだろう。襟足は少し伸ばしているようだ。
服装は白の燕尾服。何処かで見たことある服装だったので、何だったかを考えていたのだが思い出した……友人の結婚式で新郎が着ていた衣装にそっくりだ。所々に金の刺繍が施されているポイントも似ている。そんな、実生活では滅多に着る機会がないような派手目な服を、違和感なく着こなしている。
間違いなく美形であり、つま先から頭のてっぺんまで隙のない男だ。元の世界風に言うならイケメンであるのは間違いない。
「魔族の屑を嘲笑いに来てみれば、私を愚弄する発言が聞けるとはね。そんな屑と一緒にされては心外だ。キミたち下等生物には口でどうこう言うより、私の力を分かりやすく実感してもらうしかないようだね」
腕組みをほどき、両手を一度腰付近に下ろす。そして、胸元で両腕を交差させ右腕だけを真上に伸ばした。握りしめていた手を開くと掌から無数の黒い糸のようなものが立ち上る。その糸が絡まり合い徐々に大きな塊へと変貌していく。
でかい! ゼフルーが戦いで見せた闇の塊よりもはるかに大きい。威力も比べ物にならないのだろうな。どうにか止めさせたいが、こちらから攻撃を加えようにも相手の位置が遠すぎる。ポリッシャーからの遠距離攻撃も考えたが、相手に防がれてしまえば次はない。この距離だと不意打ちをする前に気づかれる可能性が高い。
どうにか地上に下ろさせる方法はないものか。
「ゼリオロス……私も殺すのか!」
処刑台の上から叫ぶゼフルーに、冷ややかな視線を返す。
「お前は最後の最後まで役立たずだったよ。暇つぶしになるかと館に置いてやっていたが、何の価値もなかった――いや、何故かマースリンのお気に入りだったな。お前が捕まってからというもの、完全に引きこもってしまい、一度も姿を現そうとしない。どういうことだ!」
「知るか。情けない八つ当たりだな」
ゼフルーは子憎たらしく鼻で笑っている。
「マースリンの為にお前を連れて帰るつもりでいたが、まあいい、死体でも別にかまわないだろう。壊れてようが、お気に入りの玩具をもって帰れば納得してくれよう」
わかってはいたが、コイツ最悪だな。
「これの何処がいいのやら。いつも黙って耐えているだけのお前より、泣き叫ぶ人間の方が、いたぶりがいがあって、まだ可愛げがある玩具だったぞ」
これこそ魔族のあるべき姿なのだろうか。ゼフルーの話してくれた内容に嘘はなかったようだ。吐き気を催すほどの邪悪さに人を玩具扱いする傲慢さ。そして、同じ魔族ですら切り捨てることに躊躇しない残忍さ。
俺は皆が想像する理想の勇者でもなければ、正義の味方でもない。だが、こいつだけは、どんな手段を使ってでも倒してやるよ。
俺の決意をよそに闇は大きさを増し、既に黒い塊の直径は処刑場に集まった人々を完全に押しつぶせる程の巨大な塊へと成長していた。
「まあ、これぐらいでいいだろう。せめて散り際ぐらいは楽しませてくれ」
ゼリオロスは更に上空へと昇り、無抵抗な人々に対して掲げた右腕をゆっくりと振り下ろした。
闇の塊が静かに空から落ちてくる。屋外だというのに空には黒一面の天井があるかのような光景。その天井が徐々に人々へと迫りくる。恐怖心を煽るために、わざと闇の塊の速度を遅くし、人々の苦しみを長引かせようとでも考えているのだろうか。
「人間を舐めすぎだ」
闇の塊で相手から姿が見えないのは好都合だよ。周囲の注目が上空に向いているのを確認して、予め出しておいた仮面を被る。そして左大腿部のポケットに手を当てた。




