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ポリッシャー!  作者: 昼熊
4章

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22/30

3話

 何にせよ、最も大事なことは勇者としての力を上げることだ。その為に、毎日夜のお仕事も続けている。しかし、少人数の住民や兵士の前にしか姿を見せないので、噂として広まりつつある――程度でしかない。

 そこで、自称この国一番の策士である学園長は、ある提案をしてきた。


「学園祭を開きます!」


 話をしていて、いつも思うのだが……説明を先にしてくれないだろうか。何故、結論を先に言う。


「学園祭のテーマは、勇者の帰還! でいこうかと思っています」


 うん、だから毎回言っている気がするが意味がわからない。


「露店も勇者焼きや、勇者を的にした勇者当てゲーム等を開き、国民にもっと勇者の存在を知らしめるのです!」


「勇者焼いてどうする。的にするなら魔族だろ、おい!」


「いやはや、うっかりしていました」


 わざとだよな。額に手を当てて間違えたのを後悔しているようなポーズをやめろ。


「冗談はさておき。学園祭で人を集め、特別ステージを建設して劇団を招こうかと思っています。ちょうど、この国で一番人気の劇団がタイミングよく、洗浄勇者の冒険を劇にした稽古をやっているそうなので、学園祭で初お披露目してもらいましょう」


「簡単に言ってくれるが、そんなことできるのか?」


 無意味に素早く両手を広げ、天井を仰ぎ見た学園長。そのポーズのまま時間だけが流れる。しばらく黙って待っていたのだがタメが長い!

 何かぶつける物はないかと周囲を見回していると、その気配を察したのか学園長が口を開いた。


「私を誰だと思っているのですか。聖浄魔法学園の長でありながら、聖浄国の最高権力者ですよ。劇団一つを呼ぶくらい、容易いものです。なんせ、最高権力者ですから!」


 二度言わなくても知っている。未だに信じがたいのだが、学園長は本当にこの国で一番偉い存在だったりする。初めは納得できなかった俺に、学園長は自慢を織り交ぜながら、懇切丁寧に説明してくれたので詳しく知ることができた。


 元々、この国――聖浄国は大国の一都市でしかなかったのだが、魔族が現れてから国自体の存亡が危ぶまれ自治区となったらしい。その名の通り国から自治を認められたわけだが、本当のところは国王がいる首都に戦力を集め魔族に抵抗するから、お前らは勝手に自分たちで何とかしろ。ということらしい。はっきり言ってしまえば、王族が助かるために首都以外を見捨てたのだ。

 それに腹を立てた各都市の人々は独立を宣言し、無数の都市国家が生まれた。そして、この国の代表者は学園長となっている。故に清掃員を鍛え上げた独自の軍を作ることも可能であった。今回の劇団を学園祭に呼ぶことなど、学園長にしてみれば本当に容易な事のだろう。


「国民の息抜きも必要ですからね。ここは大々的に宣伝をして、楽しんでもらうことにしましょう」


 それには同意する。張りつめた精神はどこかで発散しないと、取り返しのつかないことになる。仕事をして生きているだけでもストレスやら色々とあるから、精神への負担が実際にどんな影響を与えるのかは理解しているつもりだ。心の問題は自分で上手く解消できる人ばかりではない。発散できる場を提供するのは、とてもよい事だと思う。


「お金にも糸目はつけません。本で稼いだお金もたんまり残っていますから」


 そう言ってニヤリと笑う学園長の顔が非常にいやらしい。

 洗浄勇者の冒険でいくら稼いだのか、知りたくもあり訊くのが怖くもある。売り上げを聞いたら、本が人々に知れ渡っている現実がリアルに実感できてしまいそうなので。





 あれから一週間で学園祭開幕となった。展開の速さに驚いたのだが、学園の生徒たちには一か月ほど前から通知していたらしく、学園内で知らなかったのは、俺を含めた一部の人だけらしい。

 そして学園祭当日、俺は一つの夢を叶えた。


 初体験できたのは嬉しいのだが、贅沢を言うなら、もうちょっと寒い時期にやりたかったな。

 子供の頃に大きくなったら体験したいことが幾つかあった。夢というのは大げさかもしれないが、憧れは抱いていた。その内のサラリーマンになったら必ずやろうと思っていた事は完遂している。

 駅のホームの端に立ち、スーツの上に着こんだロングコートの襟を立て電車を待つ。傘をゴルフクラブに見立てて素振りをする。人前で仕事関係の会話を電話でする。まさに、サラリーマンと聞いて抱くイメージ! 誰しもが一度は胸に抱く憧れを成し遂げ、友人に自慢げに話した時の……冷めた視線が忘れられない。

 今はさすがに落ち着いたものだが、高校卒業直ぐのサラリーマンなんて学生気分も抜けない時期なのだから、大目に見てやってほしい。中学時代とさほど変わってないと言われてかなり凹んだ記憶もある。


 だが、着ぐるみの中に入ってみたいというのは結構な人が願望としてあるのではないだろうか。入りたいとは思わなくても、中がどうなっているのか知りたいぐらいの気持ちは、あるはず……と信じたい。実際に入ってみた感想は、汗臭く息苦しくて、良いことなど何もない。


