4話
グランドには所狭しと、色とりどりの看板を掲げた露店が並んでいた。
ここの世界の食べ物は元の世界と酷似しているのだが、微妙に何処かが違っている食べ物も多く存在する。例えば、さっきシャムレイが食べていたフランクフルトのような物は、色が黄色に近く黒いソースがかけられている。一見チョコバナナに見えるのが難点だ。あの甘い味を想像して口にするので、どうも違和感がある。味は決して悪くないのだが慣れるまでには時間が必要だな。
「お、ソウじゃないか! 両手に花で羨ましいな。こっちは、むさい男しかいないってのに。俺みたいな良い男を放っておく女も馬鹿だよな」
面倒なのに見つかった。文句を言っている割には、頭にパドムお面を載せてご満悦そうじゃないか、ルイス。
ミュルとシャムレイは少し照れながら会釈している。
「むさいは失礼だなー。キーガはともかく、僕はそうじゃないだろ」
確かに両手に綿菓子らしきものを持っているメッツを表現するなら、可愛いの方が似合いそうだ。作業服を着ているから辛うじて男性に見えるが、仮にこの学園の制服を着せてみたら女性にしか見えないだろう……それもかなり美人な部類に入る。
「むさくるしくない。清潔にしている」
表情があまり変わらないキーガが珍しく、むすっとした顔をした。こう見えてキーガは身だしなみに気を付けるタイプのようで、作業服はいつも綺麗に洗濯してあり、シワ一つない。それだけではなく、ハンカチにアイロンがかかっているのには驚かされた。
この三人、いつも一緒にいるな。そういや、学生時代にもクラスにいた。弁当もトイレも放課後もいつも一緒のグループが。昔から疑問だったのだが、ああいう人たちは、たまには一人になりたいとは思わないのだろうか。
「あれ、メイラがいないようだけど?」
「あいつは、いつも俺たちといるわけじゃないぜ。そもそも、部署が違うからな」
なんだ、一緒じゃないのか。俺の中では完全に三人組プラスワンな感じだと思っていたよ。
「そういや、メイラって謎なところあるよね。休日はいつも町に行っているみたいだし。宿舎が男女別だから仕事終わってからの事が全くわかんないんだよね。恋人はいる気配もなく、仕事仲間とは良好。趣味は不明。あと気になる情報は、夜に女子宿舎から変な声が聞こえると、メイラの隣部屋から苦情があるみたいだよ。何をしているのだろうねー」
メッツが懐から取り出した手帳を覗きこみ、ページを指で軽く叩いている。詳し過ぎてちょっと引くぞ。あの手帳一体何が書かれているのだろうか。ゼフルーの話題が出た時も見ていたよな。
「女性のプライベートを詮索するのは良くない」
ここはキーガのおっしゃる通りだ。恋人同士でもあれこれ干渉すると嫌われるだけ。ただの同僚が余計な詮索するべきじゃないな。
「キーガは固いな。良い年頃の女が浮いた男の話題一つなく、寂しい日々を過ごしているかと思うと……仲間として何とかしてやりたくなるのが人情ってもんだろ! 立派な体してるのに完全に無駄だな!」
完全にセクハラ発言だぞ。うわ、女子二人が引いている。見た目が悪くないのに女性が寄り付かないのは全てその性格のせいだろ。
「ルイス、それぐらいにした方がいいんじゃないかなー」
メッツの言葉にキーガが黙って頷く。ルイスがしゃべり続け、二人がつっこむ。見慣れたいつもの光景だ。
「んだよ、別に事実なんだからいいじゃねえか。もしかして、男よりも女が好きだったりしてな。あははははっ!」
陰でこそこそ言うよりはマシだとは思うが、こんな人が多い場所で大声を張り上げていると酷い目にあうぞ――と忠告してやろうと思ったのだが、時すでに遅し。背後には魔族かと目を疑うほどの黒いオーラを吹き出しているメイラの姿があった。
三人組の残り二人と、女性陣は既にルイスから距離を取っている。みんな、素早過ぎるだろ。勇者の目を持ってしても気付かなかった。
「そんなに可哀想かしらね」
口元は笑っているように見えるけど、目が笑ってませんよメイラさん!