「なんだコイツー。へんなのー」

「みんなー気持ち悪いのいるぞー」


 ガキ……小さな子供たちに取り囲まれた。元気そうな男の子数名がこちらを見上げている。見るからに、やんちゃそうな子供だ。


『聖浄魔法学園にようこそ!』


 幼い子にも受けそうな声色に変えて挨拶をした。声のイメージは歌のお兄さん。


「うわ、しゃべったあああ! キモイ!」

「うあーん! 怖いよーママー」

「丸い変なのが動いてる!」


 頑張ってやったというのに散々だな。大体、なんで学園のイメージキャラがポリッシャーのパッドをモチーフにしているんだ。黒くて丸いだけの体にリアルな手足が生えているキャラデザインを見て、止めるやつはいなかったのか。ご当地キャラでもこんなに酷いのはいないはずだ。

 客寄せのはずなのに気が付けば周りに誰もいない。それどころか誰も近づこうとすらしない。存在価値が全くないだろコイツ。


「パドムちゃんの具合はどうですかー」


「リボンがプリティー」


 ミュルとシャムレイが様子を見に来てくれたのか。って、このキャラ名もおかしいだろ。パドム……せめて名前だけは可愛さを求めようとは思わなかったのだろうか。

 シャムレイが褒めているポイントは、もしかして申し訳程度に着いている赤いリボンを指しているのか。このリボン遠くから見れば、真っ黒の円形ボディーに小さな赤いシミがあるようにしか見えない。


『客寄せというより客払いにしかなっていないのじゃないかな、これ』


「えー。うちの学園では大人気なのに! パドムちゃんキーホルダーとか鞄につけている子多いんですよ」


 半回転して背を向けたシャムレイの背負っている鞄にキーホルダーがあった。本当だったのか。二十代男性には女子学生のセンスは理解不能だ。


「ソウさん。あと十分で交代らしいですから、そしたら色々一緒に回りませんか?」


「パドム焼き食べたい」


 二人の誘いを断る理由などあるわけもなく、喜んで申し出を受けることにした。学園祭を可愛い女子二人と過ごす。男なら誰もが羨むシチュエーションなのだが、今頃そんなチャンスがやってきてもな――学生時代に経験したかったよ。不毛な学生時代を過ごした過去の自分と入れ替わってやりたい! かなり本気で思う。


 暑苦しい着ぐるみを脱ぎ捨て、作業服に袖を通す。学園祭を見て回るのだから私服でよさそうなものだが、清掃員は今日一日、作業服で過ごすことを義務付けられている。


「ソウさんは作業服姿が似合ってますよ。一番自然な感じがします」


「そう言ってもらえると嬉しいな、ありがとう」


 ミュルのお世辞だと分かっているが、そう言われて嫌な気はしない。実際、元の世界では作業服を着ている時間が一番長かったはず。作業服を着ていると落ち着くのも事実。


「わははひも、ほうおもふお」


 口内の物を飲み込んでから喋ろうな。

 シャムレイの右手には桃に似た黄緑色の果物を飴で包んだ、リンゴ飴のような物が握られ、左手にはフランクフルトっぽい物の串が指と指の間に一本ずつ挟まっている。

 シャムレイ、実は大食いだった。ミュルよりも頭一つ分背が低く、痩せ形なのに俺の数倍は平気で食べる。前に約束して行ったケーキ屋でその実力をいかんなく発揮された。そして空っぽになった財布を見つめ、次にシャムレイを連れて行くときはビュッフェスタイルの店にしようと心に誓った。


「昔っからだけど、ほんと良く食べるよね。それでいて太らないのだから、羨ましいを通り越して、妬ましいな……」


 ミュル、目つきが危険なことになっているぞ。親友なのだから、ここは抑えてじっと我慢しような。


「ミュルちゃんも食べないの? 美味しいよ」


 フランクフルトもどきを差し出し、無邪気にそう返す。


「くっ、ケーキがなければっ」


 一歩後ずさり、上半身を仰け反らしている。体と口は拒絶しているが視線は釘付けだ

 どうやら、前回のケーキを食べすぎて、腹部辺りが大変なことになっているみたいだな。腹部と差し出された肉の塊との間で視線が彷徨っている。

 個人的には痩せすぎより少し肉付きが良い方が好みなのだが、若い子は痩せてないと駄目みたいな風潮があるのは、この世界でも同じのようだ。


「そ、そんな事より、何か見に行きましょう! 各クラスで展示や催し物していますから」


 話を逸らしたのは見え見えだが、ここは話に乗っておくか。魔法学園の催し物に凄く興味がある。きっと元の世界では想像もつかないような事をやっているのだろう。


「あれ、ソウさん目の下にくまできてません?」


 気づかれたか。やっぱり目立つよなこれ。


「あー、これか。最近別の仕事が多くてね。ちょっと出番が多いんだよ」


 そこでミュルはあることを思い出したようで、手を合わせ大きく頷いている。


「魔物の出現率が上がっているそうですね。魔法学院の上級生や先生が愚痴をこぼしてました」


 それだけではなく、夜にしか現れなかった魔物が昼間も現れるようになり、住民を襲い負傷させたとの被害報告もされている。


「まあ、そのことは、今は忘れようか。どこに連れて行ってくれるのかな」 


「そうでした! じゃあ、今度は露店回りしましょうか。グラウンドで食べ物屋やっていますから」


「次は何食べよう」


 まだ食べるんだシャムレイ。この容姿で凄まじいまでの食欲。大食い選手権に出たら大人気間違いなしだな。


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