「男ならまだしも女だぜ? 実体験を踏まえた恋愛話の一つぐらいしたいだろ」
うん、言いたいことは分からなくもないが、そろそろ黙らないと今日が命日になるぞ。
「……実は恋人いるかもしれないじゃない」
「ナイスジョーク! ないない。色気どころか女っ気もないわ、化粧したこと見たこともないメイラに恋人がいたら、素手でトイレ掃除してやるよ」
そうか、ルイスを見るのも今日で最後になるのか。口も悪く空気も読めないヤツだったが、性根は悪くないヤツだったと思うよ。
「素手じゃなくて、お前の顔で洗ってやるわ」
ようやくそこで背後から話しかけていた人物が誰か分かったようで、顔中が汗だらけになりながら泣きそうな瞳でこちらを見ている。
助けを求めているのだろう。だが、すまない。俺は人前ではただの一般清掃員にすぎないのだ。キミの力になれそうにもない。ゆっくりと左右に頭を振った。
その後、ルイスはキーガとメッツに保健室へと運ばれていった。何があったかはあえて詳しくは描写しないが、人の戦闘力が魔族より低いという考えは訂正した方がいいのではないかと思う。
未だ機嫌が直らないメイラに何故か俺が奢る羽目になった。そうなると、女性一人だけ奢って残ったミュルとシャムレイに何もしないわけにもいかず、結局全員の支払いをする羽目に……あとでルイスから金を巻き上げてやる。絶対にだ。
「ったく、女の良さも知らない童貞が何を偉そうに! ああ、もうむしゃくしゃする! おっちゃん、それもう二つ!」
そこは本当だとしても触れてあげない方がいいんじゃないかな。男は結構気にするポイントだからね。あと、あんまり食べすぎると体に良くないよ。
「おいひいでふへ。わははひもほれ」
シャムレイの胃袋はバキュームより凄いな。さっきもあれだけ食べておいて何故まだ入る。
「もう、ダイエットは明日から!」
二人の食べっぷりに触発され、やけになって大食いを始めるミュル。
あれ、清掃員って給料がいいはずじゃなかったか? 財布がびっくりするぐらい軽いのだが……勇者手当とか出ないだろうか。
このまま、永遠に食べ続けるのではないかと不安になってきた時、グラウンド中に木琴を叩いたような軽い音楽が鳴り響いた。
『こちら聖浄魔法学園、放送部です。三十分後に特設ステージで特別公演、洗浄勇者の冒険が始まります』
これが学園長の言っていた劇か。今の放送を聞いて人波がステージの方に流れていく。うーん、観たいような怖いような。
「ああ、私これ見たかったのよ! 席を友達に取ってもらっていたんだった、行ってくるね! じゃあ、またねー」
返事をするより早く、慌てて走り出していた。メイラの姿は人波に飲み込まれ既に見えなくなっている。
「私たちも行きましょう! 洗浄勇者の冒険、待望の舞台化ですからね! まさか初公演を観られるとは!」
シャムレイは、相変わらず洗浄勇者がらみになると性格が豹変するな。
二人に引っ張られるのも慣れてきた。両方から腕を組まれ、美少女に連れ去れていく俺を見る周囲の目が痛い。嫉妬というより犯罪じゃないかと心配する疑惑の眼差しに見えるのは、被害妄想ではないはずだ。
野外に作られた特設ステージは立派なもので、学園長の話によると町で一番の劇場にある舞台を完全再現させたらしい。一応関係者ということで、学園長に貰った指定席へ彼女たちと一緒に腰を下ろした。
幕が上がり、舞台上では鎧を着た数名の役者が戦っている。
いきなり戦闘の場面からか。小説の方も我慢して二巻までは読んだが、出だしが違うな。舞台の脚本家が改変したのか。テレビドラマも原作と全く違うなんてことが普通にあるわけで、編集もきかない生の劇なら演出の関係上、演じやすいように脚本を作ったのだろう。
片方の兵士は全身真っ赤な鎧を着こみ、もう片方の兵士は見るからに貧相な装備しかしていない。装備の差もあるが動きも赤い兵士の方が勢いもあり、徐々に戦況は赤い兵士側に傾いている。
「あっ、やばい。そこは二対一で戦わないと! 危ない、逃げて!」
楽しんでいるのは良い事なのだが、ミュルが感情移入しすぎている。盛り上がりすぎていて周りに迷惑なレベルだ。ここは、親友であるシャムレイに、ちょっと抑えるように言ってもらおう。
俺を挟んで反対側にいるシャムレイに視線をやると、
「ここは一巻序盤、戦陣魔境でのワンシーン。なるほど、先にインパクトのあるここを持ってきて、観客の目を引く演出。監督はわかっている」
真剣な眼差しで劇を凝視している。呟いている言葉が観客目線じゃない。とてもじゃないが、声をかけられる雰囲気ではない。
……黙って舞台観ていよう。
戦況は完全に赤い兵士がいる軍が有利。このままでは全滅するのを待つだけだ。
突如、爆発音が鳴り響き舞台上に煙が充満した。その煙が晴れると舞台の中心に人影があった。膝をついた状態からその場に立ち上がると、横に向いていた体を舞台正面に向けた。その瞬間、中心にいる役者を目も眩むような光が包む。
黒の作業服を着た役者が光に照らされている。その役者は十代後半から二十代手前に見える。動くたびに揺れる柔らかそうな黒い髪。甘いマスクに引き締まった体。
誰だコイツ……俺か、俺なのか!? ないない、あり得ない! なんだ、あのイケメン。あんな容姿していたら妄想の世界に逃げないで現実を楽しんでいたよ!
「ふっ、キミたち無駄な争いはやめるんだ! 人間同士で争っている場合ではないはずだ」
戦場のど真ん中にいきなり現れて何を言っているんだコイツは。頭おかしいんじゃないのか。
「貴様、何者だ!」
「俺かい? 俺の名は……」
何で一言話すごとに大げさな動きを挟むんだ! 手を上げるな、一回転するな。これは、まさか……。
「お、れ、はー 世界をー 清浄へとー みーちーびーくー 勇ー者!」
ミュージカルなのかっ! すみません、勘弁してください! 過去の自分が頭に描いた妄想を見せつけられて、恥ずかしさに身悶えしそうなのに、それをミュージカルで見せられたら悶死するぞ! 俺に扮した役者が歌って踊るなんて何の拷問だ。
みんな、見るな! 見るんじゃない! あれは違うんだ……若気の至りなんだ!
結局ミュージカルが終るまで、その場にいたのだが内容を殆ど覚えていない。目を開けたまま所々、意識を失っていたようだ。二人は満足したようで終わった後も劇の内容について熱く語っていた。
ストーリーは覚えていないのだが舞台上の役者で一人、気になる人がいた。スノーという役を演じていた役者の姿が脳裏に焼き付いている。
スノーというのは亡国の姫で身分を隠し傭兵として各地を渡り歩く、美しくも強い女性。演じる役者も俺の描いたスノー像に勝るとも劣らない美しい人だった。戦闘シーンでの立ち回りも見事で、勇猛さの中に気品もある素晴らしい演技。ミュージカルの売りである歌声も、聴衆の心に染み込んでくるような澄みきった声で興味のなかった俺でさえ魅了されてしまった。
その役者が非常に気になるのだ。演技を見て惚れた――わけではなく、あの顔を見た時からずっと頭に引っかかっていた。もしかして、いや、もしかしなくても、あの役者……。
「おーい、なんだ、ここに居たんだ。近くにいたのだったら一緒に見ればよかったね」
メイラが息を切らせ駆け寄ってきた。
幕が下りてから結構な時間が経っていたらしく、近くの簡易座席に座っている人はミュルとシャムレイのみで、あとはかなり離れた場所に数名がポツリポツリと座っているぐらい。
「メイラも結構近くにいたのか。これだけの人がいたから全く気が付かなかったよ」
「だねー。劇はどうだった? どのシーンが面白かった?」
メイラが二人にたずねている内容は、まるで関係者として感想を求めているようだ。
「はい、最高でした! 洗浄勇者様の大活躍と踊りが素敵で、ますます好きになっちゃいそうです!」
ミュルは興奮状態が治まらないようで、大きな声で褒めたたえている。
「勇者様最高。劇の勇者様も格好いいけど、本物の方が……いい」
気を遣わなくてもいいんだよシャムレイ。主役の役者に勝っているとは間違えても思わないから。
「そっかー。うんうん、主役も良かったよね! 他に何かなかった?」
メイラは何かを引き出そうとしているな。求めている答えを俺は知っているので、正直な感想も含めて触れてみるか。
「あのヒロイン素敵だったね。気高くそれでいて可憐な感じが良く出ていて、最後のシーンは思わず涙ぐんでしまったよ。役者さん自体が魅力的で美人だったのもポイント高かったな」
「そ、そうかな。いやーそれは褒め過ぎじゃない?」
口では否定しているが、顔の筋肉が緩んで凄く嬉しそうに見える。どうやら、大当たりのようだ。
ヒロインを演じていた役者はメイラで間違いなさそうだ。髪の長さも色も違っていたが、それはカツラだろう。顔も舞台特有の厚化粧のせいで原形が隠れていたので判断がつきにくかった。気が付いたポイントは二つあって、一つは身長や体格――特に胸部が同じに見えたこと。もう一つはミュージカルなので歌が多く歌声は全くの別人に聞こえたが、歌わない場面での地声がよく似ていたこと。
正体が判明したところで皆にばらす必要もないので、これは自分の心にしまっておこう。これからは役者メイラを陰ながら応援させてもらうよ。
劇が終り、大道具や舞台装置を片付けている関係者を眺めていると、どうしても後の事を考えてしまう。
「この舞台、片付けるのに手間かかりそうだなー。ゴミも大量に出ているし、学園祭終ったら清掃員フル稼働か」
「ソウさん……せっかくの学園祭で、そういうこと言わないでよ」
げんなりとした顔で、メイラがこっちを反目で睨んでいる。
「ごめん、ごめん」
「ソウさんって、いつも清掃の事を考えてますよね」
ミュルにそう言われたが、確かにそうかもしれない。社長業を始めてから特に、日常の出来事を掃除と関連づけたり、頻繁に口にしたりするようになった。
「あ、清掃で一つ質問したいけど……いい、ですか?」
シャムレイが自分から積極的に、質問するなんて珍しいな。
「いいよ、何かな?」
「体育館の清掃をやった時に、ワックス塗ってました。ワックスって何の為に……塗るのですか」
そんなこと疑問に思うんだ。そうか、俺は当たり前のようにやっていたけど、知らない人が見たら分からないことなのか。
「ワックスはね床材に塗ることにより見た目が綺麗に見えるというのもあるのだけど、本来の目的は床材に被膜を作り、汚れや傷から守ってくれるんだよ」
「分かりやすく言うと、床をミュルちゃんとするなら、ワックスは見えない鎧みたいなものね」
メイラ、その説明は必要なのか。
「あ、なるほど。すごく分かりやすいです!」
納得したミュルの隣で、シャムレイも頷いている。
なんだと……俺よりメイラの説明の方が理解しやすいだと……。
「ポリッシャーの床清掃というのは、正確には床を洗っているのではなく、床をコーティングしているワックスに付いた汚れを洗い流しているんだよ。簡単に取れない汚れを削り落としても、汚れごとワックスを削っているのであって、床材は一切傷がつかないからね」
「つまり、激しい攻撃を受けても、傷がつくのは透明の鎧であって、中にいるミュルちゃんは一切傷つかないってわけよ」
いや、だから、その説明いるのか。
「さすが、メイラさん。例えが上手ですね」
なぜ……メイラが褒められる。ちゃんと説明しているの俺だよな。別に張り合う気もないのだが、美味しいところだけ取られている気がする。
「まあ、ワックスに染み込み過ぎたり、深い傷がついて普通の洗浄で落ちない場合の汚れがあった場合は、剥離剤という特殊な洗剤を使うのだけどね。剥離剤というのは塗ってしばらく放っておくとワックスを完全に溶かすことができるんだよ。床材がむきだしになってしまうから、剥離後は、ワックスを最低でも二重に塗っておくこと」
俺が言い終わった瞬間、メイラが口を開こうとするのを見て、話しを続ける。
「例えるなら、ミュルが着ている透明の鎧を完全に溶かして、丸裸にするってことかな」
ふっ、そう何度も良いところだけ持っていかれてたまるか。
言おうとしていた言葉を奪われたメイラが悔しそうに――違う、憐れんだような顔でこちらを見ている。視線が合ったシャムレイとミュルが目を逸らし、一歩下がった。
「ソウさん……スケベ」
そこで、自分の失言に気がついた。
いやいやいや、違うよミュル! これはたとえ話であって、そういう意味じゃないから!
その後、女性三人にからかわれながら引っ張り回され、校内の展示物を見て回り学園祭が終るまで楽しみきった。最後に露店をもう一度まわり、一緒に食べて美味しかったものを幾つか買い込んでおくのを忘れない。
明日からの生活費をどうするか真剣に悩むところだが、ルイスにでもたかれば問題ないだろう。そもそもアイツのせいでお金に羽が生えたのだから。
さて、このお土産を持ってゼフルーの面会に行くとしよう。本来なら一緒に学園祭を楽しませてあげたかったのだが、魔族であり我々を殺そうとした事実がある――本当に殺す気だったのか、少し疑っている部分もある。どの攻撃も殺傷能力としては十分だったのだが、どうにも違和感がある。はっきりとした根拠があるわけでは無いので、ただの勘なのだが。だからといって、確証もなく牢から出すわけにもいかず、犯罪者として裁かれる日も遠くないそうだ。
どうにか彼女を救う方法はないものか。死者は出ていないが殺人未遂なのも確か。当事者である俺や、メイラたちが無罪の証言したところで、魔族である彼女を解放するのは難しい。周囲が納得しないだろう。彼女が罪を逃れるには誰もが納得するような証拠を叩きつけるのが一番。
まだ、時間はある。それまでは自分にできることを、やってあげようと思っている。親を亡くし、周りから迫害され、今は牢屋暮らし。あまりにも悲しい人生過ぎる。少しの間だけかもしれないがゼフルーの兄になったつもりで世話を焼いても罰は当たるまい。
4章はこれで最後となります。
次の章が今度こそ本当に最終章となります^^;
クライマックスに向けて突き進んでいきますので、最後までお付き合いの程をよろしくお願いします。
疑問、質問、ツッコミやらがありましたら、感想に書き込んでもらえれば、返答しますので、そちらの方もよければ。